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女神テミスの異世界審査室 ――異世界だからって、何してもいいと思った?――  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―


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【審査①:チートスキル】最弱生徒の俺は正体を明かさない―隠蔽スキルと魅了で、学園ハーレムを築きます―

本作はフィクションです。

日本法は内部査定の物差しです。

肩の力を抜いてお楽しみください。




「先輩! 初仕事、終わりました!」




 リリアは勢いよく審査室の扉を開けた。


 大きな机の向こうで、テミスが端末から顔を上げる。


「おつかれ。チート、何渡したの?」


「《能力隠蔽》《チャーム》《コピー》です!」


 端末を操作していたテミスの指が止まった。


「……三つとも?」


「はい! 完璧でした!」


「そっか」


 返事は軽いが、テミスの視線は一瞬だけ手元の端末へ落ちた。


 何か気になることでもあるのだろうか。


 リリアがその横顔を窺っていると、正面のモニターに光が入る。


「じゃ、審査しよっか」


「……審査?」




挿絵(By みてみん)




 少し前。


 リリアは白い空間の中央に立ち、研修で教わった挨拶をもう一度口にしていた。


 昨日から何度繰り返したか分からないが、今度は最後まで噛まずに言えた。挨拶も、転生先の説明も、チートスキルの付与手順も頭に入っている。あとは、本番で緊張しなければいい。


「頑張るぞ!」


 小さく気合を入れたところで、目の前の魔法陣が低く音を立て、白い空間を淡く照らし始めた。


 今度こそ、転生者には素敵な人生を送ってもらいたい。そのためにも、初めて任された仕事はきちんと終えたかった。


 やがて光の中に人影が浮かび上がる。


 リリアは練習どおりの笑顔を作り、目を覚ました青年へ両手を差し出した。


「はじめまして。転生担当の女神、リリアです!」




挿絵(By みてみん)




 青年はしばらく呆然と辺りを見回していた。


 足元を確かめ、自分の手元へ目を落としたあと、ようやくリリアを見る。


「……まさか」


「はい。たぶん、その想像で合っています!」


「じゃあ俺、死んだんですか?」


「はい!」


 勢いよく答えたあとで、リリアの視線が泳いだ。


 研修では、ここはもう少し神妙に対応するよう言われていた。


「あっ、すみません。そこはもう少し神妙にって、研修で言われてたんですけど」


「女神にも研修あるんですね」


「新人ですので」


 青年――佐藤悠真は、困ったように笑った。


「最後に覚えてるのは、夜道を歩いてたところなんです。急に横から強い光が来て、すごいブレーキ音がして……」


「それなら、やっぱりその想像で合っています」


「そっか……」


 悠真は自分の手元を見つめたまま、しばらく黙っていた。


 取り乱す様子はない。


 リリアは少し安心して、次の説明へ移った。


「これから、別の世界で新しい人生を送っていただきます」


「じゃあ、異世界転生って本当にあるんだ」


「ありますよ。剣も魔法もあります!」


 リリアが手を振ると、白い空間の向こうに別の景色が広がった。


 石造りの街並みの奥には大きな城がそびえ、人々は剣や杖を携えて歩いている。青空には巨大な竜が翼を広げ、城壁の向こうへ悠々と飛んでいった。


「うわ……本当に異世界だ」


 その景色を追う悠真の目が輝く。


 リリアもつられて笑みを深くした。


「それから今回は、転生特典としてチートスキルを三つまでお選びいただけます!」


「来た」


 空中に半透明の一覧が現れた。


 剣聖、無限魔力、完全治癒、鑑定、転移。いかにも強そうな能力が並んでいる。


「これは迷うな……」


 悠真は一覧を上から下まで眺め、いくつかの能力の間で視線を行き来させたあと、三つを選んだ。


「《能力隠蔽》《チャーム》《コピー》にします」


 リリアは一覧と悠真を見比べた。


 剣聖でも無限魔力でもない。選ばれたのは、どれも直接戦うための能力ではなかった。


「直接攻撃系は選ばないんですね」


「せっかく三つあるなら、役割を分けた方がいいかなって。力があっても最初から見せる必要はないし、人間関係で困らない方が生きやすそうでしょう。それで足りないものが出たら、そのとき必要な能力を借りればいい」


 悠真は一覧を見上げて少し笑った。


「最初から何でもできるより、その方が面白そうですし」


「頭脳派ですね!」


「そこまで大げさじゃないですよ」


 目立たず、人間関係を整え、必要な力だけを後から補うという考え方は、知らない世界で暮らすには悪くないように思えた。


 リリアが両手を胸の前で重ねると、悠真の足元から淡い光が立ち上る。


「それでは佐藤悠真さん。新しい世界で、今度こそ素敵な人生を」


「ああ。ありがとう」


「いってらっしゃい!」


 悠真は白い光に包まれ、少しずつ輪郭を失っていった。


最後までこちらを見ていた悠真の姿が、白い光の中へ完全に消えると、リリアは光の消えた場所を見つめ、小さく拳を握った。




「……よし。完璧!」


 


挿絵(By みてみん)





「……それで、審査って何をするんですか?」



 リリアの問いに答える代わりに、テミスは正面のモニターへ視線を向けた。


 映し出されたのは、王都の魔法学園だった。


 画面の端には《転生後三か月》の文字が浮かんでいる。


 悠真は受付の前に立ち、能力鑑定用の水晶へ手を置いていた。


『それでは、保有能力を確認します』


 係員の声とともに水晶が淡く光り、その横に学園の注意事項が表示される。


 精神干渉系能力を保有する者は、学園内の秩序及び生徒の安全確保のため申告し、在学中は所定の封印措置を受けること。


 文章を追っていた悠真の目が、一瞬だけ止まった。


『……《能力隠蔽》』


 水晶の光が揺れ、やがて表面に《言語翻訳》《筆記補助》《コピー》の三つが浮かび上がる。


 本来持っている《能力隠蔽》と《チャーム》は表示されず、水晶と連動した入学用の所定書類にも、偽装された三つの能力がそのまま記録されていった。


『確認しました。こちらの内容で能力登録を行います』


『お願いします』


 悠真は何食わぬ顔で受付を離れた。


「ちゃんと隠せてますね!」


 初めて渡した能力が、きちんと役に立っている。


 そう思って隣を見ると、テミスの視線は水晶ではなく、画面脇の注意事項に向いていた。


「《能力隠蔽》と《チャーム》を消して、《言語翻訳》と《筆記補助》に置き換えたわけね。能力隠蔽そのものまで隠したんだ」


「その方が怪しまれませんから。かなり上手な使い方じゃないですか?」


「そこじゃないんだよなぁ」


 テミスが注意事項を指す。


「《チャーム》は申告したうえで封印措置を受ける必要があるのに、それを避けるために水晶の表示を変えて、その内容を学園の正式な入学記録にまで反映させてる。自分の能力を人に見せないだけなら好きにすればいいけど、これは学園側が判断に使う情報そのものを変えてるからね」


 得意げにモニターを見ていたリリアの視線が、注意事項へ戻る。


「日本法で見るなら、刑法の電磁的記録不正作出・供用とか、民法の詐欺による意思表示の取消しとか。この辺が候補に上がるかな」


「そんなところまで行くんですか?」


「能力隠蔽って名前だからって、何を隠しても『隠しただけ』にはならないよ」


 表示された記録を見直しているうちに、別の疑問が浮かんだ。


「でも先輩。そもそも、日本法が適用されるんですか? ここ、異世界ですよ?」


「そりゃ現地の法律とは違うよ。それに裁判してるわけじゃない」


 テミスは手にした端末を軽く振った。


「元日本人の転生者が、日本法で見ると何をしていることになるのか。それを内部査定の資料にしてるだけ」


「じゃあ、佐藤さんが日本の警察に捕まるわけではないんですね」


「捕まらないよ。下がるのは、あんたの査定」


 安堵しかけていたリリアの目が、テミスへ向いた。


「私の!?」


「次いくよ」


 ◇  ◇  ◇


 画面が切り替わり、今度は学園の廊下が映った。


 悠真は、すれ違った令嬢へ視線を向ける。


『《チャーム》』


 わずかに光が揺れ、そのまま通り過ぎかけた令嬢が足を止めた。


『佐藤君、でしたよね? よかったら今日、一緒にお昼でも……』


 似たような場面がいくつか続く。


 優等生、貴族令嬢、聖女候補。悠真が《チャーム》を使うたびに相手の態度が変わり、気づけば周囲には何人もの女性が集まっていた。


「おおっ。ハーレムですね。戦わなくても味方が増えてます!」


 リリアの目がモニターに釘付けになる横で、テミスは画面を見たまま尋ねる。


「この能力、本人が嫌ってても効くの? 自分の意思で解除はできる?」


「解除はできません。かかったら、佐藤さんに好意を持つようになります」


「じゃあ、かなり危ないね」


 リリアの視線がテミスへ向いた。


「でも、チャームってそういうものじゃ……」


「そういうものだから見てんの。本人の意思そのものを弄ってるなら、少なくとも民事では不法行為の問題が出てくるし、精神機能に障害が生じる程度なら、傷害まで検討する余地もある」


 反論の言葉を飲み込み、リリアは再びモニターを見る。


 そこには一人の令嬢と、その少し離れた場所に立つ勇者候補の男子生徒が映っていた。


 令嬢は勇者候補を一度振り返ったが、悠真が《チャーム》を使うと、その視線はすぐに悠真へ引き戻される。


『あの……私……』


『そんな奴より、俺の方がいいだろ?』


 悠真が令嬢の腰へ手を回した。


 少女は一度だけ身体を引いたものの、すぐに頬を染め、そのまま悠真の腕の中へ収まる。


『俺を馬鹿にしたこと、後悔させてやるよ』


 離れた場所では、勇者候補が呆然と立ち尽くしていた。


「おおっ、ざまぁ……」


 口にしかけた声が、途中で弱くなる。


 悠真が令嬢へ顔を近づけるにつれ、リリアの視線は令嬢の表情から動かなくなった。




挿絵(By みてみん)




「先輩。これ、ちょっと……」


「うん。調子乗ってきたね」


 テミスはそこで映像を止めた。


「本人が拒めない状態にしたうえで性的なことまで進めば、不同意わいせつとか不同意性交等まで視野に入る。実際に何をしたのかと、《チャーム》がどこまで本人の意思を奪っているのかは見ないといけないけど」


 停止した画面を見つめるリリアの横で、テミスは画面の端に表示された人物情報へ目を移す。


「あ、この子、婚約者いるんだ。しかも佐藤君、それ知っててやってるね」


「……みたいです」


「この子自身を責める話じゃないけど、これで婚約関係まで壊れたら、佐藤君の側には婚約関係への侵害とか、婚約破棄に伴う慰謝料の問題も出てくるなぁ」


 テミスが端末へ入力を続けても、リリアの視線はモニターに残ったままだった。


「先輩。これは、もっと厳しくていいと思います。さすがに駄目です」


「お。意見合ったじゃん」


 テミスはわずかに口元を緩め、それから端末から目を上げる。


「で、その《チャーム》渡したの誰だっけ?」


 リリアの視線が止まった。


「…………私です」


「はい、査定」


「うわあああん!! チャームなんて嫌いです!!」


 両手で顔を覆ったリリアは、そのまま机へ突っ伏した。


「もう二度と配りません!」


「そこまで極端にならなくてもいいけどね。じゃ、《コピー》いくよ」


 机に伏せたまま、リリアが横目でモニターを見る。


「まだあるんですかぁ……」


 ◇  ◇  ◇


 三つ目の映像は、学園の模擬戦場だった。


 悠真の向かいには、名門剣術家の生徒が立っている。


『貴様のような低魔力者が、ここまで残ったことだけは褒めてやる』


 相手の足元へ魔法陣が広がると、観客席が一気に沸いた。


『あれは一族の秘伝だ!』


『本気で決めるつもりか!』


 相手が踏み込んだ瞬間、悠真の足元にも同じ魔法陣が浮かぶ。


『《コピー》』


 構えも、術式も、剣技も同じだった。ただし、その威力だけは悠真の方が高い。


 一撃で相手の木剣が弾き飛ばされ、会場が静まり返る。


『あれは一族の秘伝だぞ……』


 悠真は木剣を下ろし、呆然とする相手へ目を向けた。


『悪いな。俺が使った方が強いみたいだ』


 次の瞬間、観客席から大歓声が上がった。


「これは格好いい!」


 リリアの視線がすぐに画面へ戻る。


「やっぱり《コピー》は当たりですよ!」


「この子、目立ちたくないって言ってなかった?」


 言われて、リリアは画面の悠真を見直した。


 観客席の視線はほとんど彼へ集まり、対戦相手だけがその場に取り残されている。


「……でも、格好よくないですか?」


 テミスも画面を見たまま少し考えた。


「まあ、それはそう」


 そこについては、どうやら査定とは関係ないらしい。


 テミスは端末の《コピー》の項目を開いた。


「で、この能力ってどこまでできるの?」


「魔法陣も術式も詠唱も、構築理論まで全部です!」


 また、テミスの指が止まった。


「……余計な機能つけたね?」


「今度は何ですかぁ!」


「技を見て真似するだけならともかく、具体的な魔法陣や詠唱まで丸ごと持ってくるなら話が変わる。技術やアイデアそのものと、具体的な表現は別だから、著作権の問題が出る可能性はあるね」


 テミスはモニターに映る対戦相手へ視線を向けた。


「しかも一族の秘伝なら、それがどんな情報で、どう管理されているのかも確認しないと判断できない」


 リリアは端末とモニターの間でしばらく視線を迷わせた。


「じゃあ、アウトですか?」


「そこまではまだ分かんない。今ある情報だけじゃ、セーフとも言えないね」


「じゃあ……?」


 テミスは端末へ短く入力した。


「保留」


 表示された文字を見たリリアは、そのまましばらく黙っていた。


「三つ目くらい、気持ちよく終わりたかった……」


「審査に爽快感求めないで」




挿絵(By みてみん)




 モニターの光が消えると、審査室に元の静けさが戻った。


 リリアは机の上の端末へ警戒するような視線を向けている。


 テミスは今回の結果を確認し、そのまま読み上げた。


「《能力隠蔽》の使い方で一個、《チャーム》で一個。《コピー》は結論保留だけど、付与時の説明が不足気味。ということで、今回の査定は△2.5」


 表示された数字から、リリアの目がなかなか離れない。


「……三つしかチート、渡してないんですけど」


「うん」


「三つで△2.5……?」


「効率いいね」


「褒めないでください!」


 リリアの視線が、今度はテミスの端末へ移る。


「だって、《コピー》は保留じゃないですか!」


「違法ポイントじゃなくて、あんたの業務査定だから」


「そんなぁ……」


 リリアは再び机へ突っ伏した。


 しばらくして、金色の髪の隙間からテミスの方を窺う。


「……次もあるんですか?」


「新人なんだから、そりゃあるでしょ」


 返事を聞いたリリアは、正面の消えたモニターをしばらく見つめた。


 やがて、その視線がテミスへ戻る。


「分かりました。次こそ絶対に、問題のないチートを選びます!」


 テミスはそんなリリアを見て、わずかに笑った。


「チートじゃなくて、使い方見なよ」




挿絵(By みてみん)



第1回は、《能力隠蔽》《チャーム》《コピー》でした。


本編ではテンポを優先して、法律の話はかなり省略しています。


今回の審査をもう少し詳しく見たい方向けに、


『女神テミスの異世界補講室――その判定、もう少し詳しく説明します――』


で【補講①】を公開しています。


そちらでは、審査の裏側にあった法律上の論点を、もう少し細かく扱っています。


なお、作中作は、異世界ものによくある設定や展開を組み合わせて作った架空のお話です。


既存作品と似た要素が見られる場合がありますが、特定の作品を再現したり、批評したりする意図はありません。

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