92 春よ、春よ、と
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 2000年5月号掲載
92 春よ、春よ、と
見ている前で桜のつぼみがふくらんでくる。じわじわと進んできた季節が、いよいよこの1週間でいきなり春爛漫、という時期になった。
「種籾の浸潤をはじめたので、1日1回の水かえをお願いします。できるだけ冷たい水で、ゆっくり種を起こしてやるのがいいらしいんですけど」
「苗代奉行」こと、水田担当の瑞香さんからの田植え準備宣言である。そうか、もうそんな時期なんだ。昨年と同じようにトロ箱にまくか、いっそ棚田の片隅に苗代を作るか、お奉行さまはまだ決めかねている。今年は将来農業志望という男衆スタッフが二人もいるので、どちらにしても、助っ人の手は十分ありそうだ。
3月15日すぎから、それまで百羽以上も餌場に集まっていたオナガガモの群れがぱっと姿を消した。まだ何羽か残ってはいるものの、実に鮮やかな引けぎわだった。あのカモたちは、もう国外に出ているのだろうか。
ツバメとコチドリの初認は3月20日。冬中ずっと顔を見せなかったセイタカシギも、4月1日からようやく戻ってきはじめた。一方、餌場に集まるセグロカモメとのお別れはもうすぐ。これもオナガガモのように、ある日からぱったり来なくなるはずだ。餌を出すとまだにぎやかに集まってくるが、この時期は、餌をどのくらい確保すべきか、どのくらい出すのがよいか、きちんと見極めることができないのがやっかいだ。
この春はマスクラットの目撃例が比較的多い。草をくわえて泳いでゆくところも見られ、子供がいるといいなあ、と皆で楽しみにしている。
水路に放し飼いにしている2羽のコブハクチョウのうち、昨年入った新入りの「青」が600mも離れた駐車場の先の方まで出かけて、戻ってこなくなった。欠真間三角と呼んでいるこの場所は、ご近所にお住まいの武田さんがほとんど独力でこつこつとゴミを拾い、観察舎の富田さんと協力して堰を作り、水位を上げてアシを刈り、水面が見えるようにしたところだ。このごろはいつもカルガモやコサギの姿が見られるし、マスクラットのニュースもちらほら聞かれる。コブハクチョウもまあまあの居心地なのだろう。夕方餌場に来ていたのに翌朝には欠真間三角に戻っていた日もあるので、別に帰り道がわからないというわけでもなさそうだ。「青」が観察舎前の餌場を離れた理由はよくわからないが、元からいる1羽とのトラブルがあったのかもしれない。春先になって、2羽とも急に鼻コブが大きくなったところから、どちらも雄と思われる。なわばり行動をとっているということだろうか。
一昨年、森田昭次さんが葛西の荒川近辺から導入されたアカガエル(たぶん二ホンアカガエル)は、昨春に引き続き、今年もしっかり産卵してくれた。房総などでは1月から産卵をはじめると聞いているが、保護区での産卵は昨年同様に3月に入ってからだった。半透明の寒天質の粒にくるまれた卵は最初は水底に沈んでいるが、数日のうちに水面に浮かんできて、粒もゆるみはじめ、なんとなくぶわっとしたかたまりになる。スカムとして水面に漂うユレモのかたまりにまぎれて、何がなんだかよくわからなくなってしまうのだが、そのころには胚が育ってきて、やがてオタマが泳ぎ出す。早春のアカガエルとヒキガエルは産卵を終えたようで、次のお楽しみは初夏のトウキョウダルマガエルとアマガエルの産卵だ。うまく定着してくれるとよいのだけれど。
4月3日、保護区の調査に入った「第三の男」こと川上さんが、ひどくうれしそうな様子で戻ってきた。「カワセミが巣を作りはじめましたよ。土手に穴があいていて、その前に立てた枝に止まっていたんですよ。こうしたらどうかと考えて作ってやったところに、ほんとうに来てくれるんですね」
美しい海を見たよ あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって 踊っていたよ
春よ、春よと 踊っていたよ (花の街 江間章子作詞 團伊玖磨作曲)
移る季節を先どりして、着実な布石をしたい。うまく行くこともある。そうでないこともある。




