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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
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花の王女

 わたしは、恋をしました。

 相手は、隣国の騎士。女王即位10周年の式典のときに、マリス国から遣わされた使節団の、護衛騎士です。

 わずか、二言三言語らっただけですが、恋がはじまるのには十分でした。

 あいての想いは、知りません。それを尋ねる機会はありませんでした。

 許されぬ恋だとは、わかっていました。平民であればともかく、王女であるこの私が、恋のためにマリス国へゆくなどと、お母様が認めるはずがございません。

 ですから、私は、誰にも秘密のまま、計画を練ったのです。


 しかし、実際に城を抜け出してマリスまでゆくには、どうしても、誰かの助けが必要でした。

 そこで、レカーダに相談したのです。


 レカーダの答えは、わかっていました。

 それが、かれの名誉と地位を奪う決断であることも。

 


「姫から要望されて、わたしは、ともにゆくことを決めたのだ」

 ぼそぼそと、しかし迷いのない口調で、レカーダはいった。

「だれにもいわず、ひそかに出発した。追われる覚悟はしていたが、思ったより早かった。国境通路で救出隊と対決し、結局、ここへ逃げ込むことになった……」

 クリムルは、目を伏せて黙っていた。彼女が救出隊をまかされる前のことである。

「進退きわまり、こうなれば二人で竜に食われてしまおうかと、そんな話もしていた……」

「竜がいないと知ったあと、絶望していた私を、レカーダは懸命に励ましてくれたのです。」姫が口をはさんだ。

「……霧にかくれ、大岩を湯に落としておどかしたりもした。そして、我々がひそんでいたところの奥から、穴を掘り、マリス国までいくことにした。」

「……たしかに、ここから直線で掘れば、僅かな距離だ。」

 ラードナーラがつぶやく。マモー人ほどではないが、ゼラ人にとって穴掘りはごく基本的な能力である。このあたりの土ならば、一人でも三日ほど掘ればマリス国までゆけるだろう。

「見張りなどいなかったのに! トンネルなど掘らず、私たちがくる前に正規の道でマリス国へ行ってしまえば……」

 クリムルがくちびるを震わせながらさけんだ。レカーダは、

「霧にかくれていた私達には、通路の様子はわからなかったんだ。それに、もう争う気力もなかった」

 沈んだ声でいった。ふかぶかと、頭をさげて。

「すまない。迷惑をかけた」

 ひどく、老いたような声で。



「姫、わたくしは、」

 クリムルは、まぶたを震わせた。声も、手もかすかに震えていた。

「クリムル、私は、」

 カーラ姫は、クリムルのことばを遮って、宣言した。

「あのときに決めたのです。一人でゆくと。」

 いっそ無慈悲なくらいに、きっぱりと。

「そう、決めたのなら、なぜ、ここまで一人でこなかったのです。なぜ、レカーダ様ばかりを──」

 クリムルは顔を伏せた。姫の瞳をみることに耐えられなかった。

「それはね、クリムル」

 姫が、笑っていたからだ。知らない顔で。

「私は、知っていたからです。レカーダが、私を愛していると。」

 クリムルは、こらえきれずぐっと顔をあげて、姫の手首をつかんだ。

「私が、あなたを愛していないとでも?」

 姫は、そっとクリムルの手をとった。

「……ごめんなさい、あなたを巻き込みたくなかったの」


 しずかな、つめたい声で。

 

 しばらくして、ルードレキが、重い沈黙を断ち切るように声をあげた。

「姫、わたしは女王の名代としてつかわされ、この者たちと決闘をいたしました。女王はあなたを連れ戻すことを望んでいますが、この場でのことは、決闘の勝利者であるラードナーラが決めることになります。」

 それから、朱里にむきなおって、

「巨人よ。私が女王から託されたすべての名誉と信頼にかけて、お前を諸族の一員とみなそう。今後、我々がお前に対するときは、敬意を持った対話と闘争によることになる」

 そう、言った。

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