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モブに慈悲はない…?  作者: いす


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85/110

85話目

85話目です

誤字・脱字があったら報告していただけるとありがたいです

その後の二日目の夜と三日目を、どうやって過ごしたのかいまいち覚えていない。

しかし、変に疑われていないことだけははっきりと記憶に残っていて、つまり俺はずっと新崎たちの事ばかりを気に掛けて時を過ごしていたのだろう。

高校一度の修学旅行をこんなあやふやで終わらせてしまったのは何だが、振り返ったところでどうにもならないのはもう知っている。

山中達のお土産はきちんと名物の八つ橋を買ったし、もうそれでいいだろう。

家に着いて呆けた頭のまま折角の休日も流れてしまい、お土産も(はじめ)は催促してくれたから渡せたのだが、矢波先輩達の分は荷物に埋もれたままで平日を迎えてしまっていた。

…そう言えば、一は会ったときに俺の顔を見て何か言っていただろうか。

月曜日の朝。

月曜日に対しての憂鬱ではない別のものが、低い気温で澄み切った空とは反対に頭の働きを濁らせる。

頭に欠片を残したその(はじめ)の言葉を思い返そうと励んではみるものの、最終的には思い出せなかった。

学校の机に頬杖を付いて、あの日からカチカチと同じ円を回っていた壁掛け時計の針をボーッと見上げる。

机の横に掛けた鞄に沈む、読み止めた本にも手を伸ばすことはない。

ひたすらに、時計が回るのを眺め、そうすると長針が2つばかり数字を進めたところでがらりと扉が開かれる。

目線を向ければ、新崎と城戸さんが並んで現れ、俺が見ていることに気づくと、軽く挨拶をしてくれる。

「よっ」

「おはようございますわ、仁田」

「…どうも」

それに小さく会釈をして答え、目の前の席に腰掛けた新崎から視線を反らす。

他愛もない適当な雑談にあぁとかうんとか相づちを打ち、教師が入ってきたところでそれは打ち切ってノートを開く。

なのに、特に何か書くわけでもなく、考えていたのはずっと退部についてだった。

一体、どんな嘘を書くのが一番良いのだろうかと。

城戸さんは俺から出されるものに真実があるとは(はな)から思っていない。だが部長として、もしかしたら退部届けに書かれた理由を新崎達に読むかもしれないわけで、ならば後に影響の出ない、もしくは影響の薄い理由を絞り出さなければ、城戸さんにより一層の迷惑を与えてしまいかねない。

あそこまでしてもらってそれでは、バチが当たってしまう。

だからと授業中、頭の中で答えをうんうんと捻っていたが、見つかることなく授業が終わったことを告げるチャイムが耳から頭に響いてきた。

次は確か移動のはず。

休憩時間に入ってすぐに動く人は少なかったが、ぼちぼち授業の時刻が迫り出すと、話し合いながら皆クラスから続々と去っていく。

ふと、新崎を見れば何やら城戸さんと数言話していて、それを終え新崎がこくっと頷くとクラスから先に出て、教室の壁に見えなくなった。

ほとんど人が残っていない教室の中、城戸さんの視線は俺へと動いた。

「仁田、少し待っていてください」

「はあ…」

たたっと城戸さんが自分の机まで駆け、鞄の中をゴソゴソ漁ると、一枚の紙を片手にまたこっちに帰ってくる。

それをはいと手渡され、受けとって見てみればそれは退部届けの用紙。

部の名前、退部理由、名前、どの項目の欄には何も書いていない、これからの役割を待つ一枚の薄く軽い紙。

「まだ貰ってきてなかったでしょう?」

「あの放課後に取りに…いや、まぁありがとうございます…」

変に新崎達に勘づかせないよう、彼らが部活に行った後こっそり目を盗んで教務室に行って貰ってこようかと考えていた。

しかし、せっかく持ってきてくれた物を断るわけにもいかない。手間が減った分、頭を下げて言葉でもお礼を述べる。

城戸さんはそれにいいえと首を横に振り、俺に渡った紙を反対側からひょいと覗き込んでくる。

「それで、何を書くかもう決まってますの?」

「いや、それが全然…」

「まぁ今日中に出せなんて言ってないのですから、変に焦る必要はありませんわ」

トンと俺の肩を叩いて、城戸さんは移動教室を目指して廊下の先へ歩いていった。

やはり、言葉から察するに俺が退部届けに書く理由が全くの嘘であることははっきりと分かっている。

手にある紙とにらめっこをしてみたが、何か突飛な閃きは起こる感じはしない。

どうしようかと頭をまた働かせて、その紙を机の脇に掛けられた鞄の奥へと放り込んだ。

…そんな調子で放課後になるまで一頻り考え込んでいたのだが、思い付くこと無く、会話に耽る人でまばらになった教室で久しぶりに居残りで机に向かっていた。

もう季節はほとんど冬。

それは外の明るさも教えてくれていて、一瞬にしてオレンジ色は沈んでいき、教室も明かりを付けなければ真っ暗になってしまう。

風でほんの少し、窓がガタッと音を上げて震える。

新崎は城戸さんが無理矢理に引っ張っていったし、この教室まで彼が帰ってくることはないだろう。冬花ちゃんに笠木さん、あの辺りが自然とあの部活から出ていかせないようにする蓋と化しているはず。

その光景を俺は部員としてずっと見てきたから確証がある。冬花ちゃんが膝に座っただけでも新崎は動きがかなり制限されてしまうのだ。

安心して椅子に深く腰掛けて、シャーペンをカチカチ押して退部届けに当ててみるが、文字は書けず、押しっぱなしのボタンのせいで芯がスッと引っ込んでいってしまう。

…と、急に目の前が陰り反射的に何も書いていない紙を腕がバッと隠す。

見上げれば俺の反応が面白かったのか、くすくす笑う城戸さんが立っていた。

「ふふ、慌てなくても大丈夫ですわ」

「いや…急にだったんで…」

彼女は新崎の椅子をがたりと引き、その向きをこちらにして、スカートを抑えながらぽふんと座る。

新崎とならば普段から幾度としてあるが、俺とだと何処か違和感があるらしく、残っている奴等の視線だけがちらと集まったが、すぐにそれも実のない会話へと戻っていく。

城戸さんはそんなこと気にもせず、最初の状態から何の変化もない紙を俺の机に腕を乗せてジッと眺めていた。

「そろそろ書き終わったかと受け取りに来たんですけれど…真っ白ですわね」

「…退部理由が思い付かなくて…すみません」

「適当な理由にすれば良いじゃないですの。世界を守るためーとか」

「え。いや…もしかしたらその、退部理由を他に見られるかもしれませんし…」

城戸さんに渡したあと、確か体育の担当にも退部届けは回る。

そこでそんな色々拗らせたみたいなのを見られてしまえば、再提出とか色々起こってしまうかもしれない。

部活方面にはそこそこ緩いとは言え、きちんとした線引きがされていないわけではないだろう。

となると、やっぱり受験のためとか勉強に専念とかそんな感じになってしまい、どんどん頭がこんがらがっていく。

割と真剣に今の理由を考えていたらしい表情の城戸さんは、俺を真似るようにうーんと腕を組んで唸る。

こんなことにまで時間を使わせてしまっているのだ。

早々に書き終わらせなければと使命感のようなものが湧き、そのためには一番の問題である城戸さんが新崎達に対してどう伝えるのか、これを知らなければならない。

しっかりと頭で言葉を選定し、文章を作り上げ小さく咳払いをして話を切り出す。

「…その。この事、新崎達にはどんな風に言うんですか」

聞くと、少しの間が生まれ、そして彼女は口を開いた。

「伝えるのは退部した。その事だけですわ」

「…そうですか」

「きっと、質問や納得できない部分を色々言われてしまうのでしょうが、そこはわたくし。一時、社交界にも家族の付き添いで出てましたから。トークについては自信があるんですの」

任せてくださいと自信満々に微笑んで、誇らしげに彼女は胸に手を当てる。

まぁ、嘘と分かっているものを真実のように伝えるのは城戸さんの性格上、するつもりはないらしい。

しかし、一番の問題についてはきちんと知れた。

退部した。

その事実だけを話すのであれば退部理由については無難な物にしても、城戸さんにも俺にも面倒は掛からない。

いや、そもそもこんな話をしてしまっている時点で、城戸さんには大迷惑だろう。

けれど、もう引き返そうとしてどうできるものではない。二人だけで進んでいるとはいえ、五人しかいない部活の二人ではそれは大きなもの。

水面下のやりとりで終わる分、水面を見ている人間がいるならば少しの波紋や波にも目ざとく気付くに決まっている。

新崎はその辺、勘がかなり鋭いだろうか。

とにかく、退部届けの理由の欄に勉強に専念するためと、頭に残っていた言葉をシャーペンを押して書き、自分の名前も付け足して白紙だった退部届けを完成させる。

「…出来ました」

書き終えたそれをくるりと城戸さんの方に回して、一通り目を通してもらう。

「…良いんですのね?」

「…はい」

退部届けにではない、退部するその事について言われ、考えは変わらないと紙を城戸さんにスッと押す。

「少し、借りますわね」

俺からシャーペンを取り、スラスラと一番下の部長と顧問のサインの部長の方の欄に彼女は名前を書き、顧問のところにはいないことを現すためにシャッと斜めに線を引いて、紙を持って席を立つ。

席から立ち上がった城戸さんの顔は見ることが出来ず、彼女から見れば今の俺は俯いているように写っているだろう。

「…お願いします」

変にまたさっきと同じ質問をされても答えに詰まりそうで、先に言葉を放って自分であの部活への決着をつける。

「えぇ、それでは」

城戸さんがどんな顔をしていたのかは窺えなかったが、それはあっちからしても同じこと。

しかし、顔は見えずとも声音はひたすらに優しかった。

かつかつと靴音を鳴らして、蛍光灯の照らす廊下に彼女は消えていく。

俺はその背中を無言で見送った。

さして長いわけでもなかったやり取りだったのに、暗闇を増していく空を窓から覗いてしまうと、だいぶ経ったように勘違いしてしまう。

シャーペンを片付け、重くもない鞄を脇から取って忘れ物がないか一応周りをチェックし、俺もがたりと席を立ち上がる。

冬を考えたくなくなるようなもう冷えきった廊下に出て、少し遠くの階段を降りて玄関へと辿り着く。

久しぶりだろうか、こんな早い時間に帰るのは。

いつもはあの部活でだらだら本を読んだり話に付き合ったりして、それで遅くなってから新崎と笠木さんに途中まで付いて帰っていた。

静かな玄関で靴を履き替え、かすかに開いていた扉の隙間に手を掛けて横にズラす。

肌を刺す冷風は落ちていく気分を更に落としていき、足取りもかなり遅くなって、余計に身体は体温を失っていく。

背に数多の部屋の光が集まった大きな光を受けながら、校門の外へと歩く。

校舎の外周にはグラウンドが使えなかったのか、何処かの部活の生徒が並んで駆けていく。

そのせいで少しばかり立ち止まってしまい、短い間に頭が目的地を変えようと考える。

…せっかくなら、本屋にでも寄ってみようか。

いつもの放課後では時間が足らず、のんびりと選ぶことはできなかったが、今日なら、というか今日からは時間が有り余るのだ。

読みかけの本がいくつも家に積んであるはずなのに、暗闇の下、虚脱感のようなものを埋めようと足は新しい物語を探しに勝手に動き出していた。


追加されたビニール袋で気持ち重くなった鞄を抱え、自宅の玄関を自分の身で押すようにして開けて通る。

妹と母親は靴を見る限りもう帰っているようだか、めんどくさかったのか玄関に明かりは点いておらず、リビングの明かりだけを頼りにして脱いだ靴をほっぽって階段を上がっていく。

玄関を開けたせいで冷たい風が足元を抜け、靴下越しに足の指先が冷えていくのを耐えながら階段をとたとた上りきると、丁度がちゃりと音がしてパジャマのような私服の妹が奥の部屋から出てきた。

流石にこの状況で目が合わない事はなく、数秒ぴたりと同時に動きが止まりながらも、兄として先に硬直を解いて自分の扉に背中を預けて道を譲り、そこを妹が通っていく。

「…ね」

「え」

制服のボタンを外しながら扉の冷えたドアノブに手を掛けようとすると、ふと横から声を掛けられた。

見れば、妹が珍しく話しかけてきていたようで、俺の戸惑った反応に困ったのか目線がすっと横に逸れていく。

「………」

「…なに」

「…えっと」

もじもじ身をよじって何かを言い淀む妹。その片足だけは階段に突っ込んでいて、バランスは取り(にく)そうに見える。

まさか、俺のゲームのセーブデータでも消してしまったのかと思ったが、まぁ別に妹に貸してる時点でそれは予想の範囲内。なんだったらこの妹は俺のデータで二週目を勝手に始めるタイプ。

だから尚更この間の意味が分からず、呆然と立ち尽くしているとやっと意を決したのか、妹は目線を泳がせ躊躇いながら口を開けた。

「…その、さ。今度、もし暇ならお母さん達と、その出掛けない…?」

「え…あぁ、あれ」

買い物の付き添いかと思ったが、指しているのはほぼ毎週している休日に俺を除いて家族で出掛けることだろう。

つっかえながらのその振るまいでの喋り方は兄妹なんだと内心微笑みながら、どうしてその誘いを急に言ってきたのか、疑問が自然と顔に出てしまう。

「…別に…その…嫌なら良いんだけど…行くなら私から話しとくから」

「…いや、大丈夫。ありがとう」

「…そ」

うっかりすれば聞き落としてしまいそうな呟きをぽつりと残して、たたっと足早に妹は階段を降りていく。

なんなの…と階段の下を覗いてみたが、扉のバタンと音を立てて閉まる所しか見ることはできなかった。

少し動きを止めて悩んでみたが、結局解らず諦めて俺も自室に入り脱いだ制服や鞄をいつも通りに片付けていく。

もうそろそろ良い時間。

新崎達が俺が退部したと言う事を聞いていてもおかしくない頃合いだろう。

半ばゲームのために置かれたテレビも付けず、テーブルの前に腰を落として意味もなくスマホを触る。

何かしら連絡が来ているわけでもなく、それが一番の気掛かりだったくせに否定する違う理由を付けて、スマホの方でゲームをするためだったのだとログインボーナスを手早く受け取って、充電器を指してそこらに捨てるように置いておく。

遠回りしてきたつもりではあったのだが、時刻はまだ部活終わりの時よりも早い。

することもなく、何を考えるでもなく、ボーッと買ってきた本に読む気もなく、けれど手を伸ばした。

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