死地へ
5年ぶりの投稿です。
久しぶりに続きを書いてみました。
のんびり更新していこうと思います。
よろしくお願いします。
「民の移動だと!?」
曹操は夏侯惇からの報告を聞き、董卓がこれから成そうとしていることを瞬時に理解する。
夏侯惇の次の言葉で確信へと変わる。
「すでに洛陽から民の一部が長安へ移動をしております。汜水関と虎牢関の二つの関からも董卓軍の一部が洛陽へ撤退している動きがあると」
「開戦前に一部の軍が長安に向かっていたのはこのためか。董卓め、本気で洛陽から長安へ遷都するつもりか」
曹操は華雄が討ち取られた後、洛陽の一部の軍が長安へ向かっていた動きについて間者に調べさせていた。
そして現状は曹操が恐れていた、考え得る最も危機的な状況になってしまった。
「長安は天然の要害に守られている。董卓にとってはまさに要害堅固。なにより董卓の本拠地の涼州のすぐそばだ。遷都を許せば連合軍は大義名分を失い、内側から崩壊するぞ」
連合軍は董卓の圧政・暴虐から帝を救い出すという大義名分で集結していた。
本来、遷都は皇帝の意思の元に行われるべきだ。
洛陽から長安への遷都は皇帝の意思ではないことは明らかだが、遷都自体を糾弾しようにも皇帝は董卓が手中に収めており、連合軍は八方塞がりである。
「いますぐに袁紹の元へ向かう。一刻の猶予もないぞ。すぐに馬を曳け」
とうに夜は暮れていたが、袁紹軍本舎に馬を疾駆させる。
袁紹本舎に近づくにつれて、兵士たちが酒を飲みながら騒いでいる光景が増えてくる。
「袁紹殿にすぐにでもお会いしたい」
「袁紹様はすでにお休みになられております。また明日――」
「明日では間に合わないから直接来ているのであろう。寝ているならば早く袁紹殿を起こしにいけ。取り返しのつかぬことになるぞ」
曹操の怒声と並々ならぬ様子に、警護の兵士は急いで本舎に入る。
半刻(十五分)もしないうちに、眉を顰めながら袁紹が姿を現す。
「曹操殿、こんな時間に何事だ」
「董卓が洛陽から長安へ遷都するために動いている。ただちに、全軍で洛陽を攻めるべきだ」
「……遷都だと。さすがの董卓もそこまでの馬鹿ではなかろう。何かの間違いではないのか」
「ではなぜ民が移動をしている。洛陽を守るならば民を移動させる意味はない。董卓は民を移動させた後、洛陽を燃やし長安に――」
「明朝、洛陽に密偵を放とう。曹操殿の情報が正しいとは限らないからな」
「いつまで待てばいい」
「数日はかかるだろう。密偵からの情報を元に諸将を集め軍議を開こう」
数日も待っていれば手遅れになる。
董卓が遷都を終えれば、連合軍は帝を救うという大義名分を失う。そうなれば、この連合軍も長くはもたない。
袁紹を待っている時間はない。
曹操は小走りに幕舎から出ると、すぐに馬に飛び乗り連合軍本陣めがけて馬を駆けさせる。
夏侯惇、曹和が曹操に続くようにして後を追いかける。
曹操らが連合軍本陣につくと、そこではすでに諸侯達が酒を飲んでいた。
「何を暢気な……。前線では兵士が命懸けで戦っているというのに……」
夏侯惇の悲惨な声が曹操の耳にも届く。
曹操は諸侯達を見渡す。
誰もが戦いに勝ったつもりでいる。
このままでは間に合わない。
袁紹ですら数日待つと言った。ならば、ここにいる諸侯達がすぐに動くとは思えない。
曹操は諸侯達の前へ進み出る。
「今すぐ全軍に出撃命令を!」
「どうした曹操殿、貴殿らしくない」
「董卓が洛陽を捨て、長安に遷都しようとしている。今すぐ出撃しなければ董卓は誰にも手出しできなくなるぞ」
「遷都だと?何を馬鹿なことを言っておるのだ。洛陽は漢の200年の首都だぞ。誰がそのようなことを――」
「それが董卓です」
「……曹操殿、出撃するにしても軍を整えるのに数日はかかる。それに曹操殿の言葉の真偽も確認しなければならないからな」
『それこそなにを馬鹿なことを言っている』
曹操は喉から出そうな言葉をなんとか呑み込むと、諸侯達一人ずつの顔を確かめるようにしながら話はじめる。
「これが最後の言葉だ。貴殿らがいかなければ私の軍だけでも出撃する」
「曹操殿の軍勢は5千。とてもではないが勝ち目がない」
「それでも出撃する」
「なんのために出撃するのだ」
「誇りを失わないために。この好機を生かさぬ手はない。それでも、私と一緒にゆく者はいないか?」
諸侯達は互いに視線を合わせるが、沈黙の時間が生まれる。
「そうか、おらぬか。ならば、私だけで出撃する」
曹操は諸侯の前で最後の言葉を言い終えると、夏侯惇と曹和を連れ本陣を後にする。
馬をゆっくり歩かせながら、自軍の本陣に戻る道中、曹操は語りかけるように二人に聞く。
「無謀な戦かもしれない。それでもついてくるか?」
「曹操様が決めた以上、私から何か言うことはございません」
「お前らしいな」
夏侯惇はいかなる状況でも、曹操の命令に異を唱えない。
それが忠義心なのかどうかはわからないが、夏侯惇にとってはそれすら無駄なことだった。
「子元はどうだ?」
「出撃する以上、勝利を。それがこれから死んでいく兵士への一番の対価です」
「そうだな。出撃する以上、勝利を。まさしくその通りだ」
「では、6刻(3時間)以内に出撃準備を整えます」
曹和は馬の腹を蹴ると早駆けで陣へ向かう。
陣に戻ると曹和を出迎えるようにして待っていたのは曹和直属の騎兵隊、『黒騎』だった。
旗を掲げ、一糸乱れるぬ隊列を組んで整列している姿が視界に入ってくる。
「すでに出撃準備完了しております」
「さすがだな、李交」
曹和が陣に戻ってくるとすぐさま駆け寄ってきたのは李交だった。
「兄者が出撃するとわかっていたのか?」
「この場所が敵地である以上、常に出撃態勢を整えておくのが副官の務めです」
「六刻後に出陣する。今までで一番の厳しい戦いになるが、お前の力を頼りにしてる」
李交は曹和の言葉を受け取ると、静かに頭を下げた。
曹和は洛陽のある方角へ視線を向ける。
その日の夜は、いつもより風が冷たかった。




