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「ごきげんよう」
上品な服に身を包んだ、見るからにセレブといった女性たちが車から降りてくる。
これって皆、僕と同じ高校生だよなあ。
呆気に取られていると「お出迎えですぞ」吉川さんが言った。
従業員総出で出迎える。
『セレブ』たちは僕たち等、目に入っていないかのように、それぞれ友人たちとお喋りしながら庭園に入って行く。
「きゃあ、素敵な庭ね」
「何度来ても、やっぱり桜川家は違うわ」
口々に感想を言い合う。
「すごい世界ですね、身につけてるものが全然違う」僕は吉川さんに言った。
「そうです、彼女たちも生まれながらに我々とは違う世界に居ます。しかし、我々には分からない重圧もあるのでしょうな」
そういうもんかなぁ……。
しばらくした頃、鐘が鳴った。
鐘なんてどこにあったんだ?
その音の後に、彼女いや『お嬢様』が背筋を伸ばし美術館のような家の中から登場した。
パーティードレスに身を包んだ彼女を見た時、思わずため息が漏れた。
それは周りも同様だった。
「本当に素敵ね」
「綾さんには敵わないわ」
そんな声も聞こえた。
そして、彼女へプレゼントを渡そうと一斉に『セレブ』たちが群がる。
「これはカルティエのネックレスよ、きっと似合うわ」
「これは世界でも珍しい薔薇よ」
一人一人に彼女は笑顔でお礼する。そんな彼女を何故かメイは心配そうに見つめる。
「ちょっと道をあけてくれないかしら」
突然、誰かの声が聞こえた。
その一言で道が出来る。
声の主は薄い茶色の巻き髪が印象的で、どちらかというと童顔で可愛らしい顔立ちの人だった。
「志穂様でございます」
吉川さんが囁くように教えてくれた。
「志穂さま?」
「えぇ、その……お嬢様と志穂様は昔から中が宜しくなくて、まぁ簡潔に言ってしまえば犬猿の仲、というやつです。志穂様は可愛らしいお顔に似合わず、負けん気の強い方で、なんでも気に入ったものは自分のものにしないと気がすまないのです。昔、メイを逃がしたのも……」
「メイを!?」
苦虫を噛み潰したような顔で吉川さんが頷く。
「プレゼント持ってきたわよ」
小さな箱を志穂さんが彼女に差し出す。
「まぁ、何かしら」
彼女が警戒したように聞く。
「鍵よ」
事も無げに志穂さんが答える。
「車の鍵、あなたが乗っている車はひとつ前の型だから」
お互いのまぶたが僅かに動く。
こ、怖い……。これが女の戦い、いやセレブの戦いか。
僕がおののいていると「お手洗いはどこかしら」数人の女性が困った様子で辺りを見渡している。
「ご案内を」
吉川さんが言う。
「こちらでございます」
僕がその女性たちをトイレまで案内すると、助かったわ。と中に入って行った。
いい人もいるもんだ。と嬉しく思ったのも束の間、中から彼女たちの噂話が聞こえてきた。
「本当、成金趣味もいいとこだわ」
「私たちに見せ付けるようにしちゃって、自慢かしら」
「噂では彼女のお父様、相当汚い手を使ってるって」
一斉に笑い声があがる。
「なっ」僕は思わず一言、言おうと思った。
後先なんて考えられなかった。胸がざわざわとして悔しかった。
その瞬間、肩を叩かれた。
振り向くと、吉川さんが立っていた。
そして、首をふって言った。
「お嬢様はみんなご存じです。全てうわべだけの付き合いだということも。だから、あなたがここで事を荒立てる必要はない」
「それでも、こんなの酷いじゃないですか。表ではちやほやして裏ではこんな。こんなの友達でも何でもない。ここに居るのは全員、敵ということになるじゃないですか」
僕は眉間にしわを寄せた。
「えぇ、だからこそ『あなたを』執事にしたのです」
「どういう事ですか?」
「あなたはお嬢様と年が同じで、かつお嬢様が心を許している人物です。本当に友達と呼べる存在が居ないお嬢様には、そんな存在が必要なのです。私がなるには随分と歳をとりすぎていますから」
僕は吉川さんが執事を辞める本当の理由を知って、自分の気持ちの中途半端さが恥ずかしくなった。
しばらくうつむく僕を吉川さんは黙って見ていた。
庭に戻った僕は、一見幸せそうに見える彼女の後ろ姿に、たまらく孤独を感じた。
「きゃああ」
その時、悲鳴があがった。
振り返ると志穂さんの頭上にスズメバチがまとわりついている。
僕は思わず、制服の上着を脱いでハチを追い払った。しゃがみこんだ志穂さんは、なかなか立てず腕を引き上げ立たせる僕の顔を見て「ありがとう」と恥ずかしそうに言った。
空が赤く染まり出す。
『セレブ』たちは次々と彼女に帰りの挨拶をし、車に乗り込む。
最後の一人が帰った。
「あー、疲れた」
彼女が腰を椅子に下ろす。
「お疲れ様です。良いお嬢様っぷりでしたよ」
僕が言うと「あなたもプロの執事みたいだったわ」とおどけて言った。
そして、夕日が彼女の顔を照らす
「森口、私は可哀想なんかじゃないわよ」
「分かっています」
僕も、きっと彼女もこの時間がなにより心から安堵出来る時間だった。
でも、僕は知らなかった。
志穂さんが帰り際、彼女に囁いた言葉を。




