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19/31

振り向いてくれないくせに、次の恋を邪魔しないで

 3年前の夏休み直前の暑くて暑くてしかたない日。突っ立っているだけで、いや、息をしているだけで汗が噴き出てくるような、そんな日であるはずなのに、私は緊張のあまり汗の機能が狂っていたのか、心臓は異常なほど激しく主張しているというのに、汗ひとつかいていなかった。頬の火照りを暑さのせいにして、所在なく俯き、時間がくるのを待っていた。

 後5分で時間だ、と心の中でつぶやくと緊張が増した。


 あー、だめだ。


 無意識の内にため息がこぼれ、あわてて深呼吸をして『さっきのは深呼吸の内だからため息じゃないから幸せは逃げない』と心の中で、誰に対してかは不明だが、とりあえず言い訳をした。

 そんな意味のないことをしていると、時間より少し早く彼が姿を現した。

 この暑くてどうしようもない日だというのに、彼は爽やかな佇まいで、思わず息を呑んだ。

 こちらが呼び出しておいて見惚れて声をかけようとしない私に文句も言わず、ただ見つめ返していた。本当によく出来た人間だな、とまたしても胸がときめいた。


「急に呼び出してごめんね」

「それはいいけど」


 低すぎず、高すぎない、感じのよい声音。目を瞑ってこの美声を聞き入りたい衝動に駆られるがぐっとこらえ、続きの言葉を探した。

 わかってると思うけど、と心の中だけで前置きをする。


 それから――


「す、すき、です」


 裏返った声が飛び出てきた。

 本当はもっとしっかり思いを言葉に乗せてしっとりと雰囲気のある告白をする予定だったはずが、緊張のあまり用意していた言葉をいくら探しても見当たらない。見当たらないどころか血迷った。が、口から出てしまった言葉を逆戻りさせて体内に戻すことなんてできない。そんな機能できてしまえば政治家たちの失言は世の中から消えて、いくらでも虚構の世界ができあがってしまう。そんな世界を作ってはいけない。

 そこまで大袈裟に考えてから自分のテンパりを世の中の政治家たちの失言へつなげる図太さに改めて気がついてまた絶望した。


「悪いけど」


 彼は顔色一つ変えずに私の無様な告白をぶった切る。

 続く言葉を聞きたくない余り、顔を俯ける。最早、本能がそうさせた。


「付き合えない」


 頭上から勢いをつけた言葉の凶器がずぶずぶと突き刺さり、血の代わりに涙となって溢れ出る。血液は体内の何%失うと致死につながるんだったっけ。涙は体内の水分から何%失うと致死につながるんだろう。血の代わりに流した涙が死に値し、彼の前で息耐えてしまいたい。哀れんでもらいたいがためにこの命さえも捧げてしまいたい。

 そこまで馬鹿なことを考えているといつの間にか彼はその場から立ち去っていた。あまりにも潔い。潔すぎて呆然としてしまった。まさかここまで告白が無様に散るとは。

 はじめての告白はこんな感じで呆気なく幕を下ろした。



 ◆ ◆ ◆



 それから三年経ち、桜の花弁が風に舞う季節になったころ、私は大学生となった。あの忌々しく甘酸っぱい青春から逃れたと安堵していた。


 ――それなのに。


 今、目の前に群れをなしているのは彼ではないのか?

 あの悲劇から抜け出したのに、どうして。


「桜子?」


 友人の心配そうな声で我に返る。


「あ、いや、その」


 視線を彷徨わせている私を憐れむようにみつめるその包み隠さない素直さが友人の長所でもあり、短所でもある。


「そういえば。坂崎君ってこっちの大学受けたんだってね」


 ええ、そのようで。


「と、都会に転校したのにね! びっくりした」


 びっくりしただけだ、と聞かれてもないのに言い訳がましくごにょごにょと発していると友人は「別にどうでもいいけど」とぶった切った。本当に本心からどうでもよさそうだった。


「桜子はなんのサークル入るか決めた?」

「まだ」

「あ、そうなの? てっきり、宍戸先輩がいるテニサーかと思ってた」


 その遠慮のない言葉に苦笑し、答えられないでいると友人は続けて「憧れの先輩なんでしょ?」と遠慮なく聞いてきた。


「へぇ。それ詳しく聞かせてよ」


 ――忘れもしない。このバリトンを。


「…坂崎君」


 私の声は渇望したようにかすれていた。

 友人の憐れそうにみつめてくるその瞳が雄弁に語りかけてくる。

 が、それに気づかないふりをした。友人も諦めたように目を閉じた。


「久しぶり。山賀さん、永田さん」


 友人はそっけなく「久しぶり」と応えた。私は未だに声がでない。情けないことに。


「3年振り、かな?」


 当時の彼よりも饒舌でなんだか不思議な気分だった。


「そうだね」


 私が応えないことでこの面倒な役を担ってくれた友人に感謝しつつ、できるだけ違うことを考えようと意識を逸らしたのだが、すぐに現実に連れ戻された。


「山賀さんは、テニサーに入るの?」


 笑顔で聞かれたが、目が笑っていない。

 そもそも、そんな質問して何か意味があるのか?


 どうして、なんで、急に、何か意味でもあるのか、だったらどんな。


 そんな思考が頭の中でぐるぐると回り、軽いパニックになっていると坂崎君は私の肩に手を置き「山賀さん、落ち着いて?」と優しい声音で言い放った。3年前にはなかった優しさだ。

 その優しさに縋り付きたい。

 そう思うと同時に、3年前のあの暑い日の悪夢が頭を過ぎり、かろうじてその胸に飛び込むことを踏みとどまらせた。


「さ、坂崎君、だよね?」


 彼は、何を今更、というような瞳でみつめてきたが、私がこんなことをわざわざ聞くのも無理はないはずだ。ここに居ること自体不思議だが、その饒舌さと物腰の柔らかさが明らかにあの頃とは違ったのだから。


「山賀さん、何を言ってるの? もう忘れたの?」


 忘れるはずがない。

 忘れられるはずが。


「…テニサーは辞めたほうがいいよ。宍戸先輩、彼女いるみたいだし」


 その妖艶な笑みは当時、こっそり目撃した笑顔と変わらない。その悪戯っぽい邪悪な笑みがたまらなく好きだった。


「ああ、山賀さん。泣かないで」


 そう言って私の頬に触れた彼は明らかに3年前の彼とは雰囲気が違う。


 それなのに――


「慰めてあげたくなるだろ?」


 私の胸はときめいて死にそうだ。


「坂崎君、桜子を口説くのは辞めてくれない? 反吐が出そうなの」


 友人が私の隣で吐く真似を大袈裟に披露すると坂崎君は肩を竦めた。その姿が、仕草が、私を虜にする。


「桜子もきもちわるい。あとでしてよ」


 友人の呆れた声に、ごもっともすぎてこちらもつい苦笑する。


「坂崎君も、その気が無いくせに宍戸先輩の居もしない彼女なんてでっち上げないでよ。桜子を一生そうやって縛り付ける気?」

「そんなつもり、ないよ?」

「嘘ばっかり。桜子がバカなことをいいことに上手いことしてさー。…まー、とにかく。邪魔、しないでよ。桜子も行くよ」


 腕を掴まれ、ぐいぐいとその場から離れる友人に連れ去られるように私もその場から立ち去る。一度だけ振り返ると彼は無表情のままこちらをみつめていた。

 それはまるで、玩具を取り上げられた子供のようだった。

 恋をする瞳でないことは確かだった。


「酷いなー」


 涙で視界がぼやけ、声も震える。

 未だに掴まれている友人の手が暖かいことだけが唯一の救いだった。


「バカな女だよ、まったく」


 慈悲深い彼女の、ツンデレな発言に思わず吹き出した。


 それでも彼が好きなの。


 そう言ったら彼女はきっと反吐が出る、と眉を顰めるだろう。


「酷い男だよ、まったく」


 肩を竦めて言い放つ。


 振り向いてくれないくせに、

 次の恋まで邪魔する酷い男。


 それが未だに忘れられない私の好きな人。



お粗末様でした。

難しいお題に頭を掻き毟りました。

無理矢理お題にあわせていった展開に項垂れますが、精進したいです…。

読んでくださってありがとうございました。

次回は『確かなことは、彼が私を見ていないという現実』です。

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