53話目
53話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
玄関を開けると、他人の家特有の少し違う匂いが鼻に入ってくる。
「広いな…」
そして次にあちこちに扉がある大きなリビングを見てそう言葉を漏らしてしまう。
「まぁ、でも広すぎて半分も使ってないし、あってないようなもんだよこれは」
「それは聞く側にとっては皮肉になるぞこのやろう」
「そ、そうだったのか…すまん…いや…実は…友達とか呼んだことが無くてさ。今日が初めてなんだ」
「ほー」
そういえばこいつとの出会いの時だって確か、二人組うんぬんだったな。
こんな話しかけやすい性格のわりに、友人関係はいまいちなのだろうか。
…と、新崎に付いて部屋の奥へと進んでいくと、写真立てが二つ、目に入った。
「あー…これは」
「いいよ。これぐらい。なんなら手ぐらい合わさしてくれ」
仏壇の上にある二人のその写真。
詳しく話さずとも前に聞いたことでちゃんと分かっている。
「悪いな。…じゃあ俺、飲み物とか取ってくるな」
「ん、頼んだ」
離れていった新崎をちらりと見た後に、その写真に向かって歩いていく。
…座ると笑顔の二人の写真は綺麗に撮られていて、背景にはどこかの公園かなにかだろうか、植物がよく見えた。
この両親はどういう気持ちなんだろうか。
主人公…息子の同情のアイテムとなってしまって。
昨今のラノベというのはかなり親や兄弟が犠牲になることが多い。
…だからそれはつまり、もしかしたらこの親も息子が主人公だった故に、こんな悲しい結末を迎えてしまったのかもしれない。
それか、親がこうなる運命だったからこそ新崎は主人公になったのかもしれない。
どちらにせよ、この出来事のお陰で…というか、影響によって、新崎は主人公という地位と、同情という名誉を手に入れたのだろう。
人の死にあれこれ言うのはどうかとも思ってはいるが、これは日常系ラノベ。
こんな心境が彼の物語の中で遠い日、描かれることなんてのは起こらないだろう。
「もうそろそろ大丈夫だぞ」
「ん、分かった」
立ち上がってキッチン近くの椅子に腰かける。
俺の好みに合わせてくれたのか、テーブルに野菜ジュースが置かれる。
「好きなんだろ?」
「あぁ、ま、じゃ早速」
肩に掛けたバッグから、教科書とノートを取り出す。
それを見て新崎は「おう」と、声を出してそのノートを覗き込んできた。
「分からないのは…英語か」
「日本人だからな」
「…ちなみに聞くが前の英語、何点だったんだ?」
「40…いくつだな。赤点は回避した」
「お前な…」
呆れた様子で新崎に見られる。
言い訳になるかもしれないが、英語以外の点数はそこそこ良い。
基本的に、どんなにあがいても平均の順位で落ち着く俺。
それはつまり、ひとつの点数を諦めてしまっても、そこで得るべきだった分の点数が他に回されるのだ。
だって、教科を一つ捨てたということは他の教科に時間が回せる。
その結果普通に頑張れば平均順位にたどり着ける。
だから別に、英語が低かったとはいえ変な危機感は持っていなかったのだ。
ん?
でもそれは、ここで勉強をしてしまえば他の点数が下がることになってしまうのではないだろうか。
「お前に頼んで…いつもより酷くなるなんてことないよな…?」
「おう!ドンと任せてくれ!」
「まぁ…じゃあ」
平均という呪いが断ち切られる事を祈りつつ、勉強は始まった。
「英語…まさかここまで苦手だったなんてな…」
始まって10分。
新崎からそんなことを言われる。
指を額に当て、苦そうな顔をした。
確かに、最近がグローバル社会なるもので英語が必須科目になのは俺だってきちんと理解している。
でもね。
仕方ないことだと思うんですよ。
日本人ですら日本語というものを俺含めて完璧に使いこなせている訳じゃないんだよ。
なら、他国の言葉なんてそんなの覚えられる訳ないんだよ、うんうん。
「仕方ないな、諦めて別教科でもやるか?」
そう、英語から逃げようと促してみるが、新崎は椅子から立ち上がって、メラッと瞳の炎を燃やした。
えっ。
「いいや!諦めるのはまだ早いぞ灯!努力すればなんとでもなる!諦めるな!」
「なんで急にそんな熱血に…」
「もうちょっと頑張るぞ!灯!」
「えぇ…」
そういやこいつ、忘れてたけど熱いタイプの主人公でしたね。
あれだ、バトル学園物でいざとなったら秘剣とか魔剣とかで無双するタイプのやつ。
最初っから使えやって思うやつ。
特撮もののそういうのは許せるのに、何故ラノベになると許せなくなってしまうのか、これはいまいち分からない。
「ようし!じゃあここらへんから頑張ってくぞ!」
「えー…」
「えーじゃないぞ!」
範囲をおおまかに決めて
その最初の部分に指が置かれる。
ながったらしい英語の文は見るだけで嫌になる。
「まぁ、…頼んだのは俺だしなぁ」
「おう!俺は頼まれた側だからきちんと最後まで頑張るからな!」
「…そうか」
「おう!」
…頼まれたからには最後まで頑張る。
都合が良いというかなんというか。
頼まれ事をされている俺に対し、それをまるで投げるなと言わんばかりのセリフ。
これが偶然なのか、はたまな故意なのか真意は読めないがとりあえず真に受けはないでおく。
やる気満々の新崎を視界の端に置いて、翻訳を進めていく。
ふむ…なるほど…これは英語ですね。
なるほどなるほど…
「分からん」
「少しずつ頑張るぞ…」
「はぁ…あー疲れた」
英語と日本語でびっしりのノートを閉じて、大きく伸びをする。
凝り固まった筋肉がほぐれ、気持ち良い。
「ま、とりあえずはこんなものかな。あ、でもきちんと復習とかはしとけよ?小さな積み重ねが大事なんだから」
「へーい」
小さな積み重ねなしに主人公という地位を手に入れただけで、あれこれ都合のよい事が起こる新崎の話を適当に流して、ついでに飲み物を口に流す。
「雑な返事だな…ま、返事があるだけいいかな」
「んー…ん?」
「どうした?」
「お前…」
適当に新崎の部屋をあちこちと見ていると、少し開いたクローゼットに目がいった。
顔を覗かせている服は、ズボンやシャツではなく、スカートのついた…まるで女子が着るような…。
「…!こ、これはち、違うんだ!秋葉が!自分の部屋のスペースが無いからって!勝手に!俺のじゃない!」
新崎は俺からの疑うような視線を受けると、そのクローゼットの前に行き、バッと身体を広げてそれを隠す。
…なら、良かった。
主人公の壮絶な過去のひとつが女装癖でなくて本当に良かった。
「…本当だよな?」
「本当だ!…なら秋葉本人に…ってそうだ…。今日、いないだったな秋葉は…」
「喧嘩?」
「違う。なんか俺らの勉強会を聞いて、夏が対抗なのかなんなのか、女子会を開いたらしくてな」
「ほーん」
「それで今はいないんだ。はぁ…変な勘違いとかするなよ?」
「…その勘違いをしないために念のためもう一度聞くが、本当に…」
「違うってば!」
新崎は大声でそう叫んだ。
適当な会話をしながら勉強をしていけば時刻は進んでいて、気づけばもう夕方へとなっていた。
窓から差し込む夕焼けが、部屋に明かりとなって強く照らす。
「そろそろ終わりだな」
「おう、ま、一日でそんだけ進んだんなら十分!さっきも言ったが、予習復習…」
「ならきちんとやるから安心しろ」
指をピンっと立てて、しつけるように言う新崎にそう返してページを閉じる。
…本来、こういうなにか別の事に悩んでいる時に、こうして友人の家に遊びに行ったりすれば、ヒントなのか故意なのか、助言のひとつでもくれる…のだが、残念。
これまでうざいぐらいに言ってきたことだが、それを受けるのは俺の役目じゃないのだ。
むしろ、今の立場としては俺がする側なのに、ろくに活躍をしていない辺り、やっぱり俺の居場所はハッキリしている。
なんならいっそ、このまま役立たずをずっと続けて、卒業したときに「俺たち青春してたなー!」って、空に腕伸ばして叫ぼうかな。
よくあるじゃん。
具体的にどこら辺が青春なのか分からないのに、汗飛び散ってる絵とか、笑いあってる絵並べて、「これ青春ですから」って何か納得させるやつ。
汗飛び散るのは別にいいけど、塩分すごい減ってるから是非とも彼らには熱中症に気を付けてほしい。
ま、頭の中お花畑みたいに、頭の中が青春でボヤボヤしてる頭の中熱中症なら高校にたくさんいると思うけど。
…ひたすらに同級生に敵を作りながらノートを鞄にしまう。
「あっ、なんならそろそろ秋葉も帰ってくるみたいだし、夕御飯でも一緒にどうだ?」
「断る。なんで同じ歳の奴から夕飯誘われなきゃいけないんだよ…笠木さんと一緒に飯食べてもなにも話せないぞ…」
「いやでも、あいつ結構誰かに料理振る舞うの好きだし、味なら俺が保証する!」
「そう…でも帰らせてもらうわ」
「…そうか。家まで見送りとか」
「いらん…なんでそんなお前過保護なんだ」
「親友を気にかけるのは当たり前だろ」
「そういう気配りはもっと笠木さんにしてやれよ」
話ながら玄関に二人で向かっていく。
脱いだ靴を履いて、新崎と向き合ずにそのまま扉を開ける。
「秋葉…?あいつには結構色々気配りしてるつもりなんだけどな?」
「ふーん…」
「なんだよ…その目…」
「なんでもない。じゃあな」
「おう!じゃ、来週な!」
「んー」
バタンっと音がして、玄関を閉めた。
…今日は結局、なにも起こらない普通の一日で終わりを迎えた…とかそういうことを考えながら帰ればラノベのそれっぽいんだろうけど、何か嫌なので特になにも考えないで帰路についた。




