花の王女
わたしは、恋をしました。
相手は、隣国の騎士。女王即位10周年の式典のときに、マリス国から遣わされた使節団の、護衛騎士です。
わずか、二言三言語らっただけですが、恋がはじまるのには十分でした。
あいての想いは、知りません。それを尋ねる機会はありませんでした。
許されぬ恋だとは、わかっていました。平民であればともかく、王女であるこの私が、恋のためにマリス国へゆくなどと、お母様が認めるはずがございません。
ですから、私は、誰にも秘密のまま、計画を練ったのです。
しかし、実際に城を抜け出してマリスまでゆくには、どうしても、誰かの助けが必要でした。
そこで、レカーダに相談したのです。
レカーダの答えは、わかっていました。
それが、かれの名誉と地位を奪う決断であることも。
*
「姫から要望されて、わたしは、ともにゆくことを決めたのだ」
ぼそぼそと、しかし迷いのない口調で、レカーダはいった。
「だれにもいわず、ひそかに出発した。追われる覚悟はしていたが、思ったより早かった。国境通路で救出隊と対決し、結局、ここへ逃げ込むことになった……」
クリムルは、目を伏せて黙っていた。彼女が救出隊をまかされる前のことである。
「進退きわまり、こうなれば二人で竜に食われてしまおうかと、そんな話もしていた……」
「竜がいないと知ったあと、絶望していた私を、レカーダは懸命に励ましてくれたのです。」姫が口をはさんだ。
「……霧にかくれ、大岩を湯に落としておどかしたりもした。そして、我々がひそんでいたところの奥から、穴を掘り、マリス国までいくことにした。」
「……たしかに、ここから直線で掘れば、僅かな距離だ。」
ラードナーラがつぶやく。マモー人ほどではないが、ゼラ人にとって穴掘りはごく基本的な能力である。このあたりの土ならば、一人でも三日ほど掘ればマリス国までゆけるだろう。
「見張りなどいなかったのに! トンネルなど掘らず、私たちがくる前に正規の道でマリス国へ行ってしまえば……」
クリムルがくちびるを震わせながらさけんだ。レカーダは、
「霧にかくれていた私達には、通路の様子はわからなかったんだ。それに、もう争う気力もなかった」
沈んだ声でいった。ふかぶかと、頭をさげて。
「すまない。迷惑をかけた」
ひどく、老いたような声で。
*
「姫、わたくしは、」
クリムルは、まぶたを震わせた。声も、手もかすかに震えていた。
「クリムル、私は、」
カーラ姫は、クリムルのことばを遮って、宣言した。
「あのときに決めたのです。一人でゆくと。」
いっそ無慈悲なくらいに、きっぱりと。
「そう、決めたのなら、なぜ、ここまで一人でこなかったのです。なぜ、レカーダ様ばかりを──」
クリムルは顔を伏せた。姫の瞳をみることに耐えられなかった。
「それはね、クリムル」
姫が、笑っていたからだ。知らない顔で。
「私は、知っていたからです。レカーダが、私を愛していると。」
クリムルは、こらえきれずぐっと顔をあげて、姫の手首をつかんだ。
「私が、あなたを愛していないとでも?」
姫は、そっとクリムルの手をとった。
「……ごめんなさい、あなたを巻き込みたくなかったの」
しずかな、つめたい声で。
しばらくして、ルードレキが、重い沈黙を断ち切るように声をあげた。
「姫、わたしは女王の名代としてつかわされ、この者たちと決闘をいたしました。女王はあなたを連れ戻すことを望んでいますが、この場でのことは、決闘の勝利者であるラードナーラが決めることになります。」
それから、朱里にむきなおって、
「巨人よ。私が女王から託されたすべての名誉と信頼にかけて、お前を諸族の一員とみなそう。今後、我々がお前に対するときは、敬意を持った対話と闘争によることになる」
そう、言った。




