悪役たち
「狭い……」
朱里がつぶやく。
マモー族の領土の北壁から突き出した横穴。ゼラ国の北部辺境を経由して、国境通路へと続く狭道である。
ここらの洞窟群は、かつて大探索時代に掘られたものだと言う。
「……地上へ、地上へと。通路を掘りまくった時代があったんだ。」
ラードナーラが、脈絡なく口を開いた。朱里はカセイジンと目を見合わせて、ぼんやりした相槌をうった。
「へえ。」
「おれも、その時代に生まれたかった。」
表情は、見えない。
干したアカリタケでつくったランプは長持ちするが、あまり明るくはない。なんとか足元が見えるていどだ。
「そうなんだ。」
「自分の力で、どこまでもゆける時代だ。今はそうじゃない。」
朱里は何か言おうとしてやめた。異世界の歴史など、わからない。
そのかわり、ふと思ったことをたずねてみる。
「……それだけ掘っても、地上にはたどりつかなかったの?」
「当時は、人が少なかったんだ。それに、組織だってもいなかった。一人ひとり、自分の信じた道を掘り進めていただけだ。今なら、色々とやりようはあるんだろうが……、」
「ふうん……。」
聞きながら、朱里は天井を気にしている。
最初は、かるがると立って歩いてゆける高さがあった。それが、どんどん低くなっていく。
「……このまま通れなくなるんじゃないでしょうね。」
「マモー族がこの道でよいと言ったんだ、大丈夫だと思うが……」
ラードナーラは、道の端に目をやった。
なにかの糞である。それも、山のように積み上がっている。
それから、密度は薄いが、ところどころに生えている小さなアカリタケ。
いずれも、朱里は気づかない。
「たぶん、大丈夫だ」
「え?」
「いいから、行ってみよう」
それだけ言って、どんどん足を速める。
通路は、さらに狭くなっていく。
朱里は、はいつくばって進まなくてはならない。膝がこすれて痛い。そこらの凹凸に、裾がひっかかりそうだ。
「……これ、どこまで続くの?」
邪魔な飾り鎖を巻きとって握りこみながら、朱里は思わずこぼした。
「さァ、たぶんこのさきは天井が高いはずだ。あれがあるようだから……」
「あれって?」
「ほら、さっきの床に……」
いいかけたラードナーラの口が、すぐ止まる。
「……来たぞ、追手だ」
「ここで!?」
ルードレキ!
朱里は息をのんだ。暗いうえ、狭すぎてまともに振り向くこともできない。しかし、たくさんの気配がこちらに近づいてくる。
ざざあっ…
足音。いや、服と毛皮のこすれる音か。小さいころ読んだ絵本に出てきたねずみの大群を思い浮かべて、朱里は身をふるわせた。
ひゅっと、何かが飛んでくる。
足にからみつく感覚。あわてて振り払おうとするが、足首から先を動かすだけではうまく外れない。
「こうもり捕りの網だ!」
ラードナーラがさけぶ。ついで、金属音が数回。
「こんなの……」
強引にひきはがそうとするが、今度は足首すら動かない。
「鋲だ……」うめく声。
網をかけた後、すばやく地面に鋲をうちつけて固定したのだ。
あわてて首を動かす。視界のすみに、ラードナーラがうつる。剣を抜いて、今にも騎士たちに飛びかからんとしている。
「ラードナーラ! やめなさい! 一人で行って。──はやく!」
かれがこちらをみて、身をひるがえしたのを確認して、朱里は安堵した。
捕まっても、かまわない。どうせ、この世界にいるのは、あと数日だ。
かれは姫を助けにいけばよいのだ。




