100話目
100話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
二月の最初の週の終わりに発覚した、ラッピングの必要性。
加えて一回出来た抹茶チョコではあるが、残りの日でそれを容易く作れるようにコツを掴まねばならず、流石の城戸さんも状況が厳しい物と判断して、甘い匂いに誘われてきたメイドさんを城戸さんが捕まえることで何とか当日までにそれっぽいラッピングを完成させることが出来た。
そして俺もそこに巻き込まれる形でラッピングのざっくりとした基礎を学ばせてもらい、冷蔵庫の奥、横にした飲み物の壁に隠れるようにしてクリスマスみたいな配色をした可愛らしい衣装を纏った箱を三つ冷やし、高校に向かった。
二月の真ん中。
バレンタインデーではあるものの、三年生にとっては受験勉強に命を賭すであろうその時期に、流石に校舎まで足を運ぶ先輩たちの姿はほとんどいない。
見かけない訳ではなかったが、それでも両手の指で収まりそうな数だった。
そんな閑散としていく校舎とは真逆に、寒さは今まで散々見せてきた姿を少しずつ隠していき、二桁の気温が連続で出る日もそう遠くはないかもしれない。
長かったこのクラスでの一年の終わりを、肌で感じさせてくれていた。
そして思っていたよりも、このクラス全体は結束や仲というものを得ていたらしい。
茶髪ちゃんをリーダーに数人の女子が朝の出席確認の時間に急に立ち上がり、「一年間ありがとね!」に加えて数言を元気に言うと、クラスの男子女子担任関係無く、全員に手作りの小袋に入った可愛らしいチョコを有志で配ってくれた。
気だるげな担任もそれには心打たれたのか、多少時間が長引いてしまっても、表情を微かに柔くしたままで特別咎めたりすることはしなかった。
当たり前ながらそのチョコは俺や新崎にも回り、新崎は貰うとくるっとこっちに身体を向け嬉しそうににかっと笑んでくる。
しかしその笑みは城戸さんにとってあまり気分の良い物ではないらしく、歯噛みしそうな勢いで貰った新崎の手のチョコを遠巻きから睨んでいた。
そして時間は歩み、昼休みを告げるチャイムが校舎にキンコンカンと鳴り響く。
先輩二人はもちろん登校しておらず、となれば今日の昼食を迎える場所は自分の机。
鞄からぱぱっと弁当箱を取り出し、貰ったチョコをデザートにしようかと食事の計画していると、部室で食べるのだろう、新崎が右手に箱を持って席からがたっと立ち上がる。
「んじゃ、灯」
「あぁ」
別れの挨拶なんてしなくても良いのだが、されたのならば返事は返す。
そのまま新崎は廊下に行くのかと思ったが、彼は教室の後方をじっと見る。
俺も続いて視線の先が見えるよう身体を指せば、机の上で微動だにせず固まっていた城戸さんが瞳に写った。
「夏!行かないのかー?」
「…え!?ぁ、さ、先行っといてください…」
新崎が口に片手を当て大きくした声で呼び掛けると、城戸さんの身体がびくっと跳ね、ぎこちない感じに言葉を放つ。
「お、おう、そうか…」
それに新崎は戸惑いながらも分かったと言って、言われた通り教室から出て部室へと歩いていく。
すると、城戸さんは慌ただしくがさごそと机の中を漁り、大きなリボンを目立つようにラッピングされた一つの箱を両手で大事そうに持つ。
俺のラッピングとはデザインが違うが、あれもメイドさんが飲み込みの悪い俺たちに頑張って必死になって教えてくれた技術。
合わせて、あの中にも長い時間を費やして完成させた、城戸さんの想いがふんだんに詰まっている。
と、そこで城戸さんと視線がぶつかる。
「…」
「……」
言葉を直接交わさずに、城戸さんの静かに行われた頷きに俺も頷きで応える。
すると彼女は席から重そうに腰を上げ、出入口目指してゆっくり、一歩一歩と足を床に置いていく。
やはり、不安というのはどれだけの事をしても簡単には拭い落ちてはくれない。
その緊張はまだもうしばらくは関係ない俺の中にも巣食っており、なんて意識してしまうと渡すのはやっぱり控えておいた方が良いんじゃないかと弱気な意見を投げてくる。
日頃一体さんのオープニングばりに好きと愛してるを言っている城戸さんでさえも、そんな弱い部分と今まさに心の内で戦っているのだろう。
扉に手を掛けた彼女はふぅっと何かの感情を含ませた息を吐くと、覚悟の言葉を呟いたのか、口を僅かに動かす。
そしてチョコを胸に抱いてもう一度息を吐き、廊下へと出ていった。
…あちこちに各々の時間を使うために散っていた生徒が授業の時間が迫り帰ってきた頃。
教室の扉が何往復も横に動かされているのを眠気混じりに見ていると、数人の女子の固まりの後に続いて新崎と城戸さんが横並びで教室に入ってくる。
その城戸さんの表情は多少の距離を挟んでも分かるぐらいに幸せに満ち溢れていて、見受けるにチョコは良い結末を呼んでくれたのだろう。
帰ってくるのに少し遅れた為、次の授業の教師が入って来てしまい聞くことは出来なかったが、終始、後ろから幸せなオーラは届き続けていた。
そして迎えた放課後。
未だ夕焼け僅かに空は黒さを増し、廊下に蛍光灯が明かりを降らす。
鞄に今朝と比べて増えることの無かった荷物を詰め込んでいると、新崎も鞄に手早く荷物を詰め込んで「じゃあな」と俺に手を上げて別れの挨拶を告げる。
それに昼同様に短い言葉で応えると、新崎は鞄を担いで去るかと思ったが、また視線は教室に後方に向けられる。
昼の繰り返しと言わんばかりに俺も気になってどうしたのと身体を指せば、また城戸さんが椅子に座っていて、けれど今度は頬杖を付いて幸せに浸っているらしく、目線を宙にうっとりしていた。
「夏!部活はー?」
「…え、あ、す、少し用事がありますので、先に行っててください」
「おう、そうか。じゃ、灯」
「…ん」
新崎が教室から出ていくと城戸さんは立ち上がり、スキップ手前の足取りで俺の元へるんるん駆けてくる。
そして近づくと同時に嬉々に満ちた声が耳に響く。
「仁田!仁田!!やりましたわ!やりましたわっ!チョコ、陽斗が喜んでくれましたのっ!」
「お、おめでとうございます…」
「ええ!」
ぴょこぴょことその場を跳ねながら、喜びを分かち合おうとしてくれているのか、距離が徐々に近づいていき、椅子を誰もいないお隣の席の方にがたっと引く。
興奮しているのか机に乗せた俺の鞄が何度もぺしぺしべしべし叩かれ、けれど城戸さんは気にすること無く幸せそうな息を漏らす。
「はぁ…♪んふふ~♪…あ!そうでした。実は渡したいものがあるんですの。少し待っててください」
「え、はい…」
言うと、ばびゅっと風が起きる速さで城戸さんが自身の机に帰り、鞄をがさごそして、そしてまた俺の前に風を起こして戻ってくる。
帰ってきた手には新崎に渡したのと同じサイズの、しかしあれよりかはラッピングが控えめな小箱。
時期やサイズ的にこの中身がなんなのか、大体の見当が付く。
「これ…チョコ、ですか?」
「陽斗用のとは別に仁田のも作ってましたの。もちろん、食べれるやつですわよ?」
「…良いんですか、貰って」
俺と城戸さんが交わした契約は味見の代わりに設備や知識、材料を借りさせてもらうこと。このチョコはその中には含まれていない。
だが、城戸さんは俺の質問に微笑んで首を縦に振った。
「えぇ。得体の知れないものをいくつも食べさせてきたのです。それに陽斗のも上手くいきましたし、特別ボーナスとでも思って貰ってください」
「…それじゃあ」
手を伸ばして、その箱を受け取った。
特別ボーナスと名前を付けてはいるが、これが城戸さんの意思によって生まれたり消滅したりするものではないのは分かっている。例え結果が悪い方向になってしまっていても、端からこれは俺に渡すつもりだったのかもしれない。
その優しさに頭を下げた。
「…ありがとうございます」
「いいえ。…では、わたくしもそろそろ部活に行きますわ。チョコ、ちゃーんと先輩達に渡すんですわよ?」
「…まぁ、頑張ります」
「頑張るじゃなくて絶対ですわ。一応の保険を貼るなんてズルいですわよ」
指をぴんと立てて窘められ、眉間が苦しむように寄ってしまう。
「いや…でも」
俺の曇った表情を見て、城戸さんはまるで子供と話すかのように声音と面持ちを柔くした。
「大丈夫です。あの二人なら、絶対に仁田のチョコを喜んで受け取ってくれますわ。喜んでくれない場合があるとしたら、それは仁田が渡せなかった時ですわね」
「…」
「きちんと渡しますわね?」
「……渡します」
顔を俯かせてしまいながらもなんとか言うと、上から満足げな静かに笑む声が耳をくすぐった。
「なら良いですわ。ふふ、明日、結果を聞かせてもらいますね」
城戸さんはその言葉を最後にして、教室から鞄を持って廊下との境を越えていった。
ぼちぼち外の寒さが落ち着いたからか、活発な声が窓から入り込んできて、それに誘われるように教室からも談笑を楽しんでいた生徒が続々と出ていく。
まぁ、とりあえずは家に帰らなければ何も始まらない。
持ったままになっていた城戸さんのチョコを鞄に丁寧にしまい、マフラーをくるっと一巻きして俺もその流れに乗っかるように席を立つ。
重さとしては箱一箱分でそう変わるものではないが、この後のしなくてはならない事を考えると軽い足取りでは歩けない。たらたら閉まりかけで止まった扉に手を掛けて退け、届く活発な何処かの部活の声をより耳に近くする。
「灯…いた…」
と、その喧騒に溶け込むような可憐で儚げな声が、俺の名前を不意に後ろから呼んでくる。
声に引かれて向けば冬花ちゃんが立っていて、強く繋がれた手の先には山中も並んでそこにいた。
「少しぶりですかね、先輩」
「…あぁ」
意識して会おうとしない限り、学年が違う俺と山中が会うなんてのはそうそうない。時々それっぽい姿を見掛けることあれど、こうして真正面からの会話なんてのは冬休みが明けてから初めてだろう。しかし一体何の用なのか、表情にそれが出る。
すると冬花ちゃんが山中の顔を見上げ、それに気付いた山中がこくんと何やら頷く反応を見せた。
「いっしょに…渡す…?」
「…ですね。先輩、これ」
「これー…」
二人から一つずつ似たような可愛らしい装飾の施された袋が渡され、戸惑いながらもそれを受け取る。
その中身は冬花ちゃんが所々形の崩れたハートのチョコ。山中のが星の形のチョコで反射的に二人に瞳を運ぶ。
「…良いの」
代わりになにか要求されるんじゃないか不安になって聞くが、冬花ちゃんははてなと首を傾げ、山中は「もちろんです」と言葉で認め、声を続けた。
「分かっているとは思いますけど、義理ですから。冬花ちゃんも先輩のために義理って、しっかり言っといた方が良いですよ」
「そう…なの…?灯、これ…義理、だから…。どう…?ために…なった?」
「…ありがとう」
分かってたのに…と山中を睨むように見るが、あちらもあちらで俺を小馬鹿にしたようにして口の端を緩めていた。
「まぁそういうことですから、部活もありますしもう行きますね」
「じゃあね…灯…」
冬花ちゃんが小さな手をふりふり振りながら、山中にもう片方の手を優しく引かれていく。
「ね、二葉…陽斗も…喜んでくれる、かな…」
「そ、それは、私も分かりません…」
「そっか…がんばろうね…」
「は、はい、渡さないと、ですよね」
ふわふわとまるで浮かぶ妖精のような足運びの冬花ちゃんと背中を隠す濃い黒を揺らす山中は、さっきの俺と城戸さんみたいな会話をしながら教室脇の階段を降りていき、後ろ姿を見えなくした。
皆、チョコを渡すときの心の内は同じらしい。
あっという間に二つのチョコが増え、少し頭の整理に時間を掛けながらも止まっていた帰宅を再開する。
玄関側に近い、廊下の最奥の方を目指して足を動かし、それをしながら貰った二つを鞄の他の荷物に押し潰されないよう調整して慎重に置く。
冬花ちゃんのチョコも山中のも、バレンタインと縁遠かった俺には当たり前ながら嬉しい物なのだが、やっぱりこの後の事がその感情を強く押さえつけてくる。
しかしどうせ悩んで呻いて喚いたとしても、最終的にはチョコを渡さなければならないのだ。
変に気を病んでもそれは無意味に自分を苦しめるだけでしかなく、別のに意識を向けるため外へと顔を逃がす。
知り合いのいない陸上部はグラウンドを結構な速度でぐるぐる走り込んでいて、それをただ見ているだけでも思いの外、気は休まっていく。
と、その集団の中に茶髪ちゃんの姿を見掛ける。
俺が知らなかっただけでもしや部長なのかもしれない。ジャージを着込んだ姿で先頭を走り、定期的に軽く振り向いては励ましか何かを言い放っていた。
別に知ったからどうという訳でもないのだが、見知った顔がいれば眼はどうしても追いかけてしまうもの。
彼女の速く持久力のある走りぼーっと見ながらいると廊下の奥に着き、窓が壁に取って変わったのに遅れて階段方向に靴の足を差し向ける。
写す方向を変えた窓からは帰宅の道すがららしい生徒が見え、その頭上には太陽を覆い尽くした雲がゆったり流れてはいるが、雨が降る気配は感じられない。気温的にも雪もないだろう。
…そう言えば、結局今年の冬はあまり雪は見なかった。
雪国のように格段に冷え込んだりしない地域性が影響したらしく、降ることはあれどやはり積もらない小さく軽い雪ばかりで、なのに必死に頑張ってリポートしていたアナウンサーもついでに思い出してしまった。
ただ、その代わりにこの辺りには桜がそこそこに生えており、例年通りにいけば散った桜の葉が雪のように積もってくれるはず。
差し掛かった階段を降りていくと、自分の靴音がいやに響く。
…あぁ…そうだ、忘れていた。
俺がチョコを作っていたことは、そもそも矢波先輩達は知らない。
となると、俺から矢波先輩達に会えるかどうかの約束を取り付けなければならないのだ。
当たり前の事ではあったのだが、当たり前すぎた故に頭が重要な事と認識をしていなかった。存在を薄くしていたそれを今になって思い出す。
自分からなにかを誘うことは無論慣れてはいない。
入念にぐだぐだの役立たなそうなシミュレーションを頭で行っていると、階段の最後の一段に乗せていた自分の左足が一階の床にこつと乗る。
後は玄関へ向かって靴を履き替えるだけ。何の気なく見た窓には同じ高さになったグラウンドで励む生徒が見えた。
「仁田せんぱーいっ!」
不意に廊下に俺の名字が響く。
声の出所はさっきまで俺が使っていた階段。
振り向けば一が大きな紙袋を抱えていて、危なっかしく階段を駆け降りてくる。
「…なに」
びくっと跳ねた身体を落ち着かせ、最後の一段から降りた一に声を掛ける。
「はぁ…疲れたぁ…先輩探したんすよっ!」
「…なんで」
グラウンドの生徒同様に一とも目線の高さが合い、気になっていた紙袋の中身が自然と覗けてしまう。
どうやらチョコのお菓子らしく、普段でも売っているような有名な奴だったり、この時期にしか見掛けないような箱が積み重なってこんもりと山を作っていた。
「ふっふっふっ…見たっすね、この自分のモテっぷりを。自慢しに来た甲斐があったっす」
「自慢って…まぁ、でも確かに凄いとは思う」
俺が見ている事に気付いた一が上から目線に笑うが、実際これだけ貰えるのは凄いことだろう。
「…でも、これ全部余り物だとか渡したい人に渡せなかったからとか何となくとか…なんか、自分の為にってやつ、ほとんどないんすよね…」
「これだけ貰って」
「…これだけ貰って」
流石に一個や二個ぐらいその理由を隠れ蓑にした本命がありそうなものだが、確証もないし、それっぽいのを俺は目利き出来る訳でもない。
とにかくこれは一が自分のクラスや生徒会関連で得た、広い人間関係の結果なのかもしれない。それは所詮推測でしないが、一年でこれだけと考えると中々人の心を掴むのは得意に思える。
値札が付きっぱなしのチョコ菓子を見た一はため息と共にがっくりと落胆する。
「…で、自慢が終わったならか帰って良いか」
こっちはこの後の事でいっぱいいっぱいなのだ。
自慢に長々付き合う気はないと言うと、がっくりしていた一が身体を勢いよく跳ね上げる。
「あーいやいやいや!聞きたいことがあるんすよ!桜丘先輩の事で!」
「…はあ」
「先輩、桜丘先輩から今日チョコ貰いました?」
「いや」
「この後、貰ったりする予定あったりするっすか?」
「…いや。受験勉強忙しいって言われて」
二つの質問に連続して答えると、何かに安堵したような息を一は漏らした。
「はぁ…それなら良かったっす…。もしかしたら、自分だけ渡されてなかったんじゃないかってすっごい不安になってたんすよー…」
「あぁ、そういう」
「…あ、先輩もしかして先輩二人から貰えてないってことはつまりチョコ0っすか?…しょうがないっすね、これあげるっすよ」
袋に手を突っ込んで優しい表情と共に有名なチョコ菓子を一が差し出してくる。
「…いや、別に貰ってない訳じゃないんだけど」
「え。誰からっすか?」
「城戸さんとか、冬花ちゃんとか、後は…山中」
「…二葉からもっすか」
「あぁ、何かくれた」
言うと何か思い出したのか、取り出したお菓子をしまって一は宙を見上げてあーと口を開く。
「そう言えば、朝何個かそれっぽいの準備してたっすねー…。へー、二葉が。何か意外っす」
「…なんで」
「いや、去年の…中3の時なんて、あ、二葉、中学の時は規律委員ってのに入ってたんすけど、チョコを持ってきてる人がいたらどんどん容赦なく取り上げてて。関係なかったのに、自分にも双子だからって色々飛び火したんすよ?」
一はその日の事をフラッシュバックしたらしく、不服そうに声音を尖らせる。
「それが今となっては」
「えぇ。渡す側に、っすね」
こちらに非はあれど、顧問がいない状態で合宿をした事に執拗にと言えるほど噛みついてきた夏休み前の山中を考えれば、中学の頃の真面目っぷりもまぁ想像出来なくはない。それにそういうタイプならば、どの学年にも一人は確実にいる。少子化だろうがなんだろうが、ムードメーカーときっちり委員長タイプは絶対にいる気がする。
そんな彼女も新崎と言う人間に出会う事で、大きく変化を遂げたのかもしれない。
勝手な意見になるが、だとすれば俺と彼女はある種、同類とも言えるのかもしれない。
山中からすれば意地でも認めたくはない事になってしまうけれど。
しかし、冬花ちゃん的にも本当にそう思えてきてしまう。厄介な人は冬花ちゃんに釣られる未来で確定してるんですか?ラノベタイトルみたい。
一同様に俺もほーと話に驚く素振りをしていると、急に彼のポケットがぶるぶる震え出す。
「あ、先輩ちょっと持っててくださいっす」
すると一は俺に荷物をぐいっと押し付けてきて、その当たり前かのような流れに押されつい受け取ってしまう。
震えるポケットからスマホを引っこ抜いて、誰だろうか、目上の人と喋るように丁寧な、けれど語尾のいつものすでそれを砕きながら数回返事をする。
「はい…はい、了解っす!」
誰かとの会話を終えるとまたポケットにスマホをすとんと戻し、そこに今度は俺がこの押し付けられた荷物を強引に押し付け返す。いつかのようにこのまま運ばされる流れになるのは遠慮したい。
「おっとっと…」
「生徒会?」
「正解っす…なんで分かったんすか?」
「当てずっぽ」
俺の知る一の人間関係で尚且つ上の人間。そう考えると一番に出てくるのは生徒会で、だから口にしただけ。
二月に入ってもなお、生徒会役員ですらない一は働いているらしい。
「凄いっすね…。ま、そういうことなんでそろそろ失礼させてもらうっすね。…そうだ。桜丘先輩の事教えてくれたっすから、一つ適当に持っていって良いっすよ」
ぐいっと袋を俺に見やすいよう近づけ、そう俺に勧めてくれる。しかし、どれが本命か分からないのに適当に取るのは作り手の事を思うと中々勇気のいることで、慎重に観察し、どう考えても本命ではないであろう、お菓子の山に突き刺さっていたブドウ味のグミに手を伸ばす。
すると、一の呆れた声が上から降ってきた。
「チョコじゃないんすね…」
「…まぁ」
「んじゃ、自分行くんで。桜丘先輩に会うことがあったら、勉強頑張ってくださいって自分が言ってたって、言っといてくださいっす!」
「んー」
お菓子の袋をこっちが不安になるぐらいぐらぐらさせながら、一は降りてきた階段を慌ただしく駆け上っていく。
頭だけこっちに捻られた一に鳴き声みたいな返事をして見送り、彼が完全に階段に向いたのを見てから靴の先を玄関の方に差し向けて俺も歩き出す。
短い距離を行き、そろそろ使わなくなってしまう自分の下駄箱から靴を引っ張り出して履き替える。そして開いたままの玄関から外へと出た。
穏やかに吹く風はまだ少し冷たく、桜丘先輩から貰ったこのマフラーにはもうしばらく活躍してもらうことになるだろう。
家の玄関を身体で押し開ける。
靴を見るにどうやら妹はもう帰ってきているらしく、真ん中に一足あったそれの隣に一回り大きい自分の靴を並べて置く。しかし、変に距離が近すぎると妹に嫌われかねないので、自分の靴を指で引っ掛けるように持って一応距離を少しばかり離しておく。思春期に妹に対しての行動を間違えてしまっては永遠に灰色の兄生活になってしまう。些細な配慮こそが家族円満の秘訣。
倒した身体を戻して、とりあえずは荷物を片付けるのが先決ととたとた階段を冷えた靴下で上っていく。
自室へと入り、鞄を机の側に放ってスマホの連絡先をぽちぽち押す。
これで連絡して今日は無理と一言言われたらもう俺は一人寂しくあのチョコを食べることになるのだが、どっちに転ぶかどうかは、画面に表示された連絡先を押してみなければ分からない。
一旦息を吐いて自分を落ち着かせ、矢波先輩の名前をぽちっと押した。
耳に当てると呼び出し音が聞こえ、それが三度目になったところでぷつっと繋がった音が鳴った。
「灯くん?」
いつもと変わっていない明るい声音。
それに俺も緊張を隠して普段通りの挨拶をする。
「どうも」
「うん。どうしたの?灯くんからなんて珍しいけど」
「いや、その」
ぐだぐたのシミュレーションはやはり無意味だったようで、言葉を続かせる事が出来ない。矢波先輩も俺が言いたいことが読めないのか、「なに?」と軽く尋ねはするものの、出来てしまった間をそのまま埋めるような事はしない。
電話の奥から聞こえた桜丘先輩らしい声と、猫のにゃーんと鳴いた声が静けさを教えてくれる。
「…そのこれから少し、良い…ですか」
妙な緊張に電話越しなのに襲われ、肝心の何処でを言い忘れたことに遅れて気付く。慌てて後の言葉で補完しようとしたのだが、俺が発するよりも先に矢波先輩は喋り出す。
「…ん、いいよ。ちょうど、こっちも話したい事あるから。あ、今、春の方だからそっち来て」
「…分かりました」
「じゃ、また後でねー」
そこで電話が切れ、通話終了の文字が表示される。何とか約束を取り付けたことに肩の荷がすっと降りる。しかし、のんびりとしている暇はない。
受験生の時間を少しとは言え頂くと話したのだ。出来る限り速くするのが礼儀。帰りに背負った疲れをそのままにして高校の鞄とは別のを肩に引っ掛け、早々に一階へ降りていく。
電話のために緩ませていたマフラーを整えながらリビングの戸を開けると、ソファでぐでっとくつろぎながらテレビを見ていた妹の瞳が、僅かに俺に動いた。
冷蔵庫へと歩き、冷やしておいた三つの箱を取り出す。そしてその二つを鞄に入れ、残りの一つを手に持って妹の元へと向かう。
「…これ」
差し出すと声に反応した妹が身体を起こし、なにこれと視線で尋ねてくる。まぁ、突然兄がバレンタインデーに箱を渡してきたのだ。当然の反応。母親の分も用意しようかと一時は思ったが、これより酷いのがあり得るかと思うと止めておいて本当に良かった。
「…まぁ、なに、チョコ」
「…なんで」
「他の人に作った…余りみたいなやつ。いらないなら…それで良いけど」
流石に兄の手作りは厳しいかとチョコの箱を引っ込めようとしたが、妹の手がそれを止めさせた。
妹は俺のチョコを貰うと、数秒それを見つめた後視線をまたこちらに運んでくる。
「他の人って、矢波さん達?」
「……」
一発で図星を当てられ、苦い表情が浮き出てしまう。
「ふーん…ちょっと待ってて」
正解をした事にか妹は静かに微笑むと、しゅるしゅる箱のラッピングをほどいていく。
割と自信はあるチョコを妹はつまむと、品定めをするように色んな角度から眺め、そして口へぽいっと運ぶ。
待っててと言われた以上この時間は待つしかなく、鼓動を速くさせる緊張にも耐えるしかない。
妹でさえ張り裂けそうな勢いなのだから、先輩二人は考えたくもない。
面映ゆくして突っ立っていると、妹がごくんとチョコを飲み込む。
「…うん、これなら多分矢波さん達も喜んでくれると思う」
「…なら、良いんだけど」
もっと酷評されるかと思っていたのだが、逆にお墨付きを貰って鼓動の鳴りが治まっていく。
「…行かないの?」
予想外に起きた緊張を緩めていると、妹にじとっとした目を向けられる。
「あ、あぁ…行ってきます」
「行ってらっしゃい」
見送りの言葉に背中を押され、リビングから出ていこうとしたが「ね」と小さな声が後ろから聞こえ振り向いた。
見れば、妹が俺のとは違う小さな箱を手に持っていた。
「これ、冷蔵庫に冷やしとくから勝手に食べといて」
「…分かった、ありがとう」
今日に、ということは多分、妹からのチョコなのだろう。
お礼を言うと、普段通りのそっけなくぶっきらぼうな返事が返ってきた。