第6話 逃げても撒けば勝ち 後編
これで多分全員撒いたと思う。
ハァハァ……。
流石に疲れてきた。
でも後商店町突破までは20メートル。
その先は確か住宅街。
曲がり角を何回か曲がればこちらの勝利。
頼むから何も来ずに勝利させてくれ!
……。
……。
……。
……。
……。
……それは突然起きた。
逃走劇はまだ終わって居なかったのである!
「ゴッラァァァッ! 臆病仮面野郎!」
チンピラのボスが突然10メートル先に端から現れた!
ボスの先は住宅街の入り口。
俺は走るのを止めてボスの前に立つ。
少し後ろに戻ったのでボスとの距離は凡そ13メートルである。
「ッツ! どうやって追いついた!」
「俺様の唯一最速魔法【操士豪速】ダァ! テメーが俺達の部下とドンパチしていた頃、俺様は商店町のわき道にそれたんだよ。わき道は俺達のテリトリーだからな!」
「それでわき道にそれただけなら俺との差を埋めることが出来ないだろう? そのための【操士豪速】とかいう魔法の奴か?」
「アアそうだ! この【操士豪速】は一定の限界速度までなら自由に変化出来る。それでテメーに追いついたんだよ!」
俺は焦りながら答える。
仮面で隠しきれるかと思ったが疲れと焦りで言葉が詰まる。
ボスは「かかりやがった!」と俺を馬鹿にするように言う。
台本のセリフを言っているようなどこか腑抜けた声に聞こえる。
気のせいだろうか?
本心で俺を嘲笑っているようには見えないのである。
【操士豪速】の説明も敵に喋ってはいけないハズなのに……。
(それ、最初から使ったら勝てたんじゃない?)
「ナァオイ! 俺様と一度勝負してみようか?」
「何を?」
「飛び越えゲームだ! もう少しあとに俺様の部下が此処にやってくる。それまでの間此処を越えて、この【ミシマ公園住宅街へようこそ!】ってゆー糞寒い看板を越えたら、テメーの勝ち。」
ボスは右手で1を示すように人差し指をたて、残りの指を握る。
左手には他の部下よりも大きい刃渡り20センチのナイフ。
ナイフというより、異世界人の出刃包丁とほぼ一緒である。
続けてボスは俺に向かって言う。
「ただし、俺様に捕まったり、部下に囲まれたらテメーの負けだ。即刻このナイフでテメーの首をハネル。どうだ? やるか?」
「ハネル」。
なぜだろう?
妙に少しだけ自信ないように聞こえる。
「わかった。で、道具は使ってもいいか?」
「別に構わん。何使うかしらねぇが、取り敢えずどんな有効手があるか気になるしな。」
「住宅街でも俺を追えると思うんだが。」
「バカヤロウ。迷宮みたいに道がぐちゃぐちゃ。俺達、大の大人が平然と迷うあの場所だ。すばしっけーテメーを捜すのは余りにも骨が折れてしゃーねぇ。」
「よし、交渉成立だ。」
確かに、ここから先の【ミシマ公園住宅街】はこの町の中にあるもので最も面積が広い。
異世界人がよく使っていた広さの単位というものでわかりやすいものがある。
それで例えると……。
【とうきょうどーむ】3個分くらいだったっけ?
その広大な広さと複雑に絡み合う歩道が、冒険者のみならずこの町の人々も苦しめている。
いくらチンピラ達が20人程いたとしてもこの広さはキツイ。
たかが一人捜すより他の人をねらった方がいいと思ったのだろう。
ともかく交渉成立だ。
武器自由で何でもアリのゲームだが、俺は大して使える武器は……ある。
でも、今出してもジャンプ力が落ちてしまう。
空中で使った方がいいかもしれない。
しかし、ここを越えたら勝利は見える事は確かだ(裏切るかもしれない)。
おそらくこれが最後の正々堂々?の勝負。
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vs.チンピラのボス
勝負は一瞬。
俺がジャンプする事は相手はわかった状態での勝負。
ジャンプしたときにボスに足を捕まれたら厳しい。
ジャンプは本気でいく。
時間は無い。
ボスはナイフを右手に持ち替えて構えている。
ジャンプしかないから下を全く警戒していないと見た。
でも、俺はそんな事はしない。
俺は交渉されたら守るタイプの人間だ(……と自覚している)。
……準備完了。
「いくぞ!」
俺は掛けなくていい言葉をボスに掛けた。
そしてボスに向かって全速力で掛ける。
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~チンピラのボス視点~
彼奴は遂に此処まで来やがった。
俺の仲間7人の元精鋭相手によくここまで来たものだ。
仮面の左側が妙に赤いのがますます不気味。
彼奴の背後のオーラが、見えてきそうな勢いだ。
俺はナイフを右手に持っている。
正直、仲間に入れたい位だが【悪役】は【悪役】らしくしなければいけねぇ。
れっきとした【悪役】のつれぇ所は、例えどんなに可哀想であっても無慈悲であらなければならねぇ。
【悪役】が主人公よりも綺麗だったら「主人公いらねぇじゃねぇか!」という結論になる。
だからこその【悪役】。
……おっとついつい【悪役】の流儀にハマってしまったぜ。
俺も昔っから【悪役】が大好きだったしな。
さて、問題の彼奴はそろそろきそうだ。
万が一、左右と下へ来ちまった場合の対策はしてある。
まあ、彼奴は上だろうなぁ。
「いくぞ!」
来やがった!
勝負宣言をするとは流石は仮面野郎。
その宣言に乗ってやるとするか。
「かかってこんかぁ! ゴラァ!」
俺は気合いの声を掛けた。
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―臆病者視点―
「かかってこんかぁ! ゴラァ!」
気合いの返事だろう。
凄まじいオーラのようなものがボスの背中から湧き出ている気がする。
俺は全速力でボスに向かって走る。
ジャンプ地点はボスから凡そ4メートル。
端に移っていた冒険者は見世物のように見ている。
(何か俺を助けるとか、そんなのがないというのは少しどうかと思うんだが……。それに君達何見世物のように見てんのさ! こっちは死ぬかもしれないんだよ!)
俺は冒険者達を哀れに見る。
自分の楽しみしか頭に無いのかこの人たちは……。
チンピラ共が冒険者達に、金を巻き上げたくなるのは若干わかる気がして来た。
冒険者達が見ていても、見ていなくても大事な勝負だ。
俺は絶対此処を越える!絶対乗り越えて見せる!
ボスとの距離後4メートル。
俺は全力で、
必殺 ジャンプ
をした。
高さは4メートル30センチ。
俺の限界の高さ。
ボスの真上にさしかかった。
ボスはやはりジャンプして来た!
やっぱり。
ギリギリ、ボスの左手が俺の足に届来そうだ。
右手のナイフでトドメをさすつもりなのだろう。
俺は少し前に収納魔法を発動している。それからあるものを取り出した。
「チンピラのボス! 覚悟!」
俺は収納魔法から取り出した銅球をボスのある場所に落とした。
「なぁるほど! そうきたか!」
ボスは右手のナイフを一瞬でしまい、顔に近づける。
顔に飛んでくると思ったのだろう。
ハッハッハ! 覚悟!
「必殺 【銅球降下】!」
俺は無理矢理名前をくっつけただけの必殺技を叫ぶ。
そして、俺はこの重い銅球をボスの右肩に落とした。
「何ィ!!」
ボスは右肩に10キロの銅球がのしかかり、体勢を大幅に狂わせ落ちていった。
ギリギリボスの左手が俺の右足を掴む瞬間に放った銅球は値千金の活躍をしてくれた。
飛び越える際、チンピラのボスは「いい勝負だった……。」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。
俺はジャンプした所から7メートル位先で着地。
反動はかなりあった。
その時、勝利判定基準のあの看板を越えていた。
【ミシマ公園住宅街へようこそ!】。
確かに、白くて年代がたった看板に文字だけとは少し古臭い気がした。
ボスは銅球と共に地面に横になっていた。
肩を狙ったから死んではいない。
俺の勝ちだ(銅球失う)!
追っ手から逃げて、逃げ続けて、撒いた。
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俺は住宅街に入った後、曲がり角を10回ほど曲がった。
右、左、左、直線、右、左、右、左、左、左、直線、右、右、左。
次の分岐点まで走って、適当に曲がったり曲がらなかったり。
まもなく俺は体力の限界を迎えて地面に突っ伏した。
チンピラ共の追っ手は来ることはなかった。
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~一般視点~
一方その頃、チンピラのボスは直ぐに目を覚まし、起き上がる。
ボスは右肩の痛みに少し苦しんだ。
10キロのおもりが肩にのしかかったら、そうなるのは当たり前である。
見ていた観客は一気に冷めたらしく、ぞろぞろと商店町の品を物色しだした。
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~チンピラ・チンピラのボス視点~
……負けた。
まさか仲間の銅球で肩を狙ってくるなんて思いもしねぇ。
一気に体勢崩れてジ・エンド。
「お頭! どうしたであります! 怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。すまん。彼奴を取り逃がした。あの住宅街へ入っちまったら俺達は」
悔しがっていた所に、俺様の仲間が来たようだ。
俺は部下に謝る。
「こちらこそ、取り逃がしてすみません。あと、サツがこっちに向かってきています。急いで逃げましょう。」
「ああ、わかった。直ちに左の脇道。026地点へ集合しろと皆に伝えろ。」
俺達は急いで左の脇道へずらかり、026地点へと移動し始めた。
俺達はサツの捜査を攪乱するため、000地点から255地点の安全地帯を設定した。
026は作戦会議で稀に使う場所だ。
アジトは108地点である。
サツに会うこともなく、俺達は026地点へ辿り着く。
026地点は、使われなくなった家を俺達が勝手に拠点としたものだ。
俺達が既に占拠した時から、既にこの家の腐敗は始まっていた。
レンガ造りの家だった。
外見は誰がどう見てもボロボロ。
レンガの隙間から伸びきった雑草が、中を汚しまくってる。
もしかしたら、ここにすんでた住人が、賑やかになった住宅街へ移り住んだのかもしれねぇ。
これだから流行モンは嫌いなんだ。
ボロ家だが、隠れ家としてはダントツ優秀だ。チンピラ初期の隠れ家のほどんどは、今まで何ヶ所かサツに押さえられたが、此処だけは唯一の隠れ家だ。
初めて占拠した(敵は居なかったけどな)家を手放したくねぇ。
俺達は10日ほど、この家の大掃除していた記憶を思い出す。
ちびっとオークの木で洒落た部屋にしたのが自慢だな。
懐かしい。
確か俺様がチンピラになって落ち込んでときだったっけか?
小せぇ部屋の中央にクロスが敷かれた円形のテーブルがおいてある。
テーブルの上には俺が愛飲している銘柄のウイスキーと小グラスがある。
ウイスキーの量は少ないがありがてぇ。
わざわざ俺だけの為に、部下が急いで用意したのだろう。
上司として嬉しい。
嘗て何度も、こいつらの優しさに励まされた事だろう。
彼奴とドンパチした7人は、既に集まっていた。
皆、たいした怪我は無かったが精神的なダメージが大きそうだ。
疲れ果てた様子で俺を待っていた。
特にひでぇ精神ダメージ受けたのが銅球と弓と二人組の弟。
銅球は自分のせいで俺が負けたと思ってやがる(銅球を彼奴が有効に使ったからだろうな)。
弓は彼奴に銅球で腹を殴られ、弓をぶっ壊されたという。
二人組の弟は銅球のチェーンで脇腹の肉を抉られたという。
しばらくはトラウマ物だろう。
今は静かにさせておくとするか。
後でフォローをしておく必要がある。
俺は026地点の話し合いで、ドンパチしていた部下達に彼奴と戦った感想を聞く。
「ところで奴はどうだった? どんな奴だった?」
部下達は意気消沈した様子で答える。
彼奴のヤバさを直接見たからであろう。
「はい……。何せ、人の領域を越えてるとしか言えません。俺達のナイフも矢も毒も、ほどんど回避して当たりません。足のスピードを魔法などで速くしても、あの芸当は出来ません。」
「一回弓の奴がソイツの左肩にかすり傷与えたんですが……。」
「そうか、たいしたものだ……。それで、貴重な大蛇の猛毒をたっぷり塗っていたハズだ。どうなった?」
俺は部下に矢が当たった時の様子を訊ねる。
大蛇の猛毒は掠っただけでも即死の劇物。
彼奴が此処にきたことを考えると答えはわかるが、どんな様子だったか気になってしょうがねぇ。
「それが……ほどんど効いていないんすよ。それよりも、鏃の怪我の方を気にしていた様子でした。毒耐性もしくは無効を持っているとしか考えられません。」
「しかも彼奴、相当戦いに慣れすぎています。ましてや毒耐性なんて、町の外で獲得しないと無理なスキルです。町の中で毒耐性得られるのは……死ぬほど糞不味い料理を毎日食べる、暗いですかね。ハハッ。」
「……。そうか、彼奴よほど魔物とやり合ってたのか。」
部下の一人はキツイジョークを言う。
無理矢理笑っていたが、そいつ以外に笑う奴は誰一人もいない。
毒耐性を得る為には基本、何かの毒物を食うしかねぇ。
修羅の中の修羅でようやくたどり着けるスキルの代表格が毒耐性だ。
俺は少しの沈黙の後、ウイスキーをグラスに注ぎ、一気に飲む。
そして、その場しのぎの言葉を放っていた。
毒は勿論入れてない。
信頼されてる証だ。
「彼奴、一対誰なんでしょうかね? 俺達がついでに依頼で追ってるのが奴だったら、捕まえられる気がもう起こりませんよ。俺達の必殺技の【七投演武】ですら、弾かれたんですよ……。」
弓使いが頭を抱えたまま話す。
頭のフードが頭に垂れているため、顔は見えねぇ。
直す気力すらも無さそうだ。
(確か……。俺達が此処に移動してすぐ、帝国の誠とかいう異世界人が、人捜しを俺達に強制依頼した。しかも個人情報と似顔絵つき。しばらくその家の近くのボロ家で昼間ずっと張り込んだ。しかし、2月ほどたっても進展がなかったから諦めたんだったな。)
俺は嘗て帝国から強制依頼してきた案件をふと思い出した。
キツイジョークを言ってた奴の話が本当なら彼奴を誠が狙ってんのか。
何故だ?何かの因縁?妙だな。
……。
まあ。俺達、アタマの悪いチンピラには難しい話だな。
また俺はウイスキーをグラスに注ぎ、飲んだ。
本当に少量しかウイスキーが無かったから数杯飲んだだけでカラになった。
俺は最後に、皆が彼奴に何時か、返り討ちをするか聞いてみることにした。
「皆、正直に答えてくれ。彼奴に復讐はしたいか?」
「……いいえ。彼奴より、他の冒険者を狙う方がマシです。」
「俺も御免です。もう仲間が落ち込むのを見たくありやせん。」
「俺は彼奴に復讐するんだったら、もっと鍛えるべきです。でも、したくありませんね。」
「「「俺たちは復讐には反対です。」」」
皆やはり、復讐はしないと言うよりは、「してもメリットは少なく、被害がデカイ」からという理由が多い。
決まりだ。
「ヨォォシ! 決まりだ! 今後、彼奴を見かけでも、一切の殺害行為、攻撃はするな! 他の仲間を傷つけた主犯になると思え! 以上! 一旦、アジトに戻るぞ!」
「「「ハッ!」」」
部下は合図の号令を一斉にする。
俺達は026地点を離れ、アジトへと走った。
彼奴はやはり大物になる。
将来、あの腐れ切った帝国を立て直してくれ!
帝国の創設者を正気に戻してくれ!
俺は懸命に影で祈った。
俺達の【悪役】の演技は、終わりを告げたのだった。
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~一般視点~
その後、冒険者商店町では何時もより5倍の警察が駆けつけた。
筋違いの仮面少年の交渉。
現場に残された赤黒い血と液体。
余りにも滑稽な仮面少年の回避の目撃証言。
この町では有名な不良グループの出現。
警察はこの一件を詳しく捜査すると、この町の掲示板で大々的に発表した。
事件の名前は、
【不良グループ、仮面少年暴行未遂事件】と言い伝えられる。
この事件、後に有名になるのはもう少し先の話である。
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最初の【悪役】は、その大いなる役目を果たした。
この時、チンピラ達からおぞましい何かが完全に消え去った。
最初の【悪役】は、元帝国の精鋭兵士。
次の【悪役】は誰であろうか?
チンピラ達はその後、どうなるのか?
その権利は【自分】が決めるものである。
その重大な権利をもつ【臆病者】の旅は、始まってすらいない。いや、もう既に冒険は始まっているのだ!
―――――――――――――――――――――――
今回の話でチンピラとのドンパチは終了です。






