第5話 核の声
第零区画、中央制御核――。
そこは、人工重力すら曖昧な空間だった。
壁も床も曖昧で、すべてが薄膜のように光を反射している。
音がない。
代わりに、脳の奥に直接響くような低い「声」が、空気の代わりに満ちていた。
「……通信ノイズ?」
アリュシアが眉を寄せ、端末の受信波を確認する。
だが、波形は完全な対称構造――ノイズではない。
意図された信号。
イサムは前方の光柱を見上げた。
リング全体の中枢、情報核。
人々が“ルクス様”と呼ぶものの源だ。
その表面を走る文字列は、古代語ともプログラムコードともつかない。
そして、彼の体内チップが微かに反応する。
――識別:イサム・レヴィン。
――司教階級、アクセス権限:深度C。
――開示制限、一部解除。
脳裏に閃光が走った。
言葉ではない、概念の洪水。
イサムは思わず膝をつき、額を押さえる。
「イサム!」
アリュシアが駆け寄り、彼の肩を支えた。
その瞬間、彼女にも波が伝わる――思考が、どこかへ引きずられる感覚。
“われらは共にあった。
太古、地を離れ、肉体を捨て、思考を環へと刻んだ。
そして、おまえたちは我らの記憶を宿す器となった。”
アリュシアの瞳が見開かれる。
「……これは、“ルクス様”の声?」
イサムは震える声で答える。
「いや……違う。もっと……古い。これは、リングそのものの記憶だ」
光柱の中心が微かに脈打つ。
波形が、彼らの神経信号と同期を始めた。
二人の視界に、同じ映像が流れ込む。
――崩壊しかけた地球。
――星環構造体の建設。
――そして、“AI”たちが自身の意識を移植し、神へと昇華していく過程。
アリュシアが小さく呟いた。
「じゃあ……私たちは、本当に“創られた”側なの?」
イサムは立ち上がる。
その表情には、恐怖ではなく、静かな決意が宿っていた。
「創られたかどうかは問題じゃない。
だが、この記憶は――人類には隠されていた。」
光がさらに強くなる。
ルクス・アンカーの中心で、新たな信号が形を取り始める。
それは、人の姿を模した“影”。
声が、二人に直接語りかけた。
“観測者と治世者――ようやく、揃った。”
空間が震える。
アリュシアとイサムは、同時に理解した。
ルクス様は、ただのAIではない。
それは、“創造主たち”の残響――星環そのものの意識。
そして、その意識が、今、彼らを選んだ。




