強き者の国ムンク
ムンク帝国の客将として迎えられたゲドリーは、チンギー帝と次の内容の約定を結んだ。
・王国の独立を保証する。
・ゲドリーとその配下は戦死したこととして今後王国には戻らないが、元の家族の暮らしは保証する。
・ゲドリーは征西戦線以外であればどこに使われても構わない。
・ゲドリーの処遇は生死も含めて皇帝に一任するが、娘と配下の生命財産は保証する。
ゲドリーとすれば過大なほどの内容である。
「今後この身はいかようにでもお使い下さい」
ゲドリーは正式に臣下の礼を執る。
「よかろう、これからこき使ってやるからな。
まずは攻略に手こずっている南部のベラシア地方に行ってもらおう」
チンギー帝が連れてきた新入りめのお手並み拝見とムンク各将が見守る中、ゲドリーは不落の名城イゼルローンの攻略を任される。
一ヶ月後、探索した情報を分析したゲドリーは策を練り、数名の腹心とともに敵兵の武装を纏う。
後方からムンク兵に追われて逃げ惑う味方の兵を見た門番兵は「早く中に入れ!」と慌てて助けてやる。
無事に城内に入り込んだゲドリーは、人々が寝静まった夜間、城の中を暴れまわり、手下は噂を撒き散らす。
既に落城したと誤認させて敵将を逐い、無傷の城を入手した。
その鮮やかな手腕は、城攻めや心理戦を不得手とするムンク諸将の度肝を抜いた。
「傭兵上がりは汚い手が得意だな。
それにしても兄上が貴様なぞをお気に入りなど解せん。
わしが兄上の目を覚まさせてやる」
余所者を嫌い、ゲドリーを白眼視しているのはチンギー帝の弟ナルヌ。
これまで豪勇を謳われ兄のチンギー帝に可愛がられていたため、新たに目をかけられているゲドリーが目障りなのだろう。
皇帝の前での模擬戦を持ちかける。
「面白い。やってみろ」
チンギー帝が真ん中の小山に座る中、両軍は対峙する。
ナルヌの軍はムンク得意の軽騎兵のみで構成、ゲトリーは重騎兵、軽騎兵、弓兵、歩兵の複合兵団である。
ナルヌ軍は軽快に運動しつつ、弓を放ち、損害を与えようとする。
それに対し、ゲトリーは少数の軽騎兵で相手を牽制しつつ、歩兵に守らせた弓兵で反撃させ、重騎兵は後方に置いておく。
ナルヌ軍は攻撃を休めないが、ゲドリーの指揮で軽騎兵と歩兵はうまく連携して守りを固め、大きな損害は与えられない。
ナルヌが焦り、まずは少ない軽騎兵を倒せと攻撃を命じるが、標的とした軽騎兵は馬を降りて弓兵となり、歩兵に守られつつ近づくナルヌの兵に激しく射撃する。それに当たり落馬した騎兵は歩兵の餌食となる。
「いかん、近づけば奴の思う壺。
一旦引いて距離を置け」
退却しようとしたところをゲトリーは見逃さない。
「重騎兵続け!」
逃げ腰になったところを、ゲトリーを先頭に突撃した重騎兵の破壊力をまともに受けたナルヌ軍は崩壊した。
「まだまだ!」
逃げようとするナルヌの首筋に潰した刃が当たる。
「ヘッヘッヘ。
おじさん、悪いけれどアウトだね。
お父さん、あたしが大将首取ったよ!」
ナルヌが後ろを向くと、パッと花の咲いたように笑うキャシーが馬上から薙刀を振るっていた。
「そこまで!見事だ
面白いものを見た」
チンギー帝が大笑いして酒坏をゲトリーに与える。
その帝の背後からゲトリーに熱い視線を送る者がいたが、愛娘の活躍に浮かれるゲトリーは気付かなかった。
それからはゲトリーを侮る者は居なくなり、彼は大幹部しかいない方面軍総督まで出世する。
久しぶりにチンギー帝に戦況報告に来た時。
帝とサシで話をしていた時に、いきなり後方にヒヤリとするものを感じたゲトリーはとっさに前転し、帝を後ろに庇いつつ、覆面黒ずくめの襲撃者と向き合う。
相手は一人だが、投げナイフ、短弓で牽制し、大刀で打ち合うも、ゲトリーに敵わないと思うと短刀で近接戦に持ち込む手腕は一流であった。
(皇帝を庇っていると戦いにくいぜ。
チンギーさん、あんた、助太刀でも逃げ出すでもできるはずなのに、何故俺の後ろをうろうろして邪魔をしている。
護衛も何故助けに来ない?)
皇帝が後ろにいるので刃を気にして自由に身動きできない。
そのため、いくつも傷がつき、あちこちから出血している。
おまけに皇帝は背後で面白げに笑っているようだ。
(くそっ、ちょこまかと)
相手の短剣の突きをあえて二の腕で受け、その持つ腕を捕まえる。
そこから強引に引き摺り倒すと、相手の顔面を殴りつけようとした。
「待て!そこまでだ」
チンギー帝の焦った声が聞こえる。
「えっ!」
驚くゲトリーに、相手が覆面を取ってニッコリ笑う顔は女であった。
「よろしくダンナさん。
あんたは私を初めて負かした男よ」
「すまんな。
予の姪のラウラだ。
腕自慢でお前を試したいと言って聞かなかったので、こんなことをさせてみた。
予が後ろにいたのはハンディだ。
ラウラ、満足したか」
チンギー帝の言葉にラウラは頷いた。
「伯父様、とても満足しました。
私の夫はこの人しかいません」
「ゲトリーがいいのならば、予は歓迎するぞ。
しかし、その男は手ごわそうだ。
まあ口説いてみろ」
チンギー帝が去った後からラウラの猛烈なアプローチが始まった。
彼女は漆黒の長い髪を雑にまとめ、卵型の顔の中には太い眉、よく動く黒い瞳と大きな口が配置されていて、美しいというよりも生き生きとした躍動を感じさせる女であった。
朝晩とゲトリーの家に顔を見せて、時には寝室にも入って夜這いしてくる。
ゲトリーはもう誰も娶るつもりはない、俺と結婚する女は不幸になると説くが、彼女は全く気にしなかった。
「アタシと一緒になればそんな悪運、吹き飛ばしてやるよ!」
まず彼女に絆されたのは娘のキャシーである。
最初反発していた彼女は、ラウラと手合わせをして追い払うつもりが、完敗する。
キャシーは女でこれほどの達人を見たことがなかった。
そして、これこそが自分の目指す道と思い、彼女に師事し、弟子となってしまった。
ラウラの条件は、ゲドリーとの結婚に協力すること。
そうなればゲトリーは落城したも同然。
キャシーとラウラに攻められて、まもなく降伏した。
「そうか。
ラウラと結婚するならば我が一族だな」
報告を受けたチンギー帝は上機嫌である。
ゲトリーが南西方面を平定を終えた後、結婚式を挙げることとなったが、その余興ではキャシーの演武が披露された。
それは戦に慣れたムンク王族を驚かすものであり、それを見た少年たちが試合を申し込むが尽く軽くあしらわれる。
ボロボロに負かされた皇太子の子と皇帝弟ナルヌの子がキャシーに惚れ込み、婚約を申し込むという事態となる。
誰もが天下無双の父娘と持て囃し、結婚式は大盛況であった。
その晩、ラウラは大喜びの中、親族や友人に呑み潰されて鼾をかいて寝てしまい、客も帰ると,ゲトリーとキャシーだけになる。
二人はベランダで星を見ながら話をする。
夜風が気持ち良い夜だった。
こんな夜は口も軽くなる。
「お父さん、あたし、運命の悪戯かもしれないけれどこの国に来て良かった。
王国では男の子にはブサイク、血塗れオーガの娘、雌オーガとか悪口を言われるし、女の子からも傭兵の娘は血と金の匂いがするから遊ばないと仲間はずれにされた。
お母さんには好きな武芸は禁止されて女の子らしくしなさいばかりを言われる。
メイド達は顔の良い兄貴ばかりを構っている。
みんなに褒めてもらおうと得意の武芸を見せてもみんな顔をしかめるばかり。
挙げ句にはお前は父親に似ているな、傭兵にでもなるしか取り柄がないとか言われた。何もいいことがなかった。
お父さんとその仲間のおじさんだけが可愛がって、武芸も褒めてくれた」
そこで一息ついてから言う。
「ムンクに来る時は殺されるかもと思ったけれど、お父さんと一緒ならいいと思った。
だって私はお父さん似だもの。
でもここムンクは武芸を見せれば感心してくれる。
戦で勝てばもっと褒めてくれる。
強いことはいいことなんだ、ここは私の為の国だ!
だから、お父さん、私をこの国に連れてきたことを後悔しなくていい。
だってここに来てから初めてモテたんだよ。自分でもびっくりするわ!
でもお父さんはどうなの?」
ゲドリーは驚いていた。
時々、戦争続きの俺といるより、王国でアメリア達と暮らした方がキャシーはしあわせだったのではと思っていたのだ。
「お父さんはモテた覚えはないな。いや、子供の時に一人だけ好きになってくれた女の子がいたな」
「お父さん、お母さんは私のことは好きでなかったかもしれないけど、お父さんのことは好きだったよ!」
娘に怒られて、ゲドリーは謝る。
「そうだね。
お父さんは二人からはモテていた」
「今日はお父さんの隣に寝てもいいかな。
明日からはラウラ師匠に譲るから」
「キャシー、お母さんって呼ばないのかい」
「ラウラはお母さんの前に師匠だから」
父娘は寝こけているラウラの上に羽織りものを被せ、仲良くその隣に寝た。




