雨
光が、地を照らす。
温かな南の風が、畑を駆け抜ける。
子供達のはしゃぐ声が、自然の一部となる。
「そろそろ起きなさい!!」
若さを失わない白い髪の美しい女性。
部屋の隅でベッドにこもる少女を、豪快に叩き起こす。
少女は目をこすりながら、欠伸をする。
母親と同じ、輝くような白い髪。
「お母さん、どうかな?」
「あなた、本当にそのドレス好きね」
リビングにて、少女は青いドレスを纏い、上機嫌に回ってみせた。
沢山のリボンが並ぶそのドレスは、新品のように汚れ一つない。彼女の一番のお気に入りなのだ。
そして、もう一つのお気に入り…頭につけた大きなリボン。
彼女の姿は、子供らしい[遊び心]で鮮やかな色を見せていた。
母親はため息をつきつつも、優しげな微笑みを見せていた。
「お父さんに誕生日で貰ったドレスだもんね。汚さないようにするのよ」
「うん!」
少女は、大げさな程に大きく頷く。
輝く笑顔に、活力に溢れた両足。
今日は友人と街へ行き、楽しむ予定なのだ。
親愛なる人達と共に、住み慣れた街の娯楽を楽しむ。レストランに、ゲームセンターに、公園に…。
一日はたった二十四時間。そのうち数時間しか自由を与えられない事が惜しくて仕方ない。
それほどに、彼女は今、幸せだった。
「ごめん!おまたせー!」
少女は手を振りながら、友人のもとへ駆けていく。
輝く水達が敷き詰められた田んぼが、道の左右に広がっている。
そこで待っていたのは、金色の髪を自然の風になびかせる、美しい少女だった。
真紅の瞳に、長いまつ毛。着ているのは純白のワンピース。夏空に溶け込みそうな、文句の一つもつけられないような美貌。
「あら、別にそんなに待ってないわよ?」
「ごめんね〜…。ムンライトちゃん、いつも私を待っててくれるよね」
少女は息を切らしながらも、笑っていた。
ムンライト。
彼女こそ、幼い頃からの親友…ムンライト。
気が強く、頭も良く、けれども根は心優しく、必ず弱い者の味方に立つ真人間そのものだ。
ムンライトは、少女の歩にペースを合わせて歩き出す。
言葉をかわさずとも互いに伝わり合うその姿。二人の友情が、昨日や今日から始まったものではない事が、一目で分かる。
「今日も良い天気ね」
「うん。雲一つない青空ってこういう空の事を言うんだね」
日光は、あまりにも優しい。
まるで、空の向こうから誰かが直接照らしてくれているかのよう。
この日光は、自分達だけに向けられているのではない。この街の、すべての人々に、平等に与えられているのだ。
少女もムンライトも、そんな漠然とした世の恩恵に脳を委ねられるほど、年齢不相応の思想を持っていた。
「ムンライトちゃん。まずはどこから行く?私は、最近できたあのスイーツ店に行きたいな!ほら、お店の名前、何だっけ…」
「あなた、本当にスイーツ好きね。太らないの羨ましい…」
「いやいや、むしろ私が羨ましいよ!ムンライトちゃんみたいな美人さんになりたいよ〜〜〜」
潤った笑いが、二人の口から漏れる。
…いつかの時代の、どこかの国。
そこにいた誰かの幸せ。
(…)
彼女は時々、心の中で何かを感じるのだ。
自分がかつて、他の誰かであったかのような。
そしてその誰かは、見たことがないのに…どこかで出会ったような。
この不思議な感覚を、彼女は誰にも話した事はない。
何となく、この不思議な感覚は…自分の心に、留めておきたいのだ。
(ムンライトちゃん、今日もキレイだなぁ)
そんな心の中でさえ、彼女は意味もないような言葉を綴れるほど、力が抜けきって、だからこそ温かみのある、幸福な時間の中にいた。
この国は平和だ。
一生を終えるまでの安泰が約束されている場所だった。
…ふと、風が吹く。
「えっ」
足を止める。
一瞬、時間が止まる。
その一瞬は、少女にとっては数十秒の時間だった。
優しい熱を帯びた風が、大地を吹き抜け、無邪気に花びらを舞わせる。
土が、空気が、水が、花が、木々が。
何故だか、何もかもが[優しく]見えた。
少女は、真っ白な世界を見渡した。
そして。
誰かの声が、降り注いできた。
「身体に、気をつけるんだよ」
「…ちょっと!急に立ち止まってどうしたの?」
意識が戻る。
ハッ、と、自分の両手を交互に見る。
目の前には、不思議そうに、ゆっくりと歩み寄るムンライトが。
「あっ…ごめんごめん」
「全く、あなたって時々不思議ちゃんになるのよね」
ムンライトの手がこちらに伸びてくる。
その時。
何か冷たいものが、二人の頰に落ちた。
「…あれ?雨だね」
ムンライトの顔が上がる。
一面の青空。なのに、冷たい雨が降り注ぐ。
天気雨だった。
「本当だ。すぐ止みそうだね。ちょっと雨宿りしようか!」
少女はムンライトの手を引き、目についたバス停の屋根を目指して駆け出した。
温かい日光と、心地よい雨が交差する。
何もかもが優しい目を向け、彼女を照らし、彩り、撫でる。
(生まれてきて、良かった)
視界を通り過ぎ、土を緩やかに突く。光の結晶達。
全身を濡らし、尚も美しく輝く白い髪。
どんな苦難があろうとも、どんなに心を汚されようと、最後は必ず洗い流され、以前以上に輝く。
そんな思いを生へと刻まれた少女。
彼女の名は、レイン。
天使のような少女であった。




