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そして超越者達は魔剣を振るう 3

「魔王を殺す? 何を言ってる? お前自身も魔王だろ」

 ヨゼフの言う通りだった。転移魔法なんて人類はまだ到達できていない。時間と空間は「魔術師」には越えられないのだ。そんな魔術を使えるのは魔王以外にありえない。白い女は頷く。

「そうなり。わらわは序列第四位の悪魔なり。名前はククロレノクインククーフククレットなり。『ありとあらゆる場所』の異名を持っているなり」

 ありとあらゆる場所……? それが俺達を一瞬でここに連れてきた魔術なのだろうか。

「おい、そのふざけた喋り方をやめろ」

 ヨゼフが言う。ククロレノが雷鳴に打たれたような表情になる。

「ふざけた喋り方ってなんのことなり……? 言語はアゼルに習ったなり。まさかあいつ、わらわに下品なことを吹き込んだなり?!」

 机に手をついてカタカタ震えだす。よっぽどショックだったのか、色のない肌が赤く染まっている。

「あー……、えっと、」

 話が進まなそうだったので口を挟む。

「序列四位って言ってたよな? 魔王ってのは何人いるんだ?」

「いまお前たちの大陸にいるのはわらわとこの子を含めて八人なり。そしてそのうち、七位アゼルアグアアアグオンと五位レトレレットレルレレスレレレクル、三位ジギギギアギギガガガギゾに六位ワークワワルワイワワークワークが倒され、残りは四人なり。あなたたちに倒して欲しいのは――」

 円卓の一部が砂になった。

「……こうなりたくなかったらまじめに話せ」

 沸点を超えたヨゼフが魔術を使ったのだ。分子組成の僅かな隙間に魔力を浸透させ、膨張させて破壊する。

 たしか「コナゴナ」と当人は呼んでいた。

「な、なぜなり? わらわなにか妙なことを口走ったなり?!」

「あの、とりあえずその“なり”ってのをやめるとこから始めようか」

 面倒ながらフォローをいれると軽く涙目になりながらククロレノが頷く。

「わらわとこの子を除けば二人、魔王共の侵攻は実はこの数年でほとんど失敗しているな……失敗している」

 困ったように俺を見る。多分語尾がこれでいいのか気になってるのだろう。頷いてやると安堵の息を吐いて続ける。けったいな魔王だな。

「あなたたちに倒して欲しいのは、序列第二位たるカサナカラカラフカカロート。残る『ありとあらゆる刃』たるルピルルッルルルルールメイルは多分静観を決め込んで動かない」

「……待て。いまなんて言った?」

 ヨゼフが口を開いた瞬間にククロレノがびくんと肩を震わせる。ヨゼフに怯えきっている。あの端整な顔でにらまれると若干萎縮する気持ちはわからなくもないが、魔王なのにそれでいいのか?

「ルピルルッル……、ああ、人間風に名前に区切りをつけたほうがわかりやすいなり……、ごめん、いまのなし。区切りをつけたほうがわかりやすい」

 語尾がそこで終わるのも変なのだがいい加減疲れてきたので指摘しない。マクルベスのおっさんが隣で愉快そうに笑う。

「ルピルルッル=ルルルール=メイル、異名はありとあらゆる刃」

 ……おそろしく聞き取り辛い名前だな。

 魔王共は共通して同じ発音を幾つも重ねる名前を持っているらしい。ククロレノにルピルルッル、カサナカラにジギギギア。舌を噛みそうな名前ばかりだ。

「ジギギギアと戦ったことのあるアイバはわかると思うけど、二人とも、とても人間が単独で敵う相手ではない化け物」

 俺は歯を噛む。第三位らしいジギギギアでも王国軍が総出でぶつかって、それを圧倒する戦力の持ち主だった。知ってるやつらが何人も死んだ。

 それ以上の序列を持つ魔王だ。

「だから我々を集めたと?」

 マクルベスが言う。

「その通りなり」

 ククロレノが笑みを見せる。

「あなたたちは人間族ではたぶん最強の戦士達、五人も集まればきっと倒せる」

「話にならんな。帰らせてもらおう」

 マクルベスが席を立った。周りは海だ。どうやって帰るつもりなのだろう?

「なぜ?」

「アルバースは小国なのだ。私がそんな雑事にかまけている間に王国や北のアイスログに滅ぼされてしまう」

 大陸を脅かす魔王の討伐を雑事、な。

「つまりあなたはその国がなくなれば協力してくれるなり?」

「……なんだと?」

「なら早速滅ぼすなり。ヒュhliア、あsdfghjkl」

 人間のものではない発音でなにかを言った。

 ガキがほうが無機質な目で窓の外を見る。つられて視線をやると、海が垂直に広がっていた。数キロに渡って瀑布が伸びる。海水を圧倒的な魔力で持ち上げたのだ。

「これをわらわのありとあらゆる場所で転送するなり。小国なら一発なり。えっと地図は……」

「貴様……!」

 マクルベスが犬歯を覗かせる。目は冷静なままだが、頬肉が烈火の怒りを押さえつけているせいでピクピクと上下する。

「そんなに怒らないでなり? あ、知らないなり? 人間って多少殺してもほっとけば増えるなり」

 語尾とあいあまって恐ろしく軽い響きで言い放つが、それは人間がどうでもいい異種族を見るときと同じ理屈だった。人間族への虐殺を、それも自分の愛国の人々に同じ理屈が適用できるはずがない。

 マクルベスの右手が毒属性の紫色に発光。細菌やウイルスの類を司る『病毒士』の技は、不可視で、しかも呼気だけでなくあやゆる粘膜や、皮膚からですら入り込むものがある、厄介極まりない魔術だ。長年王国を苦しめ続けているマクルベスの毒がどんなものなのか若干の興味があるが、おそらく人間への病気類は悪魔に通じないだろう。免疫機構の桁が違うのだ。溶毒系の魔術も同じ。強靭な細胞群を溶かしきることは、『王腐瑠覇水』でもなければ難しい。毒属性は悪魔に対して相性が悪い。

 と、俺は思っていた。

「《忌み枯らし》? 人間がよくもそんな術式を……」

 視認できないので効果はわからないが、ククロレノの表情はそれに対して怯えに似た色をしていた。悪魔には悪魔で天敵のような病気があるのか。

「目的が見えにゃいのだが、」

 一触即発の空気を止めるためかはたまたマイペースなだけか、シャルルが言う。

「私は協力してもいいと思っている」

 良識派が一人でも居て助かった!

「そしてククロレノ、お前が力で我々を従えようというなら私はお前を殺す。私の雷はお前の転移より速い」

 両手を広げてバカ騒ぎの間に展開した『雷撒繭擦走鳴』を開いて見せる。秒速三十万キロメートルの雷はこの場にいる誰のどんな攻撃よりも速く、二億ボルトにも及ぶ雷撃に焼ききれないものなど存在しない。

 悪魔のガキが乞うようにククロレノを見る。ククロレノは首を横に振ると、窓の外からゆっくりと水が落ちていくのがわかった。

 マクルベスが展開しかけた《忌み枯らし》だとかいう術式を引っ込める。

「それと火種が一つ収まったところにもう一つ投げかけてしまってすまにゃいが」

 ……ん?

「ゼルド=レクス=マテリアルブレイド。私は人狼と共に戦う気はにゃい」

 シャルルが言い切った瞬間に鋼色の殺意が空間に充満した。

「よく聞こえなかったな。いまなんて言った?」

 静観を決め込んでいた「首落としの鎌」が血走った目を剥いて鈍色の発動光を体中に展開している。空気が痛い。殺意が魔力となって迸り、ごくごく微細な鉄の刃を構成しているからだ。

 もうやなんだけどこいつらとこの場所にいるの?!

 そういえばライムラントで読んだ本の中にガルドメイス獣共和国、つまり高い知能を持った獣の国にはドグル族が深い関わりを持ち、キャルト族は群れるのを嫌ってガルドメイスには参加しなかった。キャルトは高い戦闘能力と知性を併せ持つ一族で、ガルドメイスに決して敵対はしなかったが、ガルドメイスに参加しなかったことを「敵対行動」と捉えたドグルはキャルトを弾圧した歴史があるんだとか。

 それにドグル族に「人狼」は禁句だ。彼らは狼の血族であることに深い矜持を持っている。「狼」の上に「人」が来るなどという言葉は存在自体が彼らに対する侮辱なのだ。

 中身がガキすぎるのになまじ強すぎる力を持ってるから手に負えない! この場で一番強いのは多分ゼルドだが、全員が全員、国家戦略級の魔術師なだけにただの喧嘩が喧嘩で済まない。

「その無駄に大きな耳は飾りか? もう一度言ってやろうか。人――」

「そのへんにしとけよ……」

 愚痴るように俺が溢した一言で、シャルルが続きを止める。

「……私はドグルを許す気はにゃい」

 とだけ言って雷を納める。

 ゼルドのほうはシャルルを餓えた狼より危険な目でじっと睨んだままだ。目は沸騰するような殺意で濁っている。

「ガーレ=アーク、お前はどうなんだ」

「あ? 面倒だからやだ。魔王とやらに俺が狙われたわけじゃないし」

「そういうだろうと思ってお前には報酬を用意してある」

「……報酬?」

 ククロレノが両手の間に球形の発動光を作り出す。球形の光がテーブルの中央まで移動。光の中に左腕がなく、肩のあたりが包帯にくるまれて、それがそのまま乳を隠している、上半身裸で赤髪の女が見えた。

「ろ、ろ、……」

 驚きすぎて、言葉がでない。

「あ、やっほーです。アイバ様。あっはっは。ご心配おかけしましたー」

 そこにいたのは、ロットウェル=ウィンザードだった。

「それがあなたへの報酬」

「……捕らえたのか?」

「人聞きの悪い言い方をするな。死にかけていたそいつをわらわの空間に移動させただけ。むしろ助けたと解釈する」

「少し、二人だけで話をさせてくれ」

「わかった。入り口を広げる。中に入る。用が済んだら、壁面を三回叩くようにする」

「……覗くなよ?」

「覗かない。それくらいの礼儀はある」

 全然信じる気はなかったが、俺は広がった光の口に入った。



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