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野蛮学校物語  作者: yukke
鉄の王国アイロン ~シルバーシティ編~
99/116

第94話 精鋭の検問員



 【鉄の王国アイロン】まで後5キロに迫っていた。


 アイリス達はどうしているのだろうか?








 「……また出たか。しつこい奴らだ。」

 「いっちいち面倒くさいわね~!」

 「やった~! め~し! め~し!」




 アイリス達は現在、とある森で魔物達に囲まれていた。




 相手はレベル30~40の体長3メートル。

 巨体な体でも全く似合わない、緑色の長く鋭い舌で獲物を巻き付けて丸ごと飲み込む【グリータン】5体が俺達を囲む。


 更にレベル40程度の体長1.3メートル。

 見た目は魔法使いのような青紫色ローブを来たゾンビ。

 持っている木の杖から攻撃魔法を色々放ってくる【リッチ】7体がグリータンの後ろで魔法を詠唱している。


 俺達の上にはレベル35~43の体長80センチ。

 魔物でない【アシナガバチ】をそのままデカくした見た目。

 毒と麻痺を兼ね備えた細長い毒針を何発も上から放ってくる【オオアシバチ】5体。




 このパターン。

 実はアイロンへ向かう冒険者達にとって、最も恐れている敵の組み合わせであった。



 グリータンの体力は1000もあり、充分な盾役としての役目を果たしている。

 リッチの攻撃魔法は、連続で食らえばレベルの低い冒険者はほぼ致命傷。

 上から容赦無く降り注ぐ、オオアシバチの毒や麻痺をマトモに食らえば即死亡。



 全員、獲物を見つけたら積極的に襲ってくる好戦的な魔物である。



 このそれぞれの役割を適切に担ったトリプルパンチ。


 元々録な装備もなく、囲まれては連携も取りづらいという圧倒的不利な状況で全方位の注意と各メンバーの体力管理を警戒しなければならない。




 だが……。

 アイリス達にそのトリプルパンチは通用しなかった。



 「おい、舌がモロに出てるから切るぞ?」

 「グゥオオオオオ!!!」



 アイリスはグリータンの舌を余裕で回避し、ジャンプする。


 そして、根元近くを狙ってナイフで豪快にバサリと切り下ろす。

 切り口からは緑色の大量の出血。

 切られた舌が地面に落ちてウネウネと動く。


 悲鳴を上げて口を大きく開けるグリータン。

 その開いた口の時間を逃さず、アイリスは下顎にナイフを刺して喉元まで掻ききる。


 そして、グリータンは何か言葉を発して後ろへと倒れた。



 「魔法の詠唱はまだかな?」



 グリータンが死んだ事でモロ見えになったリッチ。


 アイリスが近くのリッチへと駆け寄る。

 慌てて詠唱を中断し、木の杖でアイリスを殴ろうとする。


 だが、所詮は悪足掻き。

 物理攻撃の低さ、攻撃の遅いリッチの攻撃にアイリスを当てる事など無理であった。


 アッサリと回避し、見えているゾンビのような頭に深くナイフを突き刺す。



 「ガァアアアア!!!」



 開始から20秒掛からずに突破口を開いた。



 「皆さん、私達甘く見過ぎてない?」



 その間、アリスが大鎌で大胆にも首を綺麗バッサリ切った。

 切った口から大量の出血を撒き散らすグリータン。即死である。


 皮膚が硬いと言われるグリータンの首をバッサリ切り下ろす所行は並大抵の事ではない。



 そして、モークはというと……。



 「いただきま~す♪」



 ユッケに上へと飛ばしてもらい、上にオオアシバチへ涎を垂らしながら飛び付く。


 そして、体をバリバリとがっつき始めた。



 大暴れするオオアシバチ。

 仲間が助太刀しようとモークに100以上の毒針を打ち込む。

 効くと思っているのだろう。


 毒無効のついでに麻痺従順も所得していなかったら形成逆転だった。


 さらに毛深く、見た目に反して剣をあまり通さないほどの分厚い皮膚とモフモフ。

 針自体のダメージさえも殆ど通らなかった。

 今行っている食事で逆に回復される始末。



 「次、お前。」



 助太刀も虚しく、無惨にもボロボロに食いちぎられて地面に落ちる一体のオオアシバチ。

 モークは目の前の敵を獲物に定める。


 (あ~無茶苦茶。最悪の戦闘でも、俺の助けも要らんな。)


 その3人の戦闘……というより虐殺を目を点にして見守るユッケ。

 最早どちら側が敵がわからない。




 このような光景が、何時ものアイリス達のパーティーである。






 数分後、あれだけ絶望的であったハズの光景がいとも簡単に無くなってしまった。


 逃げた魔物数体をワザと逃して後は全て刈り取られた。



 「……よし、レベル上がった。」

 「あ、僕も上がった。食べてただけなんだけどなぁー。」



 アイリスとモークはステータスを見てレベルが上がった事に気付く。


 そして、魔物部位を剥ぎ取っていく。



 「グリータンの舌って、そんなにおいしーのかなぁ? 私コレが美味いに結び付くのがよくわかんないんだけど。」

 「サングラス曰わく、焼いてタレやレモンで食うとコリコリという歯ごたえがして意外と美味いらしい。結構ここら辺にいる魔物の部位にしては高値だな。」


 「へぇ~。リッチの着ていた服は?」

 「大抵は魔法使いの服に再利用するらしい。再利用に使う金が高いから、その反動で非常に安いがな。」


 「オオアシバチの毒針は確か……。」

 「高いな。だが、毒耐性がないと体の中の毒で死ぬ。耐性が大以上じゃないと解体どころじゃないからそれが原因。」



 幼少期じだいに全く金に困らず、特に魔物部位に興味の無かったアリス。


 だが、アイリス達と共に行動するようになってからは興味を持ち始めた。

 「強い私が貢献度低いってイヤだし。」という理由が主なきっかけである。



 「モーク、食べるのもいいが毒針は残しておけよ。」

 「うん。今やってる。」



 一方のモークはオオアシバチを食べながら毒針を回収していた。

 解体というよりかは食事で間違いない。


 ずっと虫系統の魔物を食べ尽くしてきた結果、今は体長1メートル程まで大きくなっている。


 (何時か俺の身長を越すのでは?)


 とアイリスが少し不安がるのも納得である。




 5分後、3名が解体を終えた頃にはすっかり昼が暮れていた。



 「よし、もう少しで草原地帯になるハズだからそこで休もう。」

 「え~また俺の出番?」



 モークがめんどくさそうな顔でアイリスを見つめる。

 「仕方ないだろ……お前のそれが結構役に立ってるんだ。」と存在価値を上げて納得させる。


 そして、魔物部位を収納魔法に入れて草原地帯へ向かう事にした。










 10センチ程の草しか生えていない草原地帯に着いたのは、僅か30分程であった。


 既に周りが真っ暗闇の世界である。

 真冬の時期に横から襲い掛かる非常に小さな凍てつく氷の刃に耐えつつ、後ろを向いてメンバーを確認する。



 「皆、居るよな?」

 「いる~。」

 「いるよ。寒い~。」

 「ここだ。」


 「よし、モーク。出番だ。」

 「はいはい。よっと!」



 全員の確認をした後、アイリスはモークに指示を出す。


 モークは地面をとてつもない速さで掘り進めた。



 「ほい。これでどう?」

 「どれ……滅茶滅茶綺麗だな。充分だ。」


 

 モークが掘った中へとアイリスが入ると、中は4名が余裕で入れる空間があった。

 しかもモークらしく、雑な所が無かった。


 アイリスはモークにGoodの合図を出す。



 「ユッケ、アリス。早く入って来て。」

 「あ~寒い寒い寒い寒い!」

 「ハハハ! 流石はアイロンの冬だな。」

 


 アリスは両手を組んで体をさすりながら、ユッケはこの寒さの懐かしさを笑いながらモークが掘った穴の中へと入った。



―――――――――――――――――――――――



―――――――――――――――――――――――

―アリス視点―





 あ゛~、死ぬかと思った~!





 アイロンの冬の夜って基本的に夜風がビックリするぐらいしんどいんだよねー!


 雪降らないのにマイナス10℃とかフツーだし。


 (変態が掘ったこの穴。火を炊いてなくても我慢出来るほど、思ったより暖かいのよね……。しかも穴の掘り方綺麗だし)


 穴の中の居心地の出来を誉めていると、アイリスが収納魔法から中途半端に切れたグリータンの舌を取り出す。



 「今日の夕飯はとれたてのコレにしよう。」

 「それでいいの?」


 「中途半端に切れた舌は価値が下がる。味は全く変わらんがな。」

 「えっ? それって誰が切っ……。」



 犯人を問い詰めようとしたけど、よくよく考えたら……。



 「誰だろーなー。グリータンの首を切って『うわっ、気持ち悪っ!』って言いながら滅茶滅茶動いてる舌を切りまくった人は?」

 「わ……悪かったわね!」



 モークのイヤミに癪に触った私はそう言って頬を膨らませた。


 あ~顔が熱くなってきちゃった。



 「まぁ、ちょうどこの舌が美味いか気になってたからな。コレくらいはいいだろ?」

 「まー確かに。」


 「それに、コイツ焼いたのを食ったら体暖まるだろ?」



 だけど、私のミスをサッと流すアイリス。

 そーいう所はちょっといいかな。


 私がちょっと好意的な視線をアイリスに向けた。


 気付いたアイリスは動揺する事もなく、言及する事もなく、収納魔法から網と木を取り出す。

 全く素っ気なさすぎてつまんないとこはイヤなんだけどな~。



 「【火球】。」



 アイリスが魔法で火を付ける。

 同時に穴の中が一気に暖まった。



 「あったか~い!」

 「まぁ、気持ちは非常にわかるぜ。」

 「うん。やっぱり火はいいね。」

 「この暖かさは確かに沁みる。」



 私はついつい、突然訪れた暖かさの快感のあまり言葉を漏らす。


 それに釣られたユッケ、変態、アイリスも私の気持ちに共感した。




 そして、ユッケが収納魔法から取り出した包丁でグリータンの舌を一口サイズに切り分ける。

 切り分けたそれをモークが、ゴブリンの村長さんから貰った果物と塩を駆使して、酸っぱさが少し強めの特製ソースを調合する。


 その特製ソースの中に一口サイズの舌を入れて絡め、網の上に隙間なく置いた。




 置くときに「ジュ~~!」という焼ける音と匂いが堪んないね。

 ……おいちそう。



 表面が焼けたら、アイリスが持ってきた銀のトングでひっくり返す。


 焦げ茶になった表面から、脂身の小さな泡がぷくぷくと弾けているのが確認できる。

 そして、特製ソースの焼ける香りがこの穴の中に充満した。



 そして、御飯恒例の時がやってきた。


 アイリスがナイフとフォークを私ながら全員に腹具合を聞くのよ。

 基本的に要望通りなんだけど、変態はよく要望を突っぱねられる事がしばしば。



 「アリス、どれくらい欲しい?」

 「パン2つ、お肉は少し多めで。」


 「ユッケは?」

 「俺も少し食べようかな? 肉少しだけで構わん。」


 「モーク、パンは?」

 「5つ。」


 「……まぁ、もうそろそろアイロンの国境検問所だからいいだろう。」

 「やった~!」



 変態は何時もより3こ多い数の嬉しさの余り、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


 食事如きでそんなに……と素直に言えない自分が何処かでいた。

 人間の肉をおいちいと言ってた私は何も言えないわね……。



 そんなこんなでアイリスがそれぞれの要望に応えてパンを渡す。


 両面焼きあがったグリータンの舌を皿に要望通りに盛り付ける。



 「モーク、残りお前全部だ。」

 「え、いいの? こんなに。」


 「これでも結構少なくした方だぞ? グリータンの舌自体がデカ……。」

 「いっただっきま~す!」



 アイリスの説明が終わるまで我慢出来なかったのか、変態は食事の挨拶をして食らいつく。



 「おい! 人の話を……まぁ、俺達も食うか。」


 「「「いただきます。」」」



 モークに遅れてアイリス、私、ユッケも食事の挨拶を始める。


 そして、ナイフとフォークで恐る恐るグリータンの舌の切り身を口の中へ運ぶ。



 ……。



 ……。



 「美味っ。」

 「……おいちい。」

 「絶品。」

 「なかなか美味いじゃないか。」



 全員の感想は◎。

 コリコリとした他には無い独特の食感。そこから溢れ出る肉汁。


 それを後押しするかのように、さっぱりとした酸味とほのかな甘さ。



 私は思わずパンにがっついた。

 たった一切れの舌でこんなにパンが進むの?って位クセになるわね。



 「これは確かに高値でも買いたくなる、クセの強くて病みつきになる味だな。」

 「あんな気持ち悪い舌がこんな絶品なのね。人類で初めて食べた人間とやらに頭が下がるわね。」

 「魔物って全部が全部マズいと思ってたぞ?」

 「おいし~♪」  



 食事中、皆がベタ褒めであった。


 グリータンもこんなに人間に美味しく食べられてどうおもっているのかしらね?








 皆が満足げに食事を終えた頃、火を囲みながら雑談をしていた。



 「さて、もうそろそろでアイロンの国境に差し掛かる所だが……残念ながら全員が一緒に通れるのは難しい。」

 「そうね。私は多分、アカサカに目を付けられてるだろうし、検問の人に見つかったらソッコーで戦闘かな?」

 「僕だって、モークタンっていう立場たからそのまま『はいどうぞ~』って見過ごしてもらえる訳無いよね……。」

 「俺も一応色んな国の、天狗になりやがった冒険者をボコボコにしてきたからな。多分俺もアリスみたいになる。」


 「俺はサングラスを収納魔法の中に隠さないと非常に大事になる。どうしようか?」



 アイリス以外は、事情があって正面突破は無理そうね。

 どうしようかな?


 私は一つの案を出す事にした。



 「じゃあさ、私とユッケが空飛べるからモークを抱えて国境検問所自体を飛び越すのはどう?」

 「有効打だが……残念。サングラスが言うには、つい最近アイロン全体の上空にパトロールとして偵察機が巡回しているらしい。それも相当な数だ。」


 「突っ込むのはマズいかな?」

 「行けなくは無いが……いきなり国境で俺達が来たとなれば、今後の行動が取れなくなる。止めた方が良いだろう。余り目立った行動は避けるべきだ。」



 強行の案も言ってみたけれど、案の定ユッケが苦い表情でそう否定した。

 仕方ないわね。


 すると、変態がある妙案を出す。



 「じゃあさ、あの時みたいにアイリスの収納魔法の中に俺達が隠れない? 『荷物もってやっと此処まで来ました!』みたいな雰囲気作ればさ、わざわざ収納魔法調べろって検問員言わないでしょ?」

 「「あっ……。」」

 「……えっ? 収納魔法の中って入れるの?」



 ユッケとアイリスが何かを思い出した……というよりは、まるで頭の奥底から出て来てそれに同意したかのようだった。


 でも私はそもそも他人の収納魔法の中に入れる事自体、全く知らなかったんだけどね。

 聞いてみたの。



 「そうだ、アリス。モークが試しに俺の収納魔法へ入ったら、特に息苦しい事もなかったらしい。プカプカ浮いてる感じ……らしいな。」

 「うん。そんな感じ。」



 へー。


 って言うか、さり気なく言ってるけど凄い事だよ。それ。



 「でもさ、単独で検問所って怪しくない? 此処までの道って結構魔物多くて一人では結構危険だよ?」

 「そこをさ、こうしてああしてさ……。」



 私達はモークの提案を聞き、翌朝に実行する事にした。



―――――――――――――――――――――――



 早朝9時04分。

 【鉄の王国アイロン・アースラ国境検問所】


 今から20年ほど前。

 アイロン国王の【アイロンカーテン】により、国境全てを高さ10メートルの鉄筋コンクリートの壁で固め、計100余りの箇所に城門のような検問所を取り付けた。


 年々情報を引っこ抜こうと送られてくるイミルミア帝国の偵察隊の国境侵攻を防ぐのが本来の目的で建てられた。

 度々戦争を仕掛けてくるイミルミア帝国の険悪化は日々増していくばかりである。




 此処では検問1カ所につき数十人ほど、アイロンから特命で任命された検問員が銃―アサルトライフル―を片手に交代で警備に当たっていた。

 一般兵士として任務についた中から、希望の中から抽選で3ヶ月の間に国境付近を警備する仕事に就くことが出来る。


 命を落とすことの多い危険な仕事ではあるが任務満了後には必ず位が昇格し、更には通常の10倍程の月給が付く。その分、仕事をした実績が無いと全てが水の泡だが。


 それ故、ほとんどの検問員は任務を怠ることなく警備に当たっている。

 賄賂で通したとなれば極刑扱いだ。



―――――――――――――――――――――――

~1人の検問員視点~



 着替え部屋で防弾ベストをガッチリと装着した私は、今日も「大丈夫!大丈夫!」と自分に言い聞かせた後、上下の軍服を着る。


 着替えを終えた私は武器格納庫に保管していた一般兵士に支給される自分の【IRON】AK-47を携える。


 【IRON】AK-47は、【異世界】に実在したアサルトライフルを改造したものらしい。

 魔力と塗装を変えただけという噂しか聞かない。

 ただ使い易いし、殲滅力も伊達じゃないというのは確かだ。


 謎に包まれるこの銃に耽りながら、正面2階へと向かう。

 そこで立派な木製の椅子に座りながら、正面から来る人影に警戒している私より位の高い白髭の男性に挨拶を掛ける。

 


 「国境検問隊長。隊長自らの夜の任務、ご苦労様です。」

 「うむ、ありがとう。そろそろ交代の時間かな?」



 隊長はメガネを外してスマートフォンの電源を入れ、ホームに記された時間をジッと見つめる。

 私は自分の時計を見つめて、隊長にこう告げた。



 「はい。現在の時刻は9時8分。夜の任務と交代する移行時間と国境検問員の心得3ページに記載されております。」

 「そうか。それじゃあ、丁度彼処にいる人影を調べてから、休憩に入るとしよう。久し振りに朝の任務のお前たちの働き振りを見てみたい。」


 「はい。精一杯頑張りたいと思います。」



 俺は礼をして予め決められた所定の位置に付く。

 場所は門の前。

 今回の俺の任務は一番危険な任務。


 此処へくる来訪者の冒険者認定証明書と荷物検査、最後に簡単な質疑応答だ。

 最も来訪者に近い任務の為、万が一の事があれば俺の安全は保証出来ない。




 最近有り余るアイロンの非道な御意向で、最悪の場合は人質もろとも撃て!というケースもあり得る。

 だが、こんな理不尽な任務でもキチンと3ヶ月こなせば妻と子を腹一杯食わせられるんだ。


 だから人気だ。

 月給の安い一般兵士には、人生で一回はこんな仕事に就く。


 


 さてそんな訳で……。

 隊長が見つけた人影がこっちへ近付いてくるのだが……。



 「1人か?」

 「軽いがケガをしているな。よく1人旅で此処まで来れたものだ。」



 基本、アースラの所はパーティーで来るのが一般的なのだが……一人で来る事も時々ある。



 そして特にあちら側からは刃向かって来ることもなく、遂に姿がハッキリと見えた。


 額からは一筋の血が流れており、所々にかすり傷。

 服はボロボロで心身共に疲れ果てていた。

 それなのに、膨れ上がったパンパンでボロボロのリュックサックを必死に背負っている。


 そして、そんな彼に俺は銃を向けてこう叫ぶ。



 「止まれ! 此処はアースラ国境検問所、此処から先は【鉄の王国アイロン】の領地である。」

 「……あ、ああ。やっと此処まで来れた……。」



 彼は私のすぐそばまで来た後、近くに居てもギリギリ聞こえない程の掠れた声と共に、ヒヨヒヨと手を上げて抵抗しない事を示した。


 風呂に入っていない為、彼からくる体臭はそこそこ強い。


 だが、どんなパーティーでもこういうような状態だ。

 石鹸の良い香りにありつけるなんぞありはしない。


 それ故に慣れていた。



 「取り敢えず、持っている荷物に危険、怪しい物が無いか確認させて頂く。」

 「は、はい。」



 彼は重いリュックサックをフラフラになりながら下ろし、同僚に渡す。


 同僚はリュックサックの隅から隅までを徹底的に調べている。

 その間にやることをやろう。



 「次に、お前が持っている武器を調べる。」

 「……はい。コレです。」



 彼は鞘の紐を解いて素直に私に渡す。

 私は鞘から剣を抜いた。


 オーソドックスの銅剣である。


 緑色の血が全体に付いていて、所々刃が酷く欠けていた。

 これでは全く使い物にならない。



 「随分と傷んでいるな。」

 「はい……グリータンに連続で切りかかったんですが……皮膚が硬くて通りませんでした。それで、剣も痛んだのでどうにか必死で此処まで逃げて来ました……。」


 「そうか、それは災難だったな。……ところで、何処から来た?」

 「ル・レンタンです。色々訳あって、イケザキ村で冒険者認定をされました。」


 「では、冒険者認定の証明書を見せてくれ。」

 「それはその……リュックサックの中に入ってます。」



 彼の発言に私は同僚に声を掛けた。



 「リュックサックの中に冒険者の証明書があるらしい。あるか?」

 「……フフッ、あったぞ。あと、リュックサックの中身に特に怪しいものは無い。」



 同僚は彼の証明書を見て鼻で笑った気がした。

 幾ら何でも失礼であろう!という気持ちで一杯になるが、押し殺して証明書をチェックする。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


      冒険者認定証明書


  名【臆病者】

  ランク D


  上のものは当ランク相当の力がある事を、

  此処に証明する。


  名称未設定村代表 

  イグナル・ゼルゲイ・ジャン 印


  AD0020/10/29


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ……フフッ。

 【臆病者】とは何とも酷い呼び名だ。


 そうか。

 コイツは魔物から必死で逃げてやっとの事で来たのか。


 臆病な奴め。ハハハハハ!!!





 ……と、普通の検問員は思っているのだろう。


 (だが、何故だ?何故素直に笑えない?)


 私は彼の容姿ではなく、彼自身を見てみると……何か引っ掛かるのだ。



 近くで観察すると、目線から凍り付くような冷たい風のような何かを感じるのだ。


 (単にイケザキ村から此処まで来るのに、敵の数が多くて死者も多い。しかも、コイツのケガは今咄嗟に付けたかのような感じがする)


 今までの経験と勘が自分の「異常無し。通っても構わん。」という言葉を必死に止めているのだ。



 「おい、可哀想だろ。通してやれよ。」



 同僚が横から小声でそう告げる。

 通すべきか、通さないべきか。


 私は少し思い悩んだ。



 彼は「お願いします。通してください。」と地面に座って頭を下げている。

 フリをすればするほど、弱小を装う強者な気がした。



 「替われ。」



 すると、2階で様子を見ていた隊長がいつの間にか彼の目の前まで来ていた。



 「……! 隊長! 危険です! 此処は我々が……!」

 「お前らは黙って見てなさい。狡賢い相手にはこの狡賢い私が行かねばな。」


 「「……。」」



 隊長から命令され、私達はただ黙るしかなかった。


 隊長が彼に語る。



 「……お主、嘘を付いているな?」

 「……何処が、でしょうか?」


 「硬いと有名なグリータンの皮膚なら、強化魔法すら付けてないこの銅剣では余裕で折れてますぞ? それに、血がこびり付いて無い。後から付けたものでは?」



 隊長は彼の銅剣に付いている緑色の血を、左手の人差し指でトンと当てる。


 すると、隊長の指に緑色の血がべっとりと付いた。



 「それは……近くの森でグリータンと戦ってたので、それで付きました。」

 「そうですか、それは大変失礼致しました。近くの森から此処まで5キロ程離れておりますが、グリータンの血がこびり付く前までにそのボロボロの状態で此処まで来られたと言うことですね? グリータンの血がこびり付くのは凡そ30分程ですが……?」


 「……。」

 「どうですかな?」



 徐々に言い分が苦しくなっていく彼。

 此処に来るまでの彼は、私達から見たらヘトヘトで来ていた。


 そんな状態で、5キロある距離を30分以内で走るのは無理がある。



 「何か隠して居ませんか?」

 「……素晴らしい御明察ですね。感服です。」


 「ハハハ。長年経験して得た知恵だからな。大抵は騙せる厄介な小細工だったぞ? まぁ、私とそこにいるあちらの検問員が居なければの話でしたがな。」

 「……どうにかなりませんか?」



 遂に諦めた彼は頭を上げて隊長に目を向ける。

 その目力は鋭く、ボロボロの状態でも何か冷たい空気を感じた。



 「隠しているものを是非我々にお見せ願いたい。」

 「……降参です。わかりました。」



 彼は収納魔法を取り出し、茶色くてデカい何かを取り出した。


 ……えっ?

 生き物!?



 「ピギーーー! ピギーーーー!」 

 「こ、これは……。」

 「わかるでしょう。モークタンです。」


 「随分大きいですなぁ。」

 「俺も何でこんなに大きいか分からないんですけど……コイツに跨がって此処まで来たんです。よく馬鹿にされるんですけど、かなり早いんですよ。一応、ペットとして飼ってます。」



 1メートルもあろうというデカいモークタンが、彼の横でぴょんぴょんと跳ねていた。

 着地した時の風圧が少し離れた私達の方にも伝わってくる。


 彼がモークタンを隠していた理由は理解できた。

 殺されるのではないかと。

 だから隠していたのだ。



 隊長はしばらく考えると、こう結論を述べた。



 「なる程。そう言う事でしたか…………通しましょう。おい! 彼らを通せ!」

 「は……はい! 畏まりました!」



 隊長の突然の判断に私達は少し硬直し、行動を始めた。



 そして彼にリュックサックと証明書、銅の剣を返却し、城門を開けた。


 傷については何事も無かったかのように、

 彼は颯爽とモークタンに乗って隊長にこう告げる。



 「ありがとうございます。」

 「お大事に。」

 「あ、あと……最近アイロンにこういう者が脱走しております。遭遇したら逃げてお近くの街に御連絡下さい。それと此方は……冒険者用のアイロンのルールが記されております。」


 「ああ、わかりました。それでは、ありがとうございました。」



 彼にとある者の写真が貼られた紙とアイロンの心得などの基本情報が記された数十ページの本を渡す。

 そして、彼は満足げな表情で去っていった。



 「ハハハハハ!!! 随分としてやられたなぁおい!」

 「隊長、何がしてやられたのですか?」


 「実はな、アイツ。まだ一つ隠してるぞ? それが何かは分からんがな!」

 「えっ?」



 隊長の言葉に、私達は訳がわからなくなった。

 一体、モークタンの他に彼は何を隠していたのだろうか?



 私達が真相を知るのは、随分後の事であった。



―――――――――――――――――――――――



 検問が見えなくなってから、アイリスの心拍数は落ち着いていた。


 相当ヒヤヒヤしていたのだろう。

 額から滴るのは血よりも汗であった。



―――――――――――――――――――――――

―アイリス視点―



 検問所が見えなくなったのを確信し、モークタンの全速力を止める。


 モークが喧噪を変えて俺に迫ってきた。



 「フウゥゥゥゥ……何とかなったぞ。」

 「おい! 俺、マジで死ぬかと思ったよ!」


 「アハハ……済まん済まん。あの白髭のオッサンの観察が鋭すぎて、仕方がなかったんだ。おーい! 大丈夫だから出て来い!」



 そういいながら、俺はアリスとユッケを収納魔法から出るように促す。


 アリスとユッケが収納魔法から出て来た。



 「アイリス、危なかったわね……。」

 「下手すればドンパチする所だったんじゃないか?」

 「なかなか手強い検問員だったぞ……って言うかお前らにボコボコにされた所痛いんだが……。」


 「通る為だったから仕方無いじゃない。それに、銅の剣返して。」

 「はぁ……。」



 俺は溜め息を吐いて銅剣をアリスに手渡す。


 元々この銅剣は、アリスが初期の頃に技の技術を上げる為に使っていた剣であった。

 とは言っても、アリスは元々剣を使うのには苦手であったから殆ど使われなかったのだが……。


 それをユッケの剣と数合交えたあとにモークから貰った少量の献血を剣にぶっかけた。



 だが……まさか森からの時間により血のこびり付く時間まで見られるとは想定していなかったため、やむを得ずモークを出す羽目になった。

 ユッケやアリスを出していたら、即刻戦闘が始まっていたのかも知れない。


 そうとはいえ、モークを出すのは賭けであった。

 彼らの反応に一番動揺したのは俺達である。



 【臆病者】と見た検問員の1人を見て、心の中で「やったぜ!」とニヤついていた自分を一発殴りたくなった。



 「でもさ、結局何とかなったからいいじゃん。」

 「そうね。最悪の事態にならなくて良かったと思ってる。『不幸中の幸い』って奴かしら。」

 「そうだな。一件落着って所だ。」



 俺は2人の話に耳を傾け、納得した。

 確かにそうなったから、まぁ良しとしよう。



 ひとまず、最初の難関はくぐり抜けた。



 「よし。シルバーシティまでにリード村って所で休めそうだからそこへ向かおう。」



 俺達はサングラスの道案内の元、リード村まで向かった。




 まさか検問で此処まで手こずるとは……。


 アイロンという国は、色々面白い事が起こりそう。

 そんな気がした。




※後半部分の細かな部分を追加しました。

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