腹八分
いつからだろう。
定食屋で“大盛り”を頼まなくなったのは。
券売機の前で、指は一度だけ「大盛り」のボタンの上を通過する。でも、結局押すのは「並」。それがもう、ずいぶん長い間の習慣になっていた。
昔は違った。腹が減っていようがいまいが、とりあえず大盛り。食べきれるかどうかは問題じゃなかった。残すという選択肢が、そもそも頭になかったのだ。
理由をつけるならいくらでもある。
胃もたれするとか、午後眠くなるとか、夜に響くとか。
でも本当は、たぶん知ってしまっただけだ。無理をすると、あとで自分が困るということを。
ラーメンの汁も、全部は飲まなくなった。
「体に悪いから」と言いながら、レンゲを置く。昔の自分が見たら、きっと怒るだろう。あれだけ「スープが本体だ」と言っていたくせに、と。
それでも不思議と後悔はなかった。
満腹になるより、ちょうどいいところでやめる方が楽だと、身体が先に覚えてしまったのだ。
大盛りを頼まなくなった日を、正確には覚えていない。
最後にスープを飲み干した日も、きっと覚えていない。
ただ、確かなのは。
そのどちらも、何かを失った瞬間ではなくて、
これからの自分と折り合いをつけ始めた、最初の日だったということだ。
並盛りの定食は、今日もちょうどいい。
少し物足りない気もするけれど、それくらいが、今の自分には一番うまい。




