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6.星祭り -片翼の天使-

気が付けば、窓から零れる日差しは蕩けるようなオレンジに変わっていた。

朱と金が混じったような空は東になるにつれて夜が微かに闇を引き連れて迫ってきている。

子供達は次々とランプを完成させ、店主に豆電球をつけて貰った子供達は大はしゃぎだって喜びお互いに自分のランプを見せ合っていた。

お礼と歓声が入り混じりながらも外に飛び出していく。


最後まで真剣な表情で机から動かなかった少女も、完成品に満足したように肩の力を抜いてランプを夕陽に掲げていた。

オレンジの光を通すと本物のステンドグラスのように煌めくランプを手に淡く笑う、その様子が妙に印象に残った。

そして少女はパッとこちらを振り返り、店主に向かってお辞儀をし、ハキハキとした口調でお礼を言った。


「どうも!ありがとうございます!」

「いえいえ。満足いくものは出来たかい?」

「はい!」

「それはよかった」


楽しんでおいでね、と店主が微笑むと、少女はもう一度元気よく頷いてからニコリと笑い、机の脇に下げてあった学生鞄を引っつかんで店から飛び出していった。

それを満足したように見送った後、改めて店主は僕達に振り返った。


「君達も楽しんでおいで」

「あれ?店主は行かないの?」


きょとりとアリスが首を傾げる。

深い眠りから醒めた当初と比べれば、随分と感情表現が豊かになっていると感じる瞬間だった。

アリスの問いかけに、店の片づけをし始めた店主は微かに苦笑する。

よいしょ、と机を4ついっぺんに持ち上げて店の隅に積み上げていく店主を僕は呆気に取られながら見守った。

華奢なように見えて、ここまで力持ちだったとは予想外である。


「店があるからねぇ。意外と稼ぎ時なんだ」

「じゃあ、なんで一緒にランプ作りしてたの?」


店主が先ほどまで作っていたランプはどう見ても僕達の物よりも凝った作りのランプであった。

今は月燈舎の入り口にある錆びた風合いのレトロなオブジェに他のランプと一緒に吊るしてあるそれを指差しながら、今度は僕からここぞとばかりに突っ込んだ。

夜を思わせる藍色や深い緑、透き通るようなライトグリーンの硝子が全て葉の形になっており、生い茂った葉に隠れるように三日月を模した金色の硝子が煌いている。

硝子と硝子の間にわざと隙間を作って葉のモチーフ組んでいる為か、その隙間から零れる光も美しいランプであった。


「あれは趣味。さぁ、もうすぐ始まるだろうから行っておいで」


そういうものだろうかと心の中で首を傾げるが、その時月燈舎の扉がベルの涼しげな音と共に開きお客が入ってきた。

月燈舎でも星祭りのランプを売るようだ。

ここは星祭りを開く広場に行く途中にある場所だから、行き際にランプを買う人々ですぐに賑わってしまった。

店主が稼ぎ時だという言葉の意味を理解し、僕とアリスは顔を見合わせて頷いた。

そして再び店主に向き直る。


「うん!ありがとう!行こう、アリス」

「うん!」


明るい顔をして返事をしたアリスの手を取って、僕達は走り出した。

月燈舎を出ると眩しい程の夕陽があたり一面をオレンジに染めいた。

思わずアリスを振り返ると、アリスはにこりと笑って力強く頷く。

それに安心し、僕達は再び夕陽の中を走り出した。





月燈舎から少し走ると国道があり、その両側は地平線まで果てなく広がる麦畑が1キロ程先まで続いていた。

比較的交通量の少ない穏やかな道だ。

夜は水銀灯の明かりがほとんど届かないほど暗くなる道であったから、真夜中の散歩にも麦畑の最初の方にしか連れ出していない。

つまりアリスは広場にも行くのは初めてであり、麦畑の向こう側を何一つ知らないのだ。


「夕陽もこの道も、僕は好きだなぁ。ずっと歩いてみたいと思ってたんだ」


思った通り、アリスは麦畑の道を気に入ってくれたようである。

国道を暫く歩いていくと、麦畑の途中に朽ちた電車が遠くに静かに佇んでいるのが見えた。


「あの電車の事を、店主は話したかい?」


尋ねると、アリスは首を横に振った後に首を傾げた。


「何かあるの?」

「あの電車、昔はきっと宇宙を走ってたんだ。僕は一度だけあの電車に忍び込んだことがあって、その時に拾った小さな機械を店主に見せたことがある。でも店主でもその機械がこの世のもであるとは思えなかったみたいで、信じられないって顔してたよ。それは小型のプラネタリウムで、掌の中でカチカチッと機械を土星の輪のように囲んでいたメモリが動いてね、暗い所で青い宝石を散りばめた様な天の川を生み出したんだ。あれはきっと、宇宙の地図だよ。あれ以来動かなくなってしまったけど、僕の宝物さ」

「へぇ、いいなぁ・・・・・・!見てみたいよ」


思った通りに瞳を輝かせたアリスに、僕の心は一気に躍り上がった。


「じゃあ今夜、星祭が終わった後に見せてあげるよ。楽しみにしてて!」

「うん!」


ぱあっと期待の眼差しを向けながら何度も頷くアリス。

それを見つめながら、僕はあのプラネタリウムが今日こそは動きますようにと願いを籠めなければならないと思った。

星祭りに星に願う願いことはそれで決定だ。

年に一度の願い事がそれとはほんの少しばかり切なかったが、仕方が無いと心の中で苦笑した。

その時である。


「危ない!」


アリスが叫んだ。

咄嗟に振り向くと、まだ小さなライトブラウンの子犬が国道の真ん中にいるのが見えたのと同時にモーター音を唸らせた車が風を切って走り抜けた。

アリスが駆け出すのを強引に肩を掴んで押し止め、僕は車に轢かれそうになっている子犬に向かって駆け出していた。






どんな結果になろうとも、衝撃があることは覚悟していた。

しかしいつまで経っても来るはずの衝撃も痛みも無い。

恐る恐る目を開けると、僕は子犬を抱えた恰好で、今飛び出したはずの歩道の端に座り込んでいた。

ふと顔を上げて国道を見ると、先程ぶつかるはずだった車は何事も無かったように走り去っていた。

何が起こったのか分からず呆然としていると、信じがたいほど大きな純白の翼が目の前でばさりと音を立てた。

僕が子犬を抱えていた腕の下に、僕の身体に手を回していた別のしなやかな腕がゆくっりと解かれたのに気付き、驚いて頭上を見上げた。

するとそこには左の肩に大きな純白の翼を生やした黒服の天使がニコリと僕に微笑んでいのた。

天使の夕陽に染まった髪が紅蓮に燃え上がっているようにも見え、その長い前髪の下で美しく微笑んでいる天使の姿をした年上の少年に、僕は何が起こったのか理解できず目を見開いた。

すると少し離れた所からアリスが僕の名前を叫びながら駆け寄ってくるのが見えた。

力の抜けた腕から子犬は抜け出し、ひと吠えした後そ知らぬ顔で麦畑の中に消えていった。

それをなんともいえない思いで見送りながらも、アリスの慌てようからして、先ほどの出来事はやはり夢ではなかったのだと改めて再認識する。


「馬鹿!怪我するところだったんだぞ!」

「・・・・・・ごめん」


僕にも何故自分が謝っているのか分からなかったが、あの瞬間はともかく子犬とアリスだけは守らなければならないと思った。

だから体が勝手に動いたのだ。

しかし僕はご覧の通り無傷であり、もちろん子犬も無事であり、車もそんな出来事は無かったとばかりに既に遠ざかって視界から消えている。

何が起こったのかさっぱりだったが、とりあえず僕はアリスを安心させようと軽く笑って見せた。


「アリス、どうもなってないよ。ほら」


怪我一つ無い事を見せると、アリスは脱力したのか僕と同じように座り込んでしまった。


「あーもう、馬鹿!」

「ごめん」


心配かけたことは反省していると示してみると、アリスは目尻を赤く染め、不機嫌そうな顔をして僕を睨んだ。

その様子に僕はくすぐったくなってしまい、自然と頬が緩んでしまった。


「うんうん。いいねぇ、熱い友情っていう感じで」


頭上から心地よいテノールが聞こえてきてバッと2人同時に振り向くと、片翼の翼を持ち、丁寧にも頭上に光の輪を載せた天使が腕を組んで「うんうん」と頷いていた。

先ほどの拘束されていた暖かい腕を思い出し、僕はまだ信じられないと思いながらも恐る恐る声を掛けてみた。


「あの」

「なに?」

「・・・・・・返事したよ、アリス。幻じゃなかったみたいだ」

「うん、僕も夢か幻覚かと思った。お兄さんはもしかして天使?」


アリスの率直な問いかけに、その天使は目ぱまちくりさせてきょとんとした。

そして大げさに「うーむ」と考え込む仕草をした後、大げさな動作で大きく頷いた。


「うん。実はそうらしいんだ。俺は君達が言う通り天使という奴なんだろうね」

「?どういうこと?」

「・・・・・実はね、俺は天使の見習いみたいなもので、正確にはまだ天使じゃないんだ。だからほら、翼が片方しかないだろ?」


そう言って天使は僕達に背中が見えるようにその場で半回転した。

黒い服で覆われた背中から、純白の翼をバサリと一回羽ばたかせて見せてくれた。

それは本当に美しく幻想的な姿であり、まるで白鳥のようなしなやかで綺麗な翼に、未だ信じられないが本物なのだと、僕とアリスの表情は一気に明るくなった。


「でも、今僕を助けてくれたのはお兄さんでしょ?」

「俺が知ってる奴に似てたから、ついね。ただの気まぐれだよ」

「それでも、助けてくれたんでしょ?ありがとう!」

「僕からも言わせて。ありがとう!」


二人で声を張り上げると、天使は一瞬目を丸くした。


「まいったなぁ・・・・・・」


そう呟いて数秒ほど視線を逸らしていたが、僕達がずっと見つめていると根負けしたのか苦笑して息をつき、照れくさそうにへらりと笑った。

その表情があまりにも人間臭く見え、先ほどまで抱いていた幻想的なイメージとのギャップに僕とアリスは呆然とする。

その一瞬後、気づいた時には片翼の天使はまるで粉雪のように消えていた。


純白の大きなひとひらの羽根が、麦畑の上をひらりひらりと飛んでいくのを見て、僕は呆然としたまま思わず呟いてしまった。


「本当に天使が助けてくれたの・・・かな?」


さりげなく周りを見渡すと、星祭に向かう子供達や親子連れや老夫婦などがちらほらと歩いているが、彼らが天使に気付いている様子が無い事に僕は内心首を傾げた。

あまりにも現実味の無い出来事であったし、しかしそれでもしっかりと覚えているリアルな翼の羽ばたきや温かな腕の感触に、本当であって欲しいという期待と戸惑いもあった。

すると隣にいたアリスが小さく笑い、僕に視線を寄越してこう言った。


「きっと本物だよ。あの一瞬で、君を子犬ごと元いた場所に運んでくれたんだ。僕のお願い、叶えてくれたのかもしれないね」

「え?アリスのお願いって?」

「ランプを作ってすぐに羊皮紙を中に入れおいたんだけどね。んー、やっぱり秘密」

「アリス、それズルイ!」


口元に人差し指を当てて笑ったアリスに、僕は半眼で口元を釣り上げてアリスに詰め寄ってみた。

何事も無かったかのようにこの麦畑の道を再び一緒に歩き出せる事が奇跡なんだと思いながら。


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