Pig
夜が深まる頃、一希は目を覚ました。彼は布団から起き上がると、宿の外へ出た。彼は詳しいことは覚えていないが、不快な夢を見たので気分転換をしたかったのだ。一希は荷物を持ち部屋を出た。泊まるときに頂戴した無料パンフレットを繰りながら外に出た。宴は終わっていたらしく、町は静まり返っていた。そして上を向いた。星が満天に輝く。溢れんばかりであった。
「こりゃ凄いなあ」
一人感嘆しながら町中を歩く。夜の町は静かに眠っていた。眠らないネオンライトの中を歩いていた頃が既に懐かしい。自分の足音と星の明かりのみを友として散歩をしていると、ふと声が聞こえた。それを掠れつつも切実な声であった。
「助けて...」
一希は急いで声のするほうへ向かった。町外れのちょうど街道が無いところに一人の女が三匹の魔物に囲まれていた。女は武器をもたず怯えていた。それを見た一希は我を忘れて彼女と魔物の間に躍り出た。
「おい‼その子を離せ」
魔物らは一希を面倒臭げに見た。魔物は人間のような布の服をを着ているがピンク肌をしていて、豚の獣人だった。大きな鼻から荒い呼吸をしていた。どれも一希よりずっと大きく彼は一瞬ぎょっとしたが、剣を向けて魔物らの方に近づいた。
「おい、嫌がってるじゃないか」
「だからなんだよ。おい、お前、俺らに口出しするつもりか?」
一匹の豚男が一希に詰め寄った。彼ははっとした。義憤に駈られ後先考えず躍り出てしまったが、彼女を助けるには三匹の魔物を倒す必要があった。正しい行動は援軍を求めることだったと悟った。だがもう逃げられない。彼は精一杯虚勢を張った。
「そうだ。俺は弱い人を見捨てたりしないんだ!」
言っていて典型的で情けないセリフだと彼は思った。むしろ弱者は彼自身であった。言い終わらぬうちに豚男は一希の胸ぐらを掴んだ。魔物の力は強く、片手で一希が空中に浮いた。それから流れるように空いた手でストレートを食らわせた。
鎧を着ていないのがまずかった。まともにそれを食らった一希の手から剣が落ちた。ぱっと手を離すと彼はどさりと崩れ落ちた。
「なんだ。口ばっかで大したことねぇじゃねぇか。」
豚男達は彼に飽きると、倒れた彼を越えてもとの女に向き戻った。一希は怒りと屈辱感で一杯であった。あんなやつに良いようにされてなるものかと。目の前の剣に手を伸ばすと更なる義憤で立ち上がり叫んだ。
「おい‼まだ負けてないぞ!」
明らかに無謀な挑戦であったが、彼にはそんなこと考えている間はなかった。剣を持ち一匹の魔物へ立ち向かった。
だが、結果は同じだった。伏した一希を見た一匹の豚男が言った。
「おい、こいつもしかして勇者じゃないか」
「おいおい、まじかよ。こんな弱いやつがか?」
「人間ももう終わりだな。」
「我らが世は近いな」
「三部隊がやられた話を聞いたときは随分案じたものだが、杞憂だったな」
「我らが王を、神を、信じていれば大丈夫さ」
豚達が世間話をしている傍ら、一希は剣が遠くに飛ばされたのを見た。取りに走ろうとしたが、その道を一匹の豚男に遮られた。
いよいよ駄目か。一希は目を固く閉じ、歯を食いしばった。ふと、脳内にさっきの夢が甦った。あきらめるな。とても曖昧だったが、これ以上の言葉は今見つからなかった。
そして、豚男たちの嘲笑がなによりの力だった。憎らしくてたまらない。一希は立ち上がった。魔物たちは軽蔑の眼差して彼を見つめる。
「なんだ、まーたやるのかァ?」
「やるとも」
また、同じように一希は胸ぐらを捕まれて中に浮いた。しかし、彼は先程とは違った。豚男達がすっかり油断して彼をよく見ていないことをいいことに、足を振り、彼の胸ぐらを掴んでいる魔物の腹部を蹴り飛ばした。魔物が痛みに負けて手を放すと一希はきれいに着地してみせる。怒りが彼を突き動かし、彼はまるで別人の如く素早い動きを見せた。
残りの豚男が襲ってくる。一希は剣に駆け寄りそれを地面から引き抜くと彼らに立ち向かった。
「喰らえ!この豚野郎!!」
一匹の豚を剣を抜く流れのままに下から切り上げると、くるりと半周回って背後をついてきたもう一匹を斜めに切り捨てる。続けざまに左からきた残りの一匹を切った。最初の一匹が起き上がりがてら放った足払いをジャンプして避けてから、倒れている二匹目の腹をクッションに、魔物どものなかから石畳へと帰還した。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。