7.ひと休み
「スズ暗黒光線!」
「ミナトバリアー!」
二人は向かい合って、両手を前に突き出している。
めんこを地面に放置したまま、ミナトマンごっこを続けていた。
「ミラクルミナトビーム!」
ビビビッと効果音を口にして、湊は見えないビームを放った。
「スズ……えっと……デビルスズ……えっと……」
「ミナトファイナルビーム!」
「えー!いま技を考えよったんにー!」
鈴はしかめっ面をして、湊は満足そうに笑った。
「ほほほ、二人とも楽しそうやねぇ」
いつの間にか店に戻っていた店主が、ラムネを二本持ってやってきた。
「暑かろ?これ飲んで休憩しぃ」
店主は二人にラムネを渡して微笑んだ。
「わぁー!ありがとうございまーす!ほら、湊もありがとうは?」
「あ……ありがとうございます」
湊は礼儀正しく頭を下げた。
「二人とも良い子やねぇ」
店主は優しく二人の頭を撫でて言った。
褒められた湊と鈴は、顔を見合わせて笑った。
「湊、ひと休みしようか!浜辺で飲もうや!」
「うん!」
鈴は地面のめんこを拾い上げて、湊に差し出した。
「これ全部やるよー!」
「いいの!?欲しかったんだ」
湊は目を輝かせてめんこを受け取った。
そして湊と鈴は再び竹馬に乗り、商店を後にした。
浜辺に着いた二人は石段の上に肩を並べて座り、海を眺めた。
照りつける日差しの中、海からの潮風が心地よかった。
「今日は早飲み競争なしね!」
鈴はラムネのビー玉を押し込みながら言った。
「かんぱーい!」
「かんぱい」
カツン。
お互いの瓶を小さく鳴らして、ゆっくり喉に流していく。
竹馬にめんこ、ヒーローごっこで疲れた体を、冷たいラムネが癒してくれた。
「湊は学校楽しい?」
鈴は湊に顔を向けて聞いた。
「楽しくないよ」
湊はぶっきらぼうに答えた。
「なんでー?」
鈴は目を丸くして、首を傾げた。
「行っても退屈だから」
「ええー!学校が退屈とか贅沢やん!」
「鈴は楽しいの?」
「楽しかったよ!」
「楽しかった?今は?」
「今は行ってなーい!」
「なんで?」
「もういっぱい学んだけ!」
湊には鈴の言っていることの意味が理解できなかった。
そして、鈴に対して気になっていた事を聞いてみた。
「鈴ってこの辺に住んでるの?いつも何してるの?」
「すぐそこに住んじょうよー!でも、今は嫌な場所でいつも寝てる」
「どういうこと?」
「私は……」
鈴はラムネの瓶を見つめた。
「退屈な病室を抜け出したんよ」
「えっ……」
鈴の顔からは笑顔が消えていた。
ほんの少しの沈黙のあと、鈴がふふっと笑った。
「冗談よー!私は元気モリモリけ!」
いつもの笑顔に戻った鈴は、力こぶを作るようにして両腕を曲げた。
「なにそれ……」
湊は呆れた顔をしたが、心の中ではホッとしていた。
その後は何気ない会話をいくつか交わし、湊は家に戻った。
「湊!その怪我どうしたの!?」
玄関を開けると、祖母の病院から帰っていた母が目を見開いて駆け寄ってきた。
「誰かにいじめられたんか!?」
祖父が険しい顔で、湊の擦りむいた膝や体中の痣を確かめた。
「竹馬の練習したんだ」
「竹馬?」
母はきょとんとした。
「うん。鈴が教えてくれたんだ」
湊は玄関の外に立て掛けていた竹馬を母と祖父に見せた。
「おお、懐かしいの!わしも昔は竹馬でよく怪我したぞ。で、湊は乗れるようになったんか?」
「うん。見せてあげる」
そう言って湊は二人を外へ誘った。
太陽の位置も低くなり、日差しが弱まるなか、祖父は嬉しそうに、母は少し心配そうに湊を見つめる。
竹馬に片足を乗せたとき、鈴の言葉が湊の頭の中によぎった。
『やる前から諦めるのはダメけねー!』
『しっかりバランスを取るんよ!』
『湊、その調子!』
『偉い偉い』
湊は両足を乗せて前に一歩踏み出したが、一瞬ふらついた。
「危ない!」
母が駆け寄ろうとしたが、湊は持ちこたえて歩き出した。
そうして、母と祖父の周りを一周してみせた。
「すごいね、湊」
母は感激の拍手を送った。
「昔のわしより上手いぞ」
祖父は、豪快に笑った。
穏やかな夕焼けに照らされた地面には、三人の影が長く伸びていた。
――その夜
「今日は、めんこもしたんだ」
座卓で食事をしながら、湊は鈴からもらっためんこを取り出した。
「えぇー、めんこ!?鈴ちゃん、よくこんな古いの持ってるね」
母は座卓に置かれためんこを指先でそっと触れた。
祖父が「これは……」と言って、ヒーローのめんこを一枚手に取った。
目の高さに掲げ、何度も裏返す。
「わしもこれと同じの持っちょったぞ。負けて奪われたけどの」
祖父は次々とめんこを手にしては、懐かしそうに眺めた。
「湊と鈴ちゃんはどっちが勝ったの?」
焼き魚をほぐしている母が、手元に視線を落としたまま聞いてきた。
「んー、どっちやろ?途中でミナトマンごっこに変わったから分かんない」
「ミナトマン?」
初めて聞く言葉に、母は箸を持つ手をぴたりと止めて顔を上げた。
「僕がヒーローで、鈴が暗黒の魔王」
「あはは、なにそれ」
母は片手で口を覆って、肩を揺らして笑った。
「ヒーローごっこか。それも昔はよくやりよったぞ」
祖父はそう言って立ち上がり、両手を思いきり突き上げた。
「がおぉ!じいさん怪獣だぞー!」
両足は大きく広げ、体を左右に揺らしている。
「ははは、地球はわしのものだー!」
「きゃー、助けて!ミナトマーン!」
急に始まった寸劇に母も参加した。
そんな二人に湊は少し戸惑ったが、祖父の姿に思わず笑みがこぼれた。
「シュワッチ!ミナトマン参上!」
「現れたな、ミナトマン!漁師ビームをくらえー」
「ミナトバリアー!」
「頑張れ!ミナトマーン!」
「ミナトファイナルビーム!」
「ぐおぉー!なんて強さだ、ミナトマン」
祖父はその場でごろんと倒れ込んだ。
「地球は守ったぞ!」
湊はきりっとした顔でポーズを決めた。
「あはは。さあ、無事に地球も守ったし、お風呂に入りなさい」
「うん」
湊は満足そうに、廊下の奥へと歩いていった。
その姿を見届けて、祖父は上体を起こして言った。
「湊、楽しそうやったの」
「うん。あんなに嬉しそうな湊は初めて見たかも」
「鈴ちゃんのおかげやの」
「そうやね。鈴ちゃん、一度会ってみたい」
二人は廊下の奥を見つめて微笑んだ。
風呂から上がると湊は、いつものように日記を開いた。
『今日はスズが竹馬を教えてくれた。
ぼくは何度もこけたけど、あきらめなかった。
そのあと商店に行ってめんこしたけど、途中でミナトマンごっこになった。
とても楽しかった。
それと、スズがめんこを全部くれた。
かっこいいめんこだからうれしかった。
家に帰って、おかあさんとおじいちゃんの前で竹馬に乗ってみせてあげた。
すごくおどろいていた。
さっき、おじいちゃんともミナトマンごっこをした。
かいじゅうのマネはスズのほうが上手だった。』
「今日は書くことがいっぱいだったな」
そう呟いて日記を閉じたが、「あっ!」と何かを思い出した。
「そういえば」
湊は再び日記を開いて、文を追加した。
『そういえば、スズがふしぎなことを言っていた。
いつもはイヤな所でねているとか、病室をぬけ出したとか言っていた。
じょうだんて言ってたけど、なんか今日のスズは少しだけ変だった。』




