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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
9/11

和議と王国の行方

要塞で防衛戦の指揮を執るアダムは突然の雷と豪雨の中で激しい干戈の音を聞く。


「始まったか。

ゲドリー殿、頼むぞ。

あんたにこの国のすべてがかかっている」


貴族には珍しくゲドリーに心酔していたアダムは神頼みなどしたことはなかったが、この時ばかりはいるかも分からない神に真剣に祈る。


雨が止み、戦いの音も聞こえなくなる。


この後に来るのは、ゲドリーからの勝利を知らせる使者か、それとも勝ち誇るムンクの大軍か。

心臓が破裂しそうになりながらアダムは待つ。


やって来たのは、どちらでもなくムンクの使者であった。


「喜べ、特別の恩寵で貴様たちの国に和平の機会を与えることとなった。

直ちにここを通して、国王に会わせろ!」


使者はアダムに対して高圧的に述べる。


「何故、そんなことに・・」

これまでは問答無用、皆殺しだと攻めてきていたはず。


「貴様らのゲドリーとか言う将軍、稀代の傑物だな。

その類を見ない戦いぶりに皇帝陛下が感心されて、彼のたっての望みを叶えてやることにされたのだ」


アダムはゲドリーに感謝し、安堵の吐息をつく。


「おっと、安心するのは早い。

ムンクは和平交渉がまとまるまでは戦時だ。

将軍どもは和平までに手柄を立てようと死に物狂いで攻めてくるからな。

せいぜい早く和議になるように祈っておけ」


王都に向かおうとする使者に、アダムは尋ねる。


「ゲドリー殿は無事ですか?」


「我が軍の兵に何重にも囲まれて勇戦して死んだ。

その配下も全員ともに戦死したぞ。

見事な最期だった」


アダムが愕然とし、更に問おうとする頃には、使者は馬を疾走らせはるか彼方に進んでいた。


王都では直ちに王宮で使者との会談が行われた。


ロビン国王、ピッターフェルド宰相以下の高官が顔を揃えて、使者の口上を聞く。


「では、国の独立は認めるということでよいのだな」

ピッターフェルドは夢を見ているような気持ちで聞き返す。


「ああ。

もちろん属国として、総督の指示に従うことや資金や兵の拠出は必要だがな。

陛下は前例のない寛大さを見せられて、開戦前と同じ条件での和平を許されている。

これもすべてゲドリーという将軍の武勇に感心されたからだ」


ピッターフェルドは内心でゲドリーに感謝し、直ちに応諾しようとするが、ロビン王はそれを止める。


「待て、それならば予はどうなる?

国王のままでいられるのか」


「馬鹿な。

家臣に働かせてここでぬくぬく暮らしていたお前に何故温情をかける必要がある。

一度はムンク帝国に逆らった責任を取り、貴様ら王族は死罪だ」 


「嫌だ!

予が死ぬのであればこの和議は蹴れ!

使者を斬って最後の一人まで予を守れ!」


ロビンは血相を変えて立ち上がる。


「陛下、このピッターフェルドもお供いたします。

我らの死で国が保たれれば安いもの」


「嫌だ!

ピッターフェルド、貴様は宰相だろう。

そして軍の責任者はゲドリー。

お前たち二人が死ねばよい。

予は関係ない」


それを聞いた使者は薄く笑った。

「ゲドリーもこんな男に仕えていたとは哀れな。

今頃ヴァルハラで泣いておろう」


「何、ゲドリーは死んだのか!」

ピッターフェルドは驚愕する。殺しても死なないようなアイツが死ぬとは。


「奴の死をかけた願いだからこそ、皇帝陛下もこの寛大な条件を許されたのだ。

しかし、そろそろタイムアップかな」


そこへアダムからの急使がやって来る。


「要塞の防御ラインが、攻城兵器を使ったムンク軍に破られて中で激戦中。

奮戦していますが長くは保たないと思われ、そうすれば国内に敵軍が雪崩を打って入ってきます」


「さあ、すぐに和平を結ぶか、すべてを蹂躙されるか、

時間がないぞ」

ムンクの使者は他人事だと言わんばかりに退屈そうにそう言うと、あくびをした。


ピッターフェルドはごねる王の側につかつかと向かい、首筋に当身を入れて気を失わせて、並み居る諸侯諸卿に言い渡す。


「よし、王はすべてを宰相たる私に任されるそうだ。

すぐに調印式とする」


和議の証文に、王の代理としてピッターフェルドがサインする。


「よかろう。

これで停戦となる」


使者は大きな焚き火に薬を入れ、赤い煙をあげさせた。

和議が決まったという知らせだ。


そして従者に持参させた袋をピッターフェルドに渡す。


「これはゲドリーの遺言と遺品だ。

貴様の他に妻と息子にということだ」


ピッターフェルドは急いで自分宛ての書簡を取り出し、中身を読む。


【ピッターフェルドへ

これを読んでいるということは俺は死んだということだ。

お前には、色々と世話になったし、今更言うつもりもないが恨みもある。


まあいい。

俺は全力でムンクと戦い、お前との約束を果たした。

お前にはアメリアとジョンの面倒を頼む】


ぶっきらぼうに書かれた文字を見て、ピッターフェルドは涙が滲む。

(ゲドリー、命を捨てさせることになったか。済まない!)


「さて、民衆に戦争が終わったこととムンク帝国の属国となったことを知らしめろ。

そして、それがよくわかるように王と王族を死罪にするぞ。

なお、貴様はこの国の政治を担ってもらうので、死ぬことは許されない」


使者はそのままこの国の総督として駐留するようだ。

王の部屋は総督室となり、ピッターフェルドは総督に仕えることとなった。


1週間後、牢に入れられていたロビンは、引き出されて手を縛られ、市内を引き回される。


「お前が無駄な戦をせずにすぐに降伏していればうちの息子は死なずに済んだのよ」


「戦争のためだと財産を取り上げられて、俺たちはパンの一欠片で生きているのに、のうのうと王宮でご馳走を食べやがって」 


「俺たちが戦地で苦労している時に何をしていたんだ!

お前が先頭に立って戦えよ!」 


民衆が罵倒し、石を投げる。

ロビンの額に当たって流血する。


(お前たちこそがムンクと戦えと叫んだだろう!

予はそれに乗っかっただけだ)

ロビンは心で思うが、口には出さない。


引き回される途中、群衆の中にジョンを見かけた時に思わず近くによる。

向後の憂いを無くすために、王族は自分の妃も子どもも兄弟も処刑されると聞いていた。

なれば残る王族はこの子のみ。


「ジョン、我が子よ。

王族の血を絶やさずに生き残ってくれ」


周囲に悟られないように小声で囁く。


「えっ」

ジョンは啞然とした顔でそれを見送った。


王と王族の処刑は淡々と行われた。

ムンク軍は既に征西の準備を始めており、この国から兵や兵糧を出さねばならない。また税が上がる。

人々は廃王の死罪よりも日々の暮らしに追われていた。


ジョンが帰宅すると、アメリアはゲドリーの遺言を読み直していた。 

そこには、ジョンのことを頼むということと、自分のことは忘れて

ピッターフェルドとの再婚を勧める言葉が書かれていた。


(やはりあの人は私のことを赦していないのだわ) 

アメリアは死にたくなるが、我が子ジョンとキャシーがいる。


(そう言えばキャシーはどうなったのだろう。

まさかまだ幼い女の子を戦場で戦わせてはいないわよね)


ゲドリーとその配下は凄絶な戦死を遂げ、それに皇帝が感心したと聞いている。

アメリアやゲドリー軍の遺族は勇者の家族としてムンク軍に優遇され、暮らしに困らない金を支給されていた。


ジョンの帰宅で思考は中断する。


「母上、僕の父上は本当の父上なの。

まさかロビン国王が父なんてことはないよね」


突然放たれた我が子の一言にアメリアは答えることができなかった。


しばらく母親の顔を見ていたジョンは何かを察したのか涙を流し、「もういい」と外に飛び出した。


「ジョン、待ちなさい!」


しかしジョンは見つからず、数日後、ムンクへの協力軍に応募し、ゲドリーの遺児ということでいきなり指揮官に抜擢されたという知らせが来た。


ムンクの征西は順調であった。王国軍も歩調を合わせて進軍する。

しかし、教皇直属の聖騎士団との激戦時に、ジョンは撤退する自軍の殿を引き受けて、戦死したという知らせがアメリアに届いた。


「僕はゲドリーの子だ!

ここは僕が防ぐ、その間にみな退け!」

と言って、迫りくる軍勢に一人で斬り込み華々しく散ったと、同じ隊にいた兵士は涙ながらにアメリアに語った。


奮戦して戦死し、ゲドリーの子だということを示したかったのだろう、アメリアはもう涙も枯れ果てながらそう考える。


それから数日、アメリアは身の回りのものを整理して、ピッターフェルドに面会を求める。


久しぶりに見る彼の顔色はどす黒く、身体は痩せこけていた。


自分の育てたロビンは死罪となり、王家は断絶。

友と思ったゲドリーは自らが死地においやり、その家族は破綻。

今や軍役と重税に喘ぐ国民は、ピッターフェルドをムンクの手下と見なし、怨嗟の的としている。


もはやなんの為に生きているのかピッターフェルドはわからなかったが、自分が死ねばムンクと折衝できる者がいないという義務感だけが彼を生かしていた。


憔悴しきったピッターフェルドを見てもアメリアは同情もせずに、自業自得と思うだけである。


「アメリア殿、今日のご要件は?」


「娘キャシーを探しに行こうと思います。

もし心当たりがあれば教えていただきたい」


うーん、しばらく唸ってから彼は一つの記憶を引き出した。


「以前にムンクの首都に皇帝陛下への参賀に参った時に、街なかで酔って暴れる男を見事に叩きのめす女の子がいたのです。

それがキャシー殿に似ているなと思ったのを思い出しました。 

これを掛けようとしたらさっさと人混みに紛れてしまったのですが」


「当てになるか怪しい話ですが、手がかりがありません。 

そこに行ってみましょう。

では今生のお別れとなると思います」


アメリアはそういった後に付け加える。

「あなたから持ちかけられた不貞の芝居に乗ったこと、ずっと悔いています。

祖国と夫の二兎を追い、大事な方を失った。

失ってはならないものがわかっていなかったのね。

さようなら、あなたはせめて我が家を破滅させてまで得た祖国を守ってください」


ピッターフェルドは何も言えずに「すまなかった」とだけ返事した。

彼はアメリアが出立してから半年後、ムンクの過大な要求とそれに反発する国民に挟まれ、苦悩の末に苦しみ死ぬ。


ピッターフェルドが死んでから、王国の反乱計画が露呈。 

ムンク軍が反乱者を鎮圧し、合わせて王都を略奪しつくし王国は消滅した。

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