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それではお楽しみ下さい。
街のネオンが満天の星空の如く輝く大都会。テールランプは流れ星のように流れていく。
高層ビル屋上の天空庭園には、男女のカップル達がベンチに座り身を寄せ合っている。
『人は、至福の時を知ってこそ幸せになれるのだ』
夜の街並みでは、川の濁流のように行き交う人々が見える。繁華街でこれから一日の疲れを酒で流しに行く者や友人達と親睦を深めようとする者、ただ帰宅途中の者など様々だ。
そんな人波の中に一際目立つ赤髪の青年がいた。黒尽くめのトレンチコートが似合う、長身で端整な顔立ち。名は神多千寿。
彼の胸で楕円形のペンダントが、歩みに合わせて揺れている。
『でも、人は恋をすると、何かしらコンプレックスを感じたり、時に臆病になったりもする』
腹の出た中年男性や化粧の濃い若い女性、頭髪の薄い若い男性達とすれ違いながら、
『それは、容姿や性格、年齢であったり・・・・・・置かれた境遇とか、そんな環境でもあったり。数えるだけ切りがない・・・・・・』
千寿は暗く人通りのない裏路地へ入って行く。
街灯にひっそりと照らされた一軒のBAR、『栄國の巣』。古めかしいアンティークな佇まいだが、上品さも漂っている。入口の前で黒いブーツが止まった。
「だから、俺はそんな内気な恋心に立ち止まるんだ」
左の掌にアメジストのような電流がほとばしる。
「永遠の罪を背負って―――」
雷を握り潰すように拳を固く締める。
栄國の巣の扉を開く千寿。カランカラン・・・・・・と静かにベルが鳴る。中に入ると、店内は蛍光ランプでぽつりぽつりと照らされ、薄暗く趣ある空間が広がっていた。
「いらっしゃいませ」
空席のカウンターで壮年熟期のマスターが無表情でグラスを磨いている。彼の背後の柵には高級酒のボトルがずらりと並び、大人の雰囲気を醸し出していた。
「あちらでお連れ様がお待ちですよ」
白髪交じりのオールバックに口髭を生やしたマスターが奥のソファー席に手を向ける。
千寿が店内を歩み静かにソファーに座ると黒の目刺し帽を被った青年が顔を上げた。
千寿は「はじめまして」と胸元から名刺を出して男に差し出す。男は名刺を受け取り、
「・・・・・・しゅ、出張美容外科医、神多千寿、さん。噂で聞いた通り、本当に若いですね」
と緊張した面持ちで端整な千寿の顔を見つめた。
「・・・・・・臼木さん。私はあなたより年上ですよ?」
「えっ!? ぼ、僕より?」
「そんなに緊張しないで下さい」
臼木が驚くのも無理はない。千寿の見た目は誰が見ても二十歳ぐらいにしか見えないのだ。
「あ、はぁ・・・・・・そ、それで、あの・・・・・・」
臼木はチラチラと周りを気にしながら帽子に手をかけて本題を切り出す。
「ほ、本当に僕の髪は、生えてくるのでしょうか?」
帽子を取ると、頭頂部が禿げ上がった薄毛のカッパ頭が覗いた。
「・・・・・・ほう」
と冷静に臼木の頭部を見つめる千寿。
時を同じくして人気の無い商店街では、目元を隠す大きなサングラスをかけた少女が飲みかけのチューハイ缶を持ってフラフラとよろめきながら歩いていた。
サングラスで素顔は見えないが、顔が真っ赤になっている事は窺える。
「あ~、何が都会はダメよぉ。こーんなに面白いとこなのにぃ……ひっく」
彼女の名前は天満千鶴。大人びた身なりをしているが彼女はまだ十八歳だ。
おぼつかない足取りの千鶴は、フラついた勢いに負けて路地裏の隙間に転び込んだ。
「いったたたぁ・・・・・・んん?」
こけた拍子にサングラスがずれ、彼女の目に栄國の巣の看板が映った。
「でへへへ・・・・・・」
千鶴はずれたサングラスをかけ直し、ニタニタとだらしない笑みを浮かべた。