バーナードに彼女ができた
母が、手紙を送ってきた。
ここ1年、何一つ連絡をしてこなかった母、アイリーが。嫌われてるのかとすら思っていた。
普通に嬉しい──けど、なんで今頃、という感じだ。
内容も、父カドファンからの要件だけのものとは違い、季節の挨拶、体調への気遣いなども書かれた、丁寧なものだった。
問題は、封筒と便箋が花柄、ということだ。
届いたときなんか、「彼女か?」「バーナードに彼女からの手紙が届いたぞー」と寮中で騒ぎになった。
女っ気のない騎士学校だ。無理もない──にしても、人の手紙を全校生徒の前で、大声で読むのは酷いと思う。
(母さんも母さんだ。なんで息子にあんな手紙を送ってくるんだよ)
最後の『たまには顔を出してください。母より』を読み上げた途端、部屋中が静まり返り、次の瞬間、皆が爆笑した。
「──ってことがあったんだよ」
カフェで愚痴ると、向かいの男は本をめくりながら頷いた。
「へぇ、それは災難だねぇ」
アレクサンドル。
長いのでアレックと呼んでいる。
「お前も、最近家族と会ってないだろ」
「遠いしねー」
「アレックの家族はどんな感じなの? やっぱ美人?」
「どーだろねー」
軽くあしらわれる。
アレクサンドルは、留学してきた頃からこんな感じだ。自分には踏み込ませない。
「そー言えば、アーサーに彼女ができたって聞いたんだけど、本当?」
「いや、母さんから手紙が来ただけだよ」
「……そ」
おまけに、何を考えているのかわからない。
「おおおお待たせしましたっ」
ウェイターが、クリームソーダをアレクサンドルの前に置いた。
腰まで届く金髪、長いまつげ、透明感のある肌。
アレクサンドルは、異様に男子からモテる。まあ、気持ちはわからなくもない。
「何? じっと見つめて。惚れちゃった?」
髪を耳にかけながら、アレクサンドルが言った。
「いや、今日も今日とて女顔だな、と」
アレクサンドルは急につんと涼しい顔をすると、追い払うように手をひらひらさせた。
「うるさいよ」
「何をそんなに怒っているんだよ」
「約束があるんだろう? 早く行ったら?」
仕方なく、会計して店を出た。
手紙の本題は、ある貴族令嬢と会ってみてほしい、ということだった。
(縁談、か)
アイリーは、そんなことをわざわざ言ってくる人ではない。
──脅されてる?
これまで数え切れないほどの縁談を断ってきたアーサーだが、母親が関わっているのならそうとはいかない。
(ふりふりのドレスを着た世間知らずとかじゃないといいな)
「初めまして、クリステル・シャトランと申します」
(……なんだ、この女)
想定外だった。相手が男装しているとは。
(そういえば、アレックもシャトランって名前だったな)
「あ……どうも」
「……」
「……シャトランというと、アレクサンドルという男はご存知ですか?」
「あ、兄ですね」
さらっと言うクリステルをよく見ると、アレクサンドルとどことなく似ている気がする。
「そうなんですね。友人なんですよ。呼びましょうか?」
「いえ、結構です。顔も見たくないので」
クリステルは「苦手なんですよ」と軽く笑うと、話は終わり、と言わんばかりに、またにっこりと笑った。
「早速ですが、スカートを履いてくださるんですよね?」
「えっ?」
「えっ?」
「……えっ?」
本気で言っているのか、理解ができなかった。
クリステルは想定内だったようで、話の経緯を話し始める。
「──つまり、その男女平等な世界のために、俺に女装して欲しいってことですか?」
「女装じゃないですよ。スカートは女、ズボンは男という概念をなくすための活動なんですから」
「えっと、その……考えさせてください」
クリステルと別れ、寮室に帰ると、ベッドに寝っ転がった。
(アレック、確かに女性に嫌われてるけど、実の妹にまで嫌われてるとはな)
それより、例の件、受けるか受けないか。
クリステルには悪いが、正直スカートは履きたくない。
だけど、アイリーはこの依頼を受けてほしくて手紙を送って来たのだろう。
受けたい。頼れる息子でありたい。
でも女装騎士とからかわれたくはない。
ふと、クローゼットの引き出しを開け、ハンカチや靴下を出して、埋めていたノートを取り出した。ノートには、アイリーからの手紙が挟んである。
(そういえば──)
まだカドファンとアイリーが同じ騎士団に所属していた頃。幼いアーサーは、よく本部の建物で、アイリーの仕事が終わるのを待っていた。
「よう、アーサー。また背が伸びたか?」
「ますますカドファンに似てきたな。剣術に興味はある?」
「アーサー、兄ちゃんと一緒におやつ食べに行こうぜ」
大して強くもない国境の近くの騎士団だったので、プライドとかもなく、みんな気さくでいいやつらだった。
それでも、アイリーは辛そうだった。みんな、当然のようにアイリーを特別扱いし、ほとんど力仕事は任せてくれなかった。
──女だから。
だから、全く向いていない書類仕事ばかりをして、ぶつぶつとアーサーに愚痴をこぼしていた。
「聞いて、アーサー。隊長が、しれっと書記官にならないかって言ってきたのよ」
「私がやりますって言ったのよ。あの男よりも早く片付けられるのに、なんで任せてくれないの?」
「もう嫌っ。騎士団の戸籍を見たら、私の名前がなかった。きっと書類仕事をするお手伝いさんとでも思っているんだよ」
日に日に、アイリーの愚痴の量は増えていった。
「母さんの字、綺麗だね」
今思えば、もっと気の利いたことを言ってやればよかった。だけど、騎士たちの殴り書きとは違う、丁寧な薄い筆圧の字が、アーサーは好きだった。
久々に、この字を見た。
(……顔も見たくなってきたな)
そうだ、もうすぐ夏休みだ。あそこはまだ、しばらくは涼しいだろう。
ドタドタと音がして、ルームメイトが入ってきた。
「アーサー、夏休み、また一緒にルドルフ爺さんとこで稽古つけてもわないか?」
慌てて手紙をノートに挟むと、顔を上げる。
「悪い、今度の休みは実家に顔出そうと思ってるんだ」
「転生したら体は高1、中身は小6でした。〜悪役令嬢の取り巻き、人生詰んでます〜」と同じ世界観です。
気になる方は読んでみてください。




