Tire
「一希くん、起きて!朝よ!」
マーは乱暴にぐっすり眠っている一希の毛布をはぎ取った。見張りをしていた男子二人組は問診およびに雑談を終えた後に女子三人と交代し、仮眠をとっていた。一希は心身ともに疲労がたまり、声を掛けられなければいつまでも寝ていただろう。なおも眠気の彼は決死の抵抗を見せていたが、敢え無くその柔らかな毛布を回収されてしまった。敗北を喫した彼はまだはっきりしない視界と脳を治すために目をこすり、大きな欠伸をした。
彼の目の前のマーの姿が段々とはっきりしてくる。周りには男性一人と女性二人。目の前の一人は商人、男女ペアの騎士一組、一人は詩人、場所は街道にある簡易的な広場...。どうして自分がこんなところにいるのだろうか。ふとここまでの出来事がよみがえる。あの戦いを一瞬でも忘れるなんて!一希はバネのように跳ね起きた。
「やっと、目が覚めたようね。お寝坊さん。」
商人は彼に再びもらったという白パンを手渡した。
「はい、これ朝食。彼女、もうすぐ出発するみたい。用事があるんだって。」
一希が詩人を見ると、既に彼女は革の袋に荷物を詰め終えていた。彼は急いで彼女に駆け寄った。
「ありがとうございます。今日までお世話になっちゃって、ほんと、なんていったらいいのか。」
彼女は袋の口を閉じて肩に担いだ。
「どういたしまして!こっちこそ素敵な話をありがとうね。楽しかったよ!」
マーと二人の騎士にも礼を言うと、彼女は軽い足取りで駆け出した。少し距離があいてから、彼女は振り返って手を大きく振った。
「またね!」
広場に残る人たちも手を振る。自分たちを先を急がねばならない。一希はほかのメンバーを待たせるわけにいかないと思い、自分の荷物の入った袋からパンを入れられる袋を探した。皆が着々と準備を進めるなかで少し焦っていたが、無事見つけることができた。彼はまだ若いので空腹よりも騎士の恋愛事情に気を奪われていた。準備をしながら少し二人の騎士に気を配る。彼らは雑談で盛り上がっていた。少しすると、荷車のセッティングを終えたマーが声をかける。
「みんな準備は大丈夫?」
一同はうなづいて町への帰路についた。荷車の頂点で蝸牛の殻が光を受けて輝く。
帰路は想像以上に楽だった。魔物は姿を見せないし、なにより待ち構えているものがないというのが彼らの足取りを軽くした。小走りですらあったのかもしれない。彼らはアッという間に町の門の前に到着した。先頭を歩くチュリアが扉を勢い良く開き叫んだ。
「さぁ、勇者ご一行のおかえりだよ!」
門の奥では、暇な町人もそうでない町人も彼らを待ち構えていた。一希は一行の最後尾にいた。彼女は半ば無理やりに彼を民衆の前に引っ張り出し、大トカゲの尻尾を押し付けてた挙句、肘でつついて言った。
「さ、勇者さん。見せてあげな」
一希は考えた。自分は確かに戦いに貢献したかもしれないがあの戦法が取れたのはあの魔物の気をそらすものがいたから、また自分の後に戦ってくれる人がいたからだ。ここで手柄を立てるのは、あまり賢くないと。彼はそれをうまく伝えようと口を開いたが、なかなか声を出さない彼が照れているのかと思ったチュリアが先に声を張り上げてしまった。しかも、尻尾を持った一希の手を高々と持ち上げて。
「勇者様があの、悪しき、忌々しき魔物を退治しておかえりだよ!!」
民衆どもは拍手喝采した。そんな彼らの中から町長がゆっくりと前へ出てくる。彼は一希に握手を求めた。彼が答えると、町長は嬉しそうに言った。
「ありがとう、君たちが無事に戻ってきてくれて。本当にありがとう。」
もう一度、民衆どもは拍手喝采をした。ある人も続いて握手を求めると、別の人も続いた。さらに別の気の早い人々が祭りの準備ができたなどと言い始め、気の早くない人々をその気にさせた。勇者をもてなさないと、功労者たちをたたえるのだ、花は飾るか、酒はいくつだ、ツケ払いだ、などなどの叫びが乱発した。その中で一人の若い女性が一希たちの前に出てきた。妖艶な魅力を持ち、黒のハーフアップから覗かせるエルフ耳が際立った。
「あの、すみません。今、大丈夫でしょうか。実はもうお祭りの予定が決まってまして...」
「相変わらず、ここの人は祭り好きじゃな。」
町長は笑った。マーは祭りが好きらしく、一足早く食いついた。一希はすっかり人々にもみくちゃにされて疲れていた。戦いほどではないが、これもまた一種の戦いだった。
「素敵ね!いつごろなの?」
「月が出る前には始まります。つまり、早ければ数時間で。この広場にセッティングする予定です。」
「うれしいわ!」
マーは手をたたいて合わせてから、一希を見た。ぐっすり眠ったとはいえなれないところだろうし、緊張と緩和の連続で疲弊が顔に出ていた。これではパーティーの顔とは言い難い。彼女は優しい表情を浮かべて、エルフ耳の女性に言った。
「是非是非と言いたいとこなんだけど...勇者ちゃんお疲れみたいだから、少し休んでからでいいかしら?」
ここまで読んでいただきたいありがとうございました。