84話目
84話目です
誤字・脱字があったら報告していただけるとありがたいです
鳴り出した扉を開ければ、はらりと揺れるサラサラの髪が最初に覗き、次にその髪の持ち主である城戸さんが顔を出し、反射的に会釈をする。
ここに城戸さんがいるということは、混浴をしているのは笠木さんの方だろうか。
「…どうも」
「えぇ。今日も遊びに来ましたわ!」
両手で抱える樽の入った箱をとんと揺らして注目させる城戸さんの表情はにっこりとしていて、そこから昨日こっぴどく怒られた事に対する反省は感じられない。
考えていたことが面に出てしまったのか、むっと彼女の口が尖る。
「今、懲りてないとか考えてましたわね?」
「いや…」
「昨日は大声を出したのが敗因…なら、今日はそうしなければいいだけですの。さ、ほら見回りが来ないうちに早く」
俺からは見えていない廊下をキョロキョロと警戒し、無理矢理に踏み込んでくる。
お風呂上がりで来たらしく、ふわりと優しい香りが傍に迫り、咄嗟に後ろに下がってそれを許してしまう。
俺が道を開けると、足早に靴を脱いでとたとた短い廊下を駆けていく。
二人きりという空間は何度味わっても慣れることができない。あっちから振られるだけの会話しか起こらないと分かっているはずなのに、何故か言葉を探そうとして、後ろでがちゃりと鍵が閉まる音でハッと意識を戻す。
完全に扉が閉めきられると、微かに届いていた辺りの騒ぎ声が断たれ、部屋の奥から俺を呼ぶ声がはっきりと届く。
短い廊下を走るような感覚で向かい、開きっぱなしのふすまを抜けて閉めた。
二人だけということもあってか、黒ひげのセットされた樽は入り口すぐのテーブルではなく、月の光を受ける、奥の丸テーブルでやるらしい。
夜風ではらりと舞う城戸さんの金髪や、細かく整った所作、それが体操着を着てても根はちゃんとお嬢様なのだと見るだけでも強く伝わってくる。
それに見とれながら、手招きされた向かいの椅子に恐る恐る腰かけた。
「陽斗はまだ帰ってきてないんてすのね」
「まぁ、はい」
「秋葉も迎えに行ったのに居ませんでしたし…二人が来るまで特訓、手伝ってくれます?」
「…お邪魔でなければ」
「えぇ。とりあえずは、わたくしが刺しても飛ばない事を目標にしますわ!」
ふんと意気込んで剣を樽の一番下の列に差し込んだが、その場所はやはり導火線だったらしい。黒ひげが空を飛び、丸テーブルを転がって床にポトリと落ちる。
「ど…どうしてわたくしがやると毎回毎回こうなるんですの…」
震えながら呟く城戸さんを横目に、落ちた黒ひげを拾い上げ差し込む。
次の準備を整えると、視界に手のひらに乗った剣が入り込んでくる。
「次は仁田からやってみてください」
促され、それをもらって適当に城戸さんと同じ列の反対側辺りに差し込んでみるが、飛び上がる気配はなく静かに黒ひげは樽に拘束されたままだった。
「…大丈夫みたいですね」
「では…私も」
一発目が発射原因じゃない事を今日も確認して、城戸さんが剣をグッと強く握って、俺の刺した場所の右隣を刺す。
が、結果は同じで黒ひげは飛び上がってしまう。
さっきとは違う弧を描いて床の上でコロコロ転がった。
「……」
「なんで…わたくしだけこうなんでしょうか…」
昨日も何度やってもこうで城戸さんの黒ひげに対するモチベーションはかなり抉りとられているらしい。
声苦しげに、フッと悲しげな視線を月へと運んだ。
「…止めましょうか…これ」
落ち込みながらもう一度樽に黒ひげをセットして剣を刺し、跳ね上がった所を上手くキャッチしてそのまま持ってきた箱に全部しまっていく。
手慣れてるその動作が、何処か悲しげに見えてしまった。
丸テーブルの上に何もなくなり、することもなく、だからと言ってこの席から離れることもできず、この後の時間をどうするのかとちらちらと城戸さんを見て窺う。
城戸さんは床に置いた箱の蓋を丁寧に閉じると、身体を戻してゆっくりと息を吐く。
それは、何かを覚悟するような決意するような動作で、俺もその動きに釣られて椅子の上で小さく身をよじる。
「…丁度良いかもしれませんわね」
不意にそんな言葉が呟かれ、さっきの悲痛そうな表情が消え、代わりに真剣な眼差しが俺を捉えた。
城戸さんの瞳にはただ俺だけが写り込んでいて、だから意味が解らずに身体が姿勢を正して固まる。
「…なんですか」
本来ならば静かな空気は居心地が良いはずなのに、この二人きりと言う状態では俺の心臓を圧迫し、呼吸を徐々に締め付けてくる。
俺の強ばった表情を見て、城戸さんはゆっくりと口を開く。
「…仁田。何かわたくし達に隠すような…もしくは悩んでいることがありませんこと?」
「あ…」
図星だった。
だからより一層身体も表情も強ばり、それがその通りなのだと口を通さずに城戸さんに明確な答えを与える。
どうして解ったのだろうか。
これまでの記憶を遡り、自分で自覚していた、察せられてもおかしくないズレを見つけ出そうと頭が必死になる。
けれど見つからずに、いや俺の頭の回転が遅いだけで本当はあったのかもしれないが、それでも城戸さんがそれに気づいたような素振りは俺は見てはいない。
頭に意識を働いていたせいか言葉が止まり、息が詰まる。そんな俺を見かねてか城戸さんがやっぱりと言う顔で何処か儚げに言葉を放った。
「…一応、これでもわたくし、日常部の部長ですわ。部員一人一人の事についてはきちんと気に掛けているつもりですわ」
「…」
「修学旅行という全員が楽しんでいる場所の中で、どうしてかずっと仁田は上の空な気がして…。やはり、図星だったんですわね」
きっと、城戸さんはこれまで俺がそれをずっと前から考えていたこと自体は気付いていないのだろう。だが、ここまで俺があの場所に居座ったがために、そこまで見破ってしまう程になったのだ。
早々に辞めていれば、無数に湧いてくる言い訳染みた言葉を抑え込まなくて済んだ筈だというのに。
後悔を募らせるこの空間も、結局は俺の自己責任の産物。
…だが、この産物は俺にとってありがたいものではないだろうか。
退部を告げるタイミングとして、この上ないほどの空気と場が作り上げられている。
そしてこの場に新崎はきっと来ない。今頃彼はヒロインと楽しい時間を過ごしているのだ。俺なんかよりも主人公はそっちを優先するに決まっている。
面倒な割り込みも何も起こらない、願いを話せるかもしれない場。
もしそうでないのならもう、退部は諦めるしかない。
言い訳を消し潰して、代わりにたった10文字にも満たない「退部がしたい」という言葉を口に留めた。
「……」
「どうしてかと聞いて…答えて頂けますか?」
闇の中を1歩また1歩と進むような不安げな声でそう俺に声を掛ける。
…大丈夫。変に新しく言葉を探し出す必要はない。
留めたものを、これまで幾度としてきたため息や、まぁとかあぁとかそんな適当な言葉のように繰り返して発せればいい。
「いや…その、あ…ぶ、部活…や、辞めようかな…とかまぁ考えてまして」
けれど、脳で出したものは声にするだけで形を崩し、視線が泳ぎ、結果しどろもどろになってしまう。
でも、伝えたいことは、言わなければならないことはしっかりと言えていた気がする。
一瞬、俺の願望で錯覚したものなのか、本当にあったことなのかは分からないが、俺を捉え続けていた城戸さんの月に照らされた瞳が、表情は変えることなく小さく揺れた。
「そう…でしたの…」
「いや…」
漏れた自分の声が震えているのが分かった。
今発したばかりの言葉を取り消して、下手くそな冗談でしたと誤魔化したい気持ちが湧き上がってくる。
しかし、それは俺がこれまで積み重ねてきた証拠をより強固なものにするだけで、あの部活に、日常部が好きだったというその事実を知らしめるだけだ。
溢れそうになる感情をぐっと押し戻して、城戸さんの反応を待つ。
「……」
彼女は何かを思っていたのか少し、ものの数分、口を開くことなく、理由すら聞かず、静かに、瞳を俺から離さずにこくりと頷いた。
…あぁ、それぐらいの扱いの方が俺には正しい。
「…えぇ。分かりました…仁田の退部を、認めますわ」
「…すみません」
小さく頭を下げてお礼をする。
短く端的に、それこそ物語のように掘り下げられない方が、俺はその程度の存在なのだと実感できて気が楽になれる。
ずっと椅子に座り続けていると、まるでここに張り付けられているように感じてしまい、別に気にしていた訳でもないのに、この部屋で唯一二人以外に音を奏でていた時計の針を首を動かして覗き見る。
それは着々と役割通りに働き、9時に向かい時を進めていた。凍りついていたようなこの時はしっかり動いていたのだと証明してくれる。
「…少し、最初の頃の話でもしましょうか」
ぽつりと、俺とは反対に月を見上げていた城戸さんが一人言のように俺を会話に誘う。俺としてはもうここで帰って欲しかった。
新崎が帰ってくるまでに、呼吸を縛り付けるこの心臓を何とかしておきたかった。
だが、断ることはできない。
俺の願いを受け入れてくれたのだ。ならば、今は城戸さんの全てを俺は受け入れなけらばいけない。
振れていたのかいないのか分からないぐらい微かに首を縦に下げると、城戸さんの表情が和らぎ、そして淑やかに微笑んだ。
「ふふっ…仁田と最初に会ったのは…。いえ、見掛けたのは外でしたかしら」
「…気付いてたんですか」
外、というのは本当に最初の最初を指しているのだろう。
転校して自己紹介をしたあのときではなく、放課後、ふと寄った道で絡まれている城戸さんを初めて見掛けたあのときに城戸さんもまた、俺を見ていたらしい。
てっきり彼と二人きりの世界だと思っていた分、驚いて、遅れて言葉を返せば、えぇとその時を振り返って城戸さんの顔が優しく綻ぶ。
「ほとんどが見てみぬフリでしたから、一歩前に出た仁田のことはすぐに気づきましたわ。…まぁもっとも、助けてはくれませんでしたけれどね」
「それは…はは…」
ジトッと睨みと恨みが混じる目線が俺を刺し、たまらず乾いた笑いで窓の外へ目を反らす。月は場所を少し高くしていた。
城戸さんは非を認めた俺をそれ以上問い立てることはなく、ツンとした顔もすぐにまた笑顔に帰る。
「別に、変に責任を感じる必要はありませんわ。元々の話、わたくしがあそこまで一人だけで出歩いたのが原因ですし」
「…そうですか」
「それに、正直な話、仁田をパッと見た時、頼りになるか怪しかったですから」
「酷い…」
「あら、急に退部を願い出る人の方がよっぽど酷くありませんこと?」
「ごめんなさい…」
的確な皮肉を言われ、また謝ると上機嫌に微笑む声が耳に届いた。
と、そこで疑問が湧く。
どうして城戸さんは一人であんな場所まで出歩いていたのだろうか。
前に城戸さんの家まで行った時も、向かう途中に似たような街はいくつもあった。
わざわざ、あの街まで遠く出掛けてなにか欲しいものでもあったのだろうか。
何より、城戸さんのピンチにあの執事さんが駆けつけなかったということは、本当に一人でふらついていた裏付けになる。
俺が知るあの街にだけある特別な場所、無理に紐付けるならば、俺たちの通う高校ぐらいしかない。
勇気を退部の話でほとんど使い果たしてしまったが、それでも欠片に残った部分を疑問に思った話に回す。
くすくす身体を上下に揺らす城戸さんに、それをもう止めて頂きたいとため息のような吐息で暗にお願いしつつ、言葉も一緒に巻き込んで吐き出した
「あの…」
「なんでしょう?」
「どうして、あんな場所にその、行ってたんですか?」
「…元々、わたくしはあの高校に転校する予定でしたから。だからその、下見ですわね」
「え…あ」
これまで考えていたことと違うことを言われ、戸惑った反応が自然と出る。
城戸さんはどうして俺が戸惑うのか分かっているらしく、詰まった俺の先の言葉を奪い取る。
「あの場を見ていた仁田は、きっと陽斗を追いかけてわたくしが転校してきたのだと考えていたのではなくて?」
「…その通りです」
城戸さんは俺の考えを首をふるふる左右に振って否定する。
「…それは違くて、わたくしは陽斗に会う前から、あの高校に入ろうと決めていましたの。でないと、あった翌日に転校なんて普通、できないでしょう?」
言われてみればその通りだ。
転校するための手続きや編入試験が一日足らずで終わるわけがない。したことはないが、それぐらいは誰でも知っている。
冬花ちゃんという特殊なケースを傍で見続けていたからか、感覚がどうもおかしくなっていた。
「ですから、初めてクラスに入ってきたとき…陽斗を見掛けて胸が跳ね上がりましたわ…。本当に『運命の出会い』と確信しましたの」
ゆっくりと席から立ち上がって、ほっこりと子供を見るような柔らかく暖かい眼差しは月を写し、逆に頬が朱に染まるのを月明かりに写させながら、彼女は両手で感情を溢れさせてくる胸をそっと抑えた。
月を覗く美しい髪が、はらりと風で舞って笑顔が覗く。
「だから…あんな大胆なことを…」
「ふふ。運命の相手ですもの。大胆にいかなくては乙女ではありません」
…また一つ、疑問が生まれる。
新崎と城戸さんの運命を導き会わせたのは転校をすることになったから。
しかし、どうして転校をしなければならなかったのだろうか。城戸さん程のお嬢様、立ち振るまいから見て、お嬢様学校にでも入っていておかしくはない。
きっとそこは俺には想像がつかないほどに恵まれている環境で、だからこそ転校をした謎は解けない。
儚く、淑やかに、そして美しく。普通の男子高校生の目をいとも容易く釘付けにしてしまう雰囲気を纏う彼女に、自然と口は動いていた。
「…どうして…転校したんですか…?」
ふわりと髪を広げ、城戸さんは笑顔そのままに振り向く。
立てた白い人差し指を自分の口に艶かしく重ね、柔く瞳を緩めた。
「内緒、ですわ」
…そうだ。
それを聞く役目は俺じゃない。
この先を知るのは彼。
疑問を断られたことにもどかしさを感じ、逃げるようにまた時計へと視線を運べば、丁度時刻はかちりと9時を指し示めした。
時計から視線を戻すと、城戸さんも真正面の椅子に戻っていて、流れる空気が何処か重苦しいものから外れていた。
「それで、退部届けについてですが、修学旅行中ですし、帰ってからになりますけど…」
「理由とか…そういうのは…」
「わたくしにも言いたくない事情があるんですの。仁田が逆にわたくしに同じことがあったとしても勝手な我が儘なんて、言いませんわ」
「…ありがとうございます」
その彼女の言葉には、退部届けに書く理由が偽りの物と分かっているという意味が隠れていた。
確かに、例え受験勉強のためと書いたとしても、あの部活は素直に頼み込めば難なく融通を効かせてくれるし、なんだったら熱心に勉強を手伝ってくれることだろう。
二人きりと言う場で声音重く話したこともあって、城戸さんは俺の隠した意を優しく汲み取ってくれているのだ。
ならば、俺もそれに甘えさせてもらうしかない。
「陽斗や秋葉。それに冬花についてはわたくしが部長として、仁田が退部届けを提出した後にきちんと説明しておきます」
「…色々、すみません」
お礼と謝罪を混ぜて言うと、城戸さんはいいえとそれを断る。
「部長として、当然の役目です。お礼を言われるのは筋違いですわ」
本当に城戸さんには頭が上がらない。
自分の罪悪感も加わり、視線が床に落ちていく。
「…ですが」
付け加えられた言葉に合わせ、下がってしまう瞳を何とか持ち上げる。
城戸さんは指をピンと立て、窘めるように言葉を放った。
「部長として部員に説明はしますが、その後、個人的に話しかけられたら、わたくし手助けはしませんからね?」
「…分かってます」
「なら、問題ないですわね。まぁ、陽斗の事ですから絶対に険悪な仲になることはないでしょうし、気楽に構えても良いのではなくて?」
「多分…そうかもしれませんね…」
「いいえ。陽斗なら絶対ですわ!」
朝日のような眩しい笑顔には、新崎に対しての完全な信頼が見えた。当たり前だ、相手は運命の相手。
『新崎陽斗』という、一人の真っ当な人間をしっかりとその目で見て、知ってきたのだ。
だが、かく言う俺は変えることも、変わることも出来ずに新崎じゃない自分が産み出した誰かを見続けていた。
夏のあの合宿で笠木さんの言葉に影響されて、もし彼の見方を変えていられたなら、俺は今ごろ、どうなっていたのだろうか。
今の俺が未来の俺を導くように、過去の俺が今の俺を導いたのだ。ならば、後悔なんてものはもう手遅れでしかないのだろう。
自分自身が選んだ答えは受け入れるしかない。
いつの間にか、退部を取り消したい気持ちは消え、いや諦めたのか無くなっていた。
いやにスッキリした顔が出ていたかもしれない。城戸さんが俺を見てにっこりと微笑み、気まずさに視線を意味もなくふすまへと向ける。
と、入り口の扉ががちゃりと開く音が部屋に広がる。
「陽斗、帰ってきたみたいですわね」
「…大丈夫ですかね。その、顔とか変じゃないですか?」
意識して表情を無にしてみるが、いまいちらしく城戸さんは首をかしげる。
「うーん…もう少しぶすっとした感じですわね…」
ちょいちょい手で招かれ、顔を近づけるとべしっと暖かい両手が俺の頬を挟んでくる。
自分で頼んだこと故に、逃げることも出来ずに視線を泳がしまくっていると、それが案外合っていたのか彼女はそれでいいと頷いて教えてくれる。
「そんな挙動不審な顔してますかね…」
「少なくとも、冬花に近寄られたときの顔はそんな感じですわね」
「え」
「ふふっ」
まさか割と自覚もある気持ち悪い顔を見られていたのと驚愕して、手をやっと離してくれた城戸さんの顔を見たが、彼女の視線はふすまを開け部屋に入ってきたタオルを被る湯上がりの新崎と笠木さんに向かってしまう。
「また来てたのか…夏」
「む、秋葉だって今日も来てますのに、わたくしには文句ですの?」
「あはは…」
「…んー?なんだか、二人顔が赤くありませんか?…まさか、なにか、良からぬ事をやっていたんではないでしょうね?」
二人をブンブン首を振って交互に観察し、それを新崎は「何でもない!」と慌てるように手で抑える。
笠木さんの赤に染まった顔の瞳が新崎とぱちりと合うと、気まずそうにばっとそっぽを向き合う。
「…なーんか…怪しいですわね…」
睨まれる新崎が奥の椅子に座りっぱなしでいた俺を見つけ、誤魔化すように話題を逸らす。
「そ、それよりも夏と灯は二人でなにしてたんだ?」
「…それは。ふふーん、これですわ!」
丸テーブルの足元に置きっぱなしだった黒ひげの箱を駆け足で拾い上げ、じゃーんと二人に見せつける。
「それに灯を付き合わせてたのか…」
「災難だったね灯くん…」
「いや…」
テーブルにはそれに当たる物は一つも散らばっていないという違和感があるのに、慌てている二人はそれに気づく気配はない。代わりに、その理由を信じている証として俺に同情を向けてきた。
本当、何から何まで城戸さんにお世話になりっぱなし。
城戸さんは、持っている箱を真ん中のテーブルにトンと置き、一番乗りと腰を下げる。
「さ、ほら陽斗も秋葉も!強くなったわたくしといざ、勝負ですわっ!今度こそ負けませんわ」
「…はぁ…分かった。秋葉もやるよな?」
「えっ!あ、う、うんっ…」
新崎と笠木さんが続けて腰を下ろし、そして城戸さんはそんな二人の後、俺へと瞳を動かした。
「…灯はどうしますの?」
多分、これがこの四人で何の隔たりもなく遊べる最後の日なのだろう。いや、もうそれも崩れてしまっているかもしれない。
だが、それでも迷惑を掛けてしまった城戸さんからのお誘い。断るわけにはいかない。
椅子から立ち上がり、三人の囲むテーブルへと足を運ぶ。
「まぁ、それじゃあ…」
「お、よーし!四人で勝負だな!」
「夏の負けで終わりそうだけどね…」
「ほ、ほんとに強くなったんですわよ!」
主人公とヒロインだから。
結局、その言い訳を最後の最後まで使うことは出来なかった。
いや、一人だけにこの言い訳を長々と使い続けていた。
自分自身に、ずっと言い聞かせてきたのだ。
この言い訳は俺に対して、俺が俺に理不尽を理解させるための一方的な解釈でしか無かった。
新崎は主人公だから。
城戸さん達はヒロインだから。
そうして決めつけて、だからくっつくのだと、だからより親密になるのだと、嫉妬や憎悪を勝手に向けるためだけに俺が一方的に決め、貼り付けたことではないのだろうか。
この事に気づくのがもっと早かったなら…なんて後悔もしたところで意味がない。
見方を変えるのも、後悔するのも、俺はどれもこれも遅すぎてしまった。
そんな俺の思いとは真逆に、時計の針は戻ることも止まることも無く、ひたすらに前に歩んでいた。




