相棒
ラードナーラは、走った。
ジャスブルーの憂鬱な日々を思いだしながら。
迷いはない。
いや、実をいうと、ほんの少しだけ、あった。
けれども、あの巨人が、こちらをむいて叫んだとき、そんな思いは吹っ飛んでしまった。
──あとは、あれが、本当にあるかどうかだ。
ふところの笛の感触をたしかめながら、かれは一人ごちた。
とにかく、いまは走るのみである。
*
討伐隊がもちこんだ灯りで、あたりはずいぶんとよく見えるようになった。
「もっと網をかけろ。全部使ってしまえ。綱はあとだ。連れ帰らねば」
てきぱきと指示をだしながらも、ルードレキは巨人の顔から目をはなさなかった。
朱里は、カセイジンと目を見合わせながら、ぼんやりとルードレキを観察した。
この世界の人間は、砂漠の風の民とはずいぶん印象が違う。
おなじ哺乳類だからか、表情も共通しているようだし、動きも、ちょっとしたしぐさも、ずいぶん人間らしく見える。
ルードレキも、無表情にみえて、目線や指先はくるくると動いている。いまは、多分いらいらしながらこちらの表情を読もうとしている。カセイジンの姿は余人にはみえないから、どこを見ているのかといぶかっているのかもしれない。
腰にあてた指先をくるくると回し続けているのは、不安のあらわれか。
目が合った。
じィっ──と、こちらを睨みつけてくる。
朱里は、おもわず微笑んだ。場違いではあるが。小さなシマリスめ。
ルードレキが激高して歩みよってくる──と、
ぶぅぅぅぅぅ──ン、
奇妙な音が、あたりに響きわたる。
ノイズ、機械音、とっさにいろいろ考える。が、どうやら違う。
──大量の、羽音!
むりに顔をあげる。緑色の光のなか、大量の黒いかげが、あたりを覆わんばかりに。
蝙蝠、であった。
数十、いや百、二百はいようか。
「アカリ!」
カセイジンの声がとおく聞こえる。アカリは目をつぶって顔をふせた。天井のひくい通路に、一匹ずつがゼラ人の倍ほどもありそうなこうもりの群れ。しぜん、互いがぶつかり、地面すれすれで乱れとぶことになる。
びしびしと背中にあたる感触に眉をしかめながら、朱里は小さく顔をあげて目線をめぐらした。騎士たちはあわてて退避しようとしている。倒れているものも、右往左往してぶつかりあっているものもいる。
そのとき、ぴん、と音がして、鋲がひとつはずれた。
朱里は、はらばいに倒れたまま、すうっと深呼吸。思いきり腕に力をこめる。
ぎっ、と腕立て伏せの要領で、からだを持ち上げる。
ぱきん、ぱきんと音をたてて、鋲がはずれていく。
網をかぶったまま、強引に身をおこす。こうもりたちは、器用に朱里の体をよけてゆく。かるくぶつかっていくものもいるが、攻撃はしてこない。
ルードレキと目があう。くやしげにくちびるを噛んでいる。
朱里は、よつんばいのまま網をはぎとり、地面をどん、と叩いた。
ルードレキは、マントをひるがえして、振り返りもせずに走りさった。
気がつくと、すぐ傍らにラードナーラがいた。口もとに小さな笛をあてて、得意そうにこちらを見上げている。
「……やったね。」
ふたりは、目を見合わせて、にやりと笑った。




