↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/26

決戦に向けて

 名もなき指揮官を失った黄巾軍が総崩れになるのは、もはや時間の問題だった。


 曹操率いる官軍五千は徹底的に黄巾軍を討ち取り、昼夜を問わず追撃すること二日。


「追跡はもういい。周囲を警戒しながら交代して休め」


 ようやく曹操は追撃を中断させ、兵士たちを休ませた。


 長い長い追撃を終えた官軍の兵士たちは、曹操の一言でその場に崩れ落ちるように地面に座り込む。

 二日という長い時間、休息もほとんど取らずに追撃を続けた兵士たちは、曹操の速すぎる追撃についていくだけで精一杯だった。


「兄者、圧倒的勝利ですな」


 曹和は自慢げな口調で勝利の言葉を口にする。


 曹操は曹和の言葉に反応しながらも、どこか納得のいかない表情で、近くで休んでいる兵士たちを見つめている。

 曹和も、兄である曹操が何かを考えていることを、その表情から察する。


「何が納得いかないのですか、兄者?」


「納得していないわけではない。ただ、この官軍五千がすべて曹操軍であれば、と考えていただけだ……」


「この五千が兄者の軍勢……。そのようなこと、考えたこともなかった……」


「考えてみろ、曹和。黄巾軍が蜂起してからしばらく経つが、朝廷は全国各地で徴兵を行っている。いくら漢の威光が腐ったとしても、まだこれだけの兵士を徴兵できるだけの力が残っている……。残念だが、曹家には多くの兵士を集められるだけの力はまだない」


 曹操はいずれ自らの軍勢を持ったとき、自分の兵士ならば、常に曹操が思い描く通りに動く軍勢にしなければと、近くで地面に座り込んでいる兵士たちを見ながら考えていた。


 追撃を終えた官軍の兵士たちは交代で休息を取りながら、黄巾軍との戦いの疲れを一刻も早く取るために、簡易な陣を築く。

 曹操の幕舎が最初に作られると、曹操は黄巾軍の動きを知るために斥候を放った。


 さらに、朝廷から黄巾軍討伐の指揮を執る大将に任じられている左中郎将・皇甫嵩(こうほすう)と右中郎将・朱儁(しゅしゅん)の動きを掴むためにも、斥候を放つ。


 皇甫嵩と朱儁は、曹操と同じ豫州(よしゅう)潁川(えいせん)にて黄巾軍と対峙している。


 斥候を放ってから四日目にして、ようやく斥候が傷だらけの姿で、疲れ切った重い足取りで曹操に報告を入れる。


「報告いたします! ここより北、二日の場所にて、皇甫嵩将軍、朱儁将軍の両将軍は波才率いる黄巾軍主力と対峙しており、わずかながら劣勢に立たされております!」


「劣勢? 野戦で両将軍は黄巾軍に敗れたのか?」


「敗れたわけではないようですが、両将軍は長社の城に籠城したようです!」


「長社に籠城か……。なぜ籠城したのか、納得できないな……。両将軍はご健在か?」


「わかりませぬ!」


「その方が直接、両将軍にお会いになったわけではないのか?」


「その通りでございます」


 斥候の報告を聞きながら、曹操は頭の中で考えをまとめる。


「曹和! すぐに両将軍の援軍に向かう! 丈夫な兵士のみを選別し、十二刻以内に軍を整えろ!」


「承知しました!」


 曹和は大声を出しながら、周りにいる指揮官へ次々と指示を飛ばす。


 曹操は、曹和の臨機応変に対応する能力を非常に買っていた。

 曹和の指示はいつも簡潔かつ的確で、指示された者が余計なことをすれば、かえって失敗してしまうほどだった。


 曹操は曹和への指示を終えると、入れ替わるように再び新たな斥候を放つ。

 陣が慌ただしくなっている一方、曹操は陣内で一人、周辺の地図を見始める。


「なぜ、籠城を選択した……」


 曹操には、籠城した理由がわからない。

 しかし、考えている間にも時間は過ぎてゆく。


 やがて、幕舎に曹和が入ってくる。


「軍が整いました。いつでも出発できますぞ、兄者」


「曹和か……。もうそれほど時間が経っていたか。何刻で軍勢を整えた?」


「九刻で軍勢を整えました」


「九刻か……。見事な速さで軍勢を整えたな、曹和。よし、すぐに出陣するぞ!」


「承知しました!」


 曹和は勢いよく曹操のいる陣営から飛び出すと、馬に跨り、全軍に出陣を伝える。

 曹和の出陣の合図は陣にいる兵士たちに伝わり、兵士たちは動き始める。


「李交はいるか!」


 曹和は黒騎の隊長である李交を呼び出す。


「ここに!」


「お前の指揮のもと、黒騎は護衛兵として兄者をお守りしろ」


「承知いたしました! 曹和様はいかがなさるおつもりですか?」


「俺は歩兵を率いる。兄者には、曹和は歩兵を率いて先陣をきらせていただくと伝えておけ!」


「承知――」


 曹和は李交の返事を聞く前に、曹操への伝言を伝えると、単騎で歩兵と合流する。


 先の戦いで黄巾軍を打ち破った曹操率いる官軍だったが、少なくない死傷者が出た。

 そのため軍を再編し、その中でも丈夫で健康な兵士を選抜した結果、官軍全体が四千ほどになった。


 曹和は本陣に負傷者と、負傷者を守るために必要な最低限の兵士だけを残した。


 単騎で先頭をゆっくり進ませながら、歩兵の指揮を取る。

 官軍の歩兵の技量を戦いの中である程度把握した曹和は、行軍の速さを徐々に速めていく。


 順調に行軍が進めば、二日で皇甫嵩と朱儁が籠城する長社に辿り着く。


 さらに、斥候の報告では波才率いる黄巾軍はかなりの精鋭らしく、歴戦の将である皇甫嵩と朱儁を籠城するまでに追い込んでいる。


 前に戦った黄巾軍とは違い、黄巾軍の中でも中核を担う軍勢であると曹和は予想している。


「波才率いる黄巾軍を叩けば、豫州(よしゅう)にいる黄巾軍はいなくなったも同然……。しかし、波才のみならず、黄巾軍を徹底的に叩かなければ、冀州(きしゅう)にいる張角の本軍と合流されてしまう。それは、面倒だな……」


 朝廷は後漢の都である洛陽に近い豫州に軍を集中させているが、いくら各地にいる黄巾軍を打ち破ったとしても、冀州にいる太平道の教祖、張角を討ち果たさなければ、黄巾軍はいくらでも地中から這い出てくる。


 曹和には、黄巾軍の底知れぬ信仰の厚さと、後漢に対する不満や怒りが黄巾軍を支えているのではないかと思えてしまうほど、黄巾軍の漢王朝への執念は恐ろしい。


 先頭を駆ける曹和は、後方で走っている歩兵に向けて大声を出す。


「行軍の速度を少し上げていく! だが、選び抜かれた貴君ら官軍の兵士ならばついてきてもらえると信じている……。いや、ついてきてもらわなければ困る!」


 歩兵たちは曹和の言葉に焦る様子を見せない。

 それどころか、意気揚々と自信に満ちた表情で足を動かしている。曹和の言葉に歩兵の士気は上がり、行軍は自然と速くなっていく。


 兵士の間には、一度生死を懸けた戦いを共に潜り抜けて生き残ったという自負と、目に見えない絆がすでに出来上がっている。

 曹和のように軍の中でも地位が高い指揮官が、自分の命を顧みず自軍の先頭を突っ走って戦ったことを、官軍の兵士たちは目の前で目撃している。

 そのため、兵士たちは何も言わずとも、曹和なら信用できると皆(みな)が確信している。


 それ故に、曹和の指揮下に入るだけで兵士の士気は上がっている。


 曹和が歩兵の士気を上げたおかげで、本来二日かかる行軍を一日で進んだ。

 兵士には疲れを見せる者も中にはいる。

 ただ、前を走る者の背中だけを追いかけながら、兵士たちは文句も言わずに淡々と走る。


 強行に近い行軍を行ったが、それだけの甲斐はあった。


 官軍の目には、万を超える黄巾軍が比較的小さめの城を、敵を逃さないようにがっちりと取り囲んでいる光景が見えている。


「あれが、波才が率いる黄巾軍か……。前の黄巾軍とは陣形だけでまったく違うのがわかるぞ……」


 曹和は馬を下りると、遠目から黄巾軍を観察する。


 城を囲っている黄巾軍は、じっくりと時間をかけて城を攻撃するよりも、ある程度の犠牲を覚悟の上で攻撃している。

 黄巾軍は手を休める暇もなく、次々に兵士が城に梯子をかけ、梯子を登って城壁に取りつこうとしている。


「なるほど……黄巾軍を率いる波才とやらは相当頭が切れるな。皇甫嵩将軍、朱儁将軍、両将軍が苦戦してしまうのも無理もないか……」


 波才は冀州にいる張角の動きに合わせて黄巾軍を動かしているが、朝廷は波才がいる豫州を先に討伐させようとしている。

 朝廷からしてみれば、豫州にいる波才の黄巾軍を討伐してしまえば、洛陽に当面の間、黄巾軍が押し寄せてくることはない。


 だが、逆に波才からしてみれば、張角率いる本軍にあたる官軍の数が少なければ少ないほど、本軍を温存できる。

 波才の黄巾軍が暴れれば暴れるだけ、官軍が豫州に集中することにもなる。


「波才は両将軍を打ち破ることで、都洛陽に近づき、あわよくば洛陽を落としてしまおうとしているのか……」


「いい考えだ……」


 曹和の呟きに、隣から聞き慣れた声が曹和の耳に入る。


「兄者……! おいででしたか……」


「さぁ、どうやって波才の黄巾軍を打ち破る?」


「やはり、ここは定石通り、内と外からの挟撃がよろしいかと……」


「挟撃か……。悪くはないが、外にいる我々の官軍は四千。城内の官軍は一万。城を取り囲む黄巾軍は四万……。挟撃し、外から攻める我々が打ち破られれば、内の官軍も全滅。そうなれば、波才の思い通りになってしまう」


「む……、ではどのようにすればよろしいのですか?」


「とにかく何とかして、城にいる味方と連絡を取らなければならないな……。曹和、城に密偵を放ち、連絡を取れる手筈を整えろ」


「承知!」


 曹和は普段の倍以上の密偵を放つ。


 密偵を放った後、一人遠くから城をずっと見つめていた。


無事に投稿できました!

次回の更新は6月22日になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。