チェックメイト、でもブルー
2年間、何を祈っていたのか、思い出せない。
学園時代に落ちた貯水池にダフネは来ていた。王都で伯爵位を継ぐために陛下に謁見した。メトロポリテーヌとの戦争は終わり、この国は転換期を迎えている。
ダフネの名節は、陛下のせいで地に落ちたが、この時代の波が、すぐにそれを忘れさせてくれることだろう。
それに、ダフネは領地で領民に尽くさなければならないのだ。王都に来ることはしばらくない。その間に、ダフネの名前は陛下の寵姫だった女から、陛下から伯爵位をかすめ取った女に変わっていることだろう。
2年間、何を祈っていたのか、思い出せない。
神に何を祈っていたのだろうか。祈ることで、ダフネは何を得ようとしていたのだろうか。
祈るだけでは、何も得ることができないことを知っていたのに。
ダフネは、父の人形だった。感情を持たない、人形だ。ダフネは変わった。変わって、感情を操る人形になった。きっと、それはアウグストが望む人形だ。
でも、ダフネは、変わったのだ。感情を操り、そして感情に操られて、知った。本当に欲しいものは、自分の足で立ち、自分の手でつかみ取らなければ、手に入らないと。
だから、ダフネは選ぶのだ。
自分の足で立ち、自分の手でつかみ取ることを。それが、思い描いていた人と歩むことでなくとも。
感情を操るようになり、感情に操られるようになって、ダフネは今まで眩しくて美しいと思っていた人々がひどくつまらないものに思えた。
あれほど賢く聡明だと思っていたテオドラ・ウレタも、退屈でつまらない三流の女優のように思えた。
でも、唯一変わらず、まぶしく、心の底から震えるものがある。それは、きっと、これからも変わらない。
ダフネは祈るために手を組む。その手の中には、蒼い宝石のはめ込まれたネックレスが絡んでいる。
2年間、祈った。その間、ダフネを支えたのは、きっと矜持だった。だが、今のダフネを支えているのは、己の足だ。
組んだ手をゆっくりと離し、右手を前に突き出す。
小指から順番に、鎖を離していく。
水面に波紋を作り、ネックレスは、貯水池に落ちていった。あの日のダフネと同じだ。
プルシャンブルーに染まっていく、それを見て、ダフネは間違っていないと思った。
いつか、この日を、後悔する日が来るかもしれない。だが、ダフネは、間違えてなどいない。
「さよなら」
それでも、ダフネは、プルシャンブルーを愛していた。そして、きっと、これからも。




