92・渇望
「あぁ、あの変態ジールの村」
「おい!今お前なんて言ったんだ!?」
二人の会話に割って入るジール。そしてその勢いのまま殺気だった形相で喋っていた男の胸ぐらを掴む
「ぐっ・・・な、なんだいきなり。く、苦しい・・・」
力任せに胸ぐらを掴み男を吊し上げた為、男は息が出来ずに苦しそうだ。だがそんな男の様子に気付く事が出来ないジール。いや、そんな事にすら気付く余裕がないように見える
それだけ耳に入って来た二人の会話に心を乱されたのだ
「おい!今何て言ったんだよ!」
「あ、あんたいきなり何すんだ。は、放してやれよ・・・顔が青白くなってきてんじゃねぇか」
それを止めたのはもう一人の男。いきなり隣にいた友人が知らない男に吊し上げられたのだ、それは気後れするだろう。だが掴んでいる男をよくよく見てみればどこかで見た事ある人物だと気付いた
「あ、あんたもしかしてジールか?あの変態の・・・」
「だったら何だってんだ!?いいからさっき話してた事をもう一回言ってみろ!」
「いや・・・だからアンタがそいつを胸ぐら掴んで吊し上げてるから喋れないんじゃないかよ・・・」
男にそう言われようやくジールは掴んでいる男が白目をむいて泡を吹いているのに気が付いた
「あ、おぉ・・・すまねぇ。よし、これで喋れるか?」
慌てて男を地面に下し回復魔法を掛けるジール。青白くなっていた男の顔色もあっと言う間に良くなり口元を拭いながらジト目でジールを睨みつけた
そして一言文句を言おうと立ち上がる男だが、それよりもジールの余りにも必死な形相に言葉を飲み込むしかなかった
「・・・ったく、さっき話してた事か?だから俺も人から聞いた話だからホントかどうかは分からないけどよ、魔族達が辺境の村を滅ぼしているらしいぜ。その中にアンタの村もあるって話だったが、アンタがこうしてここに居るんならその話も嘘だったのかもな、アンタみたいなのが居るやつの村が滅ぼされる訳ないしよ」
「・・・」
「何だよ、何か喋れよ。アンタが聞いてきたんだろ?」
男の言葉を聞きジールの頭の中は真っ白になってしまう
聞き間違えじゃなかった
俺の村が魔族に?
嘘だろ・・・
そんな馬鹿な事があるか
エリー・・・リン・・・
手にしていた美容液が入っている小瓶がスルリと掌から抜け、地面に落ちパリーンと軽い破砕音を立てて割れた
それを本人は気付くともなくピクリとも動かなくなってしう。そんなジールに男は覗き込むような視線を送った
「おい?どうしちまったんだ?聞こえなかったのか・・・ってうわっ!?」
不思議に思った男がジールを覗き込むと同時にジールは一気にその場から走り出した。不意を突かれた男はその勢いに押され思わず尻餅をついてしまった
風を、音を置き去りにするほどのスピードで走り出したジール。だがまだ祭りによる人混みは収まっていない為それに巻き込まれた人たちは次々と風圧によって倒されていった。そしてそれはあの店主も例外ではなかった
「ふんふんふ~ん。やっとコーネリアちゃんの似顔絵を手に入れたぞ!さぁ帰ってたっぷりと堪能してってうぎゃぁあああ!!」
どこぞの誰かのお陰で店の商品が一気に完売した店主。だが大事に両手に抱えていた紙切れがジールの走り抜けた風圧によって吹き飛ばされてしまった。そして残り少なくなっていた鉢巻きに隠されていた髪の毛もついでに削り取られていったのである
突風のように町を走り抜けていったジール。彼が過ぎ去った後、祭りの喧騒は全て吹き飛ばされ少しの間町は静寂に包まれていた
・・・
はぁはぁ・・・頼む
勘違いであってくれ
原始の涙を手に入れる為体を酷使し続けてきたジール、既にその体は満身創痍だがそんな事に構ってられなんかいられない。来た時より遥かに早く、速く速く
息が切れようが足の裏が擦りむけようが関係ない
頼むから無事でいてくれ
お願いだ・・・
何だってこんな時に
記憶の底から蘇る凄惨な光景
何であの時の事を思い出すんだ
これじゃあ・・・あの時と同じじゃねぇか
もっと早く もっと速く
クソ!
クソクソクソクソクソったれ!!
エリー リン 村のみんな
頼むから無事でいてくれ!
思い出すあの時の記憶
目の前に広がる絶望
煙の臭い 血の匂い 黒い塊・・・間に合わなかった自分
お願いだ もう二度とあの時のようなことには・・・!
頼む・・・
みんなを守ってくれ・・・
お願いだ
・・・
カイト・・・




