青を待つ
いつからだろう。
信号が変わりそうな時に、小走りをしなくなったのは。
横断歩道の向こう側。
点滅を始めた青信号を見て、昔の自分ならきっと走っていた。
間に合う。
いや、間に合わせる。
そうやって、ギリギリを攻めるのが少し誇らしかった。
鞄を抱えて、コートを翻しながら、
最後の数歩を大股で踏み込む。
赤に変わる直前、白線を踏み越えた時の、
小さな勝利感。
あれは何に勝っていたのだろう。
時間?
他人?
それとも、自分の焦り?
先日、同じ状況になった。
青が点滅し始める。
足は一瞬だけ前に出かけた。
でも、そのまま止まった。
走らなくていいか。
自然にそう思った。
隣で高校生が駆け出す。
革靴を鳴らして、息を弾ませて、
どうにか滑り込む。
昔の自分がそこにいた。
信号は赤に変わる。
車が流れ出す。
風が少し冷たい。
取り残されたわけじゃない。
負けたわけでもない。
ただ、待てるようになっただけだ。
急がなくてもいいと、
体が知っている。
青はまた来る。
人生も、たぶんそうだ。
ひとつ逃しても、
次がある。
そう思えるようになったのは、
諦めなのか、余裕なのか。
わからない。
けれど、赤信号の向こう側で立ち止まる自分は、嫌いじゃなかった。
焦らなくなったのは、
夢が小さくなったからだろうか。
それとも、
夢以外のものを大事にするようになったからだろうか。
青は、やがて静かに灯った。
今度は、ゆっくり渡った。
昔よりも、足取りは、少しだけ軽かった。




