第64話 真と偽の宣戦布告 3. 全ては2800の為
◆◆◆◆◆18日目◆◆◆◆◆
【朱の騎士団】最終交渉まであと2日。
……そんなのは【ゴブリン軍団】にとってはもうどうでもよかった。
深夜1時前。
作戦決行の夜が来た。
【朱の騎士団】の密偵であるノノアは、既に起床して支度をしていた。
予め目覚まし時計自体を20分早くする事で、1時になる20分前に起きることが出来たのである。
(さっさと着替えてモークの所へ行こう)
装備込みの服装をわずか3分足らずで着た彼女は、荷物の最終確認を行った。
(『でっかくなっちゃった!』ってどういうことかしら?)
結局モークタンが彼女に伝えた伝言は、本人に会うまでは最後までわからなかった。
そして、彼女は5分前に部屋を出て行った。
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―モークタン視点―
……ふーん。
なるほどね。
(まさか異世界でも【カニバリズム】ってものがあるんだ……)
俺は今、【カニバリズムの歴史】という本に目を惹かれている。
やはり異世界でも人肉はタブーらしい。
(へー、生のまま食べちゃうとウイルスとやらにかかるリスクが大きいと科学的に証明されてる……ん?)
すると、右の本棚の端の下から僅かなカサカサ音を感じた。
(もしかして……例のアイツかな?)
いくら豪華な部屋でも隙間があれば、アイツは何処からともなくやってくる。
俺はすぐさま本をしまい、本を持ったままそろ~りと音の発信元に近付く。
そして、じーっと目線を端の下に集中した。
(これで、出てこい!)
俺は持っていた本を地面に落とす。
「バタン!!!」
すると、端の下から茶色……。パクッ!
(捕まえた! ほ~れほれ。これでは流石に逃げれな……痛っ!)
一口で食べようとしたのだが、奴の抵抗により吐き出さざるを得なくなった。
吐き出した奴は何故か逃げる事もなく、左右の触覚を動かしながら俺をじっと見つめている。
体はまだ小さいので恐らく子供だろう。
(……え?「食べないでください!」?っていうか、確かお前奴らの中では結構ヤバい種族じゃなかったっけ?時間かければ鉄とかを食いちぎれるほどの顎だったかな?)
奴は否定することなく、寧ろコクコクと触覚が上下に動いている。
俺のテレパシーで会話が出来ていた。
……と言うよりも、コイツが俺にテレパシーを向けている気がする。
(こんなとこにいても間違いなくキミは駆除されるし……いっそのこと僕のとこに来ない?食べようとした張本人なのは間違いないけど。)
すると、奴は理解してくれたようだ。
「……宜しくお願いします。」と言ってくれたから間違いないだろう。
(いいね!でもそのまま運ぶとバレちゃうから……僕の口の左側にある穴の中に入ってくれない?……「やはり食べるつもりですか?」って?だから違うって!……じゃあ俺が食べようとしたら胃を食いちぎってもらってOK。それでいい?)
数分揉めた後、渋々奴は俺の口の中に入る事にした。
ちゃんと左側にカサカサと入り、しばらくするとその感覚が無くなった。
(「ここは何処ですか?」って?僕が何時も剣とかを取り出す場所。言わば【収納魔法】みたいな役割なんだ。中に入っているお肉には絶対手をつけないでね。あと繁殖も困る。排泄の時は俺にテレパシーを送って)
「わかりました。」という返事がきた。
意外と律儀な奴だなという感心を持っていると、目覚まし時計が当然なりだした。
「キーン!キーン!キーン!キーン!キーン!」
「うるさっ!?」
俺は急いで目覚まし時計のアラームを解除する。
こうでもしないと数分後にまた鳴り出すと使用人が事前に話していた。
(さーてと、そろそろ密偵さんが来ると思うけど……ここは正直に話そう)
夕食を食べ過ぎてデカくなってしまったことを謝罪しようを決めたその時、ドアのノックが3回なった。
俺はドア付近まで駆けつける。
「迎えに来たわ。」
「取り敢えず入ってきて。」
ガチャリとドアが開き、ノノアさんが下を向きながら入ってきた。
多分元の大きさの時の目線でいるのだろう。
扉を閉めたノノアさんは俺を見るなり仰天した。
「……もしかしてあの伝言ってそう言うこと? いくら何でも……デカくなりすぎでしょ!!!」
「ごめんなさい。ついつい夕食で食べ過ぎちゃった……。」
「大体隠密作戦の直前に体を大きくするバカが何処にいんの!」
それから俺は数分の間、彼女からの叱咤を受ける事になった。
「ごめんなさい……。」としか言えなかった俺であった。
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ル・レンタン 深夜の中心街~中心街外れ
俺とノノアはコンクリートで整備された中心街の歩道を、足音をほとんど立てることなくスラスラと移動する。
深夜の中心街は静かだ。
この街特有として、ほとんどの歩道では街灯が等間隔で設置されている。
それだけなら特になんの変哲も無いのだが、なんとランタンを街灯として使っているのだ。
ランタンが仄かで明るい光を、凍り付くほど冷たいコンクリートの歩道に照らしている。
所々の家で明かりが付いているが、外を歩いている人を見かけることは中心街ではなかった。
いや、街の外にいる人間は何人かいる。
ホームレスだ。
家や仕事を持たない堕落した人間だと世間から非難されるらしい。
彼らは氷点下になる寸前のこの真冬の環境下にも関わらず、比較的風が当たらない裏口で寝ている。
紙のようにペラペラな布で体を覆っている。
何回も使っているようで既にボロボロだ。
(俺達魔物は基本、二度も大罪を犯した者以外は決して同族を見捨てない。誰だって失敗する、誰だって怠ける。だからこそ誰かが救わないといけない。)
しかし、彼らがホームレスをしてしまった理由は全く違っていた。
ノノア曰わく、
ある人は多額の借金による自己破産して完全に人生の絶望。
ある人は両親の急死、さらには孤児院の満席(有志の出資による個人経営の為、孤児院は少ない)による請負の拒否。
ある人は元奴隷という理由だけで何処からも拒絶。
などなど、どん底の人生である。
当然俺は小声で質問した。
「どうして助けないの?」
「此処にいる皆はもう数日の命。凍傷が深刻でもう助からない。彼ら自身も、『他人の迷惑になるのなら孤独死を選ぶ』と自ら表明しているわ。私達はその表明を汚すことは出来ない。それが彼らの意志ならね。」
「ワゼリスさんが助けたホームレスはいるの?」
「ウチの組合の40%近くが元ホームレスよ。法律では完全に禁止だけど、実は子供も組合に混じっているの。ワゼリス様の幼少期は貧乏でとても波乱な生活だったそうね……だからホームレスの気持ちがわかるのかも。『今度は自分達が助ける番だ』って。」
「孤児院は建てないの?」
「この街では不可能ね。ここはル・レンタン。関係者の許可を得なきゃいけない。無理に破ると組合の規律違反。此処が本当にこの国の首都なのか疑う時があるわ。」
「ええ……。」
俺は非常に困惑した。
これでは死者やホームレスを単に増やしてしまう法律だね……。
(『人間は特定の人間とは仲良くするが、他人には基本無関心』ってのは、正解ってことだよね)
俺、「嘗て全ての人間を殺す!」とか復讐の火を灯しながらそう誓ってたけど、ホントにそれで良いのかな?
確かにモークタンを大量虐殺しているのは人間。
でも、もしかして全員は言い過ぎたのかな?
ヤフコ・ナヤガレ、ワゼリス・ダート、アイリスみたいに、モークタンを平等に扱ってくれた人を見かける度にそう思うのだ。
非常に複雑な気持ちになった。
もしかしたら俺はあの時、考え方が間違っていたのかもしれない。
中心街から外れると、ホームレスの姿はほとんど見受けられなくなった。
「……で、その【ル・レンタン組合専用取引所】とやらはどこにあるの?」
「もうすぐよ。流石に宣戦布告の用紙は持ってるわよね? ゴブリン村長が事前に書いた紙。」
「うん。組合のメンバー達に直接渡した方が良いかな?」
「連れて行かれないようにしてね。連れてかれても残念ながら助けられないから。」
当然の選択である。
俺が連れ去られた場合に彼女が助けに向かえば、敵は【朱の騎士団】が介入したとバレてしまう。
そうなれば、2800人の組合は解散。
そのうちの40%は、ほぼ確定でホームレスに逆戻りしてしまう。
軽率な行動は一切出来ないのだ。
「別にいいよ。その時は【カケヲアヤツルモノ】で何とかする。」
「それが最善策ね。」
ノノアさんは親指を立て、ウインクをしながら俺の意見に賛成した。
しばらくして、俺達はとある角を曲がった。
建物と建物の間の脇道の為、闇のように暗くて非常にジメジメとしている。
「あそこの木製の建物……見える?」
ノノアさんが俺に分かりやすいように右手で奥にある建物に指をさす。
凝視してみると、なんの変哲もない木製の家があった。
距離およそ50メートル。
「うん。【関係者以外立入禁止】って表札に書いてあるね。」
「……アナタ目がよく見えるのね。この家が【ル・レンタン組合専用取引所】の拠点よ。私達も此処しか彼らの場所を知らない。」
ノノアさんが俺の目の良さに驚いていた。
(モークタンの視力は人間とは比べ物にならないんだよね~。もっとヤバい魔物も他にいるけど)
そんな事は一旦置いておこう。
肝心の拠点は明かりがついていた。
会話の内容が聞こえたら良いんだけど……。
サングラスに聞いてみようかな?
サングラス、【地獄耳】の機能は使える?
《使用出来ますが、半径から30メートルまで近付かないと聞こえません。》
※【地獄耳】の機能の詳細は第21話参照。
なる程。
興味を持った俺はノノアさんにこう伝えた。
「ノノアさんは別に此処で帰ってもいいよ。道が一本道だったし。」
「いいの?」
「うん。寧ろ此処にいるとバレちゃうよ?」
「……わかったわ。……気をつけてね。」
ノノアさんは去っていった。
(よし。滅茶苦茶危険だけどやろーっと)
俺はそーっと拠点へ近付く。
音を出さないように体をゆっくりと伸縮させながら移動する。
コンクリートではなく砂利道なので足音が大きくなるのは当然。
30メートルを2分もかけて歩き切った。
《通達、規定範囲に到達しました。【地獄耳】を使用しますか?》
OK!
お願いねー。
《了。極小チップ【ミニチャン】の機能使用。【地獄耳】に切り替え。》
すると、拠点が透けたかのように声が漏れてきた。
「……やはり【モークタン愛護団体】の警戒は常に必要か。テロリストを決して背後に立たせないよう本部に伝えておく。……後は、【朱の騎士団】と【ゴブリン軍団】の様子はどうだ? 」
「へい。結局両軍とも戦闘をするつもりのようですな。2日後には【朱の騎士団】の使者が最終交渉の為グルドの森に訪れるようですぜ。もし俺ならいきなり森へ突撃したほうが、寧ろ得策に思うんだが……それは本人しかわからねえ話だ。」
「……最終交渉なんてやる必要はないように思えるが……。」
「これじゃあまるで一方的な見世物っすよね。相手がゴブリンだからと侮ってるんじゃないっすか?」
「【ゴブリン軍団】が全く動きを見せないのがどうも気味が悪い。単に森で【朱の騎士団】の迎撃体制の準備をしているのなら良いのだが……。」
……ふーん。
(俺が【朱の騎士団】に来たことはまだ知られていないね。それなら安心……)
「ジャゴッ! ……ジャゴッ! ……ジャゴッ!」
すると、数十メートル後方から砂利道を歩く音が聞こえた。
砂利道と言うことは、誰かがもうすぐ此処にくると言うことである。
(ちょっとまて……コイツがもし【ル・レンタン組合専用取引所】のメンバーならこの作戦が手っ取り早くつくよね?)
良いことを閃いた俺は大事な紙を取り出す。
「【カゲヲアヤツルモノ】!」
俺は極小の声でそう言う。
砂利道のおかげで相手にはバレていないようだ。
一旦影の中に隠れる事にする。
【カゲヲアヤツルモノ】はなんと影の中に隠れる事が出来る。それに、後で移動可能と言うこともわかった。
俺は砂利の歩く音の方向を影の中から見つめ、じーっと待つ。
すると、フードを被った盗賊らしき金髪の男が俺の目の前に現れた。
俺には気付いていないようだ。
バレたらかなり面倒だったけど。
男は【ル・レンタン組合専用取引所】の拠点のドアを一回ノックする。
「我がル・レンタンの組合の目的は……。」
「全ての組合を我が手中に治めることを願望とする。」
しばらくするとドアの向こうから声が聞こえたかと思えば、今度は盗賊の男が声を発した。
そして、盗賊の男はドアを不規則で何回も叩いた。
合い言葉で間違いないだろう。
確か……かなり前にボソッとヤフコさんが言っていたドア暗号だったっけ?
暇つぶしに全部覚えたけど(法則あった気がするけど)。
多分今のはカルナ言語で、「バルザン、バンザイ!」だったかな?
すると鍵が解かれ、ドアが開いた。
「入れ。」
開いたドアから男が見えそうな瞬間、金髪の男は直ぐに中へ入って閉められてしまった。
結構完璧に近い手慣れたやり方だけど、ひじょーに相手が悪かったね。
しっかり声まで盗聴するよ。
「付けられてはいないか?」
「ああ、俺がみすみす逃すような奴だと思うか?」
「……そうだよな。」
ザンネーーーン!
カッコイイとこ見せて悪いけど失敗してるからそれ。
俺全部見てたんですーーー!
褒められるのが好きな気持ちの悪い人間だねーー!
自画自賛おもしろーい!
……と影の中でぴょんぴょん跳ねながら煽り口調を言いまくって喜ぶのはさておき、これで尻尾は掴んだ。
敢えてしばらく待った後、俺は気づかれることなくドアの前に立った。
俺は体をドアに当てた。
「ドン!」
すると、男の声が聞こえてきた。
さっきの男とほとんど同じ声だった。
「我がル・レンタンの組合の目的は……。」
「全ての組合を我が手中に治めることを願望とする。」
そして、ドアを叩いた。
「バルザン、バンザイ!」だから……。
バ 1回2回0回
ル 2回2回2回
ザ 0回2回0回2回
ン 3回1回2回
、 3回2回0回
バ 1回2回0回
ン 3回1回2回
ザ 0回2回0回2回
イ 0回4回1回
! 3回2回3回
※0回は叩きません。また、文字を区別するために、文字と文字の間隔に空き時間(言っても0.7秒)があります。
(超めんどくさっ!)
合計50回のノックである。
途中虚無感を覚え始めたのは言うまでもない。
敢えて聞き取られても、そのまま暗記がしづらい暗号だ。
暗号自体を覚えていれば簡単だけどね。
すると、ドアが開いた。
うーん。
これじゃあ全然面白くないから、本棚にあった【プロレスの歴史】に書いてあった言葉を借りパクしてアレンジしようかなー。
「入……貴様誰だ!」
「元気ですかあぁぁぁぁぁ! 元気があれば何でも出来る!」
「お……おう。……そうだな。」
「では! いつも元気な僕が、君にこの紙をプレゼントしちゃおー! バルザン君にちゃーんと送ってねー!」
男は俺全力の声に押されてただ突っ立っていた。
本気の大声で叫んでしまったから、多分何人か民間人を起こしてしまっただろう。
しかし、これで隙が出来た。
「【カゲヲアヤツルモノ】!」
「あ! 待て……!」
俺は隙を突いてスキルを詠唱する。
ドアが開いた事により光が差したので、一番近い地面の影へ飛び込んだ。
男は俺を捕まえようと両手を地面に付けたが、既に俺は影の中にいた。
「くそったれが! ハメられた!」
男は怒りの力を込めて地面を激しく踏みにじった。
俺が渡した手紙は持ったままだったが、握り潰す事はなかった。
(村長が念の為ってあと3枚同じ手紙あったけど……一つで良かったね)
しばらくすると、男は急いで家に駆け込んだ。
仲間に告げるためだろう。
(とりあえず、【朱の騎士団】の裏口まで戻ろう。多分ノノアさんもそこにいる)
俺は影を使って戻ることにした。
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―――――――――――――――――――――――
~ノノア視点~
はぁ……はぁ……はぁ……。
……マズい。
よりによってコイツに……。
敵と偶然あってしまうなんて……。
あまり人にばれないように裏から回り込んだのは失敗だったわね……。
しかも、【朱の騎士団】の本拠地から数百メートルの【ル・レンタンの中央公園】で会ってしまった……。
負けたら子供達の遊ぶ場で自分の惨殺死体が残るハメになるでしょうね……。
現在、右足と左腕をナイフで深く切られた私は、目の前にいる男に苦戦している。止まらずにドロドロと地面へ零れる血を無視して、立つことがやっとの状態ね。
……これは苦戦というよりも、完全に負けている。
刃渡り40センチの銀製のタガーを握り締め、微かに灯る街灯の光と血の付いたナイフの香りを頼りに探る。
ぼんやりと姿が見えた私は、奴に向けて構えた。
この男は【ル・レンタン組合専用取引所】の幹部。
慈悲皆無と呼ばれたローズという人物。
レベルは96。
かつて「とても人生が退屈だから」という理由で、子供2人を含む16人を虐殺。
全ての部位がナイフによって深々と切られていたそうね。
去年指名手配犯に選ばれて……訳あって取消された。
レベル差を比べても、戦闘の経験を比べてもローズが圧倒的に上。
私が勝てる相手じゃなかった。
「おじょーちゃん。この程度でくたばっては私も退屈ですねー。もう少しくらい私に刃を向けてください。全く血が滾りませんので。」
「言うわね……このサイコパス野郎。お前を倒して私は生きて帰って見せる!」
そうは言ったものの、勿論勝てる可能性はほとんどない。
かといって、今此処で逃げてしまってもいけない。
(多分モークは宣戦布告の紙を渡しているはず……。もし此処で私が逃げたら500人どころか……朱の騎士団2800人を路頭に迷わせた【愚か者】として記憶に残るでしょうね)
此処で逃げる位なら、奴に一矢報いてから死ぬわ!
「あの世で自分が殺した人達に会ってきなさい!」
そんな気持ちで、私はタガーを握りながらローズにそう言った。
「このような重傷でもそのような暴言をはきますか……やはり女性とやらは人間の劣等種ですねー。」
「はぁ……はぁ……女性を卑下するな! 【エアープロテクト】!」
防御魔法を唱えた私は、ローズに向かって全力で走る。
そしてタガーを振り下ろした。
ローズは両手に持つ鎌で私の攻撃を凌ぐ。
鍔迫り合いだけど、パワーはローズの方が上。
片手で攻撃している私が不利なのは定石。
「荒くて雑、非常に一辺倒な攻撃です。」
「アナタが卑下した女の足掻き……とでも言おうかしら?」
「ほぅ……アナタにはもう少しだけ痛い思いをして差し上げましょう。【超加速】!」
ローズが突然と姿を消した。
鍔迫り合いに力を込めていた私は前へと倒れ込む。
その間にローズは……。
「食らいなさい。【斬撃】! 【斬撃】!」
「キャアァァ!!!」
私の背中を深さ2センチの傷で×を作る。
更にタガーを握る私の右手を無理矢理開かせ、そこにナイフを刺して貫通させた。
あまりの強い攻撃に、防御魔法【エアープロテクト】はあまり効果をなさなかった。
激痛に我慢出来なくなった私は着地できずに倒れ込んでしまった。
熱い……。
身体が燃えるように熱い……。
痛い……痛い……痛い……。
氷のように冷たい茶色い地面の土が、唯一私の怪我の痛みを和らげている。
息が苦しくなった私は、酸素を取り込もうと休まずに荒い吐息を吐く。
今はそれしか出来なかった。
「おやおや。まだ生きていますねー。……ですが、もうそろそろと言った所でしょうか。」
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。」
「返事も出来ませんか……まぁ、下等人間の割には頑張った方ですねー。退屈でしたが、これからはお楽しみとしましょう。」
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。」
「では、死ね。」
ローズは両手で鎌を持って思いっきり振ろうとしている。
終わった……。
そう覚悟して目を閉じた瞬間にそれはおこった。
私の影から茶色くて大きい魔物がひょっこり呑気な顔で登場した。
「ノノアさーん! 大丈夫……じゃないね。」
「なんだこの下等生物は?」
「……はぁ……はぁ…………モーク?」
目を開くと、お饅頭に近い形のモークがいた。
「仲間がこようと同じ事だ!」
「とりあえず引っ込んで!」
「グハッ!」
モークは自分の身体を使って勢い良くローズの腹に激突させた。
ローズは7メートル飛ばされた後、背中から地面に衝突する。
かなり悶えているようね。
「ホイ。これじゃあちょっと足りないけど……コレ飲んで。」
モークは口から瓶を取り出し、私の口に瓶に入っていた紫色の液体をゆっくりと飲ませた。
回復薬である。
みるみるうちに背中の傷が浅くなった。
傷が残っている状態だけど、私は気合いで起き上がる。
「ありがとうモーク……。」
「ゴメンね。ちょっと紙を置いてくるのに時間かけちゃった。後はコレで直してね。」
「気にしないで……それより奴の能力には気をつけて。」
「うん。後なんか言っておくことない?」
モークは緑草10枚を渡しながらそう言った。
私は少し重い口調でこう伝えた。
「奴は【ル・レンタン組合専用取引所】の幹部。此処で私達と出会ってしまった以上……。」
「……なるほどね。寧ろやる気が出たよ。足のケガは流石に此処じゃ無理だから、絶対安静にしといて。」
「わかったわ。」
モークは私にそう伝えた後、ローズの所へと向かっていった。
「ハァ……ハァ……やりますねー。おじょーちゃんの影からキミが出てきて油断しましたよ。」
「ふーん。……で、どうして彼女をあんな目に?」
「女だからですよ。女とは下等な人間です。だからいたぶる。それが間違いですか?」
私はローズの話を聞いて怒りを覚える。
残念ながら、モークの表情は此方からでは見えない。
「個人的な意見に横から文句は言えないね。少なくとも、キミのアタマの中ではそれが正しいんでしょ?」
「そうです。当たり前の話でしょ?」
「じゃあ僕の考えを言うね。キミを一撃で殺す。個人的な意見だから当然異論は無いよね? 僕がキミを殺す理由は彼女と都合で大体わかるでしょ?」
「……ええ。では、コレも個人的な意見ですが……私はアナタ達をいたぶって殺したい。異論はありませんよね?」
「ない。つまり……こういうことだね! 【カゲヲアヤツルモノ】!」
すると、モークは地面の中に入っていった。
直後モークはローズの後ろをとって首元を狙う。
「何!?」
ローズは後ろに移動したモークにギリギリで気がつき、【超加速】で回避する。
かなり動揺しているようだわ。
「緑色魔法か黄色魔法の加速系を使ったね。この攻撃を素で回避した人間よりは回避能力は無いよ?」
「やりますねー。じゃあ、これならどうですかな?」
ローズはモークに急接近して鎌を振り下ろした。
しかしモークは回避する素振りも見せない。
「モーク、よけて!」
ついつい私がモークに警告してしまった。
そして……。
当たった。
「ねぇ、それって鎌だよね? それなら今の僕はちょっと無理かな~。武器が悪すぎるっていうか~もっと攻撃力上げてくるとか~。」
「バ……バカな!!! なぜ私の攻撃が通じん!」
鎌は確かにモークの身体に当たった。
だけどモークのモフモフした身体によって、武器の威力を全て吸収していた。
食べ物の食い過ぎによって私と同じデカさになったモークは、ただのモークタンではなくなったのかもしれないわね。
モークはローズの鎌を見て不思議そうな表情をした。
「もっと鋭い剣とか持ってこれば良かったのにね。刃が細くて使いまくった鎌では今の僕は無理。」
「クソッ……モークタン如きに……この俺が! 【肉体強化】! 【鋭利化】! 【斬撃】! 【斬撃】! 【斬撃】! 【斬撃】!」
口調が乱れ始めたローズはモークに連続で攻撃する。
魔法の連続使用はレベルが高くないと出来ない。レベル90後半で連続使用出来る冒険者はほとんど見かけない。
しかし相手と武器が悪すぎた。
最後の【斬撃】で両方の鎌が折れてしまった。
無視出来るほどの僅かな傷しか付かなかったモークはほぼ無傷。
「ほらね? 言った通りじゃん。」
「うう……うわあああああああああ!!!」
恐怖に襲われたローズは【超加速】でモークから逃げようとした。
でも、それは単なる足掻きに過ぎなかったわね。
モークは何処にいても顔を直接見てしまったら、逃げ切れる確率は殆ど0になるの。
「【カゲヲアヤツルモノ】。」
モークはその言葉を詠唱すると、何処かへ消えていった。
私を残して静寂な時間と暗さ。
そして、自分の血の香りのみが残っていた。
数分後に最初に聞こえたのは、男の大きな断末魔だった。
その直後、私の影からモークが現れる。
「首切って一撃で仕留めたよ。ついでに彼の殺害動機も聞いてきたよ。どうして女を卑下するのか、どうして人を殺したのか。」
「……どうしてなの?」
「それは帰る途中で話そう。取り敢えず僕の上に乗ってくれない? あくまでケガ人だし。」
「あなたの慈悲に従う事にするわ。」
「それでいいよ!」
私はモークタンの背中に乗せてもらう事にした。
凄くモフモフして寝てしまいそうなくらい心地が良いわね……。
帰る途中、モークはローズの殺害動機を語った。
原因は彼自身の名前にあった。
「相当仲間にいじられたんだろうね。ローズって女の子がつかいそうな名前だし……生まれるときに親が女の子の名前しか用意して無かったらしい。医者に『女です。』って言われたらそうする両親はいるよ。」
「確か……赤ちゃんが産まれる前に役所に名前を届けなければならない制度があったわね……。」
「名前は途中で変えられるの?」
「無理ね……。20歳の時にいきなり親から名前を告げられるんだけど、名前は如何なる理由でも決して変えられないわ。そもそも子供にそんな権利すらない。」
「ローズはそんな制度によって人の心を変えられたと言っても過言じゃないね。あと、今まで殺した人間は、襲ってきた人以外は全員女性らしい。女の子なんか居なくなれば、俺は名前に怯えずに済むとかいってたね。公表はされてないけど、その医者も彼の両親も殺しちゃったみたい。昔の僕なら多分そうする。」
「……そうなのね。」
私は非常に複雑な気持ちになった。
ノノア・リリーという名前を貰った私が、もし男の名前だったら……と思うと何だか理解が出来た。
もし同じ立場なら、私もローズと同じ道を歩んだかもしれない。
(作戦はモークのお陰でギリギリ成功したのに、何かモヤモヤが残る夜だったわ)
私はなんだか腑に落ちなかった。
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
【朱の騎士団】本拠地
本拠地に戻った私達はワゼリス様にご報告をした。
あんなに上機嫌なワゼリス様を見たのは久し振りね。
後は奴らが動いてくれることを祈るのみとなった。
ワゼリス様は私の傷を心配し、先に私だけを退室させてくれた。
何かモークにお話でもあるのかしら。
報告後、私は治療室へと運ばれた。
モークが助けていなかったら私は死んでいた。
(命の恩人……恩魔物ね)
治療後モークと会った私は彼にこう言った。
「ありがとうモーク。お陰で命拾いしたわ。」
「別にいいよ! 今度必要になったら呼んでくれよな!」
モークは自分がしたことを当然と思っているようだ。
(世界で最も弱いモークタンの根は優しいわね)
私はそう確信した。
―――――――――――――――――――――――
※バルザン、バンザイ!の部分。
イ 4回1回
↓
イ 0回4回1回
に修正しました。




