桐生志穂の暴走
月曜、朝の眠りを妨げるものは誰も居ない。
と思ったのも束の間、今日から学校だった。
いつものように起き、いつものように朝食を食べる。
普通の生活に戻ると桜川家の全てが幻に覚える。
「最近どうなの、そのお嬢さんとやらとは」
ご飯をよそいながら母さんがにやついて僕の顔を見る。
もとはといえば、この人が元凶のような……。
「まぁね、色々あるけど」
僕は簡潔に答えた。
実はあの一見以来、僕は執事としての仕事の面白さに目覚め始めていた。
しかし、それだけではない。
彼女の孤独に触れたことで確実になにかが変わっていた。
「行ってきまーす」
学校へ着くと変わらずクラスメイトの真田が声をかけてくる。
「お前、最近付き合い悪いな。また焼きそばパン奢れよ」
「なんでだよ、それと何の関係があるんだよ」
なんて言いながら、今はこの普通の会話が新鮮だ。
ざわつく教室に担任が入ってきた。
「今日は転校生を紹介するぞ、くれぐれも失礼のないようにな」
ん?失礼?
入ってきた人物を見て、僕は腰を抜かしそうになった。
「桐生志穂です。みなさん仲良くしてくださいね」
♦♦♦
「うわー、可愛いなー」
真田が身を乗り出す。
「なっ、お前もそう思うだろ」
「あ、あぁ」
僕の頭はパニックになっていた。
どうして彼女がここに居るんだ?なんの目的で……。
「そうだなぁ、席は」
担任が教室を見渡す。
「森口の後ろなんて良いんじゃないか」
「はい」
彼女は軽やかに返事をし、こちらに向かってくる。
僕の背中がひんやりと冷たい。
「よろしく♪色々教えてね」
「あぁ、はい」
そう返事するのが精一杯だった。
休み時間になると彼女の回りには人だかりが出来た。自分たちとは何かが違う彼女に皆、興味津々だった。
彼女が何か答える度に「おぉー」と感嘆の声があがる。
「なんで、この高校に転入してきたの?」
一人の生徒が聞いた。
彼女は意味ありげに笑い、答えた。
「実は、森口涼太くんを好きになっちゃって。それで追いかけてきたの」
皆が一斉に僕を見る。
隣の真田は口が開いたままだ。
「嘘だろ、そんなことあるわけないない」
僕は何故か必死に弁解した。
「酷い、嘘だなんて。ここに来るのだって相当勇気がいったんだから」
なんと彼女がさめざめと泣き出した。
酷い、可哀想だろ。
クラス中が口々にそう言い出した。
なんか、いつの間にか僕は、ひどく悪い男になっているようだ。
「そうだ。こうなったら志穂ちゃんのこと、とことん応援してあげよう」
女子の一人が手を叩いた。
「いいねー、それ」
皆、ゲーム感覚で盛り上がっている。
「今日、一緒に帰ってあげなよ」
一人が言い出すと周りも同意した。
「ちょっと待ってよ、僕の気持ちはどうなるんだよ」
彼女がまた、さめざめと泣き出す。
クラスの冷たい視線が注がれる。
「分かったよ。帰ればいいんだろ、帰れば」
(もうこうなったらヤケだ)
こうして学校の外でも中でも、僕はお嬢様ふたりに頭を悩ますハメになった。




