第一話
先に「ファラーム冒険記 魔王伝」をお読み下さい。
ファラーム冒険記 魔王伝 2
第一話
「最近雨ばっかりね」
誰がどう見ても、何処にでも居そうな地味な少女が、ぼんやりと外を見ながら大きなドーナツを頬張っている。
「まあ、雨ばっかりなのは認めるが、結局お前はそうなのか」
地味少女の近くに座る、白銀の髪の美男子は呆れて言う。
「何が?」
「何が、じゃねえよ。結局お前は自分からは何も動かないのか?」
「んー、私が動かないんじゃなくて、船が動かないのよ」
「あ? 意味がわからんぞ」
白髪の美男子は地味少女に言う。
「メルザファラ行きの船を待ってるんだけどね、天候のせいばっかりじゃないみたいなのよ」
「と言うと?」
「何かメルザファラでも問題が起きてるみたい」
地味少女はドーナツを食べながら言う。
まったく緊張感の無い答え方をしている、ドーナツを食べる地味少女は、現役魔王のバルギアル。魔王と言う肩書きと、バルギアルと言うゴツい響きの名前のため、その魔王がこの地味少女だと知っている者は極めて少ない。
一方、地味少女魔王の会話相手である、白銀の髪の美男子はミストと言う。かつて天才児と言われた魔王ルビーブレイドの腹心であり、白銀の髪と同色の翼という恐ろしく目立つ特徴を持っている。
翼は常に表に出ている訳ではなく、彼の魔力の具現化であるため、普段は翼を確認する事は出来ない。
もっとも、翼を隠すのも面倒らしいので、常に隠しているという訳でもない。
自分の興味のある事には積極的だが、興味の無い事には見向きもしないと言う魔界の住人らしい奔放な性格ではあるが、正義感が微妙に強く、妙なところに譲れないプライドを持っている。戦えば万夫不当、率いて千軍万馬の名将でもある。
が、ルビーブレイドの元では外交官を勤めていたという器用さも持ち合わせている。
そんなミストも、バルギアルの元での基本業務はパシリがメインと言える。
魔王のバルギアルが雨を眺めながらドーナツを食べているくらいやる気が無いため、というわけではないが魔王込みで三人しかいない勢力なので、基本的にはミストがほとんど全てをになっている。
何しろ魔王は戦力に数えるにはあまりにも心許無く、もう一人も掃除に特化した人物なので戦力にならないというのが、正直なところである。
「ちょっとメルザファラ行きは遅れそうね」
「俺は良いんだけど、あんまり移動が遅れるとここにも隠れられなくなるぞ」
ミストは周囲を見ながら言う。
元々バルギアル達はファラームの南東の湿地帯にある古城、クルーファ城を拠点としていたが、今はその拠点を放棄してクルーファ城から北上したところにある大都市、ブラザーズシティーの港の廃倉庫郡の中に隠れている。
長時間放置されていた廃倉庫だったのだが、今バルギアルやミストのいる建物はとても廃棄された倉庫には見えない。
驚く程綺麗に掃除されている上に、いたるところを懇切丁寧に補修してあるので、下手をすると今現在港で使われている現役倉庫より、遥かに整備されている。
今のところこの廃棄された倉庫郡に来る奇特な人物はいないものの、もし誰かが訪れようものなら一目で不法占拠がバレる事間違いなしである。
「魔王様、ただいま戻りました!」
と、雨の中倉庫に戻ってきたのが、この廃倉庫を新品同様に整備した人物である。
長身のミストと並んでも劣らない背の高さだが、体の厚みは二倍はある様に見える。ミストも戦士として優れているので引き締まっているのだが、この人物はそのミストの筋肉の厚みを二倍に膨らませた様な恐ろしい体格の持ち主である。
その猛牛ですら絞め殺せそうな筋肉も恐ろしいのだが、この人物はそれどころではない外見的特徴があった。
茶色がかったくすんだ長い髪を三つ編みにして、頭にはカチューシャ、服装はくるぶしまであるロングスカートを履いたメイド姿である。
言うなれば世紀末覇王メイド。
掃除に生き甲斐を見出し、掃除のジャマをするものは実力で排除する事も厭わない。しかも他に掃除しようとする者も実力で排除する。
「お帰り。雨強かったでしょ?」
「全然大丈夫です。むしろ問題ないです」
全身から闘気の様なオーラを放出して、雨に濡れた服を乾かしているのか、お掃除メイドからは蒸気が立ち込めている。
実際に戦力で考える場合、ただ腕力だけでならミストより上の可能性が高い。
地味少女魔王バルギアルだったら、一発で撲殺されかねないのだが、お掃除メイドはバルギアルに心酔しているので、バルギアルに敵対する者と掃除のジャマをする者には一切の容赦が無い。
「と言うよりお前は何してたんだ?」
「あ?」
ミストの質問に、お掃除メイドはドスの効き過ぎたダンディボイスで聞き返す。
お掃除メイドは見た目や声は男以外の何ものでもないが、実際には女性らしい。
お掃除メイド自身が自称しているだけならハイハイと言って流すところだが、このお掃除メイドが女性である事はバルギアルも証明している。
またお掃除メイドは、一方的にミストを嫌っている。
理由はミストがしっかり掃除する事が原因らしい。
「分かった、悪かった。バルギアル、こいつに何させてたんだ?」
質問の対象者がお掃除メイドであり続けても話が進まないと判断したミストは、対象者をバルギアルに変更する。
「んー? 私は別に何も言ってないけど? 他の廃倉庫の掃除とか補修とかじゃないの?」
「さすが、魔王様! 私の事を何でもご存知ですね!」
無骨なメイドは目を輝かせて言う。
(それはバルギアルじゃなくてもわかるけどな)
ミストは心の中だけで言う。口に出して言っては、この筋肉の塊から小言を言われるのは目に見えている。
「あ、ところで魔王様は剣士の町の事件は聞きましたか?」
「うん。襲撃にあったんだってね」
「何それ。俺は知らないけど」
ミストはバルギアルに尋ねる。
ファラームの西に、かつて四天王ルビーブレイドと戦った傷跡である魔法砂漠がある。極大魔法と呼ばれる破滅的な魔法の効果で、大草原が生物が生きる事を許さない広大な砂漠となってしまった。
そのはずだが、魔法砂漠の真ん中西寄りに港も兼ねたオアシスの町、通称剣士の町がある。その周囲には見えない道があり旅人の往来を可能にしている。
未知の魔法効果である事は間違いないが、誰が、どうやってその様な魔法を開発し、今でも効果を持続させているのかは、ファラームの研究家が研究中である。
その魔法砂漠にある剣士の町が、魔物の襲撃にあったのだ。
町の被害は大きくはあったが、人的被害は町の被害から考えると恐ろしく少ない。
原因は剣士の町と通称される様に、王都やブラザーズシティーの様な軍隊こそ配備されていないものの、町に訪れる者の戦闘能力が高いという事もある。
バルギアルが調べたところ、被害の小ささには黄金の髪の少女メルファと、旅の剣士であるサムの存在も大きな影響があった事が分かっていた。
メルファとサムの戦闘能力はバルギアルの予想をはるかに上回る実績を上げていたが、優れた司令塔がいて町の各地に戦力を展開させていた様だ。
「俺の知らないところで、そんな面白そうな事が行われていたのか。ここは現地に行って調査が必要なんじゃないか?」
「まあ止めはしないけど、剣士の町ではリフの目撃情報もあるわよ?」
「よし、やめておこう」
バルギアルの言葉に、ミストは即答する。
「面倒臭そうだもんね」
これにはバルギアルもそう言った。
リフと言うのは、かつてルビーブレイドの部下だった女騎士で、ミストとは同僚に当たる。
忠義心の塊の様な性格で、さらに秩序を重んじ、規律を守らせる事を自分にも他人にも強要してくる。さらに困った事に人の話を聞かない事も徹底している。
ミストは前々から苦手だった様だが、バルギアルもある村の周辺で出会って以来苦手意識がついた。
「何か面白い事無いか?」
「色々あるよ。南にリャルドーがいるし、王都には女王がいるし、ここにはファラーム軍総司令もいるし、北のハズレにはドールもいるから」
「いや、やめとくよ」
と答えて、ミストはふと気付く。
「ちょっと待て。聞きなれない単語が混ざってた気がする」
「ん? ファラーム軍総司令? 名前はアルフレッド・ファラームって言うそうよ」
「いや、そこも確かに聞きなれないけど、魔人じゃなくて魔王の名前も混ざってたよな、今」
「ああ、ドール? ここから北のハズレの小さな村にいるみたいよ」
バルギアルはさらっと言う。
「結構重大な情報じゃないのか、それ」
「そうでもないよ。ドールとは別々でやっていくから」
「またお前はそんな大事な事をサラッと言って」
ミストは呆れながら言う。
何しろ魔王や四天王と言われても、バルギアルの勢力は本人込みで三人しかいない。近くにドールと言う最上級の戦力がいるのなら、喉から手が出る程欲しいと思うところだが、魔王バルギアルはまったくそうは考えていないらしい。
「ミストはドールと一緒にやって行きたかったの?」
「ドールの事はよく知らないからな。オウルとなら共闘しても良いけど、リフには近付きたくない」
「何か嫌われてるっぽかったけど、何かしたの?」
バルギアルに尋ねられ、ミストは即答出来なかった。
心当たりが有り過ぎるためである。
ルビーブレイドの元にいた頃、しょっちゅうからかっていたのはミストであり、リフは面白い様に反応していた。
その時の恨みが、数百年の時を経ても薄れる事が無かったらしい。
「でも、場合によってはドールとも共同戦線を張る必要があるかもね」
バルギアルは外を見ながら呟く。
「どうしてですか、魔王様?」
ここが自分の定位置だと言わんばかりに、お掃除メイドがバルギアルの隣りに椅子を持ってきて座る。
「いやね、勇者候補のメルファちゃん達がもう剣士の町まで南下してるでしょ? 剣士の町襲撃もタイミングが早過ぎるから、私の計算では間に合わない恐れが出てきたのよ」
バルギアルの口調は、言葉ほど困った感じは無い。
この計画を立てた時から、ファラームに住む者の行動力に対して警戒していたバルギアルである。少々の計画の前倒しは想定内の事なのだろう、とミストは期待も込めて考えていた。
「リフはともかく、ドールには会ってみたいな。オウルに会うのも久しぶりだ。俺がドールのところに行ってみようか」
「そうね。私はもう一回神竜子を預けた村に行ってみるわ。あの辺りでメルファちゃん達の足を止めておきたいし、勇者様御一行の戦力を正確に知っておきたいから」
バルギアルは相変わらずモグモグしながら言っている。
バルギアルの集めた情報を、例によって細かくメモしたモノを見せられながらミストは説明を受けていた。
ドールの事も気になりはしたが、バルギアルの説明を見聞きしていると、こちらの都合で選んだ勇者一行は極めて危険な存在になりかねない事が分かった。
まず勇者候補として選んだメルファだが、剣士の町での戦闘では十代の少女とは思えない戦闘実績を残していた。戦場の一角で戦っていた彼女は、マヴェルの魔女と呼ばれる妖精メディアと共に戦っていたようだが、累々たる屍の山を築いていた。
別の戦場では、バルギアルが村で情報を得たと言う黒髪の剣士サムと、リリス女王と共にヴァンパイアウォーズを戦った赤い髪の人物マルスの二人は、メルファほどでは無いにしても二人で剣士の町を襲撃した指揮官の足止めを行なっていた。この二人が指揮官の働きを妨害したため、剣士の町の襲撃者集団は途中から指揮系統を混乱させられ、集団としての機能が奪われた。
目立たないが、この二人の仕事が剣士の町を守ったと言える。
メルファの妹であるフィーナの強力な回復魔法は、剣士の町の人的被害を大幅に減らしている。
優秀な人物の多いはずの剣士の町の中でも、このメルファ一行の活躍は群を抜いているのだ。
「そりゃ確かに足止めは必要かも知れないな。でも、お前で大丈夫か?俺が行こうか?」
「戦う訳じゃないから大丈夫よ」
バルギアルは簡単に言う。
確かにそうだろうと、ミストも思う。
バルギアルが戦わなければならない事態になったとしたら、それはバルギアル勢力にとって完全敗北に近い状況を意味する。それくらいバルギアルの直接戦力は低い。
切り札であったはずの神竜子の宝玉も手放しているので、攻撃や召喚を中途半端に使える地味少女というのがバルギアルを戦力として現すモノである。
「ドールは動かそうとして動いてくれる様な戦力じゃないけど、オウルとは共闘できそうなの?」
「まあ、面白いジイさんだからな。全面的に協力してくれるかは分からないが、少なくともリフよりは話が出来る」
「じゃ、ミストにはそっちをお願いしようかな」
続きます。
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