64話目
64話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
終わってしまえこんなもの。
一週間前に夕焼けに染まって決めたあれは、多分疲れから出たなんかだったんだと思う。
前に新崎が家に訪ねてきた時だって筋肉痛のせいで思っていたこととは真逆を言ってしまったわけだし、もしかしたら俺は疲れにめっぽう弱い人間なのかもしれない。
エアコンのために閉めきられた窓の外からはミンミンミンミンミンミンウーサミンとセミの鳴き声が聞こえてくる。
いや、こんな掛け声染みてたかはともかく。
予想外にも体育祭の準備は円滑に進んでいて、今ではもう一部の委員が外でドンデンカンとトンカチやらを持ち出して、パネルやらを作り始めていた。
どうやら話によれば俺や山中ちゃんが細かい雑用を引き受けていたせいで、本来の仕事に全員が尽力できていたらしく、その結果のこれらしい。
昨日に至っては生徒会長直々にお礼を言われ、なんか本当に惚れ込んでしまいそうになった。あの人の部下なら全力出せる気がする。
生徒会長というのはカリスマ性を問われる部分があるために、俺のような端っこの人間からしたら、そんなカリスマの強い人にお礼を言われたら適当な言葉しか返せないが、内心喜んでしまう
そして山中も俺と同じように生徒会長から誉められ、気を良くしたらしく熱心に仕事に取り組んだ結果、今となっては委員限定のはずの貸出パソコンも余っているからと彼女の手に渡っていた。
そんな感じで、つっかえることなく体育祭の準備は進んでいく。
山中の手伝いを終わらせて、今日も今日とて赤と白の紙を切っている俺はもう、紙から伝わる肌触りだけでそれが何色かがわかり始めていた。なにせこの学校全生徒分のくじを作らされているがために切った紙はそろそろ二百を越える。
ツルツルと滑るのが赤色。
ザラサラと紙らしい質感なのは白色。あとはそれを二等分して箱にツクダオリジナルをすればいい。超!エキサイティング!全然エキサイティンじゃない。
ていうかさ、生徒会長は一体俺の何処を誉めてくれたの?切るスピード?仕事の熱心さ?雑用係ありがとう?
どれもそんなに誉められて嬉しいものではない。
紙を狂ったように切っていると、自然と頭は考え事に移ってしまい、生徒会長の言葉が何処を指したのか、答えを探しだしてしまう。
「………」
紙を見ているようで見ていない切り方をしていると、不意に隣が声をかけてきて、ハッと顔を上げる。
「先輩、ぼーっとしながら紙切るの、危ないと思いますけど」
「…あ、あぁ。いや生徒会長が誉めたのって結局俺のどの部分だったのか、分からなくなってきてな…」
「雑用ありがとうじゃないんですか?」
「そっかぁ…」
「え?」
なんだ…ちょっと浮かれてた自分を消したい。
俺の悲しげな声に首をかしげた山中をよそに、また紙をチョキチョキチョキチョキ切っていく。
多分そろそろジャック・ザ・リッパーとかあだ名が付けられてもおかしくないと思う。
後はこのままトラックかなんかに引かれてしまえば、無双ハーレム転生物始まりである。初日で死にそう。
山中ちゃんは今、俺の近くで作業をしているが、山中くんに関しても現在この部屋で仕事に向かっている。
どうやら、前の眼鏡との一件でこっちの事務の仕事の方が適していると思われたらしい。あちこちバイトをしているらしい山中には、やはりこういうのよりも力仕事の方が似合っていると思うのだが、本人はエアコンのある室内の方がいいらしい。エアコンってもしかして日本の全人類から愛されてる超ハーレム主人公なんじゃないの。
周りの空気を用意に変える力を持つ影の尽力者…絶対強い。
それに最近じゃ人の位置を把握し、そこにいた時間で風の強弱を決めるという力さえ得ているらしい。その内エアコンを一定数揃えると超合体してロボットバトルが繰り広げられるに違いない。
必殺技はオープン・ゲート・ブレス。蓋を開くことで耐えられないまでの冷風を送りつけ、全てを氷に染めてしまう禁断の技。
と、バカみたいな事を考えていると広い部屋の扉がコンコンとノックされた。人が少なくなり、静かな部屋にそれは響き、半分ぐらいの視線はそこに集まった。
エアコンを兵器に改造する妄想、割とたのしかったです。
で、扉をノックしたのは誰かと言うと
「久しぶり~♪仁田くん」
「うぅ…や~ちゃ~ん…」
手を小さく振ってこちらに挨拶をしてくる矢波先輩と、他の人の視線を集め、恥ずかしそうに矢波先輩の背中に隠れる桜丘先輩だった。二人とも私服姿である。
「どうも」
一応俺も挨拶を返す。
そして、自分達に関係ない人だったためか、周りの視線は自然と離れていく。だが、一の方の山中だけは桜丘先輩から視線を離さなかった。
と、矢波先輩は俺の隣の空いていた席に腰掛け、両肘をついてそこに顎を乗せ、俺を覗き込んできた。
「準備、大丈夫?」
「まぁ、良い感じですよ。で、なんで来たんですか?」
「お誘いに来たの」
「お誘い?何のですか?」
矢波先輩に続いて、桜丘先輩も居心地悪そうに椅子に座った。
「夏祭りだよ、夏祭り。ほら、毎年駅からちょっと離れたとこでやってるじゃん」
「あー…」
大まかな場所を聞いてその夏祭りとやらを思い出す。
昔はよく妹やらを連れて行っていたが、最近はめっきり行くことが無くなっていた奴だ。行かなくなった理由は、なんか、顔見知りに会って夏祭りと言う空気だけで親切に声をかけられたくなくなったからだったような。
お祭り特有の緩んだ空気というのは、誰もが気軽に話せて良いという感じもするが、俺の場合は話すというか絡まれるだけだし、苦笑いだけ浮かべて「まぁ…あはは」でその場を切り抜けるの嫌だし、なにより煩いのはあまり好まない。
そして、今年からついでにより行きたくない理由が追加された。変にそいつの名前を出さずとして分かる、まあ、あの彼である。
「あの、ほら仕事ありますから」
ハサミと紙を持って、仕事してますよアピールをする。
でもこれただの保育園のお昼休みにしか見えない。ハサミチョキチョキ楽しいな♪楽しくない。
それは先輩も同じだったらしく、えーっと疑うような目でまじまじ見つめられる。
「それが仕事…?」
「一応…はい」
「む~…ねぇ、生徒会長?」
「ん?」
突然話を振られ、パソコンと向かい合っていた生徒会長が
顔を向ける。
「なんだ、矢波」
「今ってどれぐらい体育祭の準備、終わってる?」
「そうだな…大体は終わりだ。後はこの調子で行けば一日二日で終わるな」
「そしたらその後の委員さんたちは?」
「…普通の夏休みに戻るが」
「だったら今日ぐらい早めに切り上げても大丈夫じゃない?この中にだって夏祭りに行きたい人もいるでしょ?」
矢波先輩が視線を巡らせると、何名かは頷いたり、同じだという事を現すために苦笑いのような笑顔を浮かべた。
「だがそうなると長引いて無駄にここに来ることになるだけだぞ?それで変に苦情を立てられてもな…」
「今のところほぼ毎日ここに来てもらってるんでしょー?ブラックだよ、ブラック生徒会長」
「ブ、ブラック生徒会長…か」
生徒会長がぽつりと言われた言葉を繰り返す。
「変な異名を付けられて名を残しちゃうかもよ?」
「ぐ…分かった!分かったよ!…はぁ、今日は特別だ。誰か、外の委員たちにも伝えてきてくれ」
生徒会長がそう言うと、ここにいた八割七割の生徒が片付けを始め出す。
全員が全員、夏祭りを目的にそれを始めているかどうかは知らないが、それも生徒会長は承知の上なのかもしれない。
矢波先輩は、はぁとため息を吐く生徒会長から視線を外し、それを俺にくるっと変えた。
「よーし!仁田くん!面倒な仕事は今日は無しだよ!行こう!」
「行かないです」
「行こう!」
「行かないです」
「行こ…」
「行かないです」
「なんでよー…ぶーぶー」
目をキラキラ輝かせた先輩だったが、俺の鉄の意思を見ると、途端にそれを失い、代わりに頬を膨らませた。
仕事を言い訳に断ったが、行きたくない理由は別。それを解決する気も、伝える気も俺にはない。というか、これを周りにどうやって伝えるか分からない。
「暑いの苦手なんですよ」
とりあえず違う理由で誤魔化してみると、今度は矢波先輩ではなく、桜丘先輩が俺を見た。
「ね、にーにゃんくん」
「…なんですか?」
「私からも夏祭り、お願いできないかな?」
「いや…」
矢波先輩はきっぱりと断っても軽く返事を返してくれるがために本音が言える。だが、桜丘先輩に関しては関係が関係だし、どうしても無下に出来なくなってしまう。
優しい声音で諭されると、ちょっと行ってしまいたくなってきてくる。
「やーちゃんね、ちょっと前ににーにゃんくん達が海に行った、って聞いて、ちょっと拗ねてるの」
「拗ねてる…ですか?」
「むすー…秋葉ちゃんから聞いたよ。仁田くん、僕らを置いて海に行ったんだってね…むー…僕は君ともっと仲良くなりたいのに…」
先輩は机に身体を倒し、そっぽを向いて、そう話す。
海に関しては決めたのは俺ではなく、彼ら彼女らであって、入り込む余地などなく決定事項として行われてしまった。だから、誘うなんて考えは思い付く余裕がなかった。
ちょっと最後に嬉しくなるような言葉もついでに聞いて、心の中で行かないという決意が揺れるのを感じた。
「だから、ね?にーにゃんくん?一緒にどうかな?」
「………」
答えが出てこない。
これで素直に行っても新崎に会うのは明白だ。彼らが、こんな青春オブ・ザ・青春を見逃すはずがない。
会いたくないからこそここにいるのに、会ってしまっては意味がない。だが、これを断るのもなんか気まずい。
説得した内容というのも一つではあるが、説得されているという事実もまた俺が間違っていると遠回しに言ってきているような気がして、幾ばくか申し訳なくなってくる。
紙を切るのと女の子との夏祭りを天秤に掛ければ誰だって後者の方が優先だと分かる。
しかし、その夏祭りの真の目的が結局は彼のハーレム形成のためかもしれないと天秤に追加情報を与えると、この紙の方が重く、いとおしく感じてしまう。
一頻り整理してみるが、答えは出ない。悩む俺を見て、桜丘先輩は微笑んでいるだけである。
すると
「い、良いじゃないっすか!夏祭り!」
「山中…」
遠くで仕事をしていた山中が、今だと言わんばかりに会話に入り込んできた。
「お祭りは人が多い方が楽しいっすから!だ、だから自分もー…なんて…?」
自分の発言にうんうん納得したように頷いた後、ちらりと視線を俺に向ける。
まぁ、こいつとしては桜丘先輩と夏祭りに行きたいからこうやって割り込んできたのだろう。下手くそな演技だったが、それに桜丘先輩も頷いてもう一度「ね、どうかな?」と尋ねてくる。矢波先輩は相変わらずぶすっと拗ねてるのか、顔は俺とは真逆を向いていた。
「…はぁ」
「先輩、諦めた方が良いんじゃないでしょうか」
山中ちゃんも何故か俺を後押ししてくる。
「…分かった」
ここまであれこれ言われて、なお断り続けても、その後はきっと実力行使が待っていることだろう。あっちが諦めてくれないならこっちが諦めるしかない。
言葉と同時に頷くと、矢波先輩の顔がゆっくりとこっちへと動いた。そしてその顔は笑顔でした。
…夏祭りに行くことが決定し、早々に浴衣を着てくるからと二人の先輩は帰っていき、俺と山中はぼちぼち帰る支度をぼちぼちと始め出した。
まぁ、支度と言っても俺の仕事は紙を切るだけ。携帯に財布、後は厚みの無い鞄を持てばそれで完了する。
「それじゃあ、自分も一旦家に帰って支度してくるっすから!」
ワクワクとした笑顔で山中は颯爽と去っていった。
それを何も言わずに見送って
俺も後を追うように自宅に向かおうと歩くが、視界の端に写る変わらず仕事を続ける彼女が気になった。
「山中はいいのか」
「…私ですか?」
「…あぁ。お前も結構働いてたし」
仕事を休んでいいと生徒会長直々に許可が降りているのだ、真面目な山中とて今なら遊ぶか休むかしても良いだろう。
そう思って声をかけたが、山中は首を振る。
「大丈夫です」
「いやでもせっかくだし夏祭りぐらいは…」
「いえ、夏祭りには行きます」
「え?」
「ふふっ…これを見てください」
嬉しそうに笑った後、山中が自分の携帯を鞄から取り出した。
付いていたディスプレイには、誰かから送られてきたメール。その差出人は…。
「嘘…」
「本当です」
口に出すのがおこがましく感じてしまうぐらいの清らかな名前を持ちし天女。冬花ちゃんであった。
慌てて自分の携帯を見てみるが、冬花ちゃんからの連絡は一通もない、ていうか、誰からもない。あ、迷惑メールならあった。
「私は冬花ちゃんと一緒に夏祭りに行きますから」
「嘘…」
「ですから本当です」
冬花ちゃんとは俺の方が長い付き合いなのに…どうして…。
俺が絶望に打ちひしがれている間に、山中はてっとり早く片付けを済ませ、誇らしげな顔で帰っていった。
嘘…。
誰かに「嘘」、そう返してほしかったのだが無念にも、俺の声に返事を返す者はいなかった。
中身の無い鞄を揺らして、人の通りが多い道を進んでいく。
駅から程近く離れた、住宅街の傍にある河川敷の遊歩道。そこが今日と明日だけ、提灯に沿って屋台が連ね、それを目的に人が無数に集まる。
賑わっている場所からは少し離れ、人に流されないよう土手から降りるためにある階段の付近でボーッとそれを眺める。
ぶらぶらとゆっくり目に歩いてきたのだが、先輩や、山中らしき人の影はない。代わりに見えるのは、はしゃぐ学生や元気そうに駆ける小さな子供、そしてそれを微笑ましそうに眺める大人たち。ここに来なくなってからしばらく経ったと言うのに、そこに見える景色に大きな変化はなかった。
だが、その景色を見て受けとる感情は長い時を経て、変わってしまう。
小さい頃はとてもワクワクして、この賑やかさは聞いてても飽きなかった。
で、そこそこ成長した今の俺からすると、その賑やかさという言葉は煩さと変化を遂げ、ワクワクは何処かへ消え去った。ついでにつくってあそぼも終わった。
…と
「おーい、仁田くん?」
「さっきぶりだね、にーにゃんくん?」
「どうも」
俺の名字と愛称を呼ぶ声がして向けば、そこには浴衣姿の先輩コンビがいた。
俺も軽く会釈をして、いつも通りのたった三文字の挨拶を返す。
矢波先輩は俺の事を下から覗き込み、ぱちっと目が合うとにっこりと笑顔を見せる。桜丘先輩も、案外周りの目が気になってはないようで、気軽に挨拶をしてくれた。
「出会って早速だ毛だ、ふふーん、どーう?僕たちのゆ・か・た♪似合ってる?」
矢波先輩がくるりと綺麗に回り、淡いオレンジ色の浴衣もそれに合わせて小さく揺れた。
「…まぁ、に、似合ってると思います」
「声が裏返ってるよー仁田くん♪」
「すみませんね…」
いやだって女の子の服装誉めるとかしたことないですし…と、心中で強く言い訳していると、いつもよりも機嫌が良くなった矢波先輩が、桜丘先輩に声をかける。
「春は誉めてもらわなくて良いの?可愛らしい後輩から誉めてもらうチャンスだよ?」
「可愛らしいって…」
誉め言葉か分からないものを受け取り、もしかしたらと覚悟を決めていたが、桜丘先輩は首を横に振る。
「ううん、私は大丈夫。今誉められちゃったら恥ずかしくなっちゃうし」
「そっか。よかったね仁田くん」
「…まぁ」
適当な返事を返すと、急に矢波先輩が俺の手を掴んできて、慌てて距離を取りながらその手を離してしまう。
「な、なんですか…」
「いや、手、繋ごっかなって」
「なんでですか…」
訳を尋ねると先輩は不適に笑い出す。
「ふふふ…僕がこれまでこういうお祭りで何回迷子になったか…君は知らないだろう?」
「やーちゃん、すぐに何処か行っちゃうもんね」
桜丘先輩が今まで幾度どとして見てきた様子でそう付け足す。
「それに、僕のこの身長だから子供に紛れて見つけるのもとっても大変だよ?」
「先輩が落ち着けば全て解決でしょ…」
「それは…そうなんだけど。…ダメ?」
きゅるんと愛らしい瞳で俺を見てくるが、「ダメです」と反射的に断ってしまう。女の子と手を繋ぐとか色々手汗とかに後悔して不登校になる。
「というか、桜丘先輩がいるじゃないですか」
女の子同士なら俺も見ててホッとするし、ちょっとドキドキもするからと勧めてみる、が、そう言うと先輩の表情が途端に真面目になる。
「…一応言っておくと、春と手を繋いで毎度迷子になってるんだよね」
「やーちゃんの手、すぐにスルッと抜けちゃうから…あはは…私からも…お願いしたいな?」
桜丘先輩からも頼まれる。
えぇ…と、なんとも言えない顔をしていると先輩は指をピンっと立てて、俺との距離を詰めてきた。
「そ・れ・に!君の手を握って置かないと君がどっかに行っちゃいそうなんだもん!」
「いやしないですよ…」
「とーにーかーくー!僕の安否のためにも、さっ、ほら、僕の手を握って?」
夏祭りに誘われたちょっと前でさえ、長々と押し問答を繰り広げ負けたのだ。そろそろ、先輩のお願いを断る事は出来ないと、脳に教えた方が良いのかもしれない。
「…分かりました」
「よーし♪素直な後輩くん♪」
降伏の証として、矢波先輩の伸ばす柔らかそうな真っ白の手に自分の手を伸ばすと、魚が餌に食いつくようにガバッと手を取られ、ガッチリと強く握られる。
少し躊躇いながらも離す気配が無い彼女を見ると、ニパッと明るい笑顔を浮かべていた。…多分、魚として釣られたのは俺で、先輩の方が釣り人なのだろう。手汗を出さないよう全力を尽くしながら、ハンマーのようにグワングワン勢い良く繋がれた腕を振り回す先輩の隣を並んで歩いていった。
「…あ、山中」
忘れかけていた山中とも合流し、ごった返している道を流れに任せて進んでいく。
会議室にいた時は常としてセミの声が聞こえていたのだが、今となってはもう活気溢れる声しか聞こえない。
ここは競り市かなんかなのだろうかとか疑問を持ちながら、屋台を順々に見ていく。
「焼きそば…たこ焼き…わたあめ…色々ありますね」
「え、わたあめ!」
適当に目に入ってきた文字を読んでいると、わたあめに矢波先輩が反応して、その屋台に向かって先輩からグイッと身体を引っ張られる。
確かに、桜丘先輩の言っていた通り、強く握っていなければスルッと抜けてしまいそうな勢いである。
「ちょっと先輩」
「わたあめ一つ!…って、あ、ごめん」
店のおっちゃんが威勢の良い
返事を返すと、気づいた先輩が振り向いて謝る。
「ちょっと腕痛かったですよ」
「あはは…わたあめ半分あげるから…」
「や、やーちゃん!」
人混みの中からぷはっと水中から現れるように桜丘先輩が現れ、その後ろに置いていかれそうになったことにどんよりしている山中が付いてくる。
「もうやーちゃん…いきなり走り出さないでね?私、大声とか出せないし…」
「いやぁ…わたあめって聞いたから…」
「…そんなに好きなんですか?わたあめ」
「うん!毎年夏祭りに行ったら絶対に食べるからね!」
「でも、ベタつきません?」
俺も最近はろくに食ってはいないが、昔は良く妹と分けて食べていた。その時に残っていた記憶を思い出して話すと、ジトーッと強く睨まれる。
「仁田くん、どうして今から食べようとしてる人に対してそんなことを言えるのさ」
「あっ、いやすみません…」
何となく発言してしまったが、確かに今から食べる人にする話ではない。
でも、人間って好きなことよりも嫌なこと方が記憶に残るんですよね…。
「素直に謝ってくれたし、許す。今僕は気分が良いからね♪」
木の棒にグルグルとまとわり付いていく雲のようなわたあめに視線を写し、先輩は瞳をキラキラ星のように輝かせる。
その姿は今はなき可愛らしかった妹の姿を思い出させる。泣きそう。
「ふふっ、それじゃあ私も、わたあめ食べようかな?にーにゃんくんはどうする?」
「俺は…まぁ、いいです」
「仁田くんは僕と半分こだからね」
「それ決定だったんですか…。…ってそれよりも」
「…はぁ」
熱の籠っているコンクリートの地面を見つめ、悲しげに息を漏らす山中に目を動かす。かなりヒロシです。
「はぁ…俺なんて忘れられても誰も気にしない存在なんすよ…自己紹介したときだって…あぁ…!」
あの時の引かれ具合を思い出したようで、トラウマの如く頭を抑え山中は苦しむ。
「山中…」
「先輩はいいっすね…手なんて繋いで…自分はもう…繋ぐ以前の問題っすよ…」
「いやこれは俺も無理矢理…」
「はぁ…」
山中はまた卑屈さの混じったようなため息を吐き、気力をドンドンと失わせていく。
これがいっそ俺のミスゆえに桜丘先輩に引かれたのだったならばまだ、俺を言い訳に出来て彼も良かったことだろう。しかし、彼自身が起こした行動でのあの結果は、ただ言い訳の出来ない傷を負っただけで、二人の関係性が遠退いてしまった。
「…………」
どう慰めようかと小さく息を漏らして悩んでいると、真下から急に白とピンクの混じったフワフワが飛び出してきた。
「うぉっ…矢波先輩…なんですか」
反射的に身体をのけ反らせ、そのフワフワの中の棒の先を見れば、それをしていたのは矢波先輩だった。
「いや、君の口をベタベタにしてやろうかなって」
「…さっきのは本当にすみませんでした。だから止めてください」
だが、フワフワが下がることはない。
「それと半分。ほら、食べて?」
「いや、良いですって…。俺お金とか払ってないですし」
「僕が誘ったんだし、奢るぐらいはしてあげるよ。ほーら」
「…分かりました」
諦めは迅速にを学んでいこうと考えていたのだ。
ゆっくり、恐る恐るではあるが、わたあめの少しだけをかじるように口に含む。
砂糖の甘い味は懐かしさを甦らせる。
俺が食べたのを見て、矢波先輩は満足そうに微笑み、わたあめを食べ始めた。
「素直でよろしい♪仁田くん」
「…どうも」
「…それと、山中くん?」
「は、はいっ!な、なんでしょうか…?」
急に名前を呼ばれ、ビクッと山中が驚いたように反応すると、矢波先輩はわたあめから視線を外さずに、言葉を呟いた。
「春は…誰に対しても君と同じ反応をしたと思うよ」
「え?」
話の内容を理解できていなかったようで山中は声を漏らして首をかしげたが、多分、これは先輩から山中への助言だったのだろう。
まぁ、手を繋いでいたのだ。山中との会話も近い距離にいた先輩には筒抜けになっていても不思議はない。ちらりと見た先輩は、いつもの明るいひょうじょうではなく、不満げな顔をしていて、きっと本当に不満なのだろう。
しかし、それでも助言をしたのは矢波先輩の優しさ。
…その優しさ、こっちに回せませんかね…と、少しだけ捉えていた視線を動かし、矢波先輩を正面に捉える。
その時、奥に見えた桜丘先輩は、くるくる回るわたあめに目を奪われていてこっちの話が聞こえている様子はなかった。
「先輩、俺以外には優しいですね」
「ん~?僕に優しくしてほしかったの~?しょうがない、わたあめをもっと食べさせてあげよう。ついでにベタベタにもね」
その先の言葉を封じさせるように、わたあめが俺の口を隠すように間近に迫ってくる。
「…どうも」
まぁ、そんなに捻りに捻った難しい問題ではない。山中ももう少しすれば、その意味を知って立ち直ってくれるだろう。わたあめと、そして山中への言葉のお礼として俺は呟いて、目の前にあるわたあめをまた少しだけ貰った。
「よーし!それじゃあ、次はどこの屋台に行く?次は仁田くんが決めていーよ」
「えっ、俺ですか?あー…」
山中との話を終わらせると、急にこっちに話を振ってくる。特に食べたいものもなく、選ぶのに時間をかけているとそこにわたあめを貰った桜丘先輩も混じる。
「あ、春。次のお店、仁田くんに任せても良いかな?」
「うん、大丈夫だよ。あ、でもここだとお店の人の邪魔になるから話ながらね?」
「じゃ、行こっか仁田くん。山中くん」
「は、はいっす!」
矢波先輩にまた腕を引かれ、ゆっくりと人の流れに混じっていく。
次は俺と任されてしまったが、特に食べたいものは頭には湧いてこない。目に入ったもので何か無いかと見上げても、興味が引かれるような物はなく何処までも続いていく光を放つ提灯しか目には残らない。
鉄板どころと言えばかき氷かもしれないが、生憎今、俺の片手は封じられてしまっている。まるで呪われているもの封じるかのようにガッチリと。片手だけでかき氷に挑むのは中々にリスキーである。
何事も安全第一が一番。
時々、1%でも確率があるなら!みたいな感じな人もいるが、そういうタイプの人は基本的に主人公であって、それは1%という名の100%であるから別物。今のガチャの時代にそれ最強なんじゃないの。
と、そんなことを考えながら歩いていると、お祭りと言えばの定番の屋台の文字が見えた。
「リンゴ飴…」
呟いてその屋台を見ると、矢波先輩もそっちを向く。
「リンゴ飴にする?」
「まぁ、他に食べたいものも無いですし」
この俺に任せるという流れを終わらせるために、適当に店を決め、そこを目指して歩く。俺の話を聞いていた桜丘先輩と、山中も俺らの後ろに付いてくる。
人をわけて進み、リンゴ飴の屋台の目の前に立つ。
小さいのと大きいのがあるようだが、どうやらリンゴの種類が違うらしい。他にも、鼈甲飴やら動物の形を模したものが混じって置かれていた。
「先輩はどれにするっすか?」
ちゃっかり自分も買う気らしい山中が尋ねてくる。
俺の記憶が正しければリンゴ飴は外れと当たりの差が大きかったはずだ。
ついさっきも言ったばかりだが、一番大事なのは安全。
ならば、この中から選ぶのは
「まぁ…じゃあ、鼈甲飴で」
「リンゴ飴じゃないんだね…」
「リンゴ飴じゃないんすか…」
いやだってこれなら外れも当たりもないのを選ぶでしょ…。
と、戸惑ったような声を漏らす山中と桜丘先輩をよそに、鼈甲飴を貰い、お金を払う。
溶けないうちにと口に放り込む。
すると、矢波先輩が大きな声を出した。
「あー!」
「…なんですか急に」
「いや、せっかく僕が一口貰おうとしてたのに…」
「いや…まだわたあめも残ってるじゃないですか…」
それに、この飴は最近じゃあめっきり見なくなったペロペロキャンディーのようなサイズではないし、なによりわたあめと、違ってこれは食べるではなく舐める。
さっきの食べた部分がほとんど残らないわたあめでも実は少しドキドキしていたというのに、飴となってはその舐めた部分が消えない分、より意識してまいそうになる。
この前にかなりの数の心臓を失った俺に、もうこれ以上のドキドキが止まらないは困る。ちなみに卓球はしない。ていうかできない。
買った飴の味を満喫していると、山中が何かを見つけ、「あ」と口を開ける。
「ん、山中どうした」
「あれ、射的っす!」
「あ、本当だね」
山中の言葉に怯えることなく、桜丘先輩も山中と同じ場所を見る。俺も二人の目の先に視線を向けるとチョコバナナと水風船の屋台に挟まれる形で、火縄銃がデフォルメされたような物が書かれた射的があった。ついでにそこそこ賑わっているのも見えた。
「行ってみる?山中くん」
「えっ、い、いいんすか?」
「僕と仁田くんは行きたいところに行ったし、春も、いつも通りでしょ?」
「うん。私は皆が決めたところで大丈夫だから」
そう言って、山中に優しい微笑みを桜丘先輩は浮かべた。
それを見て山中はズキューンと胸を…ってこれ前にも似たような反応を誰かで見た気がするんですけど…。
性格はほぼ真逆と言えど、双子のリアクションは自然と似るものなのかもしれない。
「そ、それならお願いしますっす!」
まるで体育会系の挨拶のように深々と山中が頭を下げると、矢波先輩の手によって、そっちの方向へ連れられていく。
なんか、この手がまるで犬のリードのように見えてきた。
どうも犬系男子です。どっちかって言うとナマケモノ男子だけど。直訳すると役立たず。ナマケモノに迷惑である。
わいわいと賑わいを見せる射的屋を覗くと、景品の置かれている棚に全員の視線が集まった。
「なんですあれ…」
「…さぁ?」
「大きいね…」
そこにあったのは巨大なフクロウのぬいぐるみ。背丈は矢波先輩よりもほんの少し小さいぐらいの、二つの翼を大きく広げ、小学生ぐらいなら包まれることも可能なぐらいのでかさである。
それに向かって他のお客さんがパコンと専用のコルクの詰められた鉄砲で狙ってみるが、ろくに動くことなく、まるでボスのようにそこに立ち尽くしていた。
しかし、手に入れることは出来なかったというのに、そのお客さんの顔は以外にも満足そうで、端から落とせる物だとは思っていなかったような表情をしていた。きっと、ちょっとしたエンターテイメントの一つとして楽しんでいたのであろう。
結果、フクロウを動かせずにその人の銃の弾が切れ去っていくと、その人に集まっていた視線は離れ、皆好きなように他のお菓子だったり、小さな人形だったりの景品をキャイキャイ楽しそうに狙い始めた。
「あれ…落とせるのかな?」
桜丘先輩が疑問を混ぜて呟く。
彼女の言う通り、そこいらのコルク一発で倒せる重さではないように見えるし、実際に挑んだ人もダメだった。
俺も疑惑に思い「無理じゃないですかね」とフクロウを眺めながら返事をする。
「良い毛並みしてるね、あのフクロウ」
「矢波先輩、ああいうの好きなんですか?」
「好きって言ったら君は取ってくれる?」
「…無理ですね」
俺にそんな射的の実力はないし、最後の一発と言う名の絶対に当たる状態は俺には作れない。
「そ、ならいいや。君に無駄にお金を払わせたくないし」
「…なんか、ありがとうございます」
「ま、でもせっかくだし一回ぐらいは試してみようかな?」
繋いでいた手が離れ、わたあめをパパッと食べ終えた先輩が近くに設置されているゴミ箱に棒を捨てて、お金を払い銃を持ってコルクをキュキュッと詰める。切り替えの早さに少々驚く。
「あ、じゃ、じゃあ自分も!」
山中もそんな矢波先輩を見て、射的に挑む。
特にする気もない俺と桜丘先輩は、一歩だけ後ろに下がって何となく、顔を見合わせた。
「にーにゃんくんはやらなくて大丈夫?」
「まぁ…特に欲しいのも無いですから。先輩は良いんですか?」
「私はこういうのあんまり得意じゃなくて…でも、やーちゃんは得意だよ?」
言われて、その矢波先輩を見てみれば、表情を見ることはできないが冷静に、そしてぶれることなく銃を構えていた。
そして一つのお菓子の箱に狙いを定め、ゆっくりと引き金を引いた。放たれたコルクは箱に向かって一直線に進み、その箱の上の部分に当たると、大きく後ろに倒れ、棚からひゅうと落ちていった。
おぉ、と驚きながら桜丘先輩に視線を写すと彼女は「ね?」と、口を動かした。
「ふふん♪どーう?仁田くん、凄いでしょ?」
落としたお菓子を貰って、矢波先輩が誇らしげな表情で振り向く。
「えぇ、本当に」
「やーちゃん、これならあのフクロウも狙えるんじゃない?」
「うーん…そうかなー?」
鎮座しているフクロウに三人の視線が集まる。
端っこに見えた山中が撃ったコルクは残念ながら、棚の奥に静かに消えていった。
「まぁ、任せますよ。先輩のお金ですし」
「うーん…この季節にあのモコモコ…絶対暑いよね」
「冬まで待つ?やーちゃん」
「冬までここやってないと思いますけど…」
「あ、そうだね。あはは…」
自分の言ったことにハッとして、恥ずかしそうに桜丘先輩はわたあめを食べた。
やだ、可愛い…。
と、勝手にときめいていると悩んでいた先輩が声を出す。
「…決めた!せっかくだから狙ってみようかな」
また、先輩はコルクをキュキュッと銃に詰めていく。
「頑張って!やーちゃん」
「無理だとは思うけどね」
「ダメ元ですね」
矢波先輩がフクロウを見つめ、コルクの詰まった銃を構える。見つめ合うフクロウと先輩。それを静かに眺める俺と桜丘先輩。山中は未だに何も当てられていないようで、ガックリ肩を落としてこっちのイベントに瞳を向けてきた。
「…………」
静かな空気が流れ始める。
その空気を読んでか、付近の人達も声を潜め始め、ちらちらと興味と好奇心の混じった視線が彼女に向かう。
だが、本人はそれを気にすることなく、落ち着いた様子で静かに引き金を引いた。
撃たれたコルクはフクロウの瞳と瞳の間にめり込むようにぱこんと当たったが、当たっただけで、フクロウは大きく揺れることも動くこともなかった。
「無理だね」
矢波先輩がそう言った。
すると、静かな空気は切れ、色々混じっていた周りの視線は散っていき、すぐに煩くなっていった。
「強いですね、あのフクロウ」
「うん、相当綿を詰め込んでるよあのフクロウ」
落とせる物とは最初から考えてはいなかった。口に出していた通り、ダメ元だったのだ。
矢波先輩も、特に悔しがる様子も、悲しむ様子もなく、けろっとした表情で返事を返してきた。
「ご、ごめんね?やーちゃん。無駄に撃たせちゃって」
申し訳なさそうに桜丘先が謝る。が、矢波先輩は「気にしなくていーよ」と、横に首を振った。
と、不意に横から俺の名字を呼ぶ声がした。
そっちを向けば、呼んでいたの山中。何故か、フクロウを見て意気込んでいた。
「仁田先輩、自分があれを倒したらもしかしてもあるんじゃないっすか!」
「いや無いと思うがな…」
「いいや!あるっすよ!」
一体どこにそんな確証があるのか知らないが、山中の有無を言わせぬ気迫を見ると、ちょっとそんな気もしてくる。
好きな子の欲しい人形を射的で倒す。夏祭りでのイベントとしては相応しい物だし、実際にそれをラノベで見たことがある。桜丘先輩が欲しがってるかは分からないが。
…しかし、そこで気づく。
この展開をラノベで見たからこそ山中がするべきものではない。夏祭りに相応しいこのイベントをするに相応しい奴と言えば…
「お、灯!」
また俺の名前を呼ぶ男の声。
俺の事を名前で、尚且つ気さくに呼ぶ男なんてのは残念なことに一人しかいない。
…このタイミングならば、主人公らしさを発揮するには絶好。
一々、そっちを見て反応を返す必要なんてない。
そもそも、この絶対に倒せないフクロウを見た時点でこれが彼の活躍のためにある物だと早々に気づくべきだった。
「新崎…」
絶対を覆すことが出来る数少ない人種の一つ。
主人公、新崎陽斗の登場である。やったね。




