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【最終章完結!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
最終章

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第10話 ただいま、私の食卓


幸せの定義なんて、人それぞれでしょうけれど。


私にとってのそれは、世界を救うことでも、英雄として崇められることでもありません。

ただ、愛する人たちが同じテーブルを囲み、美味しいご飯を食べて笑っていること。

それだけで十分なのです。


「おい、新人! 手が止まっているぞ!」


窓の外から、威勢の良い声が聞こえてきました。

農園の古株スタッフが、新入りの労働者を叱咤しています。


「は、はいっ! すみません、腰が痛くて……」


「甘えるな! リゼット様の借金を返すには、あと三百年はかかるんだぞ! ほら、その堆肥を運べ!」


「うぅ……。僕は元王族なのに……」


泥だらけになって働いているのは、セドリック様――いえ、期間工のセドリックさんです。

彼は今、私の農園の地下プラントで、肥料の運搬係として汗を流しています。

王都での一件以来、彼は憑き物が落ちたように大人しくなりました。

もちろん、マザーによる監視と、借用書という鎖があるからですが。


「ふふ。いい働きぶりですわ」


私はキッチンの窓からその様子を眺め、満足げに頷きました。

かつて私を虐げた元婚約者が、私の農園の土を肥やしている。

これ以上のカタルシスがあるでしょうか。

いいえ、ありません。


「リゼット様! トマトの収穫、終わりましたぁ!」


玄関から元気な声が響きました。

エリナ様が、籠いっぱいの真っ赤なトマトを抱えて入ってきました。

その隣には、青とピンクの光を放つ二つのドローンが飛んでいます。


『マスター。本日ノ糖度ハ、過去最高ヲ記録シマシタ』

『エリナノ育成魔法ト、ボクノ温度管理ノオカゲダネ!』


ナナとハチも、すっかりこの農園の生活に馴染んでいます。

彼女たちは現在、農園のシステム管理を一手に引き受けてくれています。

おかげで、私は面倒な事務作業から解放され、こうして料理に専念できるというわけです。


「ありがとう、みんな。さあ、手を洗っていらっしゃい。今日はとびきりのご馳走よ」


私はエプロンの紐を締め直し、仕上げにかかりました。


本日のメニューは、私たちの冒険の集大成です。

前菜は、ノースガルドから届いた「雪解けカブのカルパッチョ」。

スープは、王都の地下で採れた「古代カボチャのポタージュ」。

メインディッシュは、この農園で育った野菜と、クラウス様が狩ってきたイノシシ肉の「特製ラグーソースパスタ」。

そしてデザートには、エリナ様の光で甘みを増した「完熟イチゴのタルト」。


世界中を旅して、戦って、手に入れた食材たち。

それらが今、一つの食卓に集まっているのです。


「ただいま、リゼット。……いい匂いだ」


リビングのドアが開き、クラウス様が入ってきました。

彼は剣を置き、私に近づくと、自然な動作で頬にキスを落としました。


「おかえりなさい、あなた。お風呂にします? それとも……」


「ご飯だ。……と言いたいところだが、まずは貴様を抱きしめて充電させてくれ」


彼は後ろから私を抱きすくめ、肩に顔を埋めました。

土と汗、そして微かな金属の匂い。

それが私にとって、一番落ち着く香りです。


「甘えん坊さんですね。氷の公爵様が聞いて呆れますわ」


「うるさい。俺は今、ただの腹を空かせた農夫だ」


私たちはひとしきりじゃれ合ってから、ダイニングへと料理を運びました。


「わあぁぁ! すごいですぅ! 豪華ですぅ!」

『解析。栄養バランス、完璧デス』

『早ク食ベヨウ! ボク、味覚センサーノ感度ヲ上ゲルカラ!』


エリナ様たちが席につき、目を輝かせています。

窓の外では、仕事を終えたタガヤス君が、夕日を浴びて気持ちよさそうにメンテナンスモード(お昼寝)に入っていました。


「では、皆様。グラスを持って」


私が音頭を取ると、全員が果実水の入ったグラスを掲げました。


「私たちの勝利と、平和な日常、そして美味しい野菜たちに……乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


グラスが触れ合う軽やかな音が、夜の始まりを告げました。


食事の時間は、賑やかで、温かいものでした。

ノースガルドでの寒かった話、王都の地下での怖かった話。

今では全てが笑い話です。


「あの時のクラウス様、必死な顔で叫んでいましたよね。『リゼットはモノではない!』って」


「やめろ、エリナ。思い出すと恥ずかしい」


「あら、私は嬉しかったですわよ? もう一度聞かせてくださる?」


「……勘弁してくれ」


クラウス様が耳まで赤くしてパスタを巻き取っています。

そんな彼を見て、みんなが笑いました。

マザーも、ハチも、かつては孤独に怯えていたAIたちも、今は家族の一員として笑っています(音声データですが)。


食事が終わり、エリナ様たちが片付けを手伝ってくれている間。

私とクラウス様は、夜風に当たるためにバルコニーへ出ました。


眼下には、月明かりに照らされた広大な農園が広がっています。

黄金色の麦畑、整然と並ぶビニールハウス、そして遠くに見える「黒の森」。

かつては「ドクロヶ原」と呼ばれ、誰もが忌み嫌った死の土地。

それが今では、世界で一番豊かな場所になりました。


「……なぁ、リゼット」


クラウス様が手すりにもたれかかり、私を見つめました。


「俺は、貴様と出会えて本当によかった」


「急にどうしましたの? 改まって」


「いや、ふと思ったんだ。もし貴様があの夜会で婚約破棄されていなかったら、俺たちは出会うこともなく、俺は不眠症で死んでいたかもしれないな、と」


彼は夜空を見上げ、ふっと笑いました。


「運命というのは不思議なものだ。最悪の出来事が、最高の未来に繋がっていることもある」


「ええ。私も感謝していますわ。セドリック様に捨てられたおかげで、こんなに素敵な旦那様と、美味しい野菜たちに出会えましたもの」


私は彼に寄り添い、その腕に頭を預けました。


「ねえ、クラウス様」


「ん?」


「私、今が一番幸せです。王妃になるよりも、聖女と呼ばれるよりも。……貴方の妻として、泥だらけになって野菜を作る毎日が、何よりも愛おしいのです」


クラウス様は何も言わず、私の顎を優しく持ち上げました。

月光を浴びた彼の瞳は、どんな宝石よりも深く、優しく輝いています。


「俺もだ。……愛している、リゼット」


「私もですわ、クラウス様」


重なる唇。

それは甘いイチゴのタルトの味がしました。

そして、ほのかに香る土と緑の匂い。

これが、私たちの「日常」の味です。


しばらくして、私たちは体を離しました。


「さて、そろそろ寝ましょうか。明日の朝は早いのです」


「ああ。明日は何の予定だ?」


「新作の『虹色パプリカ』の収穫日ですわ。タガヤス君にも手伝ってもらわないと」


「……貴様は本当に、ブレないな」


クラウス様が呆れたように、けれど嬉しそうに笑いました。


「ええ。だって私は農家ですもの。世界が平和になったのなら、次はもっと美味しい野菜を作らなくては」


私たちは手を繋ぎ、温かい明かりが漏れるリビングへと戻りました。

部屋の中からは、エリナ様たちの楽しげな笑い声が聞こえてきます。


明日もきっと、忙しい一日になるでしょう。

汗を流し、お腹を空かせ、そしてまた美味しいご飯を食べる。

そんな当たり前で、かけがえのない日々が、これからもずっと続いていくのです。


おやすみなさい、世界。

そして、ありがとう。


ごちそうさまでした。


(最終章、完)


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