10話―― 黒くて長くてスゴイやつ
派手な爆音の後、吹き飛んでくる頑丈な扉に俺の身体は咄嗟に動いていた。
チリチリと脳裏を焼く感覚は、固有スキル『自己管理』が発する『警告』。
自分の健康状態を『管理』することに特化したこのスキルは、
普段、俺の健康状態の維持とまるっきり使えた試しがないが、こういう危機的状態を知らせるときに役に立つ。
というのも――
「俺の健康状態を維持するために『危険』から遠ざけさせるとかどういうスキルだよ!!」
「わっ!!?」
痛みに似た吐き気に歯を食いしばり、シャロンの細い身体に覆いかぶさるようにしてカウンターの下に押し倒せば、ガラス瓶が派手に割れる音の後に少女の悲鳴が鼓膜を震わせた。
遅れてカウンターに突き刺さるドガッ!! という衝撃が無遠慮な訪問の一撃を物語っておりギルド会館内は見るも無残な様相を晒していた。
モクモクとホコリと煙が舞い上がり『下手人』は確認できない。
だけどとりあえず――
「大丈夫かシャロン。ケガとかないか!?」
「おかげさまで、なんとかね」
シャロンの身体を気遣っている暇なんてなかったから、相当荒っぽい救出劇になったがどうやら頭を打った以外、特に負傷らしい負傷はない様だ。
しかし――
「いつつつ、いやーなんなのさ今のは」
「おそらく銃撃か? それよりほんとうに大丈夫か? 頭以外にどこか痛めてないだろうな」
「う、うん。それは大丈夫だけどわたしのポーションが……」
そっとぶつけたである頭を撫でてやれば、俺に心配されるのが意外だったのか。
一瞬だけ驚いたような戸惑ったような表情を浮かべてみせるシャロン。
たがその琥珀色の視線が地面に向かったとき、転がった作りかけのポーションの残骸を見て悲痛な声と共にその整った眉が悲しげに垂れ下がった。
いや元・雑用係としてその気持ちはわかるが
「もうちょっと真剣になってくれ。危うく死にかけたんだぞ。ってお前どこ行く気だ!?」
「どこって、わたしが苦労して見つけてきた素材の仇を取りに行くに決まってるでしょ。ちょっと玄関吹っ飛ばした奴に抗議してくる!!」
抗議してくるってお前――
「いや待て待て待て!! いま行ったら間違いなくハチの巣だろうがなに考えてんだお前!?」
「でもせっかくのポーションを台無しにされたんだよ。怒らない方がどうかしてるよ!!」
「んなこといま気にしている場合か!? 襲撃されてるんだぞ。んなもん後で買ってやるからここで大人しくしてろ!!」
そう言ってとりあえず常識知らずの死に急ぎ野郎を宥めすかすことに成功するが、以前危機的状況であることには変わりない。
そもそも――
「さっきの衝撃はいったいなんだ。E級とはいえ腐っても冒険者ギルドだぞ。ギルドを攻撃するなんてどんな馬鹿だ」
守護衛兵隊が怖くないのか。
それにしてはやけに『手心』を加えられているような気がしてならない。
もし俺かシャロンを狙った犯行だとしたら、もう一撃派手に爆破してしまえばそれで終わりだというのに。
そうして恐る恐るカウンターのしたから顔を出せば、今度は威嚇射撃なのか。空に轟くような爆音がギルド内に響き渡った。
「くっ、敵の狙いが全く分からない。こんな今にも潰れそうなギルドを狙うなんてお前なにか怨みでも買うようなことしたんじゃないだろうな」
「あーもしかしてこの気性の荒い『ほうもん』の仕方は……」
「心当たりがあるのか」
「あーうん。ちょっとね」
そう言って眉をしかめてみせるシャロンにと問いかけたらなぜか微妙な顔された。
まぁ恨みと言えば、俺もあのクソ野郎に疎まれている立場だけど、S級ギルドのギルドマスターが俺みたいな無能を資格を使ってまで追いかけまわすメリットがない。
それに――
(これはやっぱり火薬のにおいか?)
火薬の作り方はレシピされているとはいえ、材料が材料なだけにかなり貴重だ。
炸裂する音の大きさからみても一発、金貨50枚はくだらない爆薬を使っているはず。
「そんな貴重品をこんなところで無意味に使う馬鹿は誰だ。とにかく今はここから動かない方がいい――っていねぇ!? あいつマジでどこ行った」
俺の後ろのいたはずのシャロンの姿がいつの間にかない。
そうしてあたりを見渡せば、煙に乗じて音を殺して逃走を図るシャロンの姿があった。
あの馬鹿。怖くなって逃げようとしているのか?
相手の武器もわからないうちに、背中を見せるのがどれだけ危険かわかってないのか。
「ばっか、大人しくしてろって言ってただろ。なに一人で逃げる準備してんだよ」
「ちょ――離して。わたしはアイツから逃げなきゃいけないんだから」
「はぁアイツ? お前やっぱり敵の正体わかってんだろ」
「しゃぁぁあああろぉぉおおんぅぅぅぅ!!」
「「うひゃッッ!!!?」
地の底をとどろかすような低い声に俺とシャロンの肩が跳ね上がる。
恐る恐る声ののした方に視線を飛ばせば、そこには黒い『砲門』を背負った一人のガラの悪い男が一人立っていた。
彼の姿を一言で表現するなら、黒い獅子皮のジャケットにサングラスをかけた厳ついおっさんといった感じだろうか。
全身黒で統一された特注装備に、ムキムキの胸筋。そして背中に背負った特徴的な『大砲』。
一目で上級素材で作られた装備に身を包んだ冒険者? がサングラス越しでもわかる鋭い眼光がこちらを睨みつけている。
なにやらこのギルドに恨みでもあるのか、ただならぬ雰囲気を醸し出しているが
その鬼気迫る姿を確認したシャロンの表情があからさまに「あ、ヤベ」と青ざめていた。
「や、やっぱりガンテツだ。いつもは部下に任せてるくせに、なんでよりにもよって今日は自分からくるかなぁ」
「はぁガンテツ? 誰だそれ――ってちょっと待てガンテツって『あの』破軍のガンテツか!? ダンジョン第6層を持ち前の火薬で吹っ飛ばして新しいルートを開拓したっていうあの!?」
「君がどのガンテツを思い浮かべてるか知らないけど、あんな筋肉だるまのリーゼントなんて一人しかいないよ! それより早く逃げなきゃ――」
「いや逃げるってどこにだよ! 入口は塞がれてんだぞ。逃げられるわけねぇだろ」
そもそもなんでそんな大物に狙われてるんだ。
ちょっとやそっとの怒り方じゃないよアレ!?
つーか。
「お前、もしかしなくても絶対何かやらかしてるよな? 怒らないから言ってみ」
「えーでもー逃げないと面倒ごとに巻き込まれるような……」
「このまま何も言わないんだったら俺はお前をあいつに引き渡す用意があるが」
「あー!! いやいやそれはちょっと待ってというかすごく困るっていうかー」
そう言って歯切れの悪い感じでその琥珀色の視線を横に逸らしてみせるシャロン。
可愛らしく誤魔化そうとしているが、絶対に誤魔化されないからな。
そうしてジッと非難するように自分より一回り小さいギルドマスターを睨みつけてやれば、遂に観念したのか。
「えーとその――ちょっとねお金を、ね?」
と言ったところで今日一番の笑みを浮かべてみせた。
いやちょっとお金をね、であんな怒り方はしないだろう。
と考えたところで最悪な可能性が頭をよぎる。
そういえば貧民街は色々な勢力が絡み合っている、昔トールから聞いたことがある。
幼い孤児を保護し、様々な技術を『仕込んで』は表ギルドに人材派遣する『妖狐の宿』
ありとあらゆる裏家業、貧民街を恐怖で取り仕切る『登龍会』
そして、その中で絶対に手を出してはいけない非合法な依頼を生業とされる義賊。
通称――『鉄花の盃』。
そこに在籍する副頭がガンテツとかいう名前だった気がするが――
「お金ってまさか。お前――」
「うん、ギルドのお金をちょろまかしました」
そう言って頭の片隅に最悪な可能性が頭によぎった時。
次に吐き出されるシャロンの言葉を代弁するかのように
「シャロン、てめぇ金返さんかコラああああああああああッッ!!」
と鬼気迫る男の叫びがギルド内に響き渡り、見事なてへぺろをしてみせる少女を前に俺はすべてが手遅れだったことを悟るのだった。




