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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
39/206

相棒

 ラードナーラは、走った。

 ジャスブルーの憂鬱な日々を思いだしながら。


 迷いはない。

 いや、実をいうと、ほんの少しだけ、あった。


 けれども、あの巨人が、こちらをむいて叫んだとき、そんな思いは吹っ飛んでしまった。


 ──あとは、あれが、本当にあるかどうかだ。


 ふところの笛の感触をたしかめながら、かれは一人ごちた。

 とにかく、いまは走るのみである。


 

 討伐隊がもちこんだ灯りで、あたりはずいぶんとよく見えるようになった。

「もっと網をかけろ。全部使ってしまえ。綱はあとだ。連れ帰らねば」

 てきぱきと指示をだしながらも、ルードレキは巨人の顔から目をはなさなかった。


 朱里は、カセイジンと目を見合わせながら、ぼんやりとルードレキを観察した。

 この世界の人間は、砂漠の風の民とはずいぶん印象が違う。

 おなじ哺乳類だからか、表情も共通しているようだし、動きも、ちょっとしたしぐさも、ずいぶん人間らしく見える。

 ルードレキも、無表情にみえて、目線や指先はくるくると動いている。いまは、多分いらいらしながらこちらの表情を読もうとしている。カセイジンの姿は余人にはみえないから、どこを見ているのかといぶかっているのかもしれない。

 腰にあてた指先をくるくると回し続けているのは、不安のあらわれか。


 目が合った。


 じィっ──と、こちらを睨みつけてくる。

 朱里は、おもわず微笑んだ。場違いではあるが。小さなシマリスめ。

 ルードレキが激高して歩みよってくる──と、


 ぶぅぅぅぅぅ──ン、


 奇妙な音が、あたりに響きわたる。

 ノイズ、機械音、とっさにいろいろ考える。が、どうやら違う。


 ──大量の、羽音!


 むりに顔をあげる。緑色の光のなか、大量の黒いかげが、あたりを覆わんばかりに。

 蝙蝠、であった。

 数十、いや百、二百はいようか。

「アカリ!」

 カセイジンの声がとおく聞こえる。アカリは目をつぶって顔をふせた。天井のひくい通路に、一匹ずつがゼラ人の倍ほどもありそうなこうもりの群れ。しぜん、互いがぶつかり、地面すれすれで乱れとぶことになる。

 びしびしと背中にあたる感触に眉をしかめながら、朱里は小さく顔をあげて目線をめぐらした。騎士たちはあわてて退避しようとしている。倒れているものも、右往左往してぶつかりあっているものもいる。

 そのとき、ぴん、と音がして、鋲がひとつはずれた。

 朱里は、はらばいに倒れたまま、すうっと深呼吸。思いきり腕に力をこめる。

 ぎっ、と腕立て伏せの要領で、からだを持ち上げる。


 ぱきん、ぱきんと音をたてて、鋲がはずれていく。


 網をかぶったまま、強引に身をおこす。こうもりたちは、器用に朱里の体をよけてゆく。かるくぶつかっていくものもいるが、攻撃はしてこない。

 ルードレキと目があう。くやしげにくちびるを噛んでいる。

 朱里は、よつんばいのまま網をはぎとり、地面をどん、と叩いた。


 ルードレキは、マントをひるがえして、振り返りもせずに走りさった。


 気がつくと、すぐ傍らにラードナーラがいた。口もとに小さな笛をあてて、得意そうにこちらを見上げている。

「……やったね。」

 ふたりは、目を見合わせて、にやりと笑った。


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