恋のはじまり
時間が遅くなってしまったのと、お腹がそこそこ膨れていたのでスイーツ類は後日頂くことになった。
「今日貰った意見も取り入れるって言ってたからそのメニューもまた試食してくれる?」
馬車に乗る私に向かってローレイが上目遣いで尋ねてくる。
「もー、今日のローレイ可愛すぎるわ!」
私が頬を指で突っつくとローレイは照れながら「どういうこと?」と困惑していた。
本当に今日のローレイは終始可愛らしかった。
ハズドさんを見る時の視線は優しく幸せそうで、ハズドさんもまた愛おしそうにローレイを見つめるのだ。
「楽しみにしていると伝えて!また学校で日取りを決めましょう」
見送ってくれるローレイとハズドさんに手を振り返りながらふとサヴィの事が頭に過る。
そういえば何故ハズドさんの店のキッチンにいたのか聞きそびれてしまった。
(次会った時に聞こう)
そう思うと同時に嬉しさが込み上げてくる。
また会える!サヴィに会える!
私は彼に会えなくなったのがとても寂しかったのだと数年経って漸く気がついた。
待ち遠しくて仕方がなく、会えるのが嬉しくて落ち着かず…邸に帰ると皆に何かあったとすぐに気付かれてしまう有り様だった。
「お嬢様、そりゃ恋ですよっ」
いつもより遅い時間になってしまったけれど食事の用意をして待ってくれていた料理長がからかうように言ってくる。
配膳をしてくれている他の2人もニコニコと頷いた。
キッチンの使用人は彼ら3人で全てだ。
この要塞の城の様な邸はそれなりに大きいのに今や使用人たちは通いを含めても30人ほどしか居ない。
それもあって皆忙しいが家族のように気さくに話せる関係だ。
「恋…なのかしら?ソフィアもそう思う?」
頭に浮かんだのはローレイとハズドさんの幸せそうな姿だった。
「次にお会いした時に分かるかと思います。私も懐かしい再会で嬉しかったのは分かりますが…シャロット様ほどソワソワならないんですよねぇ」
少しいたずらっぽく返すソフィアを乳母のファナリーは母として窘めるのを、ばあやをはじめ皆で微笑ましげに笑う。
まだハッキリ分からないけれど私が恋をしても皆が見守ろうとしてくれているのが伝わり心が暖かくなった。
そうしてサヴィと再びハズドさんのカフェで待ち合わせ、今回はサヴィも一緒に意見を取り入れ変更したというメニューと幾つかのスイーツの試食をランチを兼ねて頂いた。
その後、ソフィアは紅茶の淹れ方指南を、私たちは街歩きへと出掛ける。
サヴィは子爵として商会を経営していて、ハズドさんの店には調味料や珈琲、紅茶の茶葉を卸すのであの日来ていたらしい。
「商会とはいってもまだ人に任せられるほど大きくはないし、僕自身が実際に見て仕入れたり、付き合いの長くなりそうな人には会って話したりをしたいんだ」
サカオ王国は今や商業大国として名を馳せつつある。
近年では珍しい物が欲しければ彼の国へ行けば見つかるといった話をちらほら耳にするようになってきたくらいだ。
サカオ王国の侯爵子息でもあるサヴィは優先的に国の支援や後押しが受けられるらしくしっかり活用しながら色々な国を巡っているのだそうだ。
「楽しそう…私はこの領地しか知らないから…」
実はこの領地どころか、知っているのは邸がある都市ナーラにこの街コリヤマ、学校のある街シハラとその道中の幾つかの村だけだ。
行動範囲の中で一番遠いここコリヤマでも馬車で1時間半もかからない。
この程度の移動なら領内の中でも治安が良い場所しか通らないから腕に覚えのある御者が日頃から鍛えて護衛を兼ねてくれている。
しかし遠出となればキチンとした護衛を連れなければ心許ない。
かといって邸には騎士は4人しかいないのだ。
彼らは邸の護衛と定期的な領内の街の警備隊への顔出しを担っているのだが明らかに人数不足。
そんな忙しい彼らに遠出の護衛は頼めない。
なにせ領地の代官も任せられている執事が何度も追加の人員を雇いたいと申し入れても許可が下りなかったのだ。
親の顔すら忘れるほど交流がない上に手紙すら無視される私が頼んだところで遠出の為の護衛の追加や、ましてや他の国へ行くなど許可してくれないだろう。
私の呟きに少し考え込んだあと、サヴィは様々な国の話を沢山してくれた。
時間は瞬く間に過ぎ、とても楽しい時間で離れがたい気持ちが強い。
(ソフィアが次に会えば分かると言っていた…。本当だわ。私、サヴィが好き…)
別れ際、強く恋心を自覚した。
自覚した上でサヴィと視線があった瞬間だった。
戸惑うほどに顔が熱くなり、鼓動が急に早くなる。
そんな変化を見てサヴィまで何やら照れるものだから落ち着かない。
困って視線を周りにやるとソフィアもローレイもやたら生暖かさのあるニヤニヤと含みある笑顔だしハズドさんは微笑ましげに私達を眺め何やら『うんうん』と納得してるように頷いている。
「シャロ…また…会ってくれるかな?」
照れくさそうに視線を反らしながら耳までほんのり赤くしながらそう私に尋ねてくるサヴィ。
一呼吸おいてジッと目を見つめられた瞬間呼吸が止まるかと思うほどの多幸感に襲われた。
(サヴィも同じ気持ちを持っている!)
何故かそう強く自信を持って感じることが出来た。
それはお母様のいない寂しさ、お父様に愛されていない虚しさ、お姉様とお兄様を思い出した時に湧き上がるうつろな気持ち…無意識でも常にあったそんな感覚その全てが埋まったかのような、いや埋めて有り余るような幸福感だった。
これが『恋』…!
言うまでもなく、この日を境に私たちは交流を深めていった。




