第一話-4
「先生、お帰り」
「ただいま、ミリアさん。今日はお土産とお客様も一緒です」
魚籠一杯に魚を入れたジジュが、帰りを迎えた人物に笑顔で答える。
建物で迎えた人物は幼い少女だった。
年の頃は五、六歳。少女と言うより幼女と言える見た目だが、その見た目にはそぐわない大人びた雰囲気がある。その目は独特の深みのある紅みが特徴的だった。
ミストは初めて見るが、その幼女が『始祖の残滓』ミリアである事は予想が出来る。
これほど幼い吸血鬼は、後にも先にも一人しかいない。
(こんなに幼かったのか)
初めてミリアを見たミストは、それが第一印象だった。
ここまで幼い幼女が完全な吸血鬼になる事自体が、まず有り得ない。吸血鬼の始祖というものがどう言うモノだったのかは、ミストにも分からない。だが、ミストの知る吸血鬼の常識から考えるなら、これ程幼い子を吸血鬼にするなど不可能である。
吸血鬼に血を吸われて吸血鬼化する時、一度肉体の死を体験する事になるが、その時の痛みや恐怖に耐えられなければ、完全な吸血鬼化する前に精神を破壊される。そうなっては魔法を使う事はもちろん、理性や知性も失ってしまい、吸血鬼としてはもちろん従僕としても使い物にならない。
そうなってはマスターである吸血鬼にとってもジャマな存在以外の何者でもないので、マスターはその出来損ないを処分する。
ミリアは処分されず、今なお最古の吸血鬼として生きている。それは完成された吸血鬼として、『始祖の残滓』と呼ばれる最強クラスの吸血鬼として君臨している。
それが始祖の術のためか、ミリアの潜在能力のためかは分からないが、おそらくその両方が奇跡的に融合したために彼女は生まれたのだろう。
白い肌に白い服、黒い髪に赤い瞳。吸血鬼の特徴を確実に見る事の出来る外見でありながら、驚異的な長い時間を生きながら幼さを残す柔らかい表情は吸血鬼と言うより、年相応の幼女の表情である。
「お客様?」
魚が一杯に入った魚籠を受け取りながら、ミリアは首を傾げる。
そう言う動作は可愛らしいが、魚が一杯に入った魚籠は幼女が持てる重さでは無い。それを持つ彼女は、重さを一切感じさせない。
「初めまして、ミリア様」
「どちら様?」
「魔王バルギアルの側近、ミストです」
「ああ、貴方が。リフがいっつもブチ切れてますよ?」
苦笑いしながら、ミリアがミストを見る。
「それは俺よりリフの方に問題が大きいですよ」
「だと思いますよ」
大体の場合双方に問題があるのだが、その問題もリフに大きな問題があると言うのは、彼女を知っていればそのウェイトに差があるのは分かっているようだ。
「私、料理しますから、部屋で待ってて下さい」
ミリアはそう言うと、魚籠を持って台所へと走る。
最古であり最強の吸血鬼が住んでいるには、余りにも小さな建物。いかにも集落の一建物でしかないところに、最強の吸血鬼とその従者。奇妙な平和な空気がここにはあった。
「何ぼーっとしてるのよ」
後ろから不機嫌な声が聞こえてくる。
最後尾を歩くオウルが、不機嫌そうに言う。
ミストとジジュの二人が魚籠を一杯にするほど釣り上げたのだが、オウルはまったくのボウズだったので、機嫌が悪いのだ。
「大体、私が釣りしてる時に貴方達が来たんでしょう? 貴方達が来なければ、私の手柄でうっはうっはだったのに」
多分そういう問題ではないだろう、とミストは思うのだが、ここは苦笑いで抑えておく。
オウルは何にでも興味を持ち、結構熱中し易い性格なのだが、意外なくらい不器用でなかなか結果を出す事が出来ない。
「ところでミリア様って料理出来るの?」
基本的に魔界ケイムスケイルでは、この世界ほど凝ったモノではない。魚料理と言うのであれば、ウロコを取って表面に塩をまぶして焼くと言うのが魔界の料理である。
「ミリア様は料理好きですよ。他にも家事とかにも興味があるそうで」
ジジュは苦笑い気味に言う。
ミリア自身はこの村での一村人と言うのが思いのほか気に入っている様で、自分の事は自分でやるというのが新鮮で楽しくて仕方がないらしい。
その辺りはまだ子供らしさを感じさせるが、ミリアの実年齢は魔界の中でも最高峰のはずだ。精神面では十分過ぎるほど成熟されているくらいに生きているはずだが、魔界の時間の感覚はこの世界のモノとは違う。幸か不幸か幼い頃に吸血鬼となったミリアは、知的好奇心の塊の様なままというわけだ。
「最強の吸血鬼、か」
永遠の知的探求者となったミリアは、この長い時間で自分の出来ない事というものに興味を持ち続け、それを身に付け、結果として最強の吸血鬼となり、しかも未だ彼女は成長の過程にある。
次から第二話になります。




