9話―― ギルドマスターシャロンの絶望
いや、期待していたわけじゃない。期待していたわけじゃないよ?
ただよりにもよって希望に縋りついた結果、こんなことになるなんて誰も思わないわけで――
「悪いけどこの話はなかったことに……」
「逃がすと思う?」
引き攣った顔で回り右をすればガッチリと俺の右手を捕まえる少女シャロン。
その顔はこれまで見た少女のなかでも一番いい笑顔だった。
うん。わかっていたけど
(ニゲラレナイ)
しかも下手したら右手首砕けちゃいそうなレベルでつかまれちゃってますね、これ。
元、ギルド職員の雑用係としてはいろいろ言いたいことはあるけど、
まず自分より年下のギルドマスターってどう接するのが正解なのだろう。
キラキラした笑顔が眩しくて、とてもじゃないが「せめて偏屈ギルドマスターがいるとかそういう展開であってほしかった」とか口が裂けても言える状況じゃなかった。
そんでもって――
(こんな一回りも小さい女の子も振り解けない俺ってなんなのさ)
依然と俺の手を取る少女の右手は俺を解放してはくれない。
これでも冒険者になることを諦めきれず毎日筋トレしてきたのに、マジで泣けてくる。
という訳で――両手首ガッチリひもで縛られている訳だが
「いやーほんと、ギルドに誰かが来てくれるなんて久しぶりだよ。
汚いところでゴメンね。
土地を押さえてギルド申請したはいいんだけど大手ギルドに依頼とか軒並み奪われちゃって。 あ、これつまらないものだけど遠慮なく飲んでいいよ」
「あーうん、キニシナイデー」
そう言ってカウンターと思しきテーブルの上に散らばった酒や食べ物のカスを腕で取っ払い、勢いよく豪快な掃除を始めるシャロンの声に、
俺は手首をガッチリ紐で結ばれたの状態で生返事を返すことしかできなかった。
せめて荷物持ちだけでもいいから冒険者として頑張りたい、と思ったらこのざまだ。
他のギルドでも面接にはお茶くらい準備するのに、いきなり手にお縄とか斬新すぎる。
「なぁもう逃げないからこの縄切ってくれない? 悪いことしてないのになんかすごい惨めになって精神的に死にたくなってくるんだけど」
「うーんそうしてあげたいのも山々だけど、とりあえず面接終わってからかなー」
あーうん。これ解放する気ありませんわ。
よくある詐欺の手口じゃん。本当に冒険者ギルドかここは!?
(それにしてもずいぶん若いな……13、いや15歳くらいか?)
彼女の右手に付けてる焼き印はディスタニア王国のものだから彼女がギルドマスターというのは間違いないだろう。
冒険者に年齢は関係ない、と言われているが
(それでもギルドを引っ張っていくには若すぎるんじゃないか?)
おそらく身なりからして貧民街の出身なのだろう。
それにしてはやけに流暢に言葉を操るものだ。それ以上に気になることと言えば――
「えっとまず質問があるんだが忙しいところ少しいいか?」
「エッチな質問じゃなければなんでもいいよ」
「いやなんでそうなるんだよ。聞かんわそんなこと」
まぁアンタがそれでいいのなら遠慮なく聞くけどじゃあ遠慮なく聞くけど……
「さっきから気になってたんだがアンタが抱えているその紙袋の中身や転がってるその素材は一体何なんだ? 俺の目にはやけに質の悪い素材に見えるんだが、そんな粗悪品。どこから買ってきたんだ?」
「うん? あぁこれ? 売り物じゃないよ。拾ってきたの」
そう言って濁ったポーションを掲げてみせるシャロンだが、
拾ってきた? とはどういうことだ。
「うん。ほらウチのギルドって見ての通りすっごく貧乏だからさ、粗悪品でもいいから自分たちでポーションとか作ってダンジョンに潜らないと生活できなくてね。
廃棄区間からちょろっと失敬させてもらってるの」
そう言ってまるでカクテルでも作るみたいに素材を煮出し、ポーションを調合していくシャロン。
ポーションは冒険者でも手軽に作れるようにレシピ化されているので
品質さえ問わなければ知識と材料さえあれば手軽に作れるが――
「……廃棄区画からの窃盗は違法のはずだぞ」
「大丈夫大丈夫バレなきゃ問題ないよ。それよりさ君の名前を聞かせてもらえないかな?」
「いや問題ないって……アンタな」
豪快に話を逸らされ、今か今かとキラキラした目で顔を近づけてくるシャロン。
ギルドマスター本人が犯罪を犯してどうするとツッコミたいが、
うっ、この他人のパーソナルスペースにグイグイ来る感じ、少し苦手な人種だ。
だが――
(……ここはガチで行くか。子供だろうと容赦せん)
彼女に促されるまま改めて椅子に座り直せば、俺は一回り小さい少女の語り口調に圧倒されるのをかくすため小さく咳ばらいを一つ打つ。
この貧しい見た目もさることながら、この人懐っこい性格だ。
一週間前にお節介を焼いてくれた弟子の姿を彷彿させて非常にやりにくい。
本来なら話の主導権を握らなければいけないのは大人である俺の方なのだが、如何せん初対面の俺ですら圧倒されるほど陽キャのオーラに調子を崩されっぱなしだ。
だが――
(ここで舐められては『以前』の二の舞だ。こんなチミッコに裏切られたら立ち直れん!!)
まぁ彼女の様子を見る限り悪いやつじゃないのはなんとなくわかるので詐欺られる心配はないのだが、やはり何事も第一印象とは言うのは大切だ。
「えっと、まず聞いておきたいんだけどこれは面接ってことでいいんだよな?」
「うん、わたしはそのつもりだよ。いくらおんぼろE級ギルドと言っても人材は見極めないとね。――と言っても形式だけでもうわたしのなかでは採用してるもおんなじだけどね」
そう言ってどこから取り出したのかしわくちゃの使い古しの紙と羽ペンを取り出し、爛々と俺を凝視するシャロン。
まぁ久しぶりの来客でやる気なのはわかるがもうちょっと真面目な雰囲気を出してもらいたい。
なんでこんなシュールな状況でほっこりした気持ちにならにゃいかんのだ。
(それにしてもE級、か。わかっちゃいたけど相当評判低いんだなここ)
ギルドランクはすなわち国への貢献度を現し、E~Sの順でランク付けされている。
ギルドランクが高ければ高いほど王国から依頼を回してもらうことができ、仕事の難易度や達成条件に応じてランクが上がっていく仕組みだ。
等級が上がればそれだけこの街では有名になるし、そのギルドに在籍する冒険者は一目置かれるようになる。
だからこそどんなに無名なギルドでも大抵はC級を維持するのに必死になるのだが
このギルドときたら――
(まぁこのぼろさなら依頼が来なくても納得だな。違法なポーションを使ってダンジョンに潜らなくちゃ運営できないところまで追い詰められているみたいだし、いずれ潰れるのは目に見えている、か)
まるで俺みたいだな、と心の中で呟き顔を引き締める。
とりあえず働けれさえすれば問題ないと思っていたが方針変更だ。
彼女がギルドマスターでなければ受かる気満々だったのだが、こうも不測の事態が重なり過ぎては手に負えない。
この様子だと面倒事も抱えていそうな雰囲気だし、ここは適当に答えて不合格になろう。
「それじゃあ改めて面接を始めるけど、まずお名前と年齢からどうぞ」
「えっと俺の名前はワタル。今年25で、そのつい1週間くらいまえまでギルドの雑用係をやっていました」
「うん? ついさっき?」
「あ、いや。ギルドマスターとやらかしてクビにされて――」
「ふむふむ、ということは経験者だね。いやー助かったー。わたし含めて受付二人しかいないから困っちゃって。あ、敬語とか別にいいから」
「はぁ、それはありがたいけど――って二人!?」
ガタンと椅子を引いて立ち上がる。
いや確かにこの世の中、土地とギルド会館の権利書さえあればいくらでもギルド申請は通るけど、それにしたって――
「いくらなんでも少なすぎだろう!? 本当に経営できてんのかよ」
「うーん結構ギリギリかなぁ。いろんなところに借金して何とか体裁だけは保ってるって感じかな? そろそろ返済期限が迫ってるから金策考えないとやばいし、わたしもこのナイスバディな身体を使って頑張らなきゃと思ってるし」
ギルドマスターが身体張らなきゃ潰れるギルドってなに!?
そんなんでよく今まで三年も持ったな!?
「ふっふーそりゃわたしを含めて優秀な人材がいるからね。そこらへんは大丈夫。それともギルドに入るのが不安になっちゃった?」
「俺としてはギルドの先行き以前にアンタの今後が心配になってきたんだけど……」
「ふっふっふー。まぁまぁそうがっかりしなさんな。誰しもはじめてというのは不安なものだよ少年。わたしもいろんな初めてを捧げてきたけど、そのなかでもギルドに人材募集した時は不安だったなー」
だから言い方ぁ!!
「でも大丈夫。ギルドに来る人来る人、みんな考えさせてください! って言って悩むくらいだから将来性は保証するよ。きっと君が入った頃にはたくさんの冒険者がギルドに押しかけてくる予定さ」
「予定かよ。つーかそれって遠回しにお断りされてるだけなんじゃ――」
思わずとんでもない勘違いに全力投球の現実を叩きつけてれば、満面の笑みから一転。
絶望の淵に叩き落されるシャロンの姿があった。
やばい、いらんこと言ったかもしれない。
カラカラと快調にポーションを作成していた手が止まったかと思えば、その血色のいい顔色が徐々に悪くなっていく。
「ああ、やっぱり思い当たる節があるのか……」
「えっ――。い、いやでも、みんないいギルドですね! とか僕にはもったいないですよって言ってくれたよ? 俺なら絶対に入るのになーもったいねぇなーとか言ってくれた人もいたし。ここにちゃんと契約書も書いてくれたんだよ?」
「それって三年前だろ? 多分もう無効だと思うけど」
「そ、そんな――」
へなへなと脱力してカウンターにへばりつく小動物改めギルドマスター。
どうやら彼らのお世辞を本気にしていたらしい
人がいいというか、楽観的というか。純粋なのはいいことだがよく今まで生きてこられたな。
「え、えっとじゃあ――俺もこの辺で失礼して……」
「待って待ってちょっと待って見捨てないで!! 今月までになにかしらの成果上げないと資格取り消しになっちゃうの!? 本当に潰れちゃうの!?」
「うるせぇ! んなこと知るか!! 先のないギルドに居ても未来はないんだよ! 俺はまだ希望を捨てたくないんだ、いいから抱き着いてないで離しやがれ――ってちからつよッ!?」
「ふっふっふー。ここまで聞いて逃がすとでも本当に思う? この窮地に訪れた唯一の希望。絶対に離さない! ダンジョンの底まで追いかけてやる!!」
「いやだからそれ悪役のセリフ!?」
ギリギリとカウンター越しから胴にしがみついてくるシャロンを引きはがそうとするが、悲しきかな俺の腕力ではうんともすんともいってくれない。
これが十年間。素材管理室に引きこもっていた貧弱野郎の力なのか……地味にショックだ。
それに――
「ここで巻き込まれたらぜってぇめんどくさいことになるって俺の『自己管理』が叫んでんだよ! なんでこんな時に固有スキルが発動すんだよバカ野郎!! もっと早く警告しやがれ!!」
「やっぱり固有スキル持ってるのね。話の流れ的に戦闘向きじゃないみたいだけど、安心して! うちのメンバー性格は難アリだけど腕だけは確かだから! 受付兼ギルド関係者がわたしを含めて二人ってだけでちゃんとギルドメンバーは三人いるから! しかも女の子の!!」
「不安しかねぇ!? それって事実上の下僕確定なんじゃねぇの? あとギルド構成員五人ってそれギルドってよりクランだろうが!!」
そう言ってカウンター越しの仁義なき戦いを繰り広げている最中、突如として教会の扉が吹き飛ばされるのであった。