93・英雄 ジール・ストライダル
「はっはー!」
鬱蒼と茂る森の奥から一人の男の声が聞こえる
木々の間を素早く駆け抜けるその男は愛用の研ぎ澄まされた短剣を片手に周りにいる魔物達を次々に切り裂いていく。それと共に刃物が肉を切り裂く殺伐とした音が森の中を侵食していった
「おっとぉ!今度はこいつでどうだ!来たれ炎の化身ヴォルカヌス!」
男に群がる魔物達も仲間たちの仇討と言わんばかりに、敵わないと分かりながらも一矢報いようと男に切迫するが、それに対抗するために男が空いているもう一つの手を振りかざし強大な炎の精霊を呼び出す。そしてその精霊の口から吐き出された高温の熱線によって的になった魔物の体を一瞬にして蒸発させた
さらにあまりにも高温のその余波によって、残っている魔物達は全てそれに巻き込まれ断末魔を上げる暇もなくその身を炭化させ命を散らしていったのだった
「ちっ、もう終わりか。歯応えがねぇな」
辺り一面魔物達の躯に染まった大地を見て詰まらなそうに吐き捨てるその男
若かりし頃のジール・ストライダルである
自分が打ち出した魔法によって森もポッカリとクレーターが出来たような景観破壊の様な景色になってしまっていた。おそらくそれによって少しなからず生態系の攪乱が起こってしまうだろう。だが当の原因を作った当の本人は露知らず、全く気にする様子が無さそうだ
「さぁてっと、依頼完了ってか。とっとと帰って飯でも食うとするか」
そんな光景を尻目に鼻歌交じりに召喚した精霊を元に還し、その場を後にするジール
彼が去った跡地には、討伐された魔物達を含め森の静けさが戻ったというよりは命の音が聞こえない喪失感を感じるような寒々しい静寂が残されていた
生まれつき魔力量が多い、先天的魔力異常だったジール。しかもその中でも過去に類を見ないほどその魔力量の膨大さは異常であった
そしてそれに輪をかけるように持って生まれた身体能力につけて瞬間記憶能力。その為、一度見た難解な魔方陣や格闘における身体の動かし方など、それらを会得することはジールにとって容易な事であった
それ故、ジールが世界最強と呼ばれるまでに時間はかからなかった
そしてジールがそうなるのが宿命と言わんばかりに、彼が生まれたころから世界に溢れ出した魔物達。食物連鎖の頂点に立つ人間達にとっては脅威そのものであった
その為人々はお互いの領土侵略の為の争いを止めざるを無く、各国が魔物達に対抗するため手を取り合いそれぞれに魔物に対抗する組織『ギルド』を設置したのである。そしてそのギルドに所属している者達を総称して『ハンター』と呼んでいた
そのギルドに所属しアホみたいに魔物達をばったばった倒しまくって人々に頼りにされている人物・・・それが先程自然破壊をしまくっていたジールであった
「う~っし、ただいま帰りましたよ~っと!」
魔物達の討伐を終え街に帰ったジールはその中でも一際目立つ大きな建物『ギルド』を一直線に目指し、そしてその扉を荒々しく開け大きな声を出しながら中へと入って行った
いきなりバカでかい声が響いた為、中に居た人々は一瞬ビクッと声を潜め一人も例外なくその声を出した本人に視線を送った・・・がその人物を見た瞬間、肩の力を抜き自分達の実務に戻る
「お疲れ様でしたストライダル様。こちらが今回の報酬となっております」
その中、毅然とした態度でジールに話し掛けたのはギルドの受付嬢
ツンとした不愛想な態度だが仕事は出来るナイスプロポーションな女性。それ故、ギルドに所属するむさ苦しい男たちに大人気なのだが本人は全く歯牙にもかけていない
だがそれがいい、と一部の男達に特に大人気なのだ
「お、あんがと。じゃあ飯でも食いに行くからまた何か高収入の依頼があったら教えてくれ」
「かしこまりました」
だがジールにとっては己の食指の範囲外なのか、全く彼女に反応することも無く淡々と差し出された依頼の報酬を受け取りその場を後にした。来たと思ったら報酬を受け取って直ぐに立ち去る、嵐のような男である。だが周りにいるハンター達を含めそれが当たり前の光景の様に気に掛ける者は誰も居なかった
そして立ち去るジールのその背中をジッと見つめるギルドの受付嬢
「相変わらず仕事が早い・・・特に高報酬の。しかもどれも国の精鋭部隊が束になってもやっと何とかなるぐらいの依頼ばかり。アレが『英雄ジール』ね・・・またの名を『みんなのお財布ジール・ストライダル』か」
英雄ジール、その名を知らぬものは居ない程知れ渡った通り名。そして後者の通り名もまた知らぬものは居なかった
「おい~っす。おっちゃん、何か食わしてくれ。もう腹ペコだぜ」
ギルドから出たジールが街中を歩き、真っ先に向かったのは自身の馴染みになっている飲食店であった。飲食店と言ってもギルドに所属しているハンター達が良く利用する溜まり場みたいになっており、それは酒場のような雰囲気でもあった




