第六十六話 最終決戦4
「舐めるなぁぁ!!!」
激高するメルクリアを中心に魔力の暴風が吹き荒れる。
俺を含めてこの場にいる全員がメルクリアの傍を離れる。
神剣により初めて大きなダメージを与えることに成功しただけに、使徒達は一気に畳みかけたかったようだ。
しかしながら、追撃の必要はなかった。
ゆっくりとだが、神剣で斬りつけた箇所から身体がボロボロと崩れていくのが確認できたからだ。
一回斬りつけただけで終わりか。
何ともあっけないなと思ったが、メルクリアの方も斬りつけられた己の脇腹を見て驚愕の顔を露わにしていた。
「馬鹿な……、魔王たる余が……こんなはずが……」
ミサイルですら傷一つつかず、使徒達によって手傷を負ったとしても、すぐに再生していた魔王が、脇腹を斬られた程度で終わるとはにわかに信じられないとこの場にいた誰もが思っただろう。
俺も神剣があっても、長期戦を予想していただけに、本当に拍子抜けだ。
神剣については、魔王を殺せる武器としか聞いていないが、神剣にほんの少しでも傷を付けられれば魔王は死ぬのだろうか?
それとも今まで何ともないように振舞っていたように見えても、実は大きなダメージを受けていたのか。
詳しいことは分からないが、俺は右手で握り占める黄金の剣を眺め、ボロボロと崩れていくメルクリアの方を見据える。
ああ、やっとこの長い戦いが終わる。
要塞は奪われるわ。怪獣に襲われるわ。超生物は誕生するわ。色々あったが、これで幕だと苦痛から解放される俺とは引き換えに、メルクリアの方は、絶対に認められないと言った表情を見せる。
「ふざけるな!! たとえ神剣でも、少し斬られただけで、余を殺せるはずがあるわけがない!!」
つい少し前まで、無敵モードだっただけに、ほんの少し油断し、ちょびっと斬られただけで、終わりだということが納得できないようだ。
「長い年月を掛けていた計画が……世界征服を目前にして……」
何やらブツブツと呟き、それから殺意全開で俺を睨め付けてきた。
「その剣を呼び出せる勇者は確かに始末したはずだ。以前、貴様と会った時、神の力は持っているのは分かったが勇者程ではなかった。今も勇者が持っていた神気には遠く及ばない。にも関わらず、貴様はその剣を呼び出した。貴様は、一体なんだ!!!」
何なんだと言われても。
異世界人?
八人目の使徒?
女神の協力者?
どう答えようかと悩んでいると、答えが遅いことに痺れを切らしたのか。メルクリアは吠えた。
己の死期が目前なせいか、いつものような冷静さは欠片も感じられない。
「分かっているのか!! 自分が仕出かした愚かしさを! もう少しだったんだ。もう少しで争いのない平和な世界が実現したはずだったのだ!! それを、それを!!」
平和な世界?
魔王からそんな言葉が効けるとは驚いたので、詳しく聞いてみた。
「人々の敵である魔王が平和な世界? 何の冗談だ?」
俺の問いに、メルクリアは真顔で答えた。
「冗談などではない。魔王である事を世間に隠し、人の世界では権力者となり人々を導き、裏では魔物を操り人々をコントロールする。そのために、統合軍を指揮して帝国を倒し大陸を統一させようとしたのだ」
気づいていたが、酷いマッチポンプだ。
しかし、奴が言うように自分の正体が世間に露見しない限り、達成可能だったかもしれない。
事実、王国軍をも取り込んだ統合軍は帝都の眼前まで迫ったのだ。
その後、色々とアクシデントがあったようだが、帝国さえ倒せばメルクリアが率いる統合軍に敵う軍隊はこの大陸にはいないと思われるので、彼の野望は達成寸前だったのは否定できない。
「本当に、本当にあと一歩だったのだ。近衛騎士団による正体露見、この要塞によるものと思われる帝都への攻撃、ケルベロスの死。想定外の出来事は多々あったが、それでも魔王災臨を制御し十万の魔物の力を完全に使いこなせるようになった今、計画達成は王手だった。それなのに……」
怒りをぶつけてくるメルクリアから悔しさのような感じられた。
そうしている間に、身体の崩壊は進む。
もう余り時はないだろう。そう思い俺はずっと気になっていた事を尋ねてみた。
「なあ、メルクリア、最後に聞きたい。お前、何故あの時、俺を見逃した?」
二度目の邂逅。イスラの森でケルベロスと共に襲撃されたあの時、俺は契約印を結ぶことで見逃されたが、そもそも俺が使徒であり、しかも魔王の正体を知っている以上、いくら契約印で縛っても、契約を破ってもすぐに始末できない事を考えると、見逃すのはリスクが高過ぎる。
ある程度の犠牲を覚悟で殺すべきだった。俺ならそうしていた。
そうしなかった理由を尋ねた。
「理由だと? 簡単だ。前にも言ったが、貴様のような向上心のない輩は放置したとしても問題ないと踏んだからだ」
「いや、向上心がなくても、加護を持っていて、お前の正体まで知っているだから、俺が言えたことではないが、始末しておくべくだったろう」
「余は、力を持っていながら、何もせず、ただのうのうと生きているような輩は死んだも同然と見ている。あの時の貴様からは、それが感じられた。だから捨て置いた。」
前にも聞いたが、やはり酷い言われようだ。
ストレスフリーのスローライフを目指しているので、否定はしないが。
とは言え、気になる点があったので言ってみた。
「お前、もしかして、全ての人間が常に自分自身の成長を望んでいると思っていないか?」
俺の言葉にメルクリアは、一瞬目を丸くしたが、すぐに真剣な顔付きに戻った。
「そんなはずはない。政治家や王国貴族、軍人、商人、平民、奴隷でさえ、生きるためより良い生活を送るために日夜努力している。勿論、権力を求めて私腹を肥やす輩もいるが、そう言った連中でも向上心というものは存在するはずだ。少なくとも、貴様のように田舎に移り住んでストレスのない生活を送りたいと願う者とは。貴様以外に会った事がない」
なるほど。
熾烈な競争社会に身を置いていたから俺の同類に会わなかったからか。或いは、本当にこの世界の人間は皆向上心を持って生活しているのか。
その辺の事はさておき、奴にとって、俺の存在が常識外れだったことは理解できた。
「余には理解できない。たった一度の人生。どのような人物でさえ、死という終わりはやって来る。だからこそ、何があろうと頂点を目指すのは当然ではないか? 苦しんだ分だけ、最後に報われるのが人生だ」
何かいい事を言ったようだが、俺には奴の考えが理解できなかった。
「いや、死という終わりがあるのだからこそ、辛い事はできるだけ避けて、楽しく生きたいと俺は思うよ」
日本での社畜経験を経て、俺は悟った。
人生は糞だと。
しかし、生活のためには働いて金を稼がないといけないので、レールから踏み外してしまわないように、慎重に生きなければならない。
まあ、こいつら誰も知らないだろうが、そもそもの話、人間という生き物は、文明レベルとやらを上げたい神々の駒に過ぎないのだがな。
哀れだ。
そうこうしている間に、魔王最後の時が訪れる。
身体のほとんどが崩れ去り、頭部が地面に落ちたが、まだ意識はあるようだ。
しかし、メルクリアにはもう話す気力は残っていないかと思われたが、何故かその顔は不敵な笑みを溢していた。
先程まで、己の敗北を認められずに、未練を残していた者には似つかわしい表情だ。
「何がおかしい?」
とうとう頭がおかしくなったか? そう予想した俺に対し、魔王は予想外の事を告げた。
「私は他人の不幸を笑うような小物にならないように生きてきたが、最後に他者の不幸の味を知ったようだ」
?。
「なあ~に、貴様のような他人と関わりたくないような臆病者がこれから辿る事になる未来を想像すると少しだけ胸が晴れる」
?!。
その一言で心が飛び跳ねた。
ずっと考えないようにしていた事を魔王は、はっきりと声に出した。
「魔王を倒した功績や、神剣と一撃で都市を吹き飛ばすこの空飛ぶ要塞を持つ貴様を、貪欲な他の連中が見逃すはずがない。在る者は脅威を排除するために貴様に敵対し、また在る者は己の野望を叶えるために貴様に媚びへつらってくるだろう。誰もいない辺境の地で暮らすという軟弱な貴様の夢の実現など夢のまた夢だな」
「なっ?!」
そうだ。そういえばそうだった。
俺は、人のいない辺境の地でスローライフを送りたかったが、もはや不可能に近い。
他の連中は知らないが、神剣を作ったことで、都市を一撃で消し飛ばせるラグナロク砲こそ使えなくなったが、ラグナロク砲抜きでも、この空中要塞ギャラルホルンは、強力な兵器が多数保有している。
この世界の人々が見逃すはずがない。
「全てを拒絶し世界を相手に戦い抜くか。それともスローライフを捨て世界と関わるのか。その行く末を見届けられないのが残念だ」
最後にそう言い残した直後、一陣の風が吹き、灰となった魔王は空を舞った。
「………。」
あの野郎、最後の最後に現実に戻しやがった。
勝利したものの、後味の悪い勝利だ。
魔王を倒したものの、手放しで喜べない。
早急に次の段階に向けて、動き出す必要がある。
少し考え、俺は少し離れたところで見守っていた使徒たちの元へと歩いた。
「アマダ様!!」
最初に声を上げて近づいてきたのはアリシアだ。
ずっと協力してくれただけに心が痛むが、これから俺がする事を他の連中に知られるわけにはいかないので、神剣の鞘で彼女の鳩尾を強打させ意識を奪う。
「ア、アマダさ、ま?」
崩れ落ちるアリシアを抱きかかえ、俺は他の使徒達の方に視線を向け、神剣を掲げて宣言した。
「ご覧の通りだ。この神剣を用い、諸君たちが束になって敵わなかった魔王を倒した」
「ああ、見ていた。ユグド王国王都で見た時は気が付かなったが、お主が今代の勇者じゃったか」
「イスラ同盟国を去った後、どこに行ったかと思ったが、一先ずは再会を喜ぶか」
この場には、世界を二分する帝国皇帝カリンとメルクリア亡き今、統合軍勢力の最高指導者に近いイスラ同盟軍元帥ガルダ・ザルバトーレがいる。
他にも傷ついた者たちを癒しているエシャルとにこやかに微笑みロカもいるが、彼女たちは敢えて無視して、世界の権力者たちに告げた。
「称賛の言葉は必要ない。こちらの要求はただ一つ、あっちにダグラス船長の空鯨船がある、それに乗って全員速やかにこの要塞から退去しろ。そして、二度と近づくな」
「「「なに?!」」」
この場にいる全員が目を丸くし、ザルバトーレ元帥が口を開いた。
「それはどういうことですか? 帝国の連中はともかく元イスラ同盟国議長である貴方が我々も追い出すのですか?」
ザルバトーレ元帥は、俺を味方と思っての発言をするが、残念ながら、もう俺は君達の味方ではない。
「そうだ。俺以外誰一人としてこの場に残ることは許さない」
神剣の切っ先を向け、本気であることを示すと、魔王を倒した俺に一目置いているのか、剣聖は一歩後ずさりした。
「ハハハッ、嫌われたものだなガルダ・ザルバトーレ。そもそも、こやつは一度お主たちの国から逃げ出したのじゃろう? 元々、愛想尽かされておったのじゃろうな」
そう言って笑った皇帝カリンは、今度は俺に尋ねてきた。
「統合軍勢力ではお主の欲望を満たせなかったのじゃろうが、帝国ならばどうじゃ? この要塞をお主の領土と認め、大公の地位をくれてやろう。これだけ壮大な城では人間のきちんと教育の行き届いた使用人も欲しいじゃろう。勇者が帝国に組するならば、金も人も何でも望むだけ用意するぞ」
帝国における大公の地位はよく分からないが、あのカルスタン伯爵家ですら伯爵止まりだったのから、他の貴族よりも上なのは間違いないだろう。
皇帝カリンは、他にも望むだけの金と地位を提示したが、早くも俺を取り込もうとするその野心をきっぱりと断った。
どうせ、この場の会話も聞いているのだろう。俺は大声を上げた。
「ゴーレム共をここに」
言葉足らずだったが、ソロンは空気の読める奴のようだ。
四方八方から、かつて帝国軍が侵入したときに迎撃に出たゴーレム軍団が続々と姿を現し使徒たちを取り囲んだ。
「こちらとしては、この場で貴様らを始末してもいいんだ。にも関わらず、お前たちを見逃すのは、この俺の強さを世界に知らしめるためだ」
「この空中要塞に加え、都市を一撃で吹き飛ばす破壊兵器やゴーレム軍団を持ち、諸君らが手も足も出せなかった歴代最強の魔王ユーリ・メルクリアを倒したこの俺。史上最強の勇者カナメ・アマダを倒し、この要塞を奪うのであれば、今すぐに相手してやろう」
こちらが本気ではあることが理解できたのか。皇帝カリンは重傷の賢者ネオを肩に担ぎ、ガルダ・ザルバトーレ元帥は何も言わずにこの場を後にし、ダグラス船長の空鯨船の方に移動した。
エシャルの治癒魔法により、何とか一人で歩けるようになったレヴァンは俺の方に一礼すると彼らに続いた。
「エシャルのおかげで何とか命は繋いだかロカ。死んでなくて何よりだ」
「そう思うなら、強制退去は酷いのではなくて?」
「悪いが、例外は認めない。だが、ここまで付き合ってくれたことに感謝はしよう。俺が渡した武器は好きに使ってくれて構わない」
「そう、ではありがたく頂くわ。じゃあね」
そう言い残し、狂戦鬼ロカ・フェンリルもこの場を後にした。
父親ゴードン・フェンリルの野望のために俺に従っていたが、父親の命令以上に、俺に肩入れしてくれたいたのは間違いない。本当にありがとう。
気絶しているアリシアを除き、銀髪の少女エシャルを残すのみとなった。
暫しの沈黙の後、意を決して俺はエシャルにある事を告げた。
「帝国軍の空爆により、シギン婆さんが亡くなった。街のみんなを守って逝ったそうだ」
シギン婆さんから託された遺言も含めて、もう少し詳しく話そうとしたが、その前にエシャルが口を開いた。
「知っています。カルスタン家がなくなった事も含めて、ロカとの戦闘中に彼女が教えてくれましたから」
「……そうか」
何だ。ロカの奴、先に喋ったのか。まあ、肉親の死を伝えるのは伝える側も結構、精神的に辛い面があるので、ここは感謝しておこう。
俺としては、その点が気掛かりだったが、エシャルは別の所で思い悩んでいたようだ。
「それよりも、アマダ様を裏切った事を深く謝罪致します」
そう言って、深々と頭を下げるエシャル。
その姿勢から、彼女の本気が見て取れた。
しかし、エシャルが俺達を裏切った事に関して特に怒っていない。
お家再興に全てを捧げていたエシャルを唆したソロンの奴が悪いと思っているからだ。
「気にするな。それよりも、お前はこれからどうするんだ?」
この要塞からは降りてもらうが、それはそれとして、今後の彼女の動向が気になった俺は、尋ねてみた。
エシャルは、少しだけ目を閉じると、首を横に振った。
「分かりません。これまで私はカルスタン家の再興と帝国への復讐のためだけに生きてきました。ですが、先程の戦いで、皇帝やネオが私に治癒してくれと懇願する様を見て、復讐心の方は晴れました。しかし、私の人生そのものと言えるカルスタン家も消えました。生きる意味を見失いましたね」
これから先、何を支えにどこに向かえばいいのか分からないとエシャルを俯いて答える。
そんな元気のない彼女を励ませるほど、豊富な経験を積んでいるわけではないが、一つアドバイスを送った。
「物心ついてから今日までずっと家の事だけを考えて生きてきたのだろう? なら一度立ち止まって、自分が何をしたいのかよく考えてみろ。焦った時にすることは大抵失敗するからな」
社畜生活で精神をすり減らしたときに先輩からよく言われた言葉だ。
次の転職先のあてもないのに、辞めると痛い目を見るという魔法の言葉のおかげで、俺は死ぬまで会社を辞めずに済んだが、エシャルの場合は、長年自分が尽くしていた家がなくなったので、すぐに何かをしようと考えるのではなく、じっくりと今後のことを考えてから、新しい目標に向かって進めばいいと言葉を贈った。
「ありがとうございました」
エシャルがどう受け取ったかは定かではないが、彼女は一礼した。
「ああ、元気でやれよ。そして悪いが、最後に一つ頼みがある」
「アリシアさんですね」
「彼女には色々と迷惑を掛けた。ユグド王国がどうなるのか分からないが、俺と違って上級階級に生まれたのだ。今後は公爵令嬢として暮らすのが彼女の幸せだろう」
何もしなくても勝手に金が転がり込んでくる貴族の出なのだから、たっぷりと甘い蜜を吸えばいい。
まあ、莫大な資産や権力と引き換えに、貴族社会もかなり精神的にきつい部分もあるので、逆玉狙いとかそんなことは全く考えていない。
とはいえ、なろうと思って簡単になれる身分ではない。なので、元からそういった身分であるアリシアは元の場所に帰るべきだと俺は考えていた。
「分かりました。彼女は私が責任をもって、実家まで送り届けます。彼女も私と同じように、家の命令でアマダ様に取り入ったでしょうから」
「それだと、俺と一緒にいたのは罰ゲームの類に思えてくるのだが」
エシャルの発言にちょっぴり心が痛んだが、アリシアを抱きかかえ俺に背を向けたエシャルは、最後にこんな事を言い残し去っていった。
しっかりとは聞き取れなかったので、鵜呑みにはしないが、聞き間違いが無ければ、多分こう言っていたと思う。
「私も最初は、そうでしたしね」
その後、一行を乗せたダグラス船長の空鯨船が空域を離れたのを、見送った後、ソロンに命令を下した。
「今後、要塞に近づく船や飛行物体は警告無しに全て撃墜させろ」
朝頃に最終話を更新します。
寄り道しまくりましたが、ようやく連載当初に描いていた最終話が書けました。
ハッピーかバッドで問われると、多分バッドエンドです。
お楽しみに。




