そして超越者達は魔剣を振るう 4
「あ、おひさです。あのあとのこと説明したほうがいいですよねー。なんか自分でもびっくりなことに――」
抱きしめた。思い切り。背骨折るくらいの勢いで抱きしめた。
「えっと、あの、アイバ様……? セ、セクハラセクハラ」
「黙れ万年セクハラ女」
おずおずと俺の背中に手が回る感触。人肌の温もりで、凍り付かせた心が解けていく。
「……泣いて、ます?」
「……」
俺は答えない。答えたら、一緒になって嗚咽があふれてしまうに違いなかったからだ。
自分ではどんなに心を止めたつもりでも。仲間と親友を自分の手で葬った感触はいつまでも傷になって残っている。俺は弱いのだ。だから傷つかない振りをするしかなかった。次々に襲いくる絶望と恐怖に打ち勝つ方法を持たなかったから。無視して、そっぽを向いて、俺には関係ないと割り切るしかなかった。だけど。
生きていてくれた。
たった一人でも生きていてくれたんだ。
「もー、仕方ないですねー。よしよし。私の胸で存分に泣くといいですよぉ」
頭を撫でられる。手のひらの感触が心地いい。
王国の中の俺はなにもかも偽物だった。だがこの温もりは嘘じゃない。嘘じゃないはずだ。
「外の話は、聞こえてたのか?」
「ああ、はい。なんか残った魔王を全部倒さないといけないんですよね」
「?」
「あれ? 第二位のほうが地上で大規模な術式を組んでいて、それが太陽を覆い隠して……、あと箱船がなんとかーって話を聞いたんですけど」
「なんだそれ? そんな大事なのかよ」
「日の光を遮って人類が滅亡したあとに地上の取り合いを制したほうがどうのこうのって」
なんだかまずいことになってるらしい。
別に人類が死滅しようと構わない。しかしその人類に俺が入っているなら話は別だ。
「待てよ。俺らの協力を得たいなら、なんであいつはそれを言わないんだ?」
「そもそもなんで彼ら、一位と二位の魔王を殺そうとしてるんでしょうか?」
……。
考えてもわかるはずがなかった。
コンコンと、外側からノックが聞こえた。
「そろそろ出てきて貰っていいなり?」
「……ああ、済まない」
「行くんです?」
「ああ。……必ず助ける。約束する。なにせ俺は、勇者だからな」
ロットウェルはくすりと笑って「期待しないで待ってます」と言った。
壁をノックし、外へ出た。
「決まった」
「ああ、俺も残り二匹の討伐に協力する」
二匹、ね……。とククロレノは呟き表情を歪める。
「これで三人、わらわとて全員の協力を得られると思っていたわけではないからにして、十分な成果と言えるかもしれない」
「三人?」
俺はシャルルを見た。シャルルはヨゼフのほうに首を振る。
「僕もやるよ。自治区に引きこもってばかりじゃ腕が錆びる」
……ああ、こいつはそういうやつだった。パピュスが自治区として成立する前。パピュスは別に王国側が最初に出してきた条件でなにも問題はなかったし、交渉も途中までは順調に進んでいた。それをまだ引き出せる利潤が最大ではないと進言して、戦争に発展させたのはヨゼフだ。そして実際にヨゼフはナイトロールの魔術師共と対等以上に渡り合い、王国はパピュスに実際の価値以上の大きな利益を持たせる他なかった。結果としてパピュス全体が潤ったが、代わりに何千かの人間が砂に呑まれて死んだ。
それはこいつが『魔物』と呼ばれる一つの由縁となっている。
「おいおい……、若いやつらを戦いに行かせておっさんだけが傍観というわけにはいかんな」
マクルベスが前髪をかきあげる。
「私も参加しよう。ただしアルバースが私の参加しているうちに戦争に巻き込まれないことが条件だ」
「おやすいご用なり」
ククロレノが笑みで言う。俺も頬が緩む。
大陸中の超級の魔術師が四人。これで倒せない敵がどこに存在するというのだ?
「オレはおまえらのためには戦わない。さっさと国に返してくれ。そこの人間に尾を振る獣擬きを殺してしまいそうだ」
ゼルドがため息を吐く。シャルルは無視する。ククロレノが頷き、あの黒い光がゼルドを飲み込んだ。
「……あいつを引き込めなかったのは痛いな」
低い呟きにヨゼフが小さく顎を引く。
シャルルがそっぽを向く。
「いくつか訊かせろ。ククロレノ」
「なに?」
「お前の目的はなんだ?」
「……いまはまだ言えないなり」
「おい、なり」
「あ……」
ちらりと横目にヨゼフを見て、それから向き直る。
「でも人間の不利益になることではないはず。信じて欲しい」
としか、ククロレノは答えなかった。
そりゃあ本来なら味方のはずの悪魔を殺す準備をしているくらいなのだからよっぽどの事情があるのだろうが。
大きな力を持つ悪魔を消したいのは人間の総意ではあるはずだが、マクルベスとククロレノ自身の動機がいまいちわからない。……ひっかかるな。
「それと”帝国騎士筆頭”アルテア=アーク=マジックキル、”現・帝国最強の魔術師”フィーリア=ウェーザ=ブラックボイス。この二人をメンバーにいれなかった理由はなんだ?」
「『魔法殺しのアルテア』と『地獄を唄うフィーリア』か。なるほどたしかにね」
ヨゼフがテーブルに顎を乗せる。興味があるらしい。あわよくば殺しあえたのに、とか思っているのだろう。だからこいつのこと嫌いなんだよなぁ。
「ああ、それは単純に会えなかった」
「会えなかった?」
あの意味不明にデタラメな瞬間移動魔術で、か?
「そう。推測だけどアルテアとやらの反魔法術 (アンチマジック)のせいだと思う。『ありとあらゆる場所』の干渉が撥ね退けられた」
「ふうん」
記憶がないから、その二人について俺が知っているのは噂話程度に過ぎない。
「わらわとしてはすぐにでも始めたいのだけど、準備はいい」
「一日欲しいな。そこのガキと戦って消耗してる。剣も新調がいる」
「わかった。元いた場所に送り返せばいい」
「それで頼む」
「ああ、すまにゃいが、私はこいつと同じ場所に連れていってくれにゃいか?」
シャルルが不意に俺を指して言った。
「おやすいご用。けどどうして。……あんたたちつがいだったりする」
なり。をつけさせないせいか、疑問符をつけない喋り方で断定されてしまった。
「違う違う……」
呆れながら同時に否定する。しかしそのタイミングがぴったり同じだったので文字通りの白い目で見られる。悪魔もその手の恋愛沙汰は好きなのだろうか。悪魔絡みの神話ってそういうの結構あるよな。たしか。
「まあいい。あんたたちはどうする」
「寝る場所さえ整っているなら別にどこでも構わないが、アルバースに返してもらえると助かる」
「じゃあ、僕もパピュスに。あ、せっかくだからチェインジュディスのおっきなベッドでゆっくり寝ようかなぁ」
「やめとけ!」
「え……、いや、うん。わかっ、た……?」
ただでさえ無敵のカイセルにこいつが取り込まれたときのことを考えて俺は背筋を寒くする。カイセルなら一位だろうが二位だろうが殺せるんだろうな……。まあそもそも引きこもりのあいつが表だってそれをする可能性は絶無だから意味はないわけだが。よくよく考えたらあいつを引き入れられる可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「じゃあ送る。まずは君たちから」
「ああ」
俺とシャルルは黒い光に吸い込まれた。
無防備に呑まれたのは、この黒い光に殺傷能力がないからではない。限界がわからないが、例えばマグマの中だとか海の底に強制転移させることができるなら俺たちは速攻で死んでいる。単純にそれをやるならばあんな孤島に転移させて妙な計画について話す必要もないだろう。だから、俺たちは転移に対してなんの危機感も持っていなかった。
「……あの野郎、いつか絶対殺してやる!」
俺とシャルルが飛ばされたのはベッドが一つしかない薄暗い、ピンク色の壁をした部屋だった。




