そして超越者達は魔剣を振るう 5
「で、なんでお前は俺についてきたんだ?」
「にゃか私に訊きたいことがあるんじゃないかと思ってにゃ」
座るところがベッドの上しかなかったのでそこに腰を降ろすと、隣にちょこんと座りやがった。ちなみにシャルルの今日の服装はいつかの軍服ではなく、フードつきのぼろい服装。
「……生きてたんだな」
「ああ、対電圧を施された牢に入れられて気が狂いそうにゃ気分で処刑を待っていたら、ルッセとカランというシャルトルーゼの兵士が牢の鍵を開けてくれた。君たちが代わりに殺されるぞと私が言うと、あなたの代わりに死ぬにゃら本望だと笑っていたよ。それでも拒否する私の目の前で一人が自害してみせた。罪人を逃がした時点で自分たちは軍に拘束されることが決定している。自分たちの死を無駄にしたいにゃら、どうぞそこで野垂れ死んでください。と言ってにゃ……。外で待っていた協力者に目立つ囚人服から着替えさせられて、北か南か西か東かもわからにゃいままただ走った。で、気づいたらあいつの黒い光の中だった」
「……すまん」
俺がアゼルを倒すのに協力しなければそんな事態にはならなかったんだと思うと、謝罪が口をついてでた。
「にゃぜ謝る? 私はお前に感謝こそすれ、謝罪されるいわれはにゃいはずだ」
黙っていると、シャルルは静かに腰を上げた。
「しかしここはどういう場所にゃんだ? 宿にゃのか?」
「あーえーと……、たぶんだが、ラブホじゃね」
「ラブホ? にゃんだそれは?」
「……いや、いい。たぶん不法侵入だから窓から出るか」
「……そうだにゃ」
俺の説明したくない空気を察してくれたらしい。俺たちは窓から跳躍。落下の衝撃を風で相殺して、裏路地に降り立つ。
「にゃにかあやしい雰囲気だにゃ。ライムラントらしいが、こんにゃ場所があったとは」
「このシリアスブレイカーめ……」
俺が小声で呟いたつもりだったが聞こえていたシャルルが怪訝そうな目を向けてくる。努めて無視する。国中のどこからでも見える高い図書館を目印に適当に歩いていると、簡単に通りに出ることができた。
「その服で戦闘はできないな」
「ああ。術士用の専門店があればいいのだが……」
あった。それもすげー目と鼻の先にあった。
「まいどー」
と、店主のやる気のなさそうな声。店内は陰気そうな雰囲気。整理されていないあやしい術式具がところ狭しと並べられている。思ったよりも魔導書の類が少なく、剣や戦闘着が中心。王国の店に品ぞろえは劣るなと俺は思った。
「……」
一通り眺め終えたシャルルが似たような結論を出したのか、小さく「出ようか」と言う。
俺もかぶりを振った。魔術研究が盛んな地だと聞いていたが、拍子抜けだった。
「冷やかしかよ。カップルで術式士の店覗いて、いっぱしの戦士にでもなったつもりか」
店主がわざと聞こえるように言いやがった。俺は流してそのまま出ようとした。が、シャルルは違った。振り返りざまに双銃を抜いて店主の額で照準を止める。刹那の内に雷属性下級『電璽流』が複数展開。電撃の蛇が獲物に食いつこうとするのを止めている。……雷属性は全属性の中でも扱いが飛び抜けて難しいのだが、瞬間展開に完全制御、どこまでも飛び抜けたやつだ。
「あー、シャルル? そのへんにしような?」
「……相手をよく見て喧嘩を売るのだにゃ」
雷が散り、双銃が懐に収まる。店主は笑ってる。あれで懲りないなら俺がトドメ刺してやろうかなぁと剣を抜きかける。折れてるのに気づいて、やめる。
「なあ、お二人さん。ちょっと上にこないかい?」
「あ?」
「あんたほどの腕の魔術師なら、もっといいもん欲しいだろ?」
俺とシャルルは顔を見合わせ、とりあえずうなずいて返した。
ライムラントでは高位の術式具の一部を国家以外と取り引きすることを違法化しているらしい。技術流出を防ぎたいのだろう。けど守ってやる義理はないとばかりに裏で捌いているそうだ。
「……うおお」
通された二階の、さらに隠し部屋は宝の山だった。
一級品の魔剣、魔槍、魔弓、ぱっと見は安物に偽造した闘衣を中心に篭手や胸当ての類。流石に全身鎧や目立つ兜なんかは置いていないが、ほぼフル装備が揃っている。
「当然値は張るぜ。けど国に安く買いたたかれるなら、上等な魔術師さんにもって貰ったほうが職人も喜ぶしな」
おっさんがにやりと笑った。
そして俺とシャルルは、当然のように金を使いすぎた。いいわけをすると、一流には一流の装備が必要なのだ。
まあ前回だけでみると、大量生産品で助かったわけだが。あの水のガキの喉を突いたとき、剣が折れなければ俺の手首が壊れていただろうから。
「おい、ガーレ=アーク」
「わかってる。みなまで言うな。あとできればガーレじゃなくてアイバで頼む」
「あえて言わせてもらうがにゃ。今夜の宿代を、どうする?」
翌日の朝。どうやって居場所を知ったのかはわからないが、あの真っ黒い穴が現れた。すでに完全な臨戦態勢でそれを待っていた俺たちは、新装備の感触を多少確かめ直したあと、黒い穴に入った。
真っ暗な空間で数秒を過ごしたあと、突然景色が広がった。見覚えがあった。ここは……。
「ガンドラ平原だな」
いつのまにか少し前に立っていたマクルべスの低い声。
「アストナが、死んだ場所か」
あっちはまだ俺に気づいていないようだ。
振り向いて、驚いたあと鈍く笑う。
このおっさん。『紅蓮の長槍』アストナ=フェン=ナイトロールのことを知ってるのか? 何者なんだろ。まあ王国と長年敵対してるアルバースの魔術師なら名前くらい知っててもおかしくないのだろうが。アストナと呼ぶ声には幾分親しみがこもっていた気がした。
「やぁ、アイバ」
振り向くと、ヨゼフ=イトイートイット=ヨンムンガルドが幼さの残る顔の口角を引き上げていた。
「……嬉しそうだな」
「うん。大きな戦いは久々だからね。たまには『消費』しないと」
化け物め。
魔王との戦いだというのに、ヨゼフはわずかばかりの恐怖も感じていない。正直俺は膝が笑いそうだ
「どうやらゆっくり喋っている余裕は無いようだな」
極大の白い光が空中に浮かんでいる。それからしばらくして白が黒に変わる。
「来るぞ」




