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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 18



ククロレノの空間を経て、俺たちはチェインジュディスに乗り込んだ。

「……ふむ」

 そこにあったのは、俺の知っているチェインジュディス王国ではなかった。

 足元にたいらな部分がない。瓦礫で地面が埋まっている。それからあちこちに散見する死体。一般人から帝国の軍人、それからカイセルの呼んだらしき召喚獣の数々。遠くに火の手が見える。爆裂音が響く。またどこかで死体が生まれたのだろう。

「なあ、悠長にしていていいのか?」

 アルテアが言う。

「囲まれてるぞ、俺たち」

 同時に吠え声。

 おぞましい数の狼型の召喚獣が、俺たちを取り囲んでいた。咄嗟に剣を構えるが、狼が地を蹴るほうが速い。あ、やばい。死ぬ。

「……やれやれ」

 銀色が俺の横を駆け抜けた。高速回転する鋼の刃が狼たちを切り裂いていく。体を半分に裂かれた狼が自重を維持できなくなり、倒れたままもがいている。……死んでいない。

「まだまだいるな。これはオレが引きつけるから、おまえら先にいけよ」

 ゼルドがさらに銀色の刃を形成する。

「大丈夫か?」

「というかオレ以外には無理だろ。おまえらには攻撃力不足だ」

 たしかに。

 体が半分割れても生きているような相手にヨゼフの砂は効きにくい。

 俺の戦型は近接格闘が主で、大火力の攻撃は多少の溜めが必要だ。

 アルテアは元々の火力不足を召喚と魔法無効化で補っている。

 ヒュヒァイアなら可能かもしれないが、……ぼんやりしている。こいつには過度に期待しないほうがいいだろう。

 無数に湧いてくる召喚獣をゼルドがなぎ払う。

 適任なのだが、俺が心配しているのはむしろあいつ抜きでカイセルに勝てるかどうかなのだが……。

「行こう!」

 ヨゼフが先頭を切って駆け出す。

 仕方なくそれに続く。

 前方に沸いてくる召喚獣はヨゼフの砂で足止めし、俺の剣とアルテアの札でトドメを刺していく。どうやら『封叱失印』は召喚獣にも有効らしかった。

 そして城前の広場に出た。崩壊した城の跡に、ぽつんと一人の少年が蹲っている。俺たちは一先ず瓦礫の影に潜む。

 少年は水色の髪をしている。体は小さい。震えているのが遠目にもわかった。

 周囲には虹色の光が溢れている。幾つもの魔法陣が並列展開し、十秒に一匹くらいのペースで新しい魔物が吐き出されている。

「作戦とかは?」

 アルテアが訊く。

「正面突破あるのみ」

 と、ヨゼフ。

 俺とアルテアが同時に溜め息を吐く。

「確認するが、あいつは召喚士でいいんだよな?」

 呆れ声で言うアルテアに頷く。

「なら俺がもう一つ大きな召喚陣を組む。他人の陣の中だと召喚の効率が悪くなるから、それでなんとか倒せ。陣を組むまでなんとか粘れよ」

 と、言い静かにその場を離れる。

 ……あいつ体よく逃げたわけじゃないよな?

「じゃ、行こう!」

 飛び出しかけたヨゼフの腕を掴んだ。

「ちょっとだけ俺に任せてくれ」

「なにかあるのか?」

「たぶん」

 瓦礫の影から出る。あきらかにカイセルの死角だったが、あいつは突然顔をあげて俺を見た。どうやら近くにいる召喚獣とカイセルは視覚を共有しているらしい。

「アイバっ!」

 救われたような表情になる。

……こういうやつなのだ。他人も兄弟も、世界の何もかもが恐くて恐くて仕方なくて。何度も救いの手は差し伸べられてきたのに、カイセルはその手を掴み取るすべを知らなかった。リグムが、ロットウェルが、そして大勢の善良な人々が、カイセルを助けようとしていたのに。

 そして無限大に誰かに依存することでしか自分を保てなかった。

どんな感情よりも巨大に育った恐怖心と敵愾心をどうしようもなかった。

 まったく同情の余地はないけどなぁ。

 俺は口の中で呟いた。

 それから笑みを作る。崩すなら高く積み上げてからに限る。

「きいてよ、アイバ。あいつらひどいんだよ! みんなして僕のことをいじめるんだ」

「ああ、そうだな。ひでーなぁ、あいつら」

 俺は剣を構えた。

 間抜けなカイセルはまだ俺が自分を助けてくれるものだと信じている。

「でもおまえもひどいよな?」

 竦んだようにカイセルが動かなくなる。

「俺の友達をみんな殺してなんで平気な顔して、俺に助け求めてるの? おまえさ、アホなの? 気持ち悪っ。つーか十四にもなってなんでボクボクいってんだ? 周り見て覚えね? 『ぼく、うたれよわいからまもってくださいー』みたいな態度とってるくせに、リグムにはでかいこと言ってたよなぁ。あいつはダメだとかさ。なんかアホすぎて涙出てくるわー」

「だってぼくは……」

「だって僕にはそれが必要だったから? だからお前はアホなんだよ。誰でも自分の重い通り二なんかやっちゃいないさ。金に任せた一握りの連中は別かもしれないけどな。ニートのお前がそういうこと言う資格ないから」

「僕は生まれたときから……」

「『生まれたときから監禁されて育ったのー。かわいそうでしょー。同情してよー。だからなにしてもいいよねー』、何? おまえどんだけスイーツ脳なの? 真性なの? だったら俺、おまえのことなめてたわ。地球と俺のために死のうぜ。そのほうが楽だって絶対」

「……」

「死ね」

 この程度の小手先の悪口で、カイセルは決壊した。ぼろぼろと大粒の涙を流している。周囲を包んでいた虹色の光が不安定に揺らめきだす。集中が乱れているのだ。

 好機とみたヨゼフたちが後ろから飛び出す。

「なにをした?」

「別に。ただカイセルは、俺やシャルルやマクルベスとは圧倒的に違うってだけさ」

 俺たちは殺し合ってきた。幾つもの戦場で、相手と向き合って切り結んできた。

 だがカイセルは違う。あいつは暗殺に怯えているだけだった。戦っていたのは常に呼び出された召喚獣だった。王国を全壊させたときに至っては、自分では誰一人として殺していない。

 言ってしまえば精神が幼いのだ。

 被害者は自分だけで周りは全部加害者だと思っている。

「いまのうちに殺るぞ」

 召喚獣が不安定になっている今しかない。正面からの戦闘でカイセルに勝る方法など存在しない。


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