第83話 膠着状態
仕方ない。私は戦いを覚悟して、あの性悪枢機卿の場所を走査する。
ひときわ高い魔力反応を確認した。山の中腹付近から徐々に下りてきているようだ。
ステータスもその気になれば見えそうだ。だから確認。
『HP:1056 MP:987/5023 STR……』
何だこれは。HPが1000超えなんて人間なのだろうか?
常人なら二十歳のムキムキビンビンな奴だって400を超えない。そう思ってよく見てみる。
『身長:2腕 体重:65重』
何だそれは、巨人化したのか。進撃の何とかか!
『……種族:魔性 ……』
私は理解した。
あの元枢機卿、どうやら人間ではなくなっている。
先程の魔性になってとはそういう意味だったようだ。魔性なんて種族、私は知らないけれど。
訳がわからない種族名はともかくとしてだ。
奴のMPはかなり減っている。これが先程の攻撃魔法のせいだとすれば、しばらくはあの魔法を使ってこない筈だ。
リュネットのようなMP回復手段がない限り。
最初の攻撃魔法程度なら私の常時展開自動防御魔法でも耐える事が出来る。
なら魔力の消耗を出来るだけ避けながら、この場から逃げればいい。
よしそうしよう。幸い周囲の魔物の動きは不活発だから。そう思った時だ。
『動かぬか。なら我が魔法で叩き潰してくれようぞ。魔留強威!』
おい待て! そう思いつつ防御範囲を私を包む最小限にして備える。
すぐに衝撃はやってきた。防御に魔力が食われMPが一気に300近く減る。
急激な魔力の減少で思わずくらりとした。でも何とか大丈夫、耐えられる。
私の回りの荒れ地は魔の力で粉々になり、岩も焦げた樹木の根も完全に消し飛んだ。
砂煙が立っちまくって周囲が見えにくい。
魔力走査で周囲確認。
私の周囲の障害物が消し飛んだ結果、周囲は何もない只の荒れ地状態だ。
まずい、これでは襲われ放題だ。
私は逃げる為に走り出す。
走りながら奴のステータスをもう一度確認。MPは687/5023。この規模ならあと2発は撃てる訳か。
ただ先程のやたら強力な魔法は使えなさそう。それだけが唯一の救いだ。
更に魔力ポーション中級を飲みつつ、私は周囲を走査。
やばい。もう周囲全方向に魔物の気配。くそ、
でも負けてたまるか。私はこの世界で自由気ままな生活を勝ち取るのだ。その為にも今ここで死ぬわけにはいかない。
明日明後日は動けなくなる事覚悟で身体強化魔法をギンギンに効かせる。
更に回復魔法で体力を回復。前方に向けて小型ドローンを連射。
それでも倒す速度が魔物の数に追いつかない。
これでは包囲網を突破できない。崩し切れずに取り囲まれてしまう。
方針転換だ。私は立ち止まり、土魔法で防護壁を作成。
オークでも壊せないし超えられない高さという事で高さ2腕、幅2腕の土壁を私を中心に半径10腕程度の大きさで作り上げる。
一気にMPが300台まで減った。その分は上級ポーション2本で補充だ。
もう味がわからない。口腔内が不味さに慣れて麻痺してしまった。
とりあえず当座は安全を確保した。
疲れたのでそのまま地面に座り込んで考える。さてこの後どうしようかと。
空間が自然修復してくれれば、遠隔移動魔法で逃げられる。
これが私が助かる事が可能なもっとも簡単な方法だ。
しかし空間の自然修復にどれくらいの時間がかかるかは不明。
2~3時間で収まってくれるのか、1週間以上かかるのか。
こんな事態は経験した事がないから見当もつかない。
あと奴が健在のまま、私が逃げてしまう事にも不安を感じる。
奴はさっきのステータスからして最弱の魔王程度の実力は持っているだろう。ならオーツェルグの街やこの国がヤバい。
別に国や腐れ貴族はどうでもいい。
しかしあの街にはリリアもいるしナージャもいる。リュネットもナタリアも。
考えの方向を変える。
ある程度の時間が経てば、サクラエ教官もこの事態に気づくだろう。
奴ならこの程度は何とかしてしまいそうな気もする。
しかしそれでも、私は考えてしまうのだ。もし奴が間に合わなければどうなるかを。
わずか半年程度の間だけれど、私は訓練をして理解した。
この国、いや大陸のこの地域の軍隊や冒険者の弱さをだ。
概して皆さん弱い。サクラエ教官やあの枢機卿のようなごくごく少ない例外事項を除けば弱すぎる。
チート知識を持っていたとはいえ、僅か半年、それも放課後メイン程度の訓練しかしていない私と比べてもだ。
自惚れという奴ではない。
世間では一流と言われるB級冒険者5人のパーティですら、単独の私よりも弱いのだ。
そして通常の騎士団兵士個々の強さは、B級冒険者には劣るとされる。
更に言えばオーツェルグに駐留するのは、弱いし役に立たないと評判の近衛騎士団と第一騎士団。
つまりサクラエ教官をはじめとした特級冒険者、国に数人いるかいないかというA級冒険者が手配できなければ。そして私がこのまま逃げれば。
オーツェルグの街にわかりきった結末が訪れる事になる。
リリア達だけではない。庶民の皆様が酷い目にあう。
それは私としても正直好ましくない。特権持ちの貴族で普段不自由なく暮らしている私として。
あの冒険者ギルド出張所で勢いから出た台詞の何割かは、実のところ本音だ。
それに敵の本体、元枢機卿は山を下りつつある。この速度なら夜中過ぎには私の近辺まで来るだろう。
それまでに空間の状況が収まっていなければ、どっちにしろ戦うしかない。私1人で奴を倒すしかないのだ。
仕方ない。
私はここで魔物に耐えながら考える事にする。何とかしてあの元枢機卿、魔性を倒す方法を。
奴のステータスを再度確認。何処かに弱点はないか隅々まで見て調べる。
うむ、相対的にはHPとDEF、VITが低いようだ。低いといっても人間よりは遙かに高いけれど。
RESの高さは冗談みたいだから、通常の攻撃魔法で攻めるのは愚策。
そうなると私の使える手は、魔砲少女ユニットくらいだろう。あれは魔法攻撃ではあるけれど、物理的ダメージを相手に与えるから。
しかしあれは敵と自分の間があいていなければならない。直射軌道で撃ち出すから樹木や岩などの障害物があると使用不可だ。
その為にはある程度近づく必要がある。しかし近づくと魔法で攻撃される。
魔砲少女ユニットを扱いながら防御も出来るほど、私は万能ではない。敵が弱ければ別だけれど、今回の敵は私史上最強最悪だ。
奴が近づけば御付きの魔物も当然増えるだろう。
今以上の魔物密度になった場合、この土壁程度では防げない。
広範囲殲滅型の魔法があれば、ある程度は敵を一掃して魔砲少女ユニットを使用可能な状況を作れるだろう。
しかし私が使える魔法に広範囲殲滅型のものは無い。
私自身は文官家系で一般的な魔法しか使えないのだ。自作の魔法を除いては。
殲滅型の魔法は往々にして発動が特殊だ。おそらく手順込み魔法でも真似できない。
私が思いつく方法では魔力が足りなくなる。それでは防御が出来ない。
せめてリリア達がいたらとふと思う。
いや、それでも戦力としては足りないか。殿下が加わったとしても同じだ。防御と近くの魔物を処理出来る程度。
確かに狭い迷宮では心強い。しかし周りに何もないだだっ広い場所では間に合わない。
何か手はないか。
そうは思うのだが思い浮かばない。この魔物の数を何とかしないとどうにもならないのだ。
ただ私に、それを解決する方法が思い浮かばない。
そこまで考えたところで気づいた。
魔物が私の作った土壁を仲間を踏み越えることで乗り越えようとしている。これはまずい。
「徘徊型ドローン! 徘徊型ドローン! 徘徊型ドローン! 徘徊型ドローン! 徘徊型ドローン!」
最大のドローンもどき魔法6発で周囲を攻撃して、群れた魔物を吹き飛ばす。
これでしばらくは時間を稼げるだろう。また超えそうになったら同じ方法で吹き飛ばすまでだ。
取り敢えず今は打開策を思いつかない。
ならぎりぎりまでここで休んでせめて気力と体力と魔力を回復させよう。
そして考えよう。何か起死回生の策がないかを。




