後悔したくない
「どれだけ拗らせてんだよ」
「……」
「で、どれだけヘタレなんだよ」
「ヘタレ……だよな…」
「そして、その言葉が聞こえてきて退散してきたって?」
「……迷惑だって」
今、僕と咲田はバーのカウンターの端を陣取っている。
今日は度数の高い酒を飲みたかった。
スモーキーフレーバーの強いスコッチウイスキーのロックをもう一杯頼んだ。
「碧、お前本当に碧か?
いつもの冷静沈着な碧はどこへ行ったんだ?
それに、いったい何歳だ?この年なのに恋愛に対して初心すぎるだろ……」
咲田が苦笑しながら「しょうがないなぁ」と言って、項垂れる僕の頭をポンポンと叩いた。
「後ろ向きすぎ。もう一回話してみろ。彼女何て言ってたんだって?」
「碧くんは、ただあの曲を弾いただけ…」
「うんうん、だよな。
この台詞からは、碧がその曲を弾いただけで、おまえが悪いわけではないと言っていることがわかるだろ?」
まるで、国語の文章題の解説のように咲田が話し始める。
「で、次は?」
「今さら…あの時のことを話しても……」
「そう。ここでわかるのは、あの時のことってのが彼女が来た音楽室でピアノを弾いたってことに間違いないということ。
さらに彼女自身にその時のことがわだかまりとして残っているということ。
そして、その話をしたいけれど今さら話をしてよいのかどうか迷っているのだと推測できるよな」
冷静に分析をする咲田の話を聞いていると、もしかしてそうなのかもしれないと思えてくる。でも、最後の台詞は…
「『迷惑』ってのはさ、碧が迷惑なんじゃなくて、碧にとって迷惑じゃないかって俺には聞こえるんだけどな」
「僕にとって?」
「そう。まあ、碧からしか話聞いてないから100%とは言えないけど、碧はピアノ弾いただけなんだろ。悪いことしてないよな」
「ん……でも、彼女泣いたんだ。あの時。
だから、傷つけたことには違いないんだよ」
それでも前向きになれない僕に、咲田は自分のグラスに残った酒を飲み干して2杯目を注文すると、ニヤリと笑った。
「それが碧の優しいところで、俺が好きなところなんだけどさ」
「咲田に好かれてもなぁ……」
そう答えると、咲田は「まあ、そりゃそうだろうな」と楽しそうに笑い声をたてた。
咲田とは大学1年生の時のクラスメイトで、出会った当初からやたらと僕に絡んできた。
大学を卒業して後期研修医の病院まで一緒になっている、いわゆる腐れ縁というやつだ。
最初は鬱陶しいとすら思っていたし、そう思っていることも本人には絶対に伝わっていたはずなのに、咲田は決して引こうとはしなかった。
何度かわしても、気づけば懐近くに入り込んでいる咲田に根負けする形で仲良くなった、いや構われるようになったというのが正しいかもしれない。
咲田は冷静でいようとする僕を、見事に搔き乱す。
それなのに、僕がどう反応しても受け止めてくれる懐の深さがある。
以前、咲田にどうして僕にそんなに構うのか尋ねたことがあったのだが、「人から1歩も2歩も距離取ろうとしているひねくれ者のくせに、寂しそうだったから」と言われた。
強引なようだが、相手が許してくれるギリギリの範囲までしか踏み込まない。
その匙加減にはいつも驚かされるが、おかげで咲田とのこの関係が、今では心地良いとすら思えるようになった。
今日だって僕を揶揄いたい気持ちがあったのは間違いないが、それ以上に僕を心配してくれていたのも解っている。
現に笑いながらも、昔の思いを引きずりすぎて後ろ向きになっている僕の話を丁寧に聞いてくれているのだから。
「おまえ彼女のことになると本当に自信がないのな……これだけハイスペックな男なのに。
まあ、それだけ拗れた思いを抱えていたから、これまで誰にもなびかなかったってことか。
顔はいいし、気配りのできる優しい男だから、女の子いっぱい言い寄ってきてたけど、尽く撃沈していたもんなぁ。おかげで碧の親友である俺は、どうやったら碧を落とせるのかと何十回尋ねられたことやら……」
「え ?そうだったの?」
「いやいや、過去のことだから気にすんな」
「そうじゃなくて、咲田と僕って親友?」
「え? そこか?」
どちらからともなくプッと笑い出す。
ふたりでひとしきり笑った後、なんだか気持ちがすっきりしていた。
どうやら僕は彼女との出来事の後、いろんなことに臆病になりすぎていたのかもしれない。
「ところで、その碧の友達だった彼と彼女はどうなってんの?」
「ああ、それは……
優輝がアメリカに発つ前に連絡してきてさ。その時に会って聞いたんだ。
自分はアメリカに、彼女はドイツに行ことになって別れたって言ってた」
久しぶりに連絡してきた優輝から聞いた事実に、僕は「どうして?」と詰め寄った。
あの時も優輝は苦しそうな顔をして「この4年間も俺たちの関係は変わらなかった。傍に居てやれないんだったら、手放してやった方が彩李にとっては幸せにつながる」と言ったのだった。
なぜ優輝が、わざわざ僕に連絡をしてきて伝えたのか、彼は理由を言わなかったが……
優輝と会った時のことを思い出していると、咲田が尋ねてきた。
「なあ、碧。言って後悔するのと、言わなくて後悔するのとどっち選ぶ?」
「そうだね……」
僕を後押しするかのような問いに、僕はしばらく考えてから答える。
「今までの僕だったら、言って後悔するのは選ばなかったよ」
「だよな」
「彼女にまた拒絶されるのも怖い」
「うん」
「でも……」
「でも?」
「でも、僕はまだ彼女を諦めきれていなかった」
「みたいだな」
「だから…今回は違う……と思う。いや、変わらないと前に進めない……よな」
咲田がニヤッと笑って、僕の背中をポンっと叩いた。
「また飲みに来ような」
「ああ」
あの時のことに区切りをつけない限り、前にも進めない。
何より、今度こそあの時の謝罪をしたかった。
僕の彼女への思いを伝えたい気持ちはあるけれど、それよりもまず心から謝りたいと思う。
それから先は……
いや、今は考えないようにしよう。
これは僕が彼女に向き合えるという、神様がくれたチャンスなのだから。
僕はその時その時の気持ちを精一杯素直に伝えるだけだ。
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