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モブに慈悲はない…?  作者: いす


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90/110

90話目

90話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

「妹さん、いるんですのね」

「…まぁ」

半ば強引に自室まで上がられ、客人だからと自分の部屋に帰っていった妹を見て、城戸さんは何処か羨むように座りながらそう漏らす。

本当ならばここまで城戸さんは通す気は無かった。

が、矢波先輩が言葉で押し通るタイプの人ならば、城戸さんは行動で押し通る人。

そのどちらに対しても俺は未だ対抗策が無く、城戸さんに風邪が移ってしまうからと矢波先輩の時と同じ懸念を話しても「構いませんわ」の一言であっけなく片付けられてしまった。

俺が壁になって玄関を塞ぐ手もあったが、手があるだけで実行する力はない。

反射的に身を横にして避けてしまう事だろう。

またベットを席にして座り、とりあえず用件だけはと先に口を開けた。

「あの、それで何を…」

「だから、お見舞いですわ」

「そんなざっくりと言われても…」

おみまいするぞーと言われると、ドーム型のパスタとか変な料理でも作り始めるんじゃないかと不安になってしまう。

城戸さんは制服のスカートの横に置いていた高そうな袋をとんとテーブルまで運び、これですわと言うと中をがさごそし始め、同様にかなり高そうなパッケージのされた、果物の大きな果肉が閉じ込められたゼリーを一つ取り出して袋の脇に置いた。

どうやら、お見舞いの品物の中身を教えてくれたらしい。

「もう、先輩二人の手厚い看病でご飯は十分かと思いまして」

「どうも。…あの、矢波先輩達が来たこと、知ってるんですか?」

「えぇ。仁田が風邪と教えたの、わたくしですし」

「どうして…」

言うと城戸さんは急に不満をため息で露にして、俺を睨みながら文句を言うように、というか本当の文句を酷く不機嫌そうな声音で発する。

「…えぇ、そうでしたわね。仁田は担任にしか休むと言わず、友人であるわたくし達には休むとかそういうことをなに一つとして話さなかったのですからね。わたくしが自分から聞きに行かない限り、先輩達に話すなんてことまず出来ませんわね」

「…いや、そのどう言ったらいいかとか分からなくて」

言い訳を良しとせず、城戸さんの目付きが一層鋭くなり、苛立ちが声音に含まれる。

「普通に今日は風邪で休む。そう言えば済む話じゃないのですの!」

むっと口を尖らせる城戸さんだったが、その表情はすぐにでもしおらしい物へと変わってしまう。

「…先輩達がわたくしから初めてあなたが休んでいると聞いたとき、少し寂しそうにしてましたわ。全く、色々お世話になったのでしょう?」

「…すみません」

思い返してみれば、しっかりとお礼を伝えると先輩達に忠告されていたのに、妹にだけ言って二人には看病へのお礼は言い忘れていた。

余計な考え事にいつも頭を割いているからだろう。

放ったばかりの謝罪の言葉に「ありがとうごさいます」ともどかしくなりながらも付け加えると、城戸さんはいいえと微笑んでくれた。

俺の言葉に満足してくれたのか、ふぅと疲れたように息を吐くと、何かを思い出したのか声を漏らした。

「…あ、そう言えば幾つか話があるんでした」

「なんですか?」

「日常部についてですわ。退部しましたけれど、それでも少しぐらいはその後も知っておきたいものでしょう?」

「はい…」

城戸さんの質問に、少し間を取った後ゆっくり頭を下げた。

あの部活が決して嫌いだったわけではない。

未練があるかと言われればあるどころかタラタラだし、後悔も罪悪感も他にも数多にある。半分ぐらいは冬花ちゃん。

何より、山中が入部するということも知ってしまっていて、だから自然と城戸さんの話を聞くためベットの上で姿勢を正してしまっていた。

「まず陽斗なんですけれど…」

こういう場にあの新崎が来ていないという違和感を解消するためか、城戸さんはそれを一番目に挙げた。

だが、その理由については個人的に解決していて、城戸さんに言い回しで頭を捻らせる必要はない。実際、新崎から深く理由を聞けずにいたのか、城戸さんの口が悩むような唸り声で閉ざされてしまっていた。

「まぁ、新崎の事ですし色々気遣ってくれたんだと思います」

「…えぇ、本当は会いたがっていたと思いますのに」

行きたくないから行かなかったのではなく、行ってしまったら俺が苦い反応しか見せられないと、新崎陽斗は多分きっと、分かっていたから来なかったのだ。

俺が彼をろくに知らなくても、彼は俺を良く知っている。

気まずい空間を作らないための善意の行動は、実に優しい彼らしい行動で、その優しさは俺が知る数少ない新崎陽斗の人柄。

一つ目の話が終わると、少し暗くしてしまった気分を晴らすためか、努めて城戸さんの声音は明るくなる。

「それでもう一つなんですけれど…実は、新しく部員が一人入ったんですの」

「…」

「…む、なんか思ったよりも反応が鈍いですわね」

仰々しく城戸さんは言うが、考えていた反応よりも俺が遠かったらしく、どうしてかと視線で探りを入れてくる。

別に特段隠すような話ではない。

「まぁ、そのちょっと前に本人から聞いてまして…山中、ですよね」

「その通りですが…し、知ってたんですのね…」

ガクッと項垂れ、はぁと深くため息を吐くのが聞こえた。

色々一時は軽い敵対関係のような物があったが、大々的に発表しようとしたりする辺り、城戸さんとしては彼女の入部は好意的に受け入れているものらしい。

ただ、不満が何一つないわけではないらしく気落ちした拍子に、ぽろっと本音が独り言の声量でこぼれた。

「彼女…なーんか陽斗に気があるような感じかするんですのよねー…」

「まぁ、頑張ってください…」

「えぇ、ありがとうごさいますわ。…それと、一人増えたことで机や私物で少し部室も窮屈になったんですのよね…うーん…」

「俺の机じゃないんですか?そんな汚く使っては…」

あそこではほとんど本しか読んでこなかったし、ちやんと定期的に壊れていないかの細かいチェックもしてきた。

後の人が使いたくなくなるほどに汚く扱った覚えはないような…と、記憶を振り返る。

まぁ、山中の場合、綺麗汚い関係なしにただ俺が使っていたという事実が嫌な可能性だってある。上手いこと冬花ちゃんの隣の席を狙いにいったのかもしれない。

少し俺の心に傷を作る行為ではあるが、らしいと言えばらしいし、冬花ちゃんの件も考えれば妥当ではある。

しかし、まぁ山中ですしと納得する俺を見て、いいえと城戸さんは首を振りその答えは間違いだと告げてくる。

「わたくしも陽斗も秋葉も、そして二葉もあの席にと決めていたんですけど、その…冬花だけが、それを酷く拒んでしまいまして」

「……」

「…冬花にとって、一応仁田も大事な友人の一人、らしいですわ」

それは本来であれば喜ばしいもので、あのまま部活にいた時に本人に正面から言われていたらどうにかなっていた話だろう。

だが、今の俺にとってそれは後悔を強めるだけでしかなく、出した声は静かなこの部屋でさえ細く響かない、懺悔のような呟きになってしまう。

「そう…ですか」

「…ま、とにかくこれで風紀委員を一人手にいれたんですの。遠出の頻度を増やしても許されると思いますわ。…ふっふっふっ」

俺の表情を変えるためか、苦笑いを相手に誘わせるような悪役染みた微笑を城戸さんは見せ、その通りに俺は慣れた苦笑いで返事をした。

「こほん。それで、最後の話ですけれど」

「あぁ、はい」

悪役笑いで掛かった髪を指でするりと直し、咳払いで場が整えられる。

城戸さんの視線はすっと扉の脇に掛けているカレンダーに動き、俺も釣られてそこに視線を留める。

「12月と言えば、仁田は何を一番に思い付きます?」

「…クリスマス、ですか」

大晦日もあるにはあるが、それはクリスマスが終わってから目立ち始める日であって、クリスマスが先に来る内は真っ先に思い付くのはそれだろう。11月中の高校でも、家に集まって遊ぶみたいな話はよくあちこちで耳にしていた。誘われはしなかったけど。

言うと正解だったらしく、「その日の事なんですけれど」とクリスマスの話が始まる。

「クリスマスの日、わたくしの家でパーティーを開こうと実は秋葉と裏で計画しているんですの。…それで、良かったら仁田もと思いまして」

少しばかり躊躇ったようなその誘い。

しかし、それも当たり前。

これがまだ俺が退部していなかった頃ならば、こんな手続きを踏まなくても良かったのだ。部活の活動と言って、予定があろうとなかろうと、無理矢理でも呼びつけることが出来て、実際これまで俺はその全てに参加してきた。

だから、こんな形式を取るのに違和感が生まれ、言葉が詰まってしまったのだろう。

修学旅行のあの日。

あんなに迷惑を掛けてしまった城戸さんへの答えは、多分これが一番正しいはず。

「…すみません、行けないです」

俺が行ったところで空気を悪くしてしまうだけだろう。

それを改善する勇気も度胸も人付き合いが下手くそな俺にはなく、だからその穴を新崎や城戸さんが親切にも埋めようとしてくれて、結局パーティーという華やかで楽しいものからは逸れていく。

面倒を掛けた人間がそういう場に進んで出るのは、余計に迷惑になるだけ。

…なんてあれこれ心で誰かにいいわけしたが、結局、腫れ物のような扱いをされるのが怖いだけなのだ。

行けば関係が修復されるような事も起こるかもしれない。

けれど、かもしれないに全てを託せる程、俺は可能性を信じていない。

俺のはっきりと言った事が、城戸さんに考えは変わらないと伝わったのか、彼女は深く頷いた。

「…分かりましたわ」

「その…誘ってくれてありがとうごさいます」

「いえ。それではそろそろ御暇(おいとま)させて貰いますわ。目的も一つ、達成できましたし」

「目的…?」

立ち上がった城戸さんに気になった言葉を尋ねると、髪をふわりと揺らして、城戸さんは振り向いた。

「前に、陽斗から聞きましたわ。わたくしの誕生日会の計画は、ここで四人で決めたのでしょう?」

「はい」

「それはつまり、仁田の家に入ったことがないのがあの時の日常部でわたくしだけだとということでしょう?それが聞いたときからずっと気掛かりだったんですの」

「俺の家そんな特別性ないですけど…」

だが、城戸さんにはあるらしく、それでも!と腰に手を当て身体を前のめりにする。

「三人は行ったことがあるのに、わたくしだけ一回も無いなんて、まるで仲間外れみたいじゃないですの!」

近づく顔と何かの花だろうか、馴染みの無い上品な香りに、逆に俺の身体が後ろにぐぐっとのけ反った。

「そ、そうですか…」

「そうですのっ!」

力説し終えると前のめりだった身体を戻し、「それでは。風邪、早く治ると良いですわね」と気品良く別れの挨拶を言って、スカートを揺らして部屋から出ていった。

今度こそ見送りと俺も次いでベットから腰を上げたが、扉を開けたところで今度は妹が隣の部屋から足早に現れて、「私が行くから」と手で抑えられてしまった。

渋々、ベットではなくテーブルの傍に座り、そこで気づく。

テーブルの上に残されたゼリーと、そしてそれの味違いが入った高そうな袋。

ゼリーに関してはお見舞いの品で間違いないのだろうが、それを包んでいるこの袋は城戸さんの私物か、もしくは家にあった余り物か。

どちらにせよ、お見舞いの品として持ってきてくれた訳ではない筈。

例え、失ったとしても城戸さんの家の財力を考えれば微々たる損失ではないかもしれないが、かと言って何も確認を取らずに貰うのも人としてあれ。

急いで窓の外から顔を出して、城戸さんに伝えようとしたが、丁度まるで見ていたかのように完璧なタイミングで着いた真っ黒のリムジンに、城戸さんは妹になにか一言二言言うと乗り込んでしまった。

今からスマホで連絡するのもありだが、走り出したばかりの車を、袋一個のためにすぐに引き返させるのは気が引けた。

風邪が治った時に高校に持っていって、その時に返せばどちらにも手間は掛からないだろう。

テーブルに雑に散らせてしまった他のゼリー達を綺麗にピラミット型に作り替え、丁寧にも、ちゃんと数の分入っていたスプーンをそれを囲うようにして配置し、ちょっとした儀式みたいにしておく。

袋は忘れないように制服の鞄の近くに掛ける。

と、そこにまた妹が部屋に入ってきて、ピラミットになったゼリーに目が釘付けになる。

「…あの人が置いてったの?」

「あぁ」

食べたいのか、ゼリーを眺めてはちらちらこっちに目配せしてきて、兄妹間でのアイコンタクトに挑戦してくる。

ピラミットを作れるぐらいに城戸さんは数を用意してくれたのだ。

身内が食べる分もここには含まれているのだろう。

「食べたいなら適当に持ってっても…」

良いけど、とそう言い終える前に妹が「ほんと!?」と素早く首をこちらに向け、驚き混じりに何度かこくこく頷くと、嬉しそうにピラミットに駆け寄って、一番上のメロンと一番下の列のイチゴを取る。二つ重ねるとスイカバーみたいな色合いになっていた。

ついでにスプーンも二つ取って、スキップしそうな勢いで部屋から出ていった。

あぁ…メロン食べたかったのに…。

上手いことバランスを保っているピラミットに近寄り、取られた二つ分、ピラミットを一回り小さくして均衡を保つ。儀式の輪が崩れたスプーンは適当に綺麗に横一列に並べ、喋った分増した喉の痛みを抑えるため、のど飴をまた一つ口に放った。

と、そこでまた玄関のインターホンが鳴り響く。

今度は誰…と、連続の来客で疲れながら、なにか見えないかと窓から顔を出して真下をみる。すると見たことのある、制服を纏った男子の頭が一つ。

あちらもなにか気配でも鋭く察知したのか、その頭が上に向き、変わって現れた瞳がぱっちりと合う。

「あ、仁田せんぱーい!元気っすかー!大丈夫っすかー!」

辺りの目なんて気にせずに、ぶんぶん両手を大きく振って、一は声も叫ぶようにしてそこにいた。

俺と目線を合わせやすくするためか数歩とてとて下がる。

そんな(はじめ)の後ろで、通りがかった人が煩そうに顔を向けていて、それを顎で指して静かになるよう察させる。

すると、俺の思いが通じてくれたのか、ハッとした後動きが止まり、迷惑そうに見る人にペコペコ頭に手を当てて謝り出した。

それを見てそろそろ玄関に行った方が良いだろうと、窓の外に出していた顔を室内に引っ込める。

時刻も着々と進んでいたからか、廊下も矢波先輩たちが来たときからは薄暗くなり痛む頭で足を滑らせぬよう、慎重に階段を降りていく。

妹はゼリーを美味しく食べているのだろうか。俺が部屋から出ても、追ってくる気配は無かった。

妹の靴を踏まないよう注意しながら玄関を開けると、謝り終えた(はじめ)が音に気付いてこちらを向く。

その際、高校からそのまま来たらしく、肩に掛けた鞄が小さく揺れた。

「なに…」

「風邪引いたって二葉から聞いて、せっかくならと寄って来たんす!」

「はあ……ありがとう」

疲れと病気が合わさり、一のこのはつらつとした元気を見ると逆に体力が持っていかれるような感じもするが、悪意がない以上、せめてお礼ぐらいは言っておかなければならない。

山中から聞いたということは、多分その山中は城戸さんから聞いたのだろう。

彼女が自分から率先して俺の学校の登校について調べるとは到底思えない。

なんなら、休んで逆に喜んでそうにも思える。

ただ、病と知った以上、真面目な彼女の事だからなにかしら行動は起こしたくて、その使い走りに選ばれたのが(はじめ)なのだろう。

隠していたバイトやなんやで反論も出来ない。

もしかしたら、その謝罪もついでにしてこいと言われているのかもしれない。

「それで、自分から呼び出してなんすけど、先輩こんな外出てきて大丈夫なんすか?」

「まぁ、そんな酷く拗らせてはないし」

「なら良かったっすけど…」

と、そこで(はじめ)の言葉が詰まる。

何か言いたげにその、とかいやーとか漏らす(はじめ)をなにも言わずに待っていると、「ごめんなさいっす!」と勢い良く頭が降り下ろされる。

「その…バイトの件、二葉から自分からも謝っておけって言われてて…」

やはり、それもここに来た訳に含まれていた。

しかし、山中には言いそびれていたが、一のバイトを隠すことに特別苦労や迷惑を掛けられた事はないし、むしろ奢って貰ったりしてくれた分、その謝罪を受けとる気にはなれない。しかし、受け取らなければ山中が(はじめ)を許さないのであろう。

俺があの時一(はじめ)を話題に上げたことも、彼女がこうした原因の一端になったのかもしれない。

あぁと言って頷くと、向けられていたつむじがホッとした表情の(はじめ)に変わった。

「ほんとありがとうごさいますっす…。でも、自分は先輩を許さないっすよ!」

「なに…急に」

突然一(はじめ)の目付きが怨むように鋭くなり、初めて見たそれに戸惑い少しばかり怯む。

俺が一歩下がると(はじめ)は一歩詰めてきて、山中のように鋭い目付きの理由をグッと拳を作って語り出す。

「最近…バイトが無くなったっすから早く家に帰るんすよ…。そしたら、二葉が毎日毎日、あれこれ勉強教えてきて…それで、色々聞いたら先輩が言ったって言うじゃないっすかっ!」

辛いその日を思い出したのか、作った拳を一層強く握り締め、責任取れと言わんばかりに(はじめ)はまた詰め寄ってくる。

「でも、それが学生の本分でしょ…」

「うぐ…そ、そうすっけど!」

意外な反論に返す言葉が無いのか、さっきまでの勢いは失われ、言葉でも探しているのか視線があっちこっちキョロキョロし出す。

高校に通っておいて勉強はしたくないと言うのは明らかな間違いで、そればっかりは謝る気にはなれない。

しかし、一が言いたかったのはそういうことではないらしく、彼は必死に絡まった頭を回してうんうん唸ると、やっと適切な言葉を見つけたらしく開きっぱなしにしていた口を動かした。

「りょ、量がすっごいんすよ!まだ、自分一年生なんすよ!?」

「俺も去年の今ごろはそんなこと考えてたな…」

まだ一年と余裕ぶっこいて、気づけばもう二年の終わり。

高校の三年間は中学の三年間とは確実に時間の流れは早く、加えてしなければいけないことが格段に多い。

のんびりしてるといつの間にか三年になり、あたふたと慌てなければいけなくなる。

そういう対策として、一年の内から大量に詰め込んでおくのはありなのだろう。

せめて一年だけは勉学を忘れて遊びたいと思うが、そのツケは必ず後々回ってきて、一段面倒になって帰ってくる。

まぁ、勉強が出来ないからこそ母親のためにバイトで肉体労働していたのだろうが、それが切られた今、とりあえずこれからは勉強をメインにやるしかない。

「そうなんすか…」

俺の言葉は思いの外感傷が滲んでいたのか、一がちょっと悲しそうに俺を見つめてくる。

後は、一が勉強に前向きになるような事を付け加えて鼓舞すれば、勝手に躍起になってくれることだろう。

「まぁ…それに、勉強も運動も出来るってなったらカッコよく見られると俺は思う」

「カッコよくっすか…!」

「あぁ、カッコよく…」

「カッコよく…!」

筋肉は裏切らないし、尚且つ頭の筋肉、もとい知識も豊富にしておけば最強。

そんな頭の悪そうな考えで、俺はと念のために保険を貼って言ってみたが、かなり効果があったらしい。

「カッコよく…カッコよく…」と連呼し始め、ゲシュタルト寸前の所でそれを頭に読み込み終えたらしく連呼が止まる。

「なんか…少しやる気になってきたっす…!それじゃ、先輩!早く良くなってくださいっすねー!」

中々のやる気を得たらしく、今すぐにでも机に向かいたいのかぶんぶん手を振って(はじめ)は入りかけだった玄関から踵を返し、ひゅっと風を起こして飛び出ていく。

あのやる気が何処まで持続するか分からないが、まぁ短くでも持続したその分は、学力はきちんと伸びてくれることだろう。

「頑張れ…」とヒロインのように声小さく応援して、起きた冬の風に身を震わし玄関の扉を冷えた手で閉める。

度重なる来客で、重かった身体がより重くなっていたのは自分でも実感できていた。

階段を上るどんよりとした歩、漏れる咳混じりの吐息に痛む頭。

どれもこれもが体調の悪さを警告してきて、いい加減休まなければ本当に拗らせて酷くなってしまうかもしれない。

…端から見れば死にそうなぐらい重い足取りで部屋に入ると、事切れたようにベットに倒れ、もう一度静かに眠りへと落ちていった。

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