#5
アンティークな本棚や大きな鏡の化粧台。テーブル、ソファー、ベッドと、広々とした室内は洋風に装飾されている。ここは千寿の自室のようだ。
千寿はソファーに深く座り、瞳を閉じて思いに耽っていた。
浴室の方からは千鶴の鼻歌とシャワーの音が聞こえている。
「・・・・・・ふん」
いつしか水の音は止み、パタパタとスリッパの音がこちらへ近づいていた。
「あー、サッパリした。お洒落なんだね~なんか貴族の部屋みたい!」
ガウンを着た千鶴がサッパリした表情で現れた。タオルを被り、濡れ髪を拭いている千鶴を千寿が見上げる。
「どうして家出したんだ?」
「その話? 田舎にある地元の大学なんかより、都会の大学に行きたいって、ママに言ったのに反対されたからよ。でも、私の人生は私が決めるもんでしょ。だから必死に勉強して、都会の大学を受けて合格した。合格してしまえばこっちのもんよ。学費や生活費だってこの街でアルバイトでも何でもして稼いでやるわ。それだけよ」
ツンとした態度で千鶴がぶっきらぼうに答えた。
「社会はそんなに甘くないぞ? まだ学生のうちは両親を説得させた方が良い」
「はぁ? ママは私の事、何も分かってないんだから。それに私、パパいないし・・・・・・」
「いない?」
「そ、私が小さい頃に亡くなったんだって……だから、私は全然知らない」
鏡を覗き込む千鶴。そこには綺麗になった額の自分の顔が映る。
「ま、それより、あなたとママの関係、少し気になるし―――」
額を見て笑顔になった千鶴は、鏡の中で目が合った千寿を見つめた。
「神多、千寿せんせい?」
「・・・・・・・・・・・・」
千寿は千鶴から視線を逸らす。彼女が彼の視線を追うと、本棚にズラリと並ぶ分厚い医学書や古い書物に目が止まった。
「あっ、凄い・・・・・・これ、全部、医学書?」
そう言って千鶴は書物に手を伸ばそうとするが、
「それに触るな!」
千寿の鬼気迫る怒号に驚き、手を止めた。ドキドキしながら不貞腐れた表情で振り返る。
「な、何よ・・・・・・? そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない」
「そいつは医学書じゃない。そいつは・・・・・・」
「なんなのよ?」
焦る様子を見透かされないように、千寿は冷静を装い言い直す。
「・・・・・・というより、中身は全て真っ白さ。見る価値もない駄本だ」
「ふーん・・・・・・あっ!」
ズラリと並ぶ本を見つめていると、書物の中に『脂肪燃焼術』と書かれたラベルを目にし、千鶴は目を輝かせた。
「これなんか凄い興味ある!」
彼女は腹周りの肉を摘まみ苦笑う。
「私、このへんがちょーっと、気になるのよね。プニプニ・・・・・・」
「触・る・な」
千寿は苛立った様子で、再度彼女に釘を差し、南京錠と鎖で本棚をガチガチに封鎖する。
「ぶう・・・・・・そこまでしなくても。どこから持って来たのよ、それ」
むくれた千鶴は諦めて本棚から離れ、
「分かったわよ、私、もう寝るから。ベッド貸してちょうらいな」
わざと舌足らずに話した。
「適当に使え・・・・・・」
「はーい、適当に使わせてもらいまぁす」
千鶴は鼻歌鳴らしながらベッドへ飛び込む。それからすぐにいびきをかき始めた。
(奈津美に似合わず厚かましい子だ・・・・・・)
千寿は「ふう・・・・・・」と溜め息を吐いた。