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モブに慈悲はない…?  作者: いす


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94/110

94話目

94話目です

誤字・脱字かあったら申し訳ありません

 冬休みを迎えるための終業式と冬の大寒波が見事に被り、一週間の天気予報の終業式その日には、あまりお目に掛からない雪のマークが現れた。

 それこそ雪国であれば雪が積もると憂鬱で気分も悪くなるらしいのだが、この辺の、1月2月でも積もる雪が滅多に降らない地域だとこの時期のはやはり珍しいらしく、クラスの雑談の中にも時折、クリスマスや年明けと一緒にその話が混じっていた。

 しかし期末テストが終わり、いざ終業式当日になってみれば黒い雲から落ちてきたのは雪ではなくいつもの雨。

 生徒指導の教師が三年生と俺達二年生に受験の話を、一年生には浮かれるなとステージに立って話す中、隣の仲良しらしい三人の女子生徒は「やっぱり降らないね」と持っていたであろう小さな期待を隠して、「だね」と友人の放った同調の言葉にそう返すと、別の話題を辺りを警戒して声密やかに返した。

 体育館の屋根に当たるぱらぱらとした大粒の雨の音は終業式が終わっても止むことはなく、早々に帰宅する生徒は皆、傘で顔を隠してこれからの事を話しながら帰っていく。

 あの中にはきっと、俺が気付かないだけで新崎や笠木さんも歩いているのだろう。

 生徒会長は年明けに交代で新しい人になり、三年生の登校もこれまで以上にどんどん減っていく。

 対策テストが豊富な高校(ここ)は、自由参加になってもそこそこ三年生は来るのだが、それでも当たり前ながら全員が来るわけじゃない。

 加えて、放課後までやるなんて人はもっと限られていく。

 となれば、この玄関から望める傘の集団もきっと一気に数を減らし、かなり通りやすくなる。

 色々変わってしまう日が訪れるのはもう目前。

 それが分かったところで何が出来る訳でも無いが、まぁ、意識しておくだけでもしておかないよりは遥かにマシだろう。

 人が減るのをボケーッと立って待っていると、不意にとんと肩が叩かれた。

 向けば、マフラーを巻いた矢波先輩が軽そうな鞄のベルトをコートの肩に掛けてこっちを見上げ背伸びをしていた。肩を叩いた犯人はこの人だろう。

 隣には普段通り桜丘先輩もいて、矢波先輩同様寒さ対策のため、お揃いのデザインをしたマフラーを巻いていたりと結構な厚着。鞄と落ちついた色の傘を一緒に持っていた。

「待ってんだね、ありがと。帰ろっか」

「いや…人が減るのを待ってたんですけど…」

 数人で集まった塊には辺りを気にせず道を譲らないというボーナスが付き、何故かこっちが車道にちょっと出たりと面倒を強いてくる場合がある。

 傘をさしている日には仕方なく広い道に出るまでは、歩調を合わせねばならない時すらある。とても怨めしい。

「それでも一応待ってたっていう事に変わりは無いでしょ?今の僕の言葉は無理に押し通らなかった事に対しての、あの人たちからのお礼」

「…なんですかそれ」

「ふふっ。でも、今も…ちょっと人多いね。ここでもう少し待ってよっか」

「…まぁ、じゃあ」

 二人に続き、玄関を横に置いた壁に凭れる。

 近くに外と直接繋がった玄関があるからか、寒がりの矢波先輩は厚着でも辛いらしく、両脇に凭れた俺と桜丘先輩の手をぎゅっと手袋を付けた手で握ると、自分の方に抱き寄せてその間にぴったり挟まり暖を取り始める。

「はぁ…あったかい~…」

「あの…」

 矢波先輩のつむじを見下ろして白い息と声を漏らす。

 だが、言ったところでどうにもならないと察して、掴まれた手と腕だけをそのままにして身体を少し離した。

「やーちゃん、ほんと寒いのダメだね」

「だって、寒波だよ、寒波。冷たい空気は下に落ちるんだから、僕みたいのを常に苦しめてくるんだよ。う~…」

「…大変ですね」

 矢波先輩が感じている寒さの全てが俺にも来ているわけではないが、労りの言葉ぐらいならばと口に出す。

 それに返ってきたのはお礼の言葉と、俺の首元辺りに固定された先輩の視線。

「…なんですか」

「ね、灯くんって僕達の家に来るときもだけど、マフラーとか付けないの?…あと今日は手袋も」

 自分の握っているなにも纏っていない俺の手と首とを交互に見て、きょとんと首をかしげる。

 桜丘先輩も身体を前に倒して同じ二つの箇所を見ると、ほんとだー…と不安そうな眼差しで呟く。

「寒いの、灯くんは平気なのかな?」

「いや…マフラー去年無くしまして」

「なるほどー。それで手袋は?」

「ありはしますけど今日、終業式ですぐに終わりますしカイロで良いかなと」

 両方の制服のポケットに熱を放つ携帯カイロが入っていて、動かせる右手の方を取り出す。

「首の方は大丈夫?暖めてあげよっか?」

 掴んでいた俺と桜丘先輩の手をぱっと離して、両手を俺の首の近くまでんーっと踵を浮かせて必死に伸ばしてくる。

 真下から覗き込まれるのは未だ慣れておらず、良いですからと首を渡さず咄嗟に数歩下がった。

 俺のその行動に、先輩は不服そうに口をツンとさせる。

「むー…」

「マフラー、新しいのって買わないの?」

「いつか買おうと思ってましたけど…いつの間にか冬で」

 ちゃんと理解していたはずなのに、いざここまで来てみると一年という時の速さに本当に驚かされる。冬までに買えばと良いという、ざっくりとした期間でしか考えなかったのが主な敗因。

 もっと細かく制限時間を決めておけば、もしそれを越えたとしても、越えたというその事実が記憶からマフラーを買うことを忘れずにいてくれる。

 まぁ、だから大丈夫と油断した可能性もあったかもしれないけど。

 …と。

「マフラー…マフラー…」

 ふと矢波先輩が悩み出し、真剣な表情でマフラーという言葉をマフラーに口と鼻のてっぺんまでをぽふっと埋めながら連呼する。

 しばらくすると、答えに結び付いたのか、ね、と桜丘先輩の方に身体を向けた。

「春」

「…どうしたの?やーちゃん」

「去年のあれ、まだある?」

 具体的な名称を使用せずとも桜丘先輩には伝わったのか、はてなに満ちていた顔がぱっと思い出したような表情に打って変わる。

「…あ。ある…ある!」

 最初はぼんやりとした言い方だったが、記憶から確証を得たらしく二回目の声ははっきりとしている。

 一体何の話か名前が上がらないことには把握できず、自然に耳に入ってくるそれに自ら加わることは出来ない。

 だから、することもなく終わるのを待って人を外に吐き出す玄関をちらりと覗く。

「あれ、どこに片付けたんだっけ?」

「えっと……あ、クローゼットだ!」

「クロー…ゼット」

 ぼちぼち玄関の人は減っていき、あと数分もすれば変に立ち止まらない人が現れない限りは三人並んで傘もさせることだろう。

 と、二人の会話に俺の名前が急に出てきて、顔がそちらに釣られた。

「…あ、灯くんのためだもん。し、仕方ないと思うなぁ…なんて」

「いや、別に春が無理に開けたくないならそれで良いんだけ…」

 矢波先輩が全てを言い終える前に、桜丘先輩は一歩踏み込んで食い気味に首を振る。

「ううん!全っ然嫌じゃないよ!?あれ、ハサミで切ればすぐだからっ!一瞬なの!」

 持っていた鞄と傘を大きくブンブン揺らして桜丘先輩は熱く話す。

「は、春…。まぁ、それなら良いんだけどさ…。開けられるんだ…あれ」

 あの封印されたクローゼットの中に、なにやら目的の物があるらしい。

 しかし、見た目頑丈そうなあれをハサミで切れば一瞬で開けられるようになると知っている辺り、一度それを実際に試した疑惑がある。

 けれど矢波先輩はそれを多分分かっていながらも深くは追求せず、ちょっと戸惑いながらも話を纏めてこっちへと向き直る。

「…終わりました?」

「うん。…と、言うことで実はこの後なんやかんやで灯くんをお家に呼ぶ予定でしたが、今日はそれを中止しようと思います」

「そんなこと考えてたんですか…」

「終業式も終わったから今ってもうほとんど冬休みみたいなものでしょ?暇そうだし、良いかなーって」

「…まぁ、暇ではありましたけど」

 家に帰ってからの予定は降り積もったばかりの雪のように真っ白で、多分いつも通り本か妹が時々参加するゲームのどっちかで潰れる。

 雨が降っていると、一度家に帰ってしまうと出掛ける気力を無くすものである。

 俺が言うと、矢波先輩はでもと首を傾け、にやりと不適な笑みを作る。

「灯くんが寂しくて一緒にいたいって言うなら、後に回しても良いかなー」

「ダ、ダメだよ!」

「えっ、あ、なに春」

 突然脇から桜丘先輩がぐわっと現れて、あの驚き耐性の高い矢波先輩も少し身体をびくっと跳ねさせる。

 ということは、幼馴染みの先輩ですら見たこと無いぐらい、今の桜丘先輩の行動は突飛だったのだろう。本気度が窺える。

 勢いだけで割り込んだらしく理由をえっと、と間を取って考える桜丘先輩に俺と先輩の視線が自然と集まる。

「あ、灯くんだってもしかしたら無理に付き合ってくれてるかもしれないんだし…。あれも細かく直さないとかもしれないし…だから、きょ、今日は、あっちを優先した方が…!…あ」

 一気に捲し立て、こっちが言葉を放つ隙もないぐらい必死に話してしまっていた事に先輩本人も気付いたらしく、慌てて口を手袋を付けた手で押さえる。

 そして言いかけた事を、覆った口をわにゃわにゃさせながら籠った声で付け足した。

「い、良いんじゃないかなー…って私は…思う…けど…なー…」

「…分かったよ、春。それじゃ灯くん、今日は駅までのとこでお別れだね」

「…はい」

 タイミング良くか悪くか、通りがかった生徒指導の教師に「早く帰れー」と遠巻きに強く注意されてしまう。

 特撮ヒーローを初めて見た子供のように瞳をキラキラさせた桜丘先輩が、下駄箱の横まで軽やかな足取りで行き、表情もぱぁっと明るくして手招きで俺たちを呼んでくる。

 それは、初めて見たその特撮ヒーローが近所のスーパーの屋上に来たわくわくを隠しきれない子供のように見える。

 ただ目的が目的で、勝手に自分の顔に苦い笑みが貼り付く。

「やーちゃん、灯くん、早く帰ろう!」

「…灯くん、行こっか。あ、寒いなら一緒にマフラー使う?」

 先輩は自分の首に巻いていたマフラーを緩めて、余った部分を分けようとしてくれる。

 けれど、身長差を考えればそれを実行するともれなく俺の首が締まってしまう。

「いや…首締まると思うんで」

 出した結論を口にすると、矢波先輩は俺をジッと見上げその身長差に気づいたのかあーと納得の声を漏らした。

 そこで下駄箱に着き、先輩二人と一旦別れてしばらくは使わなくなる内履きを脱ぎ、使い慣れた外履きに履き替える。

 そこそこ長く話し込んでいたらしい。

 最後とまではいかなくとも、玄関にはほとんど人気(ひとけ)は無く、玄関傍の階段で立ち話に勤しむ誰か達も満足したのか、さした傘を雨の下に晒して帰っていく。

 と、外を見ながら靴の先をとんと地面にぶつけて引っ掛かりを取っていると、不意に玄関の方の下駄箱の影から桜丘先輩がぱっと顔を出してくる。

「灯くん、早く!」

「わ、分かりました…」

 駆け足で向かうと、矢波先輩も三年の下駄箱から早足で向かってくる。

 先輩も急かされたらしい。

 俺と目が合うとごめんねと口の形だけで謝ってくれる。

 外へと出て傘を空にさし、雨音を身近に響かせる。

 弾いて散った雨は濡れた地面へと落ち、出来上がっていた水溜まりに大きく波紋を何重にも作っていく。

 写るものを反射するその歪んだ水面には俺がいて、直接冷気が首に当たると、耐えきれず身をぶるっと震わせる間抜けな姿がそこにきっちり写る。

 衰えない寒さで強ばった顔を上へ向ければ、遠く、空に見えた雲は今よりも黒に満ちていた。

 この分でいけばいずれ雷も落ちるのではないだろうか。

 雷かどうかは知らないが、天気の行く先が悪化する事は先輩二人も察したらしい。

「急ご」と矢波先輩が傘から少し顔をちらっと出して、雨音混じりに俺に言ってくる。それに頷いて歩く速度を上げたが、それでもダントツで桜丘先輩が一番だった。



 終業式を終えれば、間近に迫っているのはクリスマス。

 矢波先輩の言いつけ通り、というか例えそれが無かったとしても、妹が中1になって初めてのクリスマだからと強制出席になり、半ば誕生日を祝うような雰囲気でそれは賑やかに行われた。

 妹が変に嫌がらないかと多少なり不安はあったが、そんな気配は見えず、それが優しさなのか本心なのか、そっちの不安を新たに生んでクリスマスは終わりを迎えた。

 そしてその日から数日が経ち、前々から計画していたクリスマスのちょっと後パーティーの日。

 俺と(はじめ)の男グループは幾度もお世話になったいつものショッピングモールで買い出しを頼まれ、あれこれ、肉だったり野菜だったりと材料をカートにぽんぽん乗せていく。

 だが、その量が明らかに多い。

 一人三千円ずつ徴収し、それは五人分ともなれば結構な額になる。

 お鍋や箸の食器類は矢波先輩と桜丘先輩の家が言い出しっぺとして用意して貰うことになり、そこそこ集まったこの費用を使うのは材料のみ。

 だから、全額使わなくともかなりの量は買えると思っていたが、(はじめ)の詰め込み具合を見ると使い切ってしまうような感じがする。

 重くなっていくカートに身体少し乗せて、矢波先輩から貰った主な材料の量が書かれた紙と、実際の乗っている数を見比べてみる。

 やっぱり、明らかに多いことは一つ一つ指で数えなくともぱっと見で分かる。

「なんでそんな買うんだ…」

 白菜を一気に放り込んだ(はじめ)に訝しむような目を向ける。

 しかし、肝心の(はじめ)もいまいち分かっていなさそうな、頭に疑問符を浮かべる寸前の表情。

「いや…二葉に出来るだけたくさん買えって、出掛ける前に言われたんすよ。…なんでかは自分も分からないっす」

「山中…出掛けてったよな」

「…っすね」

 矢波先輩と桜丘先輩、そして山中は家で鍋なんかの準備をする予定だったのだが、ここに来る前、用事があると一言言って、先輩達を手伝うことなく何処かへ消えていってしまった。

 まぁ、真面目で律儀な彼女の事。

 流石にサボりとは考えられないが、肝心の事情を知らないと無責任な憶測を生んでしまいそうになる。

 家庭科部で料理の準備には慣れている矢波先輩と桜丘先輩だから、一人欠けて準備が滞る事はないだろう。

 しかし、一にすら伝えていないとなると本当に何の事情なのか俺には全く見当がつかなくなる。

 一も俺と一緒に、頭をうんうん悩ませていた。

「ほんと、なんなんすかね…」

「さぁ…」

「…先輩、とりあえず野菜はこれで良いんすよね?」

 このままでは埒が明かないと判断したのか、俺を声で呼び戻し、ハッとして言われた通り紙と置かれた材料の種類を見比べる。

 量が多いのを除けば、種類は全てきちんと揃っている。

 後、目指すべきはキノコのエリアでの椎茸。

 俺にとって嫌いな食べ物ではあるが、だからと言って他の四人をそれに付き合わせる訳にはいかない。

 食べるときにはそれを鍋から出さなければ良いのだ。

 そうすれば、勝手に他の人が取っていってくれると期待している。

 先輩達も俺がキノコ嫌いなのは覚えているはずだし、変に椎茸の味が主張するような鍋にはしないと思う。

 一にOKを出して、カートを目的地までカラカラと少し力を込めて押していく。

 光を反射し滲ませる床の上、カートのタイヤのその音に混じり、天井から流れる最近流行りのリズムの良い歌に歩いているという事を加算すると、やはり無駄に頭は思考を働かせてくる。

 だが、そこで現れた疑問は普段よりも男同士だからかさして躊躇(ちゅうちょ)する事なく、すんなりと意識から言葉に変えられた。

「…そう言えば、生徒会長変わったよな」

 野菜のエリアからそんなに離れていなかったキノコのエリアに着くのと同時に言い終えると、椎茸の袋に伸びていた(はじめ)の手がぴたりと動かなくなる。

 まさか、触れてはいけない危険な話だったのかと思い、一のリアクション待ちで足を止める。待っていると、彼の顔だけがこちらにぐいっと向いた。

「そー…そうなんすよねー…」

 話すその表情は疲弊しているような、まるで思い出すのを拒むような眉間に皺を寄せた渋い表情。

「なに…」

「新しい生徒会長ってあれじゃないっすか。人望だけで成ったタイプの」

「いや…知らないけど」

 二年しか出てはいけないという謎の暗黙の了解にのっとり、新生徒会長は5人いた二年生内の一人の男子生徒が投票の末、僅差で抜擢された。

 しかし、俺が知るのはその同学年という事だけで、人柄とかそういうのは全くと言って良いほど知らない。小学校や中学校ならば人もそこまでたくさんはおらず、聞きたくなくても誰かしらの噂話で人柄や知識が貯められるが、高校生ともなれば本当に有名な人間しか話題には上げられず、ほとんどが他人で終わる。

 加えて、うちには新崎という二年だけでなく我が高校全体での超有名人がおり、結果他所の話はいまいち流れて来なかった。なにより、そういうのは基本友人から伝えられるもので、今の俺に二年で風の噂を運んでくれるのは、誰かの声量を間違えた会話ぐらいなものである。

「あー…そうっすか。いや…その人、人望はあるんすけど言ってしまうと人望だけって感じで…いや、その悪く言いたいんじゃなくてっすね…」

 どう言い換えれば良いのか困っているらしく、椎茸の袋を置きうーんと腕組みをして身体をこちらに向ける。

 まぁ、一の言いたい事が分からないでもない。

 見た回数はさほど多かった訳ではないが、それでも前の生徒会長の手腕は十分凄いものだと思えた。

 ならば、より間近で見てきた(はじめ)からすれば、俺以上にその気持ちがあっても不思議はなく、反動に新しい生徒会長の些細な行動にも違和感を持ってしまっているのかもしれない。

 完璧を傍で見続ければ、普通が普通以下に思えてしまうのも理解は出来なくない。

 欠けている言葉は代わりに俺が口にした。

「…前の生徒会長、凄かったしな」

「そう!それなんすよ!前の生徒会長…あの人本当に色々凄くて…。あー…あれっす。影の…影の…縁の下の力持ちっす!」

「立役者」

「し、知ってたっすから!タ、タテヤクシャっすよねー…」

 慌てて繰り返したその言葉のイントネーションは完全に盾役者だったが、深くは触れられたくないらしく、一は脱線しかけた本題へとそれでで話を戻す。

 あの間違いは山中が正してくれることを祈るしかない。

「だから、なーんかミスだったり適当に済ませた物を見ると気にしちゃうって言うっすか…うーん」

「お前生徒会入ってたっけ」

「え…もちろん入ってないっすけど?」

「ならなんでそんな詳しいんだ…」

 引き継ぎ式的なものならともかく、それ以外で冬休み中に生徒会が活動していること自体、初耳の内容。

 プラス、ミスだったりとなれば確実に近場で見ているのは明らかで、聞くと、一はそれならと事の理由を教えてくれる。

「新しい生徒会役員のなかに、去年もやってた人が一人いるんすよ。それで、前の生徒会長から(はじめ)なら好きに呼んでも良いって言われてたみたいで…あれ。なんで自分、あの人の好きになってるんすか?」

 途中で前生徒会長から良いように扱われている事に気付いたらしい。

 自分の言葉に首をかしげ、表情が謎に満ちていく。

「…まさか」

 一の心中でも同じ答えに辿り着いたのか、顔が驚愕に徐々に染まっていき瞳を丸くする。

 口から放った声は事件の真相を見抜いたかのように、とても重く深かった。

「そういう…事だったんすね…」

「まぁ、色々学んだと思えば…」

 しかし、一はそれでは気が済まないと言わんばかりにグッと力強く片手を拳へと変え、胸の前でそれを止める。

 食品売り場では似つかわしくないその行動に、主婦に連れられた子供が興味深そうに遠くで視線を送っていた。

 同じ種類の人間と思われぬよう、少しカートと一緒に距離を取る。

「今度、冬休み中に会う予定があるんすけど。こうなったら二葉に頼んで佐登先輩にも来てもらうっすよ…!」

「あの人の天敵を…」

「呼ぶんすよ!よし!そうとなったら先輩、さっさと買い物終わらせるっすよ!」

 力と熱の込められた声と気迫に押され、椎茸の袋を追加で乗せたカートのタイヤの回りを(はじめ)を追うために速くさせた。


 最大限に膨らんだビニール袋を特に重そうにせずに軽々二つ持つ(はじめ)を後ろにして、矢波先輩の家の扉をガチャリと開ける。

 すると奥の方から足音が響き、リビングに通じる戸からエプロンを付けた矢波先輩が顔を出した。

「お帰りー。…たくさん買ってきたね」

 やはり、後ろのビニール袋の大きさは目立つらしく矢波先輩が驚いたような視線を俺に向け、とたとた駆け寄ってくる。

「なんか、山中から言われたらしくて」

「山中くんが?」

「あ、自分じゃなくて二葉の方っす。ちなみに二葉って…」

「ううん、まだ。とりあえずそれ、キッチンまでお願いできる?」

 矢波先輩の頼みに(はじめ)が「了解っす!」と元気よく返事をして、間に挟まれている俺は(はじめ)に背中から押されるようにしてキッチンへ向かう。

「あ、先輩これ」

「んー?」

 コートのポケットに入れっぱなしになっていたお釣りの小銭を見せ、どう片付けるが手のひらに置いたまま聞いてみる。500円にも満たない硬貨の集まりだが、金銭な以上、独断で貰ってしまうのもあれだろう。

 しかし、かといって分配するのも細かすぎる気がするし、五等分にするかどうか怪しい金額でもある。

「…一応、分けます?」

 もう一度言葉で聞くと、矢波先輩は俺の横から顔を出し、一にね、と声を掛ける。

「山中くん、これ僕が貰って良い?」

「え、あ、良いっすよ」

 俺の手に乗った小銭を(はじめ)も視線をおき、任せると意を込めた頷きを見せた。 

「灯くんもいい?」

「別に良いですけど」

 ながったらしくどうぞどうぞの譲り合いをするよりかは、いっそ誰か一人にこうしてまるごと貰ってくれた方がこっちも大助かりである。

 日頃の勉強の疲労回復のために、適当なお菓子にでも消えてくれれば一番幸いな事だろう。

 しかし、それはあくまで俺の意見であってこの場にいない人の意見を無視するわけにはいかない。

「念のため、山中にも聞いた方が」

「だね」

「…あ、いや貰って良いと思うっすよ」

 ドスンとキッチン脇にビニール袋を置いた(はじめ)が、下げた身体を上げてこっちに言ってくる。

 キッチンにいた矢波先輩同様エプロン姿の桜丘先輩は、こっちの話よりもそのビニール袋の大きさにひゃーと驚いている。ちゃっかり猫もその脇に座っていた。

「…そうなの?」

「えぇ、どうぞっす」

「それなら良いんだけど…?」

 いまいち解っていないような感じではあるが、一の迷いもないその声音に、矢波先輩は少し首をかしげながらもエプロンのポケットに小銭をいれた。

「灯くんも山中くんも疲れたでしょ?今飲み物用意するから座ってて」

 と、ビニール袋の中身をしゃがんで確認していた桜丘先輩が立ち上がり、そう言って俺と(はじめ)をソファへ促してくる。

 それに(はじめ)が深くブンブン首を縦に振って、俺も甘えさせてもらいソファに二人で腰掛けた。

「…お金、山中本人に聞かなくてよかったのか」

「いや、あのお金実は言うと自分の奴なんすよ」

「自分のやつ…」

 いまいち意味が分からず、詳細を教えてほしいと言葉を繰り返す。

 すると急に(はじめ)が姿勢を低くして、あまり鍋の準備に務めている先輩達に聞かれたくないのか、声も格段に小さくなる。

「先輩、二葉が話したって聞いたんすけど…バイトのお金、その…は、母親のためにって集めてたやつっす」

「…あぁ」

 母親のためにという、男子高校生ならば控えたい言葉に少し口を困らせながらも、それでも(はじめ)は最後までしっかり言い切る。

 確かに、その話ならば(はじめ)のバイトがバレた翌日に山中から聞かせてもらっていて、つまりはあのお金はそのお金なのだろうか。

 だが、それでは最初の目的から随分遠くに逸れてしまっている。

「…勝手に使ったのか」

「いや、違うんすよ。そのお金、親に丸々没収されるかと思ってたんすけど、理由が理由っすから逆に一円すら受け取ってくれなくて…。んで、その時にこの話があってせめて昔から迷惑掛けてる二葉の分ぐらいはって無理矢理払わせてもらったんすよ。あの二葉を押しきるの、すっごい大変だったんすよ?」

「…優しいな」

 素直な感想が漏らすと、いやぁとちょっと腹立つにやけを含んだ笑顔で(はじめ)は後頭部を照れながら抑えた。

 まぁ、とにかくそれならばあの小銭の決定権が(はじめ)にあってもおかしくはない。

 まして、この話を無闇にあちこち広めない辺り謙虚さがあって少し微笑ましい。

 美談のようにしておおっぴらに語っていたら悪く思えるが、せめて一人ぐらいには話しておきたいものだろう。

 出した言葉は取り消さず、にやける(はじめ)をそのまま放っておく。

「山中くん、笑ってるけどどうしたの?何のお話?」

 カップをお盆に乗せた桜丘先輩が歩いてきて、それをテーブルにかたりと二つ、目の前に並べてくれる。

「え!あ、ちょ、ちょっとした話っすから…別に」

「そうなんだ…?あ、これカフェオレなんだけど、大丈夫?嫌いだったりしない?」

「も、もちろんっすよ!一番の大好物っす!」

 一が意気揚々とカフェオレに手を伸ばしてグイッとあおろうとするが、熱さに猫の舌をやられたようで「熱っ!」と大きく叫んで瞳に涙を貯める。

「あ、だ、大丈夫!?」

「一…猫舌なんで」

「あ、そうなんだ…ご、ごめんね?冷ましてから持ってくれば…」

「い、いや、全然全く平気っす!最近、猫舌治ったっすから!」

 猫舌に治る治らないがあるのか知らないが、さっきの反応は明らかに猫舌の反応で、バカなのか中身を必死になって一気に飲み干すと、カップを掲げお代わりを頼む。

 それに応えカップを手にした桜丘先輩の後ろ姿を見送ると、一は辛そうな表情と溢れそうなまでの涙を貯めた瞳で俺をジッと捉えてきた。

「なんで…お代わり頼んじゃったんすかね…自分」

 どう考えても完全な自業自得でしょ…。

 一が二杯目のカフェオレと悪戦苦闘している間、俺が先に飲み終えると矢波先輩に鍋の灰汁取りを頼まれた。

 彩り豊かな具材を煮る鍋を見つめ、浮かび上がる灰汁を取っては捨て取っては捨てしてると、突然家のインターホンの音が響く。

 このタイミングの来客であれば、思い当たるのは山中。

 自分だけがのんびり飲み物片手に休憩することに居心地の悪さのようなものを感じていたのか、一は音を聞くと真っ先に扉の方に身体を指す。

「二葉かも知れないっすから、自分が!」

「ん、おねがーい」

 ソファから勢いよく立ち上がり、リビングの戸を開け、玄関までとんとんと小走りで向かう彼の足音がリビングに届いてくる。

 (はじめ)の声は扉越しにでも聞こえないことはないが、はっきりとした会話が聞き取れる程ではなく、それも鍋の灰汁に集中すると自然と耳から溢れ聞こえなくなる。

 お玉で鍋と灰汁を捨てるためのお皿の往復を繰り返していると、幾つかの纏まった足音が戸の傍まで迫ってきた。

 ガチャリとその戸が開き、何の気なしに振り向けば、迎えに行った(はじめ)とコートを着込み耳を寒さで赤く染めた山中が立っていた。

 そして、久しぶりに彼女の事をこんな近くの距離で見ただろうか。

「……」

 まるで雲のような柔らかくふわりとした長い髪に覆われる、眠気を帯びた愛らしい瞳。

 白く丸みを帯びた子供らしい指は、自分の手を余った袖と一緒に包む山中の手を信頼の証として強く離れまいと握り返している。

 …多分、いつかの俺ならばここに来てくれることを何よりも、誰よりも望んでいて、なのに今、彼女を見た時に感じたのは何なのか分からない、言葉を失わせる恐怖と似た幸福とは真逆の感情。

「あ…」

 彼女の小さな鼻がぴくっと動き、部屋に広がっていた食欲をそそる香りの出所(でどころ)に足が向いて、一歩前へ操られるかのように進む。

 けれど、そこにいた俺と視線が合うと歩くのはぴたりと止まり、懐かしささえ感じる声が一言、聞き落としてしまいそうなぐらい微かに漏れる。

 それが彼女の、冬花(とうか)ちゃんの感情の揺れを強く示していた。

 すぐに視線を逸らした筈なのにその光景は鮮明に、記憶の消されない域へと一瞬で踏み込んでくる。

 今となって、俺が一番会いたくなかったのは多分この少女なのかもしれない。

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