悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 20
――氷の板の上にいた。
尻餅をつく。なんだかすごく無様だった。自分の腹に手をやる。胴体はちゃんとくっついていた。訳がわからずに周りを見渡すと、どうやらここは空の上らしかった。真下に城が見える。丁度真上に転移したらしい。この氷の板はヒュヒァイアが作り出しているようだ。猛烈な上昇気流――おそらくあの鎌が引き起こした衝撃波――が俺たち四人の体重を上回り、板を浮上させている。
ヨゼフが引き攣った笑みを浮かべている。その隣に、ククロレノがいる。
「お前が助けてくれたのか?」
ククロレノが頷いたので、礼を言う。
心臓の動悸が収まらない。マジで死んだと思った。
「アイバ、確認するけどあいつ、あれで弱体化してるんだよな……?」
「ああ。全力なら俺はもう百回死んでるよ」
「……ヨゼフ=イトイートイッドもそこそこ強めにデザインしたんだけどなぁ」
ヨゼフがぼやく
と、氷の板が浮上をやめる。もうじき落下を始めるだろう。
傷口になんかざりざりした感覚があった。
「一応、出血だけ止めておく」
「すまん」
ヨゼフの砂が傷口を覆っていく。
「えっと、今更だけど逃げてもいいよ。正直ここまでとは思ってなかった」
「最後まで付き合うさ」
俺は言い、ヒュヒァイアも頷く。
「じゃあわらわはこれで」
逃げようとしたククロレノの白い襟を、ヨゼフが掴む。
「うし、じゃあちょっくら行ってくるわ」
俺は氷の板の端に立ち、後ろに倒れ込んだ。
重力に従い、頭を下にして俺の体が落下を始める。
上空から広範囲の気圧を掻き集めて、通常の数倍の密度で『気訃瑠嶺流』を発動する。
空気の炸薬は、黄土色の巨人に阻まれてカイセルには届かなかった。
「ゴーレム?! 相変わらずなんでもありだな」
俺に少し遅れて降ってきたヨゼフがゴーレムの背中に着地する。手を翳すと、ダウンバーストを耐え切ったゴーレムの体が「コナゴナ」になって崩れた。開いた穴に九条の水の鞭が侵入する。水属性の青い発動光が何度も揺らぎ、内部に向けて『スラシレン』が乱射される。ダイヤモンドすら削り飛ばす水の刃が荒れ狂う。
「や、ったか……?」
口にだしておきながら、まったくそれを信じられなかった。
ビッククランチを起こすための魔法陣を構築しながら、崩れていくゴーレムの内部にカイセルの姿を探す。
ゴーレムの一部に血色の赤が見えた。どうやって防いだのか、掠り傷こそ無数に負っているが致命傷は一つもない。
やはりというべきか、どこか弱々しい姿をしている。
俺は自分がカイセルを弟のように思っていたことを思いだし、決して不幸ではなかった王都での暮らしを思いだし、最後にこいつがそれをすべてぶち壊したことを思い出した。
「……さよなら、カイセル」
ビッグクランチを発動する。
前方の空間に存在するすべての原子が、宇宙に存在しうる最小の点となるまで圧縮、――されなかった。
「何……?」
変わりにカイセルの背中から、六枚の白い羽が生えた。虹色の発動光が一瞬であたりを包み、「てんし」という短い呟きのあとに、白い光に塗り潰された。
寒かった。違う。たぶん暑いのだ。体の表面が熱で溶けている。ヨゼフの砂が俺と光のあいだに壁のように広がるが、蒸発してなくなった。熱は俺の体の内部に侵入し、肉の隅々を焼き尽くして、溶かした。
奇跡的に残った頭だけで俺はぼんやりと考える。
どうしてビッグクランチが発動しなかったんだろう?
たぶんそれ以上の圧力で“開いた”のだ。逆向き圧力でビッグクランチが弾かれた。
宇宙が閉じるときの圧力を再現する魔法なので、それに匹敵する圧力ということはビッグバン並の力が起こったということだ。
……ああ、勝てなかったなぁ。
自嘲気味に笑う。
すまん、リグム。あいつ、つえーわ。
「いいや、よくやったよ。あとは任せろ」
聞こえるはずのない声を聞いた。
やすらかな諦念の中で俺は死んだ。
まあ、俺らしいんじゃねーの?




